Dances in the night.   作:焼きポテト

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そして夜はやってくる

 

 世界を夜が浸食する。

 辺りが黒一色に近付けば近付くほど、世界と自分の境界線があやふやになる感覚。それが、薫はたまらなく好きだった。

 見えないことへの不安より、誰からも見つからない安堵が。そして、世界と一体となっているような錯覚が安らぎを与えてくれる。

 しかし、残念なことに今は周りが少し明るい。総合体育館を背に、正面玄関前の縁石へ腰掛けているのだからもっともな話だ。

 中ではガルデモのライブが行われている。となれば、生徒会長が来るだろう。だからこそ、今SSSから依頼されて薫は『天使』を待っていた。

 遠く昔から唯一二人だけの古参組。

 今日この日まで衝突した回数は数知れず。当然、お互いの力量なんてのは熟知している。

 実力は殆ど互角だろう。

 強いて言えば、薫は足止めを前提にしていればいい分だけ優位だが。他は幸運値で結果が左右しかねないほど、拮抗していると思われる。

 

「さて、楽しい楽しい喧嘩の幕開けだ」

「……そうね」

 

 白。というイメージが当てはまる天使が、漆黒の中で栄えていた。

 透明な刃が、その可憐な姿に似合っている。まるでガラスの芸術品を思わせるそれが、殺傷武器であると誰がわかるだろうか。

 

「あなたはいつもそう。愉快犯じみていて、まるで子供だわ」

 

 立ち上がる薫に、凛とした声が告げる。非難していると言うより、呆れの色合いが強い。今にも、彼女は軽く吐息して肩を竦めてしまいそうだ。

 対照的に、愉快そうな声が言う。

 

「まあまあ、気にするなよ。私もそれなりな報酬貰ってるし、お前さんの生徒会長業務を邪魔させてもらう。それだけさ。まだ、問答は必要かな?」

 

 いいえ、と紡がれた声が最後。世界は一瞬で反転した。

 何の前触れもなく二人の像が歪んだかと思うと、補強されたアスファルトがめくれ上がる。遅れて縁石が削られ、花壇に植えられた木々がへし折れ、一部の総合体育館のガラスへ亀裂が走った。

 一瞬で四回の火花を散らせた二人は、再び同じ立ち位置に戻って対峙。何の変化も無いように見えて、その実お互いの身体には無数の小さな傷が付いていた。

 薫が口元に笑みを浮かべるのと同時、かなでの口が小さく音を紡ぐ。

 

「ガードスキル『Delay』」

 

 刹那。正面にいたはずの少女は、そこに数秒の残像だけを残して消えた。否、一瞬にして背後に現れた。

 不味い。などと判断するのも鈍い。そう判断した瞬間には、彼女の『HandSonic』が背中を斬りつけている。

 血液が空中にばらまかれ、直後に薫のスキルも発動した。

 オートスキル『medical reverse』。それは、この世界で適用される『如何なる外傷も時間が経てば回復する』という規則(ルール)を超高速で再生する能力。

 時間が巻き戻るように傷口が塞がり、薫の裏拳が恐ろしい唸りでもって襲いかかる。

 当然。オートプログラム『over master』の補助を受けたそれは、一撃の下に人間を再起不能まで追い込める破壊力が混じっていた。

 今までも、これで戦死したSSSのメンバーは数知れない。そして、かなでがそんな彼らと同じになるかと聞かれれば、答えはノーだった。

 残像に1と0の破片を見ながら、消え去った本体の出現位置を予測演算する。

 三次元的空間において、どのような出現条件があるのかも知らない能力。単純に背後へ回るモーションしかないのか、それとも自在に移動できるのか。

 彼女のスキル『Delay』は、高速移動スキルかもしれない。あるいは回避モーションのアシストでしかない可能性もある。意識的回避なのか自動回避なのか。移動範囲を予想し、次に来るだろう一撃を想定し、そこから更に出現場所を逆算。

 それらの思考を刹那の世界でフル回転させ、同時に身体を回す。

 

「ははハは、楽しいな生徒会長!! 私は今、実に楽しいぞ!!」

 

 瞬間。薫の拳が飛んだ先に、かなでが出現した。

 逃げられる距離ではない。避けられるタイミングでもない。当たる。そして、華奢な彼女は間違いなく吹き飛ぶ。

 だが、それだけだ。肉体を穿つ鈍い音でかなでが吹き飛ばされ、くるりと綺麗に回って着地してしまう。

 理由は簡単だ。

 薫にオートプログラム『over master』があるように、かなでにはパッシブなガードスキル『overdrive』がある。力の相殺とまではいかないまでも、底上げした身体能力で対応されたのは必然だ。

