剣と魔法の世界、それは俗に言うファンタジーワールド。
その世界の住人は剣と魔法を使い、ゴブリンやオーク、サイクロップス、ドラゴンなどと言った創造上の魔物と呼ばれる敵と戦い、時には勇者と呼ばれる正義の戦士となり、魔王と呼ばれる世界征服を企む悪の軍団と戦うこともある冒険や興奮、感動に満ちた世界である。
しかし、その世界のモデルになったのは、残酷な中世ヨーロッパだ。
これらの影響で、騎士や貴族たちが生きていた中世時代のヨーロッパは華やかな世界に見えるが、蓋を開けてみれば、身も震えるような事が日常茶飯事だった残酷な世界だった。
そしていま語られる空想の冒険談は、残酷な中世ヨーロッパの世界と、ファンタジー溢れる世界を交合わせたドラゴンの世界だ。
その物語の名はドラゴンズドグマ。
恐るべきドラゴンは伝説の魔物、あるいは厄災として語られる物語である。
ある渓谷地帯で、一人の余りにも輝かしい禿げ頭が特徴的な青年が荷車を引いて人里へと下っていた。
青年は身長175㎝とこの世界では中々たくましい体格であり、頭皮に髪さえ生えていれば、女性たちに囲まれていただろうが、ある理由で二度と生えることは無い。
その青年が引いている荷車の荷台には、なんと恐ろしい事か、一つ目のサイクロップスの首やライオンの頭、トロールの首と言う魔物たちの首が詰まれていた。
それらの大型の魔物の首を斬りおとすのは、並大抵の体力では不可能だが、青年の腰には剣一本すらぶら下がっておらず、代わりに小ぶりのナイフを収めた鞘がぶら下がっているだけだ。
果たして青年は何者か?
理由は後に青年の前に起こる出来事で分かる。
「これで幾らになっかな? おっ、ゴブリン。そんで襲ってるし」
青年は引っ張っている荷車に積まれた戦利品が幾らになるかを楽しみにしていれば、ゴブリンと呼ばれる小鬼の魔物の集団に襲われている夫婦を見付けた。
夫は妻を庇いつつ、槍を振り回して棍棒などの雑多な凶器を持つゴブリンらを近付けまいとしているが、あれでは長くは持つまい。
「おかしいな、ここらのゴブリンは滅多に人なんて襲わないのに」
自分が住むこの渓谷地帯を長年住んでいて魔物の生態系を知っているのか、旅の夫婦を襲うゴブリンたちを異常と悟った。彼が知る限り、ここに住む魔物はこちらから危害を加えない限り襲ってこないのだ。
ここの生態系を住み続けて熟知していた青年は旅の夫婦を助けるべく、荷車から離れてゴブリンたちの方へ向かった。
「グェ?」
近付いてきた青年に対し、夫婦を包囲していたゴブリンたちは一斉に振り返り、殺意をそちらに向ける。
そんな殺気満々のゴブリンらに対し、青年はなぜ旅の夫婦を襲うのかを問う。
「お前ら、なんで人を襲うんだ? そいつ等がちょっかい掛けたか? にしてもこれはやり過ぎじゃねぇか?」
夫婦がゴブリンらに仕掛けたと想定して問い掛ける青年であるが、件の夫婦は表情で何もしていないと語る。
「ギヤァ!」
夫婦の様子からしていきなり襲われたと分かった青年はゴブリンの方へ視線を寄せれば、ゴブリンは自分の獲物を青年に向けて振り下ろして来た。
「おっと!? たくっ、平和的に解決しようかと思ったのに」
いきなり攻撃してきたゴブリンに対し、青年はこれ以上の交渉は無駄だと判断して振るわれた棍棒を左手で掴み、腰の短剣を抜かずに右拳をゴブリンの左脇腹に打ち込んだ。
ゴブリンはただ殴るだけでは倒せない。誰もがそう思っていた。だが、物の数秒後でその常識は覆される。
なんと、殴られたゴブリンは一瞬のうちに白骨死体となったのだ。
殴られた影響で吹き飛んだゴブリンの肉体は、骨だけを置き去りにして近くの岩場にこびり付いている。
これには夫婦とゴブリンらは驚愕し、茫然としていた。
無理も無い。青年が軽く殴るだけでゴブリンが骨だけになったのだから。
「ギ、ギヤァ!?」
「お、おぉぉぉ…!?」
ゴブリンらが恐怖し、尻餅を付いて我先へと逃げ出し始める。
だが、旅の夫婦を襲っていたのは普段のゴブリンたちだけでは無い。
