夜。光源が余りに少ない闇の中を、鈍い光を発する銀の瞳が見つめていた。耳に届く喧噪が、あまりにも遠い。
されど声は聞こえる。力強く躍動する、言葉を連ねる音色の声が。
心地よく耳を撫でる音に呼吸を合わせ、私はこの身を黒に彩られるグラウンドへ向かって投げ出した。
――校舎の屋上から……
音は遠い。声は小さい。しかし、確かな旋律は耳に届いていた。
この歌詞は『Crow Song』か。と小さく呟き、彼――飯嶋薫(いいじま かおる)は踊る。
舞台は漆黒の帳に沈むグラウンド。メロディは勿論、体育館で絶賛演奏中のバンド『Girls Dead Monster』が奏でる曲。
先ほど演奏されていた『Rain Song』も好きだが、今流れている『Crow Song』も好きだ。いや、そうではない。そもそも『Girls Dead Monster』――通称ガルデモ――が好きなのだから、彼女らの歌う曲に優劣が付けられるものかと薫は笑う。
当然、文句の付け様もない。気高い心の有り様を唄う声は、この上なく心地いいものである。そこに会場を盛り上げる以外の言葉が必要なはずなどないし、それ以外が混じればせっかくの演奏にノイズが入ってしまう。
観に来る観客は、それを重々に承知している。だがそれを理解せずに、この素晴らしい演奏を台無しにする莫迦共がいた。
初めて気づいたのはいつだったか。
いや、そんなことはどうでもいい。薫にとって問題なのは唯一無二、会場の間近で不快な音と硝煙の香りがしたことだ。
それまではただただ大人しくしてきたというのに、この時ばかりは沸点が急激に下がったのを覚えている。よくわからない銃器装備の集団を蹴散らし、何故かいた生徒会長を睨んで追い払い。
今思えば、ずいぶんと無茶苦茶をしたもので。そのせいか、最近ではガルデモのライブを観に行くのも一苦労なありさまだ。
「退けよ莫迦共。私の娯楽を奪うんじゃない」
こちらの呟きに、応える声はない。代わりに向けられるのは、黒光りする鉄の銃口だ。
乱射される弾幕を無視して、声を発しながら前進する。
「オートプログラム『medical reverse』」
脳が撃ち抜かれた。肩を貫通した。肺に穴が空いた。足に突き刺さった。ありとあらゆる場所に、銃弾の雨が叩き込まれる。
当然、あまりもの衝撃に薫の身体は動きを止め。しかし、それだけだった。
この世界に死の概念はない。そもそも既に死んだ人間のたどり着く場所に、そんな概念などあるはずがない。故に、放置すれば致死の傷すら癒えて復活するのだが。
彼のそれは、最早異常。
脳が、肩が、肺が、足が。瞬時とも言える速度で、何事もなかったかのように回復する。同時、停止していた動作が再開した。
右足が一歩を踏み、次に口が動く。
「オートプログラム『over master』」
世界が遅くなり、身体は加速し、一定のリズムで声は聞こえる。
小さく踏み込み一〇メートルを詰め、着地と同時に旋回。気楽にステップする感覚で、驚愕する少年――確か日向と呼ばれていた――の足を払う。
倒れる少年から拳銃を奪い、頭へ一発、心臓へ一発。続く動作も軽く、手近にいる少年達へ銃口を向けた。
一人は戦斧を振りかぶっているが、完全に遅い。間合いは薫にある。
立て続けに、雑音が鳴り響く。
戦斧を持った少年が倒れ、その向こうにいた何人かも倒れた。残弾が無くなり、銃のスライドが下がったままになるが関係ない。武器なら目の前にいくらでもある。
「あさはかなり」
「君は軽率だがな」
戦斧を取って、背後から来る忍者娘の一撃を受ける。
一合、二合、三合、四合と打ち合ったところで、薫の速度が勝った。
あとはアクセルに任せるまま、忍者娘の足と腕を切り裂いて機動力を削ぎ。最後に身体の中心に戦斧を突き刺して地面に縫いつければ、それで世界は静かになった。
遠く、曲がまた変わっている。が、まあこれなら十分に間に合いそうだ。
小さく頷いて、薫は『over master』の能力を惜しみなく足に注ぐ。影は一瞬で空へと舞い上がり、総合体育館の方へと消えていく。
雑音も消えて、響くのは歌声だけだ。