予期していた通りの発言に、バグウェルの表情筋が痙攣した。レインコートのポケットに収めた拳に、鬱血するほどの力がこもる。
「そういった要請は、しかるべき部署にしていただきたい。私はあくまで、一時的な責任者なのでね」
「ええ、承知しております。それでも、今この瞬間に現場を統制しているのは確かだ」
一拍を置いて、クラプトンは言い捨てた。「たとえ、部下にお荷物と見なされていてもね」
「何が言いたい?」
安い挑発に乗った中年警官に、陸軍少佐は冷笑を向けた。
「あなたが心配なさらずとも、おたくの上層部とは話がついている。あなた方の上司は分別があるようでね、二つ返事で受理してくれましたよ。
当然でしょう? こいつは単なる立てこもり事件じゃない。なにせ、やんごとなき方々の愛玩動物が"フォコ"の取引場所にたむろしていたんだから、関わったところでリスクしかない」
「フォコ?」
無知を晒す同年代に、クラプトンは呆れて目を剥いた。
「クリスタル・メス――人為的に濃縮された、高純度のメタンフェタミンですよ。コカインが可愛く思えるくらい依存性が高く、それ以上の悪影響を人体に及ぼすアッパー・ドラッグ。そして何より、どんな麻薬よりもカネになる。
サヴェジ・くそ・日用品店が、そういった違法薬物の取引所である事実は、官憲でなくても、この辺りの住民は周知している。あの店舗の実態は、ペーパー・カンパニーを介したロシア・マフィアが運営する、ポンドを横流しするためのパイプラインだ。ところが、腐敗経済の検挙に足る証拠がこんなに揃っているのに、我が国の政府は令状のひとつも寄越さないもんだから、世の中不思議ですな。お上の交友関係が気になるというものだ」
自分のブラック・ジョークに、クラプトンは皮肉っぽく口角を上げた。「まったく、治外法権なんぞ認めるからこうなる」
「それはあんたも同じだろう」
バグウェルの憎しみのこもった瞳が、その小さな眼窩で揺れた。
「あんたは警察の垣根を勝手に越えて、我々の領分を土足で踏み荒らす無法者でしかない。そちらがそういう態度なら、こちらも相応の対処を取らせてもらう」
「構いませんよ」
バグウェルは、胸元のウォーキー・トーキーのスイッチを押し込み、現在地の番地を読み上げ、目の前の業務妨害の排除に数人を寄越すように命じた。すぐに付近の警察官から応答がなされるはずが、左耳に挿入したイヤープラグは沈黙を保っていた。
三十秒も応答がないのを不審に思い、バグウェルはレインコートの下から通信機器のコードを引っ張り出し、接続を確かめた。何も問題はなかった。
役立たずのポンコツめ。バンの機材の不調といい、全部このくそ嵐のせいだ。
胸の前で乱雑に絡まるコードもそのままに、バグウェルは私用の携帯電話を取り出そうとした。せわしなく動く腕が、コードに引っ掛かった。巡査部長の手から携帯電話が取り落とされ、塗れた地面を滑ってクラプトンのつま先にぶつかる。
「落ち着きなさい、バグウェルさん。連絡が取れないのは、あなたが誰からも好かれていないからじゃない。まあ、それは今日に限っての話だが」
「何が言いたい?」
英語圏では聞き慣れぬ掛け声を伴って、クラプトンは携帯電話を拾い上げた。「よっこい……しょっ」
絡んで団子になったコードと格闘するバグウェルの眼前に、携帯電話の液晶画面が突き出される。
画面の隅に、圏外を示すデジタル表示が浮かんでいた。