「そうか。わかった、指示は追って伝える。」
国防陸軍大将、濱崎は常に険しい表情のまま電話を切り、ため息をついた。
「今の、雪村からで?」
「そうだ。」
電話中に戻ってきたのだろう。いつの間にか側近が戻っていた。
「それで」
「はい、暗部からの報告通り、やはり国内に残党が残っていました。」
濱崎達が追っているのはかつて軍を乗っ取りその危険思想から国を、世界を危ぶみかねない組織。モダニズム同盟である。
「武装させられていた特装兵は保護出来たのが幸いだな。」
「しかし、まだ一部幹部と技術者が逃亡しております。」
奴等の何人かは海外に逃げた。報告によると雪村達もその残党と交戦したようだな。
しかし、我々の捜索を掻い潜り国内に潜伏している奴等がいたのだ。
「奴等はどこに?」
「同盟支持者が保有していた工場です。暗部と閣下の部隊が突入しましたが、残っていたのは雑魚ばかりです。」
「そこで何を?」
「奴等が簡単に口を割ると?ですが、あそこは同盟の研究所が作った兵器を保管する場所だったことが分かりました。そして、我々が行く前に何かを運び出しています。」
「‥‥そうか。」
「閣下?」
「雪村によると、西で異変が起きている。話からして恐らく特装兵が使われている。」
「ま、まさか!逃亡した技術者が西方諸国に兵器を提供していると?」
「ほぼ間違いないだろう。」
インド軍と思わしき軍が特装兵を使い西方海域の深海棲艦に攻撃を仕掛けた。それとほぼ同じ時期に運び出された何か‥‥関係ないわけがないな。
「君は逃亡している要人の名簿を雪村君に送りたまえ。後早急に運ばれたものは何かを突き止めろ。」
「はっ!」
側近は踵を返し早速取りかかる。
彼が出ていくと濱崎はこれまで部屋にはいたが黙っていた男に声をかける。
「君にも頼みがある。」
「私にということは我らが会にということでしょうか?」
「雪村君に助けを送りたい。君の所から数名出してもらう。」
「しかしながら、我々の会はあくまで同じ境遇の者が身を寄せあった将校クラブに過ぎませぬ。とても閣下の部下のような隠密は出来ませんぞ。」
「いや、今回は深海棲艦がらみだ。君らが適任だろう。それに、中には彼女らに殺されかけて死ななかった腕利きもいるだろ?」
「それでしたら丁度二名ほどキープしています。」
「よし。彼女の援護はその二人に任せよう。後は私の仕事だ。」
最悪の事態だけは阻止しなければならない、その為なら打てる手は全て打つ。
「お前は早速手筈を整えろ。俺は元帥と話してくる。」
「ハッ!」
だから、頼んだぞ雪村!
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「ルリさん、落ち着いて。その凶器を下ろして。」
雪村はいつも通りルリに砲身を向けられていた。
「いやーちょっと?かなり?調子に乗って変なお願いしたのは悪かったよ?でも、今の私事実深海No.3の偉い人でしょ?攻撃しちゃあ不味いよ」
「虎の威を借る狐が!」
ルリはようやく砲身を下げた。
「ふん!」
「も~マスターってばルリさんをまた怒らせて。」
「そうそう、変なお願いなら私にしてよね。」
「先輩!」
「あはは‥‥それじゃ話を戻すよ。」
「あ、話題変えた。」
「私達は西に行くことにしたけど。私が考えた進路を見てくれない?」
「どれどれ?おい、何故大陸を沿って行くのだ?インド軍とやらに鉢合わせるぞ?」
「ええっと。どのみち船の備蓄的にそろそろ港に入る必要があったのと、実はインドに行くように閣下からの指示があったの。」
「うん?どういうこと?何でインドに?」
カナが不思議そうに首を傾げている。可愛い♪
「それは私にもわからないけど、閣下の命令だからね。それに、大陸に沿って行けば独立群体を避けて西に行けるし、まさか日本国籍の船がインド軍に意味なく攻撃されるとかないだろうし。」
「なるほど。人間が人間を襲う理由がないもんね。」
「なのでとりあえずは、ここの港に入るよ。」
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「何か、すんなり入れたね。」
港町で買い出しに出たのは私とカナ、ヨウの3人だ。ルリとソラには船に残って貰っている。
「そう言えばここってどこの国の港なの?」
「うーん、強いて言えばこの港周辺がもう既に一つの独立国みたいなものだよ。」
深海棲艦との戦争開始により政府が崩壊して国が崩壊した地域は多い。
その為、滅んだ国が小さく分裂したり、かろうじて機能している都市が自治を行うなどは珍しくはない。
「この辺りで開戦前のまま国として残ってるのはインドくらいだよ。」
「ヘェー。」
買い物は済んだし早く船に戻ろうかな。と思ってた時に近くの果物の屋台で店主と客が話しているのが聞こえた。
「おい、聞いたかよ。」
「ああ、聞いたぞ。何でもインド洋連合に参加しないと言った都市や国が攻撃されたってな。」
え、なにそれ?
