Dances in the night.   作:焼きポテト

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仰げば暖かな陽がありて

 昼間。前夜のライブを堪能した薫は、上機嫌に鼻歌の『Alchemy』を鳴らしながら廊下を歩いていた。

 お昼前独特の空腹感に負けて、学食へ向かうところである。

 視界の中に、自分以外の人はいない。教室から漏れる教師の声が聞こえるということは、未だ授業の真っ最中である証拠だが。この世界で、薫は殆ど授業を受けたことがない。

 学ぶ意味がなかったし、高校で教える程度の知識は既に脳へ蓄積されている。その昔、一度だけ受けたような記憶があるにはあるのだが。如何せん、ただただ眠気を誘われて酷い参上だった。

 

「生徒会長に見つかると厄介か……さっさと学食へ――」

「もう見つかっているわ」

 

 背後から声が来る。凛と澄んだ、綺麗な声だ。

 華奢な身体に似合わず、両手の刃――『handSonic』――で莫迦共を斬り伏せる無敵の天使。という売り込みの我らが生徒会長様である。

 学食の激辛麻婆が大好きな、唯一古くからの顔馴染み。こうして話すのも、一度や二度のことではない。

 

「奇遇じゃないか、生徒会長。こんなところで会えるとは、もう運命じゃないか?」

「私が授業を受けている教室の前を通っておいて、運命と言えるのは凄いことね。ところで、あなた授業はどうしたの?」

「いや、これがね。腹痛が痛くて思わず保健室に駆け込もうとしたのだが、むしろトイレに行くのが先かと熟考した末に、腹が減っては戦が出来ぬという結論に至った結果出ていない」

 

 そう。と小さな声で答えた生徒会長が、僅かに足へ力を込めたのが分かる。

 授業には出ないといけない。校則は守るためにある。他生徒の迷惑になる行為をするな。その他諸々。

 彼女に注意された内容は数えきれないが、かつて一つとして守った記憶がなかった。そして、そういう約束を守らなかった時はこうしていつも一触即発の空気に成るのだが。

 むしろ、この張り詰めた空気は程良い緊迫感があってつまらない日々のちょっとしたスパイスになる。故に、自発的な娯楽として行っている所も少なからずあり。

 それを知っているからこそ、生徒会長――立華かなでの表情も険しくなってしまう。

 

「今、私が何をしようとしているかわかるかしら」

「ふ、む。難問だな、生徒会長。私には君と同じパッシブな能力があるから、そうそうやられはしないが……まあ、それも今は関係ないだろ? ほら、三、二、一」

 

 刹那、授業の終了を告げるベルが鳴り響いた。

 世界を改変するかのように、音は染み込んで広がって行く。同時、各教室から雪崩のように人の影が溢れ出してくる。

 皆が首を長くして待っていた、昼休みの時間帯だ。

 学食へ、購買へ、席取りへ。それぞれの役割を持った生徒たちが、波となって押し寄せる。

 

「こんな中で戦闘も無いだろう? それより、生徒会長も麻婆豆腐を食べるなら急がないとな。商品は無くならないだろうが、座席の数は有限だ」

 

 人の波が、全てを押し流す。

 流れに身を任せる薫の視界には、無表情ながらも慌てた様子な少女の姿が映っていた。こんなことで戸惑う様な存在を、とある集団は『天使』と読んで恐れているらしい。

 未だに戸惑い、昼食か注意かを迷っているかなでを遠くに見て。

 

「ないな」

 

 彼の呟きは現状の自身と同じように、押し流され揉みくちゃにされて、誰も気づかぬうちに霧散した。

 

 

 

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