奴隷蛮行――そのメイド、特殊につき。   作:紙谷米英

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奴隷蛮行【2-8】

 乱心する敗北者を尻目に、ブリジットはトートバッグの肩紐を正し、店の出入口を目指した。豪雨が全方向から店の外壁を叩き、会計の殴打音を掻き消していた。規格外の降雨に利用者がどよめき、そこに戸外から数人の避難民が駆け込んできた事で、店内は騒然となった。爆増した湿気でカビ臭さは倍加し、住処が水没したドブネズミが縦横無尽に駆け回る。出入口の傍らで、用心棒が濡れ鼠となって放心していた。

 狂乱の中、ブリジットは懐中時計の蓋を弾いた。――一二四〇時……うん、これなら大丈夫、だよね。タイムテーブルの修正が不要と断じたブリジットの正面、サヴェジ日用品店の出入口から三十メートル離れた道路上を、ずぶ濡れになって走る影が認められた。身の丈は約百六十センチ。ブリジットのそれとよく似たブラウンのメイド服を着て、こちらへ向けて走っている。――女の子……性奴隷、だよね? 濃いブロンドの髪を振り乱す少女の姿を、ブリジットは何処か不自然に感じていた。両腕を振らずに走っているというのもあるが、自身に通ずるものを少女から気取っていた。

 ずぶ濡れの少女はそのまま置物の用心棒の脇を抜けると、出入口で蹴躓いて、店の床へ肩から盛大に転がった。異常な来訪者に、店内が新たなざわめきに揺れる。多様な憶測を交わす野次馬を掻き分け、ブリジットは我先にと少女の許へ膝を突いた。少女の両腕は後ろ手に拘束されており、口にはタオルで猿轡が噛まされていた。ブリジットは肩で息をする奴隷少女の身を起こしてやり、猿轡を解いた。それから、痛々しい喘鳴《ぜんめい》を発して礼を述べる美少女の顔を見定めた。――やっぱり!

「リタでしょ? 何があったの?」

 少女が目を丸くして、自分を介抱する同胞に向き直った。

「うそ、信じられない。ブリジット?」

 首肯するブリジットに、リタなる少女は安堵の表情を浮かべたのも束の間、慌てて何か語を発しようとして、激しくむせた。

「落ち着いて、何が起きてるの?」

「警察に通報して……急がなきゃ、貴女も危険なの……!」

 「警察」の単語に、野次馬が再びどよめく。そこへ、店の用心棒が人波を割って現れた。

「あのな、嬢ちゃん。何があったか知らねえけど、他人の敷地でそう勝手されちゃあ困るんだよ。ここにポリ公を呼ぶって? ふざけちゃいけない」

 奴隷を卑劣に見下ろす用心棒に、リタは反論しようとしてむせた。旧友の背中をさすりながら、ブリジットは通報は不要と断じていた。彼女の耳は雨音の中から、こちらへ接近しつつある、パトカーのサイレンを拾っていた。加えて、もっと近くに迫る複数の足音を。

「いいか? 迷子なら、俺がおうちまで親切に送り届けてやる。だから警察を呼ぶ必要はない。オーケー?」

「ああそうだ、必要ない」

 ガシャン、とハリウッド映画で馴染みの音に、場の全員が振り返った。人々の視線の先に、そばかす面の男が、ポンプアクション式のショットガンを構えて立っていた。その銃口は、既に用心棒へ向けられていた。そばかす面に遅れて、更に四人の男が後方から走り現れる。各々の手には、例外なく銃器が握られていた。男の一人が前に歩み出て、降伏して両手を上げる用心棒の顎を拳銃で小突く。

「悪いな、兄弟。ちょいと場所を借りるぜ」

 ブリジットの腕の中で、リタの身体が強張り縮こまった。か細い声で謝罪を述べる友人――奴隷調教施設での同期――に、ブリジットは朗らかに応じた。

「大丈夫だよ、すぐに帰れるから」

 一分前まで所在さえ知れなかった親友の気休めに、リタは頷きながらも震えを抑えられなかった。――そう、大丈夫。その言葉は、ブリジットの内では気休めなどではなく、確実に掴み取る未来を保証するものであった。彼女に課された任務は三つ。一つは、主人が愛飲するウィスキーを持ち帰る事。第二に、偶然に再会した親友を、眼前の不埒な変態集団から救い出す事。最後に、主人の帰宅までに夕飯の支度を済ませる事である。

 ――とは言ったものの、どうしたものかな……。店の床を濡らしてにじり寄る五人組を見上げ、ブリジットは積み上がった雑務に頭を悩ませた。

 

二〇一〇年 四月一五日 一二四三時

 ヘリフォード・サヴェジ日用品店において、奴隷拉致犯による立て籠もり事件勃発。


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