唖然とするバグウェルに携帯電話を返し、クラプトンは左手をダッフルコートのポケットに差し入れると、箱状の物体を取り出してみせた。全体が黒い樹脂製の直方体で、数個の緑色のランプが明滅しており、上面からアンテナめいた棒状の部品が八本延びている。それが携帯式の通信妨害装置《ジャマー》であるとバグウェルが気付くのに、大した時間は掛からなかった。
「……いったい何のつもりだ」
「先程から申し上げているでしょう? 事件対応の全権私に移し、事件についてあなた方が集めた情報を提供してほしい。ただそれだけですよ」
急に、思い出したとばかりに指を弾き、クラプトンが続ける。「それと、この件に関わった人間すべてへの箝口令《かんこうれい》の施行と、当該データの抹消をお忘れなく。あとは――」
「ふざけるな!」
雨音を切り裂いて、巡査部長の怒号がひと気のない通りに木霊した。「さっきから下手に出ていれば、好き勝手に言いやがって、何様のつもりだ? 挙げ句の果てには、正式な許可もなく指揮権を寄越せだと? 私を事件の責任者から外したいなら、正式な解任命令を持ってこい。あんたが本当に上層部と掛け合ったなら、用意できるだろう? はったりもいいところだ! 他人をおちょくるのも大概にしろ!」
ひと呼吸で憤懣をぶちまけると、バグウェルは軽い酸欠に陥った。激しく上下する肩の周りに陽炎が生じ、赤ら顔のせいで、塞がりかけていた額の傷から鮮血が吹き出した。
「……ガス抜きは終わりましたかな? 」
バグウェルの口から唾が飛ぶコンマ数秒前から、クラプトンは両耳に指を突っ込んでいた。その顔は交渉相手とは真逆に冷静そのものだった。
息も絶え絶えな巡査部長に、クラプトンは中断された要求を再開した。「警察から我々への指揮権の委譲、情報の提供と削除……それらが済んだら、現場から全職員を遠ざけ、報道機関への規制を強化していただきたい」
「我々を部外者にするつもりか?」
かすれ声の抵抗に、クラプトンは指を振って否定した。
「解釈の違いですよ、バグウェルさん。よーく、考えて下さい。事件が円満に解決したら、我々は早急に撤収します。うちの連中は、私と違ってカメラ嫌いなんでね。指揮権の見返りに、手柄は警察にお譲りしましょう。
我々が去ったら、あなたは部下に警戒の解除を命じて、最初に目についた報道員に、最前線で尽力したご自分の武勇伝を語ればいい」
クラプトンの饒舌が、トーンをひとつ落とす。
「これはあくまで仮の話ですよ。もし万が一に、事件が好ましくない結果に終わったとしても、あなた方は知らぬ存ぜぬと、しらを切れる。横暴な陸軍が、あなた型の調査情報を奪い、現場をめちゃくちゃに荒らして全てを台無しにされた……そう弁解すればいい。なんなら、私を告訴したって構いません
その時はその時で、地元の不良に対する手立てのない軟弱者の烙印が捺されるでしょうが、それでも人質奪還に失敗するより、ずっとましだ」
クラプトンは苦笑しながら肩をすくめた。
「迷う必要なんかありませんよ。むしろ、あなたが何も考えないのが、今も現場で雨に凍えている方々のためだ」
「どういう意味だ?」
ようやく通常の呼吸を取り戻しつつ、バグウェルは目を丸くした。クラプトンは力なくため息を漏らすと、哀れみの目を向けた。
「……まったく、『箸にも棒にもつかない』ってやつだ」