「あの‥‥その話、詳しく聞いてもいいですか?」
「アンタ誰だい?‥‥別に話してもいいが‥」
「店の果物全部下さい。」
「毎度!」
少し量があったのでカナとヨウに往復して運んで貰っている間に店主から話をきいた。
「アンタ、インドが最近になって軍拡している噂を知ってるか?」
「はい。(本当は知らないけど)」
「じゃあ話が早い。丁度その頃になってからインドが大規模な軍事同盟を作ろうとしてたのさ。そんでその名がインド洋連合軍ってよ。」
「インド洋連合‥‥」
「それで、そのインド洋連合が周辺小国に呼び掛けて連合参加と軍兵の召集を呼び掛けたのさ。」
「それで、各国はどの様な反応ですか?」
「賛否両論さ。なんせ、あの同盟の目標はインド洋にいる深海棲艦を倒すことなんだからな。そんな事できるのなら凄いが、せっかく戦争が終わったのに藪をつつくみたいな事されたくはないさ。」
「なるほど‥‥では先程言ってた攻撃されたと言うのは?」
「ああ、最近になって奴らの要請が強くなったんだ。それで、奴らは参加しない国は人類の敵と見なして攻撃するって言って来たんだ。その直後だな、シットウェーが攻撃されたのは。」
「‥‥」
これは思ったよりも大変な事になっている。
「嬢ちゃん?」
「うん、話してくれてありがとう。」
雪村は店主にお礼を言って別れた。その道中、雪村の顔は真っ青だった。
「マスター‥大丈夫?」
カナが心配そうにしている。
「ごめんカナ、ちょっとビックリしちゃってて。」
雪村は事の重大性に震えていた。これはもはや人間と深海棲艦の争いではない。
深海棲艦と講和する者と敵対する者、そのどちらかに与するかによって敵味方が判別されている。
人間と深海棲艦の戦争が違う主義の戦争になってしまっているのだ。主義主張が違うだけで今度は人間同士が殺し合うのだ。
「それだけは‥‥いけない。」
この戦争。もしも私がどうにかすれば止められるの?いや、その場合、私は間違いなく人間とも戦うことになる。私にその覚悟はあるの?
大切な人を守りたいと思って国防軍人になったこの私にそれが果たしてできるの?
「マスター‥‥」
カナはそっと雪村の手を握る。彼女の手は震えていた。
「あっ!先輩!雪村!大変!!」
「ヨウちゃんどうしたの?」
「ここに向かって来る艦隊がいるってルリさんから通信が!」
「!?」
ま、まさかインド軍が?
「クッ!」
「マスター‥‥」
「今ルリさんとソラさんが様子を見てる。あ、また来た!」
ヨウが通信機の電文を読んでいる。
「インド軍と思われる軍艦3隻と雪村の言っていた特装兵の駆逐隊が1つ。この港に向かって‥‥え?」
「どうしたの?何かあった?」
「インド艦隊とは別の艦隊が出現。インド艦隊を後方から襲い撃破、多分‥‥同族の艦隊だって。」
「‥‥!」
まさか、2つ同時に来るなんて。片方が潰れたのは有難いけどできれば避けたかった敵が来た。
「ルリさんがどうするか指示を求めてる。」
「‥‥私がいく。」
「だ、駄目だよマスター!」
「そうよ何を言ってるの!」
二人が猛反対する。
「これでこのままだとこの町が危ない。」
「でも‥‥」
「大丈夫。私に考えがある。」
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その頃、ルリとソラはヲ級率いる艦隊を足止めしていた。
「はぁ‥‥何で同族の戦艦が邪魔をするのかな?」
「お前らこそなぜこんな田舎の港を攻撃する必要がある。誰の命令だ!」
「そっちこそ。誰の命令でこんな勝手な」
「残念、これは正式な命令だ。」
「はぁ?人間を助けろなんてどこの泊地の姫が‥」
「私だけど!」
「ん?船‥てか人間だ。」
「私が足止めしろって命令したの。」
「なに?人間がどうして?アンタら寝返ったの?」
「中枢に従わないお前らが言うなよ」
「これ。」
雪村は例のモノを出した。
「うん?なにそれ?」
「ヲ級様!あれは証です!?つまりあの人間が中枢棲姫様の許可を得ていることに!?」
「そうよ。つまり私がこの場で一番偉いって訳です。ですからあなた方にも命令します。直ちに撤退して下さい。」
「はぁ?!どうして私がアナタに指示を聞かなきゃ?」
「ここに欧州棲姫の証もあります。つまり私は深海の史実3番目の立場です。その私の指示を聞かないのは深海棲艦への反逆です。」
「ぐぬぬ、人間のクセに姫の威を借るなんて!」
「はは、同じような事を言われたよ。」
「‥‥人間、アナタの名前は?」
「雪村美琴。日本国防陸軍の大佐で今は日本の対深海交渉の全権を担ってます。」
「ユキムラ‥雪村‥‥ねえ?どこかであった?」
「いや、深海の空母に姫以外に会うのは初めて。」
「そう‥‥。私は西方群駆逐棲姫の配下、ヲ級。アナタの命に従います。」
ヲ級が深海特有の臣下の礼をとる。
これに雪村達は一先ずホッとする。
「しかしながら‥」
「何か?」
「何分証の使者に作戦を止められるのは前例がありません。なのでこのまま引き揚げたら私が上司を納得させられません。なので」
「私にどうしろと?」
「アナタ様には我等が泊地に赴いて姫様に事情を説明していただきます。」
このヲ級‥‥
つまり、引き下がるから私について来いと。ただでは従わないこの切り返し。私も好きかも。
「ご同行、お願いできますかな?」
「おい、貴様!!」
「ルリさん、ストップ。」
「しかし!」
雪村はルリにだけ聞こえるように伝えた。
「これはチャンスかも。彼女らが案内してくれるなら少なくともその間は安全だし、独立群の姫に会える。」
このピンチをチャンスに変えてやる。切り返しの上手さはヲ級には引けをとらないぞ!
「マスター‥」
「大丈夫だよカナ。また四人揃って海猫荘に帰るまでは死ぬ気はないからね」
「約束だよ」
「もちろん♪」
雪村とカナは指切りをした。
「さてと、待たせたね。じゃあ連れてってよ。アナタの上司の所に。」