厨房へ繋がるドアが、勢い開け放たれた。五人組の談笑が水を打ったように熄み、両開きの扉へ食堂中の注目が向けられる。蝶番の可動限界に達した扉が脇の壁にぶつかり、数人の奴隷が身をすくませた。朝食も済まさぬ時分からの度重なるアクシデントに、吐き気を催す個体もいた。
水音の響くドアの奥から、雑巾の束と水を張ったバケツを手に、黒い調理着姿の少女が現れる。いくつかの奴隷グループで、相談の席が設けられた。
「あれ誰?」「知らないけど、昨日ここに来たばかりの子だって」「新しい職員じゃないの?」「だとしたら若すぎる。でも奴隷なら、この施設に入るレベルじゃないし……」
全方位から向けられる視線を意に介さず、少女は未だ振り子運動を続けるドアを足で止めると、衛生帽をその場に脱ぎ捨てた。濃いブロンドの髪が調理作業で蒸れ、毛の束が額に貼り付いている。ほのかに紅潮したつややかな肌は、不干渉を貫く守衛を遠目にも釘付けにし、そうしたオスの本能を、女性は敏感に察知していた。
「嘘でしょ? ゴールトンから