奴隷蛮行――そのメイド、特殊につき。   作:紙谷米英

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奴隷蛮行【3-1】

【3】

 

 神が六日間で仕上げた球形のジオラマに、穢らわしい綿埃が付着した。昼食時を過ぎた春のイングランド上空に、時節をわきまえぬ乱気流が進駐していた。灰色の煙幕が滞留し、粘ついたネズミ色の影を地上に落とす。雲間に閃くねじくれた雷光は、下界であえぐばかりの人間を嘲っていた。

 そんな煤けた灰色のただ中に、場違いな色がぼうと浮かび上がる。澱んだ灰褐色を透かして、原色の青が騒々しく明滅する。神が、塗装前のマスキング処理を忘れたのではない。罪深き人間が、創造主の拙い工作に悪戯しているのだ。

 

 荒れ狂う風雨の下、ヘリフォードの街は機能停止に陥っていた。臨時の帰宅ラッシュは濁流と化して幹線道路を襲い、方々で交通事故が続発した。数ある事故現場のひとつでは、炎上する車輌の対処にあたっていた消防車の横っ腹に救急車が突っ込み、双方の隊員に市民を上回る被害が生じた。

 平日のまだ昼過ぎでありながら、大半の商業施設が閉店の札を下げた。血相を変えた店主が従業員を家へ追い返す光景が散見される中、悪天を顧みず営業を続ける店舗も確かに残っていた。競合相手のいない市場で一時の寡占を享受する目論見だろうが、核戦争の最中にシェルターから繰り出すのは火事場泥棒くらいである。実際、住宅街から市民の姿は消え失せ、家屋の戸口は固く閉ざされた。他者との競争なくして、資本主義は成り立たないのだ。そんな災厄のただ中に、ひときわ煌々と青い輝きを放つ施設があった。

 生命を脅かす暴風雨にもかかわらず、灰色の住宅街の角地に建つサヴェジ日用品店の玄関先は、大量の来客で賑わっていた。平屋の建物は、全周から複数の眩いスポットライトの照射を受け、曇天の街並みをよそに白昼の砂漠と見紛う有様であった。店舗敷地に二十台を超える車輌群が殺到し、五十人を上回るギャラリーが傘も差さずに動き回っている。群れだった車輌は店の敷地に収まらず、隣接する車道を埋め尽くすまでに至った。車種は殆どが四ドアのセダンで、ごく一部にSUVや大型のバンが認められる。一見するとクルマ好きのの集会だが、どの車にも個性的な改造は見受けられない。だとしても、それらは目に見えて善良な一般車からかけ離れていた。塗装は何れも白を基調としており、側面に青と黄の格子模様を配して外観を統一している。車体を支えるサスペンションにはことごとく負荷が掛かり、縁石に乗り上げようものなら底面の擦過は避けられない。大半がルーフに回転灯を備えており、人工着色料じみた青い閃光をのべつ幕なし振りまく。没個性の強制は来客へも及び、一様に防水仕様の黒い上下、蛍光イエローのジャケットという厳格な服装規定に従っていた。全体主義的ながらも強烈なアイデンティティは、くすんだ街路に悪目立ちするばかりであった。外衣の随所で断続的に光る反射板が、彼らの所属を生気なく示す。曇天の下で煌めく日用品店を前に、ウェスト・マーシア警察の面々は俯き、冷雨に唇を噛むばかりであった。


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