 

「オートプログラム『over master』アプリケーション『axel status』」

 

 故に追撃しなくてはならない。魔法の言葉でステータスをスピードに全振りし、霞むほどの速度で追いかける。

 彼女のスキル『Deray』と同等の速度が、景色を線に変えていく。

 最早、周りが見えるわけもない。綺麗に着地して応戦の姿勢を整えたかなでも同様だ。

 お互いがお互い以外の全てを、視覚で認識できない。同じ速度で動く者だけが見える世界。部外者の動体視力を軽く越え、ある意味で隔離された次元の戦闘が繰り広げられる。

 透明な剣を払い落とし、拳を叩き込んで、身を舞わす。高速の攻防で、金属を削り取るような高音が連続していた。

 同格、互角、拮抗、千日手。

 どちらも決定力には欠ける手札しか出していない。どちらも同じ程度の力しか出していない。まだ上の出力が出来ると理解していながら。

 

「ああ、楽しい。楽しすぎる。だが生徒会長、何故全力ではない? お互いが全力なら、更にもっと尚更楽しくなると思うが?」

「あなたが全力じゃないからよ」

「莫迦、こういうのはレディーファーストって言うんだよ。お前が全力を出してから、私も全力を出す」

 

 暗いグラウンドで重奏する音の疾走が、一際大きな音で途切れた。

 総合体育館を背後に薫が出現する。その対面にかなでが着地する。僅かに肩で息をする両者は、体力すらも同等だ。

 二人の間にあるのは、たかが五〇メートル程度の距離。全力で足に力を込め、踏み出せば一歩で詰められる障害。されど、互いの動きは停止した。

 同等とは言え、体力は十分に有り余っている。意志も伴っている。戦力など当然のように付いてくる。

 では何故か。簡単だ。薫の背後、総合体育館の正面玄関が照明でライトアップされたから。

 警戒で動きを止めたかなでに対して、満面の笑顔が口を開く。

 

「これが私の報酬と共に、仕事の終了を宣言してくれる。さあ、踊ろうじゃないか生徒会長。いや、立華かなで! タイムリミットは僅かだが、エンドロールが鳴り終わるまで……ひとつ、お付き合い願いたい!!」

 

 声と同期して、手が虚空に突き出される。

 何もない。ただの夜で塗り潰された空間に、薫の手が真っ直ぐ差し出されていた。

 掴む。無いものを掴むように、手のひらが不気味な動きを作り出す。続くのは、世界を浸食する声だ。

 

「アクティブプログラム『Divine create』」

 

 ブレた。

 空気が、空間が、世界が。ノイズを辺りにバラ撒き、ブレを基点に右手が引き抜かれる。

 延長線として表出するのは、二メートル超過の剣。とても、常人が扱うとは思えないような武具が顔を出す。

 異様だった。異常だった。異形だった。

 軽々と重量不明な長剣を振り回し、薫は満面の笑顔をかなでに送る。その存在そのものが、あまりにも有り得ない。

 

「さあ、始めよう」

 

 全力。

 一曲はせいぜい四~五分程度。その間に限定された、互いの全速力。

 曲だ。と気軽に言う声で、準備を終えた舞台が稼働した。

 ガルデモ。彼が最も好きなバンドが、かなでとの戦闘に華を添える為『Alchemy』を奏でる。

 曲は独奏から始まり、音が合流するタイミングで動く。

 歌詞の発音と、激突の衝撃はほぼ同時。後は加速の中で同じ速度の者同士しか入れない空間と、それでも耳には届く歌の満ちた世界が展開するだけ。

 休みなどしない。曲が流れている間中、薫とかなでの足は踊り続ける。

 右へ左へ退いて踏み込み回り沈んで跳びぶつかる。

 全速だ。全力だ。全開だ。

 既に常人の動体視力など軽く越え、手足の動きに関しては互いの視覚範囲を超えつつある。思考速度など、最早自身にすら把握できていない。

 ギリギリ。何か一つが僅かで小さな誤作動を起こせば、それだけで全てが終了してしまう。

 たかが四分程度、などという思い込みはぬるい。一瞬のようにも、あるいは永遠のようにも感じられる時間が流れている。

 同位。拮抗している実力だけでは、どちらを劣性にも優勢にもしてくれない。世界は平行線で、そのまま進んで行くだけだ。

 

 

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