奴隷蛮行――そのメイド、特殊につき。   作:紙谷米英

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奴隷蛮行【1-1】

【1】

 

 運に見放された輩というのは、いつの時代にも散見される。空港のトランジットで荷物を紛失される、海外出張中に母国でクーデターが勃興する、たまたま私用で訪れた大使館にテロリストの襲撃……。現世の薄幸は枚挙に暇がない。

 日差し柔らかな、昼飯時前のイングランド西部。ウェールズ国境に程近い内陸の州――ヘリフォード・シャーの寂れたガソリンスタンドに、薄汚れた黒のバンが駐まった。いびつなへこみをこさえた後部ドアがスライドし、二十代前半らしき男ふたりが降りる。片方がバンの埃を被った給油口を開き、スタンドに備え付けられたセルフ式の給油ノズルを握る。もう一方は、並みならぬ緊張の浮かぶ面持ちで、せせこましい売店へ足早に向かった。バンには三人の男が残り、落ち着きなく眼を泳がせている。如何にも自信なげで不審者然とした様子だが、ここで仮に警官の職務質問を受ければ、その理由もおのずと知れるだろう。

 男らは皆、とある陳腐でよこしまな目論見に衝き動かされていた。服装は一様に、擦り切れたジーンズを履き、上着はくたびれたフーディやデニムのジャケットである。平日昼間に定職にも就かず、じめじめと締まりのない面構えは、世間から落伍した若者像を体現していた。売店のガラス戸が開き、先のろくでなし一号がビニール袋を両手に現れる。男は往路と同様に小走りでバンへ戻ると、手にした袋を後部座席に放った。各々が袋へ我先にと群がり、調達されたの菓子やブリスターパックの惣菜を食い散らかし始める。車内のすえた体臭に、チョコレートと植物油のそれが添加される。働き詰めのエンジンが再始動し、そこに古い機械油と、手入れされていない空調の排気までもが加わった。きしむ車軸が悲鳴を上げ、バンはガソリンスタンドを後にした。

 陽の高いA49国道を北上する五人組は風体に違わず、ろくでなしの類であった。大学に行かず、幼少より軽犯罪を繰り返しては、幾度も留置所に叩き込まれてきた。先天的な遺伝子異常を除けば、こうした若者が増加する要因は、劣悪な家庭環境に帰すとする資料も少なくないが、その親も同様の家庭環境に身を置かれていたというのは、想像に難くない。極めて広範な目で見れば、悪童誕生のメカニズムは、親族間の連綿たる遺伝子の欠陥とも受け取れる。地上に生を受けた時点で、個人の生の設計図は、その大半が完成してしまっているのが現実である。であるが、望まずして被害者の認定を受けた彼らへ、労働者の憐憫が寄せられる道理もない。資本主義や共産主義、果ては破綻国家の第三世界といった不能の共同体でさえ、この理は適用される。学歴と資格のないまま劣等感にいじけて社会に自身をねじ込めなかった者の末路が、このスクラップ寸前のバンにたむろしていた。

 社会の爪弾き者の筆頭――助手席で腕を組む二六歳のジム・カヴィルは両の眼が異様に小さく、その頭に黒い巻き毛が不潔に絡み合っている。歯茎の痩せ衰えたすきっ歯は、噛み煙草で色素沈着を起こしていた。手指の爪は伸びっぱなしで、何本かが不揃いに欠けている。

 カヴィルは菓子の油に汚れた指でグローブボックスを開き、道路地図を取り出した。皺だらけの地図には赤い印が点々と記入されており、それが商業地区に集中している。カヴィルは道案内するでもなく、バンを運転する相棒――ジェイソン・マッキニーの膝へ地図を放り、頭上の日除けを下ろした。マッキニーは首領の横暴を、右の眉を僅かに下げるだけでいなし、肩の脂肪に食い込んだシートベルトの具合を直した。巡回警官の停止命令を警戒して、シートベルトを装着しているのは、この車内にマッキニーひとりだけだった。

 車内は張り詰めた空気が充満し、乱れた呼気と、後部座席の一人――ルーカス・ダウダルの、ガムを咀嚼する音が不快指数を跳ね上げていた。ねちっこい水音に第三のろくでなし――バーニー・スプリングが舌打ちを発すものの、音の主は我関せずとサイドウィンドウに頭を預けている。無言の抗議に、スプリングの貧乏揺すりが始まった。不快な音と震動、それらを生み出す二人に挟まれ、後部座席中央の最年少――バイロン・ラスキンは苦悶に眉間を歪めて爪を噛んだ。

 バンは淀んだワイ川を越え、窓外を流れる平坦な田園風景が、都会然となりきれない灰色の街並みへ変じてゆく。右手には、この近辺では数少ない観光資源、ヘリフォード大聖堂がちんまりと佇んでいる。不心得者の代表、カヴィルの苔色の瞳が、ダッシュボードのデジタル表示を睨んだ。時計のセグメント数字の真ん中で、コロンの点滅が規則正しく秒を刻む。間もなくAMの表示がPMに切り替わり、画面にゼロが三つ並ぶ。カヴィルの瞳に、貪欲な暗光が宿った。ここからの一時間が、彼らにとっての勝負時であった。


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