奴隷蛮行――そのメイド、特殊につき。   作:紙谷米英

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奴隷蛮行【2-7】

 大雨が襲うヘリフォードの外れ、プレハブ構造が立ち並ぶ住宅街を、陰険な空気を満載した黒のフォード・トランジットが走っていた。五人の誘拐犯と一体の性奴隷を乗せたパネルバンは車一台分の隘路を当て所なく彷徨い、急に方向転換しては来た道を戻るといった、不審な走行を繰り返していた。それもその筈で、車内の誘拐犯は各々の意見を異に、壊滅的な内部分裂を起こしていた。ハンドルを握るマッキニーは、助手席の首領・カヴィルの見当違いな指示に、神経とタイヤをすり減らしていた。車外の雨は勢いを増すばかりで、人気など微塵もない。そもそも、撥水コートのないフロントガラスでは五メートル先さえ見通せず、ワイパーの一本が三分前から動かなくなっていた。道案内を仰ごうにも、親分に干渉すれば火の粉が掛かる。車内の成り行きを静観して、このまま一ブロック毎にハンドルを切り続けるのが最善と腹をくくった。

 座席を取り払った荷室では、巨漢のダウダルがガムを噛んでフォークを歌い、弱冠十九歳のラスキンはジャンク品の拳銃を握り締めて縮こまっている。残るスプリングがコンソールボックス上に身を乗り出し、血色悪くこけた頬をカヴィルに寄せた。

「おいおいカヴィルさんよぉ、どーこに奴隷がいるってぇ?」

 スプリングは額に手をかざして、地平線を見回してみせた。

「ねえねえ、どうするのぉ? カヴィルちゃぁん」

 スプリングの指が、コンソールボックス上でリズムを刻む。カヴィルは同胞のちょっかいに構わず、鼻息荒く住宅地図を睨んでいた。鼻の先に構えた地図を凝視する目は血走り、首を経て胸までもが血の気に赤く染まっている。誰の目にもカヴィルが爆発寸前なのが明らかで、今やお頭の器でないのも露呈していた。スプリングはルームミラー越しに、荷室に横たわる性奴隷へ顎をしゃくった。

「で、どうすんの? 今なら一発ヤって、そこらにポイすりゃいい」

「なら、俺が最初だ」

 音痴のフォークソングが止まり、ダウダルの野太い腕が奴隷の肩を掴む。姦通の危機を気取った奴隷は身をよじるも、仰向けに荷室を転がるだけだった。今後の予定を既に誘拐から輪姦に変じたスプリングが、にやけ面でダウダルに言い寄る。

「なあ、待てって。誰だって他の野郎の後で――」

「文句あんのか」

 倍の体躯にねめつけられると、スプリングはかぶりを振って退いた。おしゃべりを封じられた雑魚を余所に、ダウダルの両腕が暴れる奴隷の股をこじ開ける。

「くそ、ワンピースじゃねえのか……。おい、ちび助、上を剥け。口とパイオツは好きにしろ。俺のタイプじゃねえ」

 急な朗報に、ラスキンは銃を尻の上のウェストバンドに挟んで立ち上がる。被支配階級の存在が、少年の矮小な妄想を増長させた。手駒の身勝手を見過ごせず、名目ばかりのリーダーが助手席から荷室へ跳び込む。

「ふざけんな、誰がここを仕切ってると――」

 胸を強打されたをカヴィルが、荷室から吹き飛ばされた。ダウダルが、奴隷の下着を剥ぎ取る妨げを一撃するのを、ルームミラーが映していた。一部始終を見ていたマッキニーは、元リーダーの背中が自分に迫っているのに気付かなかった。

 重力と遠心力、速度と慣性、それら全てがねじれ絡んでひり出された暴力だった。空中で制御を失ったカヴィルはマッキニーの左半身へまともに激突し、その衝撃でアクセルが最大に踏み込まれた。急加速するエンジンの制止に、マッキニーはアクセルを戻してブレーキを踏み付けた。ところが車は減速せず、足下で癇癪めいた怒声が上がるばかりである。

「馬鹿! 俺の手だ!」

 激痛に喚くカヴィルが起き上がろうと、床に手を着く。バンが再加速し、カヴィルは頭からセンターコンソールにぶつかった。カヴィルが姿勢の安定に掴んだのは、アクセルペダルであった。その腰から拳銃が転がり、マッキニーの足下へ滑ってゆく。マッキニーは隘路の爆走に必死でハンドルを切り、確実にブレーキペダルを連打する。が、またも制動が利かない。ペダルの真下、床との間に拳銃が噛まれていたのだ。サイドブレーキを掴もうにも、その先端は白目を剥いて伸びるカヴィルのジーンズの股間に埋まっていた。英国では、小便の後にきちんとジッパーを上げる義務がある。

 バンは尚も加速を続け、雨粒がフロントガラスを這い上がってゆく。視界も何もあったものではなく、マッキニーは直感だけで車体の安定に尽力した。高度一万メートル以上で及ぶ性行為を俗に『マイル・ハイ・クラブ』と呼ぶが、時速一〇〇マイル(約一六〇キロ)で住宅街を尻を振るパネルバンでレイプに勤しめる程、この小悪党らの肝は据わっていなかった。荷室の誘拐犯は互いにぶつかり、宙返りを強制され、内装に身を打ち据えられた。攫われた奴隷は状況も知れぬまま喚きつつも、頭部を庇って危機に備えた。

