奴隷蛮行――そのメイド、特殊につき。   作:紙谷米英

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奴隷蛮行【2-5】

 一九世紀のヴィクトリア朝、英国がその栄華の最盛期を迎えたのは、周知された事実である。が、その舞台裏で屋台骨を支えていた使用人に焦点が絞られるのは稀である。

 英国の国税調査は、一九〇一年時点での国内の使用人数を約一五〇万人と計上し、その内の約一三〇万が女性であったと示している。屋内使用人に限ればその男女比は一対二二と、字面にして一種のハーレムを匂わせる。この二二は更に家政婦長(ハウスキーパー)侍女(レディーズメイド)料理長(コック)……と、個々が専門とするで細分される。雇われ先の都合で、一人の使用人が複数の役職を兼務する事例も少なからず見られたものの、基本は技能別に割り当てられた職務のみを命じられていた――最下級の集団を除いて。

 当時の英国では産業革命を背景に、事業で成功した一部の労働者階級、いわゆる労働貴族が台頭し、上流階級に食らいつこうと躍起になっていた。家具の足を布で覆ってまで性を否定したこの時代において、外面は何よりも重んじられた。新参者の中産階級が貴族へ面通しを許されるには、己の明瞭な価値の表明が求められた。他者の私産を覗き見る、げに下品で変態極まる審査を通過するには、所有する土地や有力者とのコネクション、高貴なる血縁関係などが好都合であったが、そもそれなら労働貴族になどならないのである。いつの世も、お上は理不尽で頑固で、頭が悪い。

 しかしてこの不条理に、今日の英国紳士の礎を築く卿紳(ジェントリ)は抜け道を見出した。『有閑階級』と称される様に、この時期の上流階級の価値観には、暇を持て余して消費活動に勤しむ体たらくが、美徳としてまかり通っていた。この醜悪な美的感覚は特に女性に対して求められ、妻は家事や育児を使用人に放り、帰宅した夫を労う家庭の天使像たる役割を任ぜられた。安楽椅子から一歩も動かず、子供の面倒も観ずにぶくぶく肥えてゆくのは天使ではなく、女王蜂であろう。何にせよ、広大な領地を一望するお屋敷(カントリーハウス)に比べれば、使用人の雇用はそう高い敷居ではなかった。

 とはいえ、ぽっと出の成り上がり労働者が使用人に割ける身銭にも余裕はなく、多くは娘っ子ひとりを雇うのが精一杯であった。言わずもがな、学校や工房で専門技能を修得した者は皆無に等しく、その出自は田舎の農村からの出稼ぎや口減らし、身寄りのない孤児、新大陸から持ち込まれた黒人奴隷という有様であった。年端もいかぬ少女がある日身ひとつで親元から離され、都市部の見知らぬ邸宅で掃除に洗濯、食事の仕込みに暖炉への石炭補給、果ては悪ガキの面倒に至るまで、一切合切の給仕を命じられるのだから、人権などあったものではない。当時、使用人のホームシックを訴える手紙を運んだ郵便配達員は、霧の粒の数ほどいる。こんな次第であったから、見習い未満の使用人に仕事を一から教え込んだり、悲哀に暮れるのを慰めたりして、天使像になり損ねた妻が多かったのにも不思議はない。この未熟で不憫な少女らこそ、先述した最下級の家事使用人・雑用女中(メイドオブオールワーク)である。彼女らが英国史に下ろした根は深く、形態こそ幾らか変われ、現代においてもその姿は散見される。そして、人はそれを奴隷と呼ぶ。

 

 閑話休題、未曾有の曇天が襲来する二一世紀のイギリスはヘリフォード。暗雲に覆われた街の一角、人生の落伍者が滞留する吹き溜まりで、ある雑役女中の末裔が、業務規定に明示されない雑務(オールワーク)にかかずらっていた。彼女に課された任務は二つ。一つは、主人が愛飲するウィスキーを持ち帰る事。もう一つは、主人が愛してくれた己の操を、眼前の不埒な野獣から守り抜く事である。澄んだ碧眼が見据える先、スラヴ系の店員の指先で、琥珀色の〈ブラック・ブッシュ〉が揺れている。男の顔は銀色のピアスで溢れかえっていた下衆の尖兵たる男を前に、ブリジットは微笑みを絶やさずにいた。その張りつけた笑みの裏で、虫唾が全力疾走していた。


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