性奴隷ふたりの邂逅は、数奇な偶然の産物であった。ある時、リタが在籍する調教施設の責任者が倒れた。救急搬送された先の病院でレントゲンを撮ると、胃のなかごろに底暗い影が確認された。リタという優秀な問題児の放つ威風が――端的に言えば、積み重なるストレスが中間管理職の胃袋を貫徹したのだ。
かくして施設のトップは緊急入院し、次点の職員に所長のお鉢が回った。新たな責任者の額を大粒の汗が流れ、前任者のやりかけの書類に染みを作った。腹部の痛みに倒れ、ストレッチャーで救急車へ運ばれる前任者の映像が、脳裏にこびりついていた。映像は延々とリピート再生され、その内に、ストレッチャーに乗せられた患者の顔が、自分に変わっていた。
組織の欠員を埋めるのは容易だが、健康な臓器に代えは利かない。組織図の改訂を後回しに、新所長はデスクの固定電話を取った。自分の精神と臓器の危機に直面したことで、奴隷番号一〇一三――リタという、奴隷の皮を被った女帝の移籍が、彼の急務となった。幸運にも一本目の電話で、彼の延命は成し遂げられた。自治領の平定に安堵すると同時に、新所長は内線のボタンを押し込んだ。
調教施設の本棟地下、奴隷の個室が連なる廊下に、肩幅の広い男ふたりの足音が響き渡った。彼らは、調教中の奴隷を監視する守衛だった。片方は三十代前半のスキンヘッドで、もう一方の四十代後半は、軍隊風に髪を刈り込んでいた。二人組は目的のドアの前で足を止めると、クリスマス・リースめいた鍵束でドアを解錠した。ドア脇の札には、一〇一三の番号が振られていた。
看守ふたりがノックなしに押し入ってきたので、ベッドに腰掛けるリタは眉をひそめた。即座にパーソナルスペース侵害を糾弾する声が上がるも、男らは奴隷の戯言を黙殺し、粛々と仕事をこなした。彼らでリタを両脇から宙吊りにすると、個室から引きずり出した。連行される同僚を目の当たりにした他の奴隷がパニックを起こし、ドアを叩く音が廊下を満たした。閉鎖空間に反響する阿鼻叫喚が男らの鼓膜を痛めつけたが、その歩調を鈍らせるには至らなかった。絶望にむせび泣く奴隷たちを尻目に、二人と一体が乗る、地上へのエレベーターのドアが閉じた。
灰色の調教施設正面のロータリーに、社章のない、白のバンが停まっていた。男らはバンの後部ドアを開くと、荷台に敷き詰められたマットレスにリタを放り、その細い腕に手錠を掛けた。
「ちょっと、事情を説明しなさいよ!」
リタは横たわったまま、スキンヘッド目掛けて足を振り回した。彼女の中で、戦いはまだ終わっていなかった。果たせるかな、渾身のキックは蹴りやすそうな頭に届かず、すぐにリタの両足首はスキンヘッドに押さえ込まれた。
「なによ、男ふたりして
噂に聞くレディの物言いにげんなりするスキンヘッドの脇から、年かさの相棒が颯爽と身を躍らせた。野太い腕でリタの首を押さえつけると、もう一方の手で罵倒の出所を塞いだ。男がリタの口元から手を離すと、張りのある唇に、ゴルフボールに似たボールギャグが噛まされていた。
人語を奪われてもなお、リタは反抗を続けたが、男ふたりは荷台から飛び降りてリアドアを施錠し、そのまま運転台に乗り込んだ。スキンヘッドがエンジンを始動させる間も、リタは必死にリアドアを蹴破ろうと試みた。バンの前方では、機械式のゲートが開きつつあった。鉄格子が完全に開ききるのを待たず、奴隷を載せたバンは発進し、小高い丘から人の世へと下りていった。
外見こそ平凡なそのバンは、特異な内装をしつらえていた。運転台と荷台の間に隔壁があり、天井近くに郵便ポストほどの覗き窓がはめられている。その隣のスピーカーは、運転台の人間が"積み荷"に指示を与えるために使用する。荷台は床のみならず、壁と天井にまで極厚の緩衝材が張られている。全ては細心の注意を要する配達のため、富豪に性奴隷をお届けするのに万全を期しての改造であった。
それまで縦横の壁に体当たりを繰り返していたリタであったが、バンの発進から数分もすると、疲労から一時休戦を余儀なくされた。それでも、せめて運転台の痴れ者へ無言の恨み節をぶつけようと、揺れる荷台でふらふらと立ち上がり、極厚ポリカーボネートの覗き窓に額を押し付けた。そして、息を呑んだ。
朝の低い太陽の下、バンは複数車線の道路を走行していた。特筆するもののない光景であったが、頭上を過ぎ去る案内標識は、リタの目を奪うのに十分な代物であった。間もなく左手に巨大な構造物が現れ、それが標識に記されていた情報と結びつけられた。マンチェスター空港。奴隷に没落して半年、リタは初めて自分の所在を知ったのであった。