奴隷蛮行――そのメイド、特殊につき。   作:紙谷米英

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奴隷蛮行【6-1】

【6】

 

―三年前―

 

 バーミンガムの外れ、人目を避けて小高い丘に建つ奴隷調教施設の食堂に、けたたましい衝突音が木霊する。トレイを手に配膳列で朝食を受け取る奴隷、既に長テーブルで今日を生き延びるカロリーを摂取していた奴隷全員の目が、音の所在へと向けられる。白いリノリウムの床に、樹脂製の食器と、それが乗っていたトレイがぶちまけられていた。ひっくり返ったトレイと床の隙間から、地に落ちるまでは料理だった物体がはみ出している。惨状の間近に、数秒前までトレイを抱えていた少女が立ち呆けていた。

 その少女――奴隷符号B-20は、生気の抜けた目でその場に膝をつくと、散乱した食器と廃棄物の処理に取り掛かった。この施設では囚人服に等しい白いワンピースの胸元が、床の汚れと同じ色に染まっている。

 食堂には、厨房で作業中の者を含めて五十体を超える性奴隷の卵がいたが、雑巾や水入りのバケツを用意する個体はいなかった。彼女らはB-20と、その背後で自分の食事を手に含み笑いを浮かべる五人組の奴隷を視界に入れまいと努め、黙々と自分の作業に専念した。

 不用意に関われば、ただでは済まない。食事中の奴隷たちはいじめの現場から遠ざかろうと、食事の手を速めた。彼女らは数年内に身売りされる運命を快く思わなかったが、不良品として"処分"されるほど、やけっぱちにもなっていなかった。健康を損ねて容姿の劣った性奴隷に、良質な買い手は付かない。哀れな同期の道連れで馬鹿を見るより、少しでも待遇の良い主人に引き取られようと、無用のストレスから我が身を遠ざけていた。よかった、今日の標的も"あいつ"だ、と。

 食堂の四隅に控える守衛は、各員が左耳に通信機のイヤープラグを挿入し、両手を前に組んだまま彫像の如く沈黙していた。彼らの職務はあくまで奴隷の脱走の阻止であり、奴隷同士のトラブルへの介入は固く禁じられていた。これには守衛が奴隷に対して何らかの情を抱くのを防ぐ以上に、商品の価値を物理的に損なうリスクを避ける意図があった。屈強な男が緻密な陶磁器を粉砕する事態を、施設の運営陣は何にもまして危惧していた。守衛は商品に火急の危機がない限り彼女らへの接触は許されず、女の醜い示威行為を傍観するほかなかった。

 B-20は食糧の残骸を素手で掻き寄せ、トレイに集めていった。ごた混ぜの廃棄物を半分ほど集めると、脇から現れた足がトレイを宙に蹴り上げる。数メートル離れた床にトレイがけたたましくがひっくり返り、新たなゴミ溜めがこしらえられた。B-20のの背後で、五人組が忍び笑う。B-20は動じることなく眼下の元シーザーサラダを平皿に寄せ集めると、追加の清掃業務に腰を上げた。蒼く陰の落ちた瞳は微動だにせず、次の粗相の始末におぼつかない足取りを向ける。トレイを蹴った五人組の親玉が、B-20の曲がった背中を嘲笑った。

「見た? あんなに汚しちゃって。今日の洗濯当番に同情しちゃう」

 ブロンドの髪をポニーテイルにした奴隷が、その肩を小突いた。「ひどい女。あの子がその洗濯当番じゃないの」

 それを聞いた三人目のブルネットが、大げさに目を丸くした。「あら大変。そうと知らなかったから、あたし洗剤ぜんぶ捨てちゃった」

 五人組の嘲笑が、低い天井に反響する。朝食前の日課に満ち足りると、五人組は席の物色に取り掛かった。いじめ現場近くの奴隷数体に緊張が走る。今日に限って、どうしてこの席を選んでしまったのか。彼女らの後悔は、長くは続かなかった。

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