ホブゴブリンと呼ばれるゴブリンの上位種がそれぞれの得物、それも人間が戦いの際に用いる片手剣やメイスなどを持って青年に一斉に襲い掛かって来た。
体格は猫背で低く見えるが、170㎝の人間ほどの身長はあり、腕力もゴブリンよりも高い。そのホブゴブリンが四方八方より飛び掛かって来るので、傍から見れば青年は一貫の終わりかに見えた。
だが、青年は殴るだけでゴブリンを白骨死体に変える恐ろしい力を持つ戦士だ。ここに来てまたも、この世界における人の常識が崩された。
青年は飛び掛かって来たホブゴブリンの動きをまるで読んでいるかの如く避け、一撃必殺の拳を打ち込み、次々と倒していく。
時にはチョップ、蹴りを入れて人間の防具を身に付けているホブゴブリンらを倒し続ける。この時の青年の両目は閉じたままであり、心で敵の動きと殺気を読んでいるようだ。
時に余りにも強力過ぎるのか、首が飛んだり、蹴りで上半身と下半身が千切れたりするなど、惨たらしい死に方をするホブゴブリンが目立つ。
「ふぅ、終わった。大丈夫ですか?」
襲って来たホブゴブリンを全て一掃した青年は、返り血をズボンに挟んであったタオルで拭き取り、旅の夫婦が無事であるかを問う。
「あ、はい…助かりました…」
その夫婦は拳や蹴りの一撃で魔物を殺傷する青年に震えていたが、何とかお礼を告げる。
そんな夫婦に対し、青年は馴れ馴れしく世間話をするかの如く喋り掛けた。
「あぁ、お礼とか良いんすよ。俺、これあるし。にしても、おかしいっすよね。なんか近頃の魔物が凶暴になるなんて。俺はこの辺に住んでて世間の事あんま知りませんけど、今なんか厄介なことになってます?」
「えぇ、はい…ベヘモットやドレイクとは比較にならない大きなドラゴンが現れてから、魔物たちが急に凶暴になりまして。ここは大丈夫かと思いましたが、まさかゴブリンまでも…」
「うわぁ、やべぇことなってんじゃん」
何気なく世間がどうなっているかを問われた旅の夫婦は、少し戸惑いながらも世間が今までの竜とは比較にならない大きな竜が現れてから魔物たちが凶暴化し、危険な世の中になったと答えれば、青年は暫く人里に降りなかったことを後悔した。
「じゃあ、俺は近くの村にこれ届けるんで。貴方たちも早くこの山から下りてください。ほとぼりが冷めるまで、旅とかしない方が良いっすよ」
「はい、是非ともそうします」
「ありがとうございました」
青年は旅の夫婦に危険な時期が過ぎるまで旅をしないように告げれば、賞金首の首を乗せた荷車を引っ張って近くの村まで下った。
青年の名はパチ。なんとも適当過ぎる名前だが、禿げて魔物を一撃で殺せるまでは、至って農村に居るような若者の一人に過ぎなかった。
それまでは家族と共に農業を営み、同じ村の娘と結婚して農村で一生過ごすかと思ったが、ある戦士の活躍を旅の芸人の唄で聞き、自分も戦士になりたいと思い、戦士の修行を独学ですることにした。
しかし、幾ら経っても思うように強くならない。そればかりかゴブリンに挑んでも数の多さで死にかけるばかりだ。
そんな自分が理想する最強の戦士になるために修行するパチの元へ、自分が理想する戦士に近い形の屈強な戦士が現れ、ある物と引き換えに一撃必殺の力をくれた。
パチは他人の力を借りてまで最強になりたいと思うほどの落ちぶれてはいなかったが、日々の鍛錬を行っても、鍛錬をさらに厳しくしても、いつまで経っても強くならないので、思わず一撃必殺の力をある物と引き換えに手に入れてしまったのだ。
そう、頭の頭皮に生えてある全ての髪と引き換えに…。
このおかげで、パチは一撃必殺の力を手に入れ、ありとあらゆる敵を一撃で粉砕できるようになった。
世間から恐れられているあるドラゴンを除いて…。
「久々に来たけど、相変わらずでっけぇーな、おい」
パチは人里で賞金首の魔物の首を担当官に渡した後、自分が住む君主制国家の首都である王都に来ていた。
王都へ来るついでに、王国や商会ギルドを悩ませていた大型の魔物、コロッサスやグリフィンを討伐し、その首を自分の荷車の荷台に載せて王都へと入って来たのだ。
コロッサスはサイクロップスと似たような魔物であるが、皮膚は分厚い。だが、そんなこと、一撃必殺の力を持つパチには関係ない。
グリフィンに関しては、そこらの大き目の石を拾い上げ、飛んでいる所を投げ付けて地面に叩き落とし、とどめを刺すだけだ。
「お、おい! またあいつだぞ!?」
「数カ月ぶりに見たが、トンデモねぇ奴だ!」
パチは以前にも王都に討伐し魔物の首を持って来ていたのか、王都に住む者達からちょっとした話題になっているようだ。
ちなみに、その時は討伐した報酬金で歓楽街へ行き、娼館に寄って童貞を捨てた。
周りの視線を気にせず、パチは荷車を引きながら前に来た時に担当官が居た場所へと向かう。
「すいません。依頼書にあった魔物、ここに行くついでに始末したんで、報酬下さい!」
「っ!? お前、この前の禿か! たくっ、著名な騎士や傭兵、ハンターが寄って集っても始末できない魔物を一撃で殺すなど。全く持ってお前は魔物よりも恐ろしい奴だな!」
「あぁ、その代り、髪、生えなくなったんですけど。ちょっと、暫く遊んで行くんで」
担当官に文句を言われながらも、張り合いもせずにパチは報酬金を受け取り、その金で羽を伸ばすためか、王都の中心部へと向かった。
夕焼けに空が染まる中、パチは王都中心部を見回し、その広さに驚愕していた。
「色々あんな。ちょっと迷いそう」
普段、来ない王都に色々と自分が見たことも無いような物を見て舌を巻く中、パチは夜の歓楽街へと行こうとした。
「おい、なんだあれは!?」
「何か飛んでるぞ!」
「鳥にしては大きいな!」
「なんだ?」
パチが歓楽街に赴こうとした時、中心部の者達が何か騒いでいるのが耳に入った。
彼らが一斉に視線を向けている方を見れば、巨大な鳥のような何かが王都に迫っていることが分かる。
単眼鏡を持っている者は直ぐにそれで遠くに見えるそれを見て、驚きの表情を浮かべる。
「あ、あれは…ドラゴンだ…!!」
単眼鏡でこの王都に迫っている正体が見えた男は、直ぐにここに迫っている正体の事を告げた。
「ば、馬鹿な!? 王都にドラゴンは来ないはずだ!?」
「そうよ! ここは安全な筈よ!?」
「いや、マジでドラゴンだ! それも俺が今まで相手して来た奴らよりもデカい!」
迫って来る巨大なドラゴンに対し、住民たちが動揺する中、パチは単眼鏡を使わなくとも見える為、それが確実にドラゴンであると確信して戦闘態勢を取る。
現に王都を守る兵士たちも、ありとあらゆる防衛設備で上空から迫るドラゴンを迎え撃とうと慌しく動いており、住人に避難するように叫び兵士も見える。
『避難しろ! ドラゴンが来る!!』
「おいおい、ここは安全圏だろ。たくっ、遊んで行こうかと思ったのに」
兵士たちが避難するように叫ぶ中、パチは住人たちと共に避難せず、ドラゴンを迎え撃つために大型の魔物専用のグローブを両手に填める。
そんな素手でドラゴンに立ち向かおうとするパチに対し、兵士の一人が避難するように告げる。
「おい、ハゲ! お前も避難しろ! ドラゴンに八つ裂きにされるぞ!!」
「いやいや、ここは俺の出番だって! あんた等が先にどうぞ!」
「馬鹿たれ! 気でも狂ったか!? ここは我々ぶべっ!?」
「ごめんな」
素手で挑むパチを異常者と判断して、手にしている槍を使って無理にでも避難させようとする兵士に対し、少し加減をして腹に拳を打ち込んで気絶させた。
気絶させた兵士を巻き込まれないような位置まで移動させから、パチはドラゴンに挑もうと、戦いやすい場所まである広場まで走る。
『広場に降りたぞ!』
物の数分後で巨大な青いドラゴンは飛んでくる矢や大砲などを諸ともせずに王都に降り立ち、向かって来た兵士たちを口からの炎のブレスで焼き払う。
ブレスに焼かれた兵士たちは獣のような叫び声をあげ、火達磨になりながら苦しむ。
逃げ遅れた女子供などの住人達も炎に呑まれ、兵士たちや男達と共に火達磨になって悶え苦しんで死ぬ。
「これ以上はやらせねぇぞ!」
無抵抗な人々も含めて強力なブレスで焼き殺す巨大な青い鱗のドラゴンに対し、パチは怒りを覚えて全力疾走で広場へ向かう。
「う、うわ…!」
「っ!? 俺が行くまで焼き殺されるなよ!!」
全力疾走でドラゴンが居る広場へと向かう中、パチの視線に無謀にもドラゴンに剣一本で立ち向かう若い騎士が入った。
彼は勇気を振り絞ってドラゴンに一太刀を浴びせたが、ドラゴンの皮膚には全く効かず、傷一つすらついていない。そればかりか片手剣が折れてしまった。
「あっ、あぁ…!」
「レフ…!」
自分では歯が立たないことを知り、目前のドラゴンを恐れて震える騎士であるが、自分の背後に恐怖で身動きできない恋人が居ることを知り、彼女を守ろうと必死にドラゴンの前に立つ。
共にブレスで焼かれるか、大振りな尻尾を叩き付けられて死ぬと思い、騎士は自分の恋人を抱きしめ、それが来るのを振るえながら待った。
だが、その瞬間にパチはドラゴンの顔に向けてドロップキックをお見舞いする。
自分の攻撃を受けて殆どダメージを受けていないドラゴンに少しは驚いたが、ある程度ドラゴンが怯んだところで、パチは二人に逃げるように告げる。
「お前ら逃げろ! こいつは俺が何とかする!!」
「何所の誰かは分からぬが、感謝する!」
この言葉に応じて、騎士は恋人を抱き抱えて安全な場所まで逃げた。
「さて、青トカゲ野郎。今度は俺が相手だ」
顔にドロップキックをお見舞いしたのに、傷一つ付かないドラゴンに少し武者震いしていたが、パチはこの一撃必殺の力を確実に当てれば勝てると過信し、目前の青いドラゴンに自分が相手だと宣言した。
敵は強力なブレスを吐くドラゴンで、更にその巨体でこの王都を破壊しうる十分な力を備えている。
ここで早く倒さねば、王都に被害が出来るかもしれないので、パチは一撃で仕留めるべく、利き手の右拳に最大の力を籠め、一気に目前の巨大なドラゴンに接近する。
「これで、終わりだ! 青トカゲ野郎!!」
ドラゴンの胸に会心の一撃を打ち込んだパチ、これでドラゴンは原形をとどめない惨たらしい死体へと変わるはずだった。
「っ!? 嘘だろ…!? 俺の全力だぞ…!」
自分の最大限の一撃であるが、ドラゴンは少し仰け反る程度で、鱗は直ぐに治るくらいしかへこまなかった。
どんな敵でも一撃で粉砕する自分のパンチが効かないドラゴンにパチは動揺を覚え、思わず固まってしまう。
その隙を突かれ、パチはドラゴンの右手で弾き飛ばされそうになる。
「クソッ!」
攻撃される直前で我に返り、振るわれる右手を防ごうとするパチであるが、その右手の振り払いを受けた時、彼は物凄い勢いで吹き飛ばされた。
「(どういうことだ!? ベヘモットの突進はこれで防げるんだぞ!)」
同じドラゴン種の突進は絶えられるのだが、この青いドラゴンの攻撃はそれを遥かに上回る物であった。
強烈な攻撃を受けて全身骨折になって真面に動けないパチに、生殺与奪権を握る青いドラゴンはゆっくりと彼に迫る。
「…おいおい、厄災レベルか…? それとも、調子に乗ってた俺に対する罰か…?」
まだ動く口を動かし、目前に迫る死の運命が一撃必殺の力を手に入れて調子づいていた自分に迫る罰であるとパチは思った。
髪が二度と生えないと言う羞恥心的な犠牲で手に入れた力であるが、それとは割に合わない程の力だと、今まで一撃で殺して来た魔物たちを見ながら思っていた。
時が経つにつれ、少しばかりの修行で威力を調節できるようになってからは自分の力だと思い上がってしまう。
そのツケが来たのだろうと思い、パチは自分の運命を受け入れた。
「グァァァ!!」
そんなパチに対して青いドラゴンは、右手の鋭利な爪が生えた人差し指で、彼の心臓がある胸辺りを一突きし、心臓を抉り出した。
パチの悲痛な断末魔が周囲に響き渡る中、青いドラゴンは口を動かして彼に告げる。
周囲にはモゴモゴとしていて聞こえていないが、心臓を抉り出されてまだ息のあるパチにはっきりと聞こえた。
『お前は選ばれた。この心臓を返してほしくば、我の元へ来い』
その言葉が聞こえた後、パチは激痛の余り意識を失った。
次はポーンです。