 マッキニーはかつてない集中力を発揮し、暴走車輌の鎮静にあたった。速度計の針は最高速を離れ、身体に掛かる圧が減じていくのが感じられる。マッキニーは呼吸を整え、びしょ濡れの片手を相棒のジーンズに差し入れた。むっとした熱気を掻き分け、指先でブレーキレバーの感触を探る。カヴィル帰属の生温かいダミーに幾度も邪魔されながら、ジェイソン・マッキニーは遂にレバーの先端を掘り当てた。

「やったぞ!」

 ロック解除のノブを押し込むと同時に、前方の視界が開けた。住宅地を抜けて幹線道路に達した事実を把握するのに、マッキニーはコンマ一秒を要した。目前に迫り来る、白い構造物を認識する猶与はなかった。

 ハンドルを切る間もなく、バンは正面から構造物――奇しくも、世代違いのフォード・トランジットの横腹に突っ込んだ。時速六〇マイルの体当たりに白のトランジットが横転し、助手席を下に擱坐する。道行く自動車が次々と追突の二次被害を生じ、周囲はクラクションと悲鳴で溢れかえった。

 黒の誘拐トランジットはフロントガラスに蜘蛛の巣が走り、グリルから白煙を吐いていたものの、奇跡的に原形を留めていた。幸か不幸か死者はなく、大きな怪我を負った者もいない。マッキニーは萎んだエアバッグを顔から引き剥がし、状況確認に目を凝らした。急激な血圧の変化で、視界がモノクロに色を失っていた。シートベルトを振り解いて運転席から転げ落ちた先で、数多の光が明滅し、バケツをひっくり返した雨に乱反射していた。思考は未だ明瞭としなかったが、すぐにこの場を離れなければならない事だけは分かった。

「おい、助けろ!」

 声の出所を辿ると、額から流血するカヴィルが、運転席から自力で出られなくなっていた。マッキニーは単身で逃げる事も出来たが、拘置所に送られた馬鹿親分が道連れを謀るのが目に見えたので、渋々手を貸した。べこべこの助手席からカヴィルを引きずり出す頃には、方々でスマートフォンのカメラがストロボを焚いていた。

「見せもんじゃねえぞ!」

 逆上したカヴィルが、天に向けて拳銃を発砲した。無煙火薬の炸裂が、ほの暗い幹線道路に煌めく。大気を裂く銃声に、野次馬のシャッターはなりを潜めた。その代わりに、更なる阿鼻叫喚が事故現場を包囲した。積もり積もったカヴィルの愚行に、マッキニーもぷっつんした。

「いい加減にしろタコ!」

 詰め寄ってカヴィルの胸ぐらを掴んだその時、横転したトランジットのリアゲートが、内側から破られた。数人の男が荷室から這い出すと、各々が別々の方向へ散会し、雨の中へと姿をくらました。マッキニーは束の間の怒りを揉み消され、戻りかけている色覚を疑った。男らは、全員が明るい緑と黄色の珍奇なツナギを着ており、腕に鋼鉄の枷がはめられていた。男らが出てきた車輌は窓に鉄格子を備えており、前後を全く同型のセダン二両に挟まれていた。先程まで認識出来なかったが、周囲で瞬く光が青色であった事に、マッキニーは気付いた。その光の出所は、二台のセダンのルーフ上で機械的に回る回転灯だった。回転灯に照らされずとも、マッキニーの顔が青ざめた。彼らのバンが突っ込んだのは、二両のパトカーがエスコートする、囚人護送車だった。

「奴隷がいねえ!」

 バーニー・スプリングの叫びでマッキニーは我に返り、フロントが潰れたバンの荷室を覗き込んだ。積み荷が滅茶苦茶に散る中に、攫った奴隷の姿は認められない。荷室の隅では、ラスキンがまたも拳銃を手に小さくなっていた。

「いたぞ!」

 元来た住宅街を、ダウダルが指差す。その五十メートル先で、件の奴隷が腕を縛られたまま逃走していた。強風が頭を覆う麻袋をむしり取り、色濃いブロンドがたなびく。

「ぼさっとすんな、追え!」

 カヴィルの怒号でダウダル、スプリング、ラスキンの三人は得物を手に野次馬を押し退け、住宅街へ駆け出した。その後に続こうとしたカヴィルが、はたと振り返る。マッキニーが、その場に立ち尽くしていた。

「ぐずぐずするな!」

 カヴィルの命令は、副官の耳に届かなかった。ここに至り、果たしてあの性奴隷を追う価値があるのか、マッキニーは疑問を抱いた。交通事故による心身のショックもあり、精神に乖離が生じていた。自分は何をしているのか。どうしてこんな事になっているのか。ややもすると、別の人生があったのではないか。秒毎に小さくなる奴隷の背中を見つめ、彼女の逃走を阻む理由が何処にあるのか、ぼんやりと夢想していた。そして不意に、自分の両親はどんな顔をしているのだろうと、鍵を掛けて久しい記憶を紐解きかけた。

 護送車を先導するパトカーから、二人の警官が這い出てきた。どちらも消耗しきった様子で、一方は無線機を口許にあてがい、もう一方は腰の警棒に手を掛けている。警棒を抜いた警官が、マッキニーに誰何(すいか)を試みるや、鋭い破裂音が警官の足下に小孔が穿つ。

「行け!」

 拳銃を構えたカヴィルがマッキニーの肩を掴み、住宅街の方角へ押しやる。マッキニーの背後で、更に三発の威嚇射撃が放たれた。駆け出したマッキニーの心に、先の迷いはなくなっていた。最早、後戻りして済む話ではない。覚悟で踏ん切りを付ける猶与もなく、マッキニーは人の心をもぎ捨てた。奴隷誘拐犯の逮捕か、はたまた囚人の脱走に加担した闖入者の拘束にか、応援に寄越されたパトカーのサイレンが迫っていた。


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