一九世紀のヴィクトリア朝、英国がその栄華の最盛期を迎えたのは、周知された事実である。が、その舞台裏で屋台骨を支えていた使用人に焦点が絞られるのは稀である。
英国の国税調査は、一九〇一年時点での国内の使用人数を約一五〇万人と計上し、その内の約一三〇万が女性であったと示している。屋内使用人に限ればその男女比は一対二二と、字面にして一種のハーレムを匂わせる。この二二は更に
当時の英国では産業革命を背景に、事業で成功した一部の労働者階級、いわゆる労働貴族が台頭し、上流階級に食らいつこうと躍起になっていた。家具の足を布で覆ってまで性を否定したこの時代において、外面は何よりも重んじられた。新参者の中産階級が貴族へ面通しを許されるには、己の明瞭な価値の表明が求められた。他者の私産を覗き見る、げに下品で変態極まる審査を通過するには、所有する土地や有力者とのコネクション、高貴なる血縁関係などが好都合であったが、そもそれなら労働貴族になどならないのである。いつの世も、お上は理不尽で頑固で、頭が悪い。
しかしてこの不条理に、今日の英国紳士の礎を築く
とはいえ、ぽっと出の成り上がり労働者が使用人に割ける身銭にも余裕はなく、多くは娘っ子ひとりを雇うのが精一杯であった。言わずもがな、学校や工房で専門技能を修得した者は皆無に等しく、その出自は田舎の農村からの出稼ぎや口減らし、身寄りのない孤児、新大陸から持ち込まれた黒人奴隷という有様であった。年端もいかぬ少女がある日身ひとつで親元から離され、都市部の見知らぬ邸宅で掃除に洗濯、食事の仕込みに暖炉への石炭補給、果ては悪ガキの面倒に至るまで、一切合切の給仕を命じられるのだから、人権などあったものではない。当時、使用人のホームシックを訴える手紙を運んだ郵便配達員は、霧の粒の数ほどいる。こんな次第であったから、見習い未満の使用人に仕事を一から教え込んだり、悲哀に暮れるのを慰めたりして、天使像になり損ねた妻が多かったのにも不思議はない。この未熟で不憫な少女らこそ、先述した最下級の家事使用人・
閑話休題、未曾有の曇天が襲来する二一世紀のイギリスはヘリフォード。暗雲に覆われた街の一角、人生の落伍者が滞留する吹き溜まりで、ある雑役女中の末裔が、業務規定に明示されない