「わ、分かったから。だから座って座って」
「あ、ゴメン」
立ち上がり涙目になるヨハネに廉が諭すように座らせ、ヨハネも冷静になりこの状況に気づいたようで恥ずかしそうに座る。
沈黙が再び起こる。
「よっちゃん」
「ヨハネよ・・・って、何?」
「ありがとう」
「え?」
「何かさ、涙目になりながら怒ってくれるのを見て、嬉しかった」
笑顔を見せながら話す廉。
そんな彼をヨハネはジッと見つめると、彼女も優しい笑顔を見せる。
「当たり前よ。リトルデーモンが悲しんでいる姿は見たくないわ。特に、私にとって特別な・・・リトルデーモンだから・・・ね」
その言葉を聞き廉は少し時間が止まっていたが顔を赤くする。
「あ、いや!そういうんじゃないんだからね!!」
「え!?あ、あぁ!!だよね〜!!」
言った事に理解したヨハネも顔を赤くしながら言い、廉も同調し二人で笑い合う。
喫茶店から出る二人は、最初に比べたら会話も自然と出来ている。
「そういえばさ、レンち〜ってピッチャーっていうんだっけ?やってたんだよね?」
「まぁ、そうだね」
「テレビとかネットとかでしか見た事ないんだけどさ、150キロとか投げれるの?」
「いやぁ150は無理かなぁ〜・俺出ても130キロ後半だし」
「ふ〜ん・・・良く分からない」
「でしょうねぇ〜」
ヨハネの言葉に苦笑いを見せながら話す廉。
「よっちゃんはさ、スクールアイドルは楽しい?」
「ん〜、そうねぇ。楽しいわよ?それに、世界中に私ヨハネのリトルデーモンが増えるんだもの♩クックックッ・・・」
「楽しそうだね・・・」
「あ〜、何よその反応〜。バカにしてるでしょ〜」
「してないしてないよ〜・・・」
「嘘つきなさいよ!明らかにバカにしてるでしょその顔!」
顔を引きつりぎこちない笑顔を見せる廉にツッコミを入れるヨハネ。
「・・あはは♩」
「もう!・・・あはは♩」
可笑しくなったのか笑う二人。
するとその時、仲見世に大きな声が響いた。
「ドロボー!!誰か!!」
聞こえたのは駅側の方角。
廉とヨハネが声のした方向を見ると、二人の隣を自転車が通り過ぎる。
目で追う廉、その自転車に乗っていた男性の手には女性物のバックが握られており、すぐに引ったくりである事が分かる。
「おら!どけぇ!!」
人が行き交う通りの真ん中を突っ切るように走る自転車に通行人は逃げるようにどく。
「え!?引ったくり!?」
「ちょっと持ってて」
「え?」
ヨハネが驚きながら言う。
すると、表情が変わった廉はヨハネに書店で購入した本の入った紙袋と貴重品の入ったバックを預けると体全体に力を入れるようにスタートを切った。
「え?!追いかけるの!?」
相手は自転車。
普通の足なら到底追い付く事はない。
そう、普通の足なら。
「はっはぁ!このまま逃げ切れば・・・」
半分ほどまで走っていた自転車の男性は余裕そうな表情をしながらスピードを緩めながらチラリと後ろを見る。
するとなんと、人ごみを上手く避けるように全速力で向かってくる少年、廉の姿があった。
廉とすれ違ったのは駅側の仲見世入り口付近、自転車はコインパーキングがある付近を通過した所まで来ていた。
「えぇ!?」
気づけばあと数メートル程の所まで来ている廉に自転車の男性は驚き、自転車のペダルに力を入れる。
「は、速!!」
「おぉ〜、あの子は聖秀の橘か」
「え?おじさん知ってるの?」
廉のスピードに唖然とするヨハネ。
その隣で感心したように中年ほどの男性が話すのをヨハネは聞き返す。
「知ってるの何も、沼津じゃ有名人だよ。肘を壊して心配してたが、あの様子じゃあ大丈夫そうだな」
「えっとレンち・・・、橘君はピッチャーじゃあ」
「あぁ、お嬢ちゃん野球知らない感じかな」
「あ、はい詳しくは」
「確かに、橘は投手として優秀な才能を持っていたよ。でもな、彼の力は投手だけじゃあないんだよ。打者としても一年生ながら1番投手を打つなど、最近じゃあ珍しい選手だったな。その1番の武器は・・・あの走力だな」
人ごみを紙一重で避けながら追いかける廉。
その姿に焦りながら自転車のスピードを上げようとする男性だが、ペダルに力を入れた瞬間に後ろにグイッと何かに力強く引かれる。
「逃げんなよ、泥棒さん」
「な!!??」
廉が追いついた。
自転車の後方部分にある荷物などを括り付ける荷台に手がガッシリと掴まれていた。
「ママチャリじゃあ、そんなスピード出ないでしょ〜、マウンテンバイクとかさ〜」
「い、いやいや!!ママチャリでも追い付く方がどうかしてるよ!!」
「え〜?そうかな?でも、お縄につくんだね」
そんなやり取りをしているうちに警察の人が到着。
自転車の男性は連行され、カバンは女性の元へと無事戻された。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
何度も頭を下げお礼を言う女性に廉は恥ずかしそうにしながら言う。
すると周りの人から声がかけられた。
「聖秀の橘君だろ?もう怪我はいいのか?」
「え?あ、はい」
「そうかぁ〜。また甲子園目指して頑張ってくれよ!」
「え、あ・・・」
「期待してるぞ!」
廉に向けられた声がけに廉は少し困惑していた。
彼がテレビで姿が映されたのは記憶に新しいとはいえ、まさかここまでとは廉自身思ってもいなかった。
(皆・・・覚えててくれてた・・・しかも心配まで・・・)
トボトボとヨハネの元へと戻る廉。
するとヨハネは目を輝かせながら廉に話す。
「レンち〜凄いのね♩」
「あ、あはは・・・まぁそれほどでも・・・あるかなぁ、なんて♩」
「でも、良かったわね。皆から心配されてて」
「あ〜、うん。そうだね・・・」
頰をポリポリと掻きながら照れる廉。
すると廉は真面目な顔になるとヨハネに言う。
「明日から、Aquorsの皆の所に顔出すよ。」
「レンち〜」
「そんで、ケジメつける」
「ケジメ?」
「うん。やっぱり俺には野球しかない。でも・・・投手が俺の全てなんだ・・・多分皆からマウンドで投げる姿を期待されてると思うんだ」
「レンち〜・・・」
「皆の期待に応えられない・・・だから・・・」
野球は出来ない。
その言葉を聞いたヨハネは、とても悲しい表情をしていた。
次回へ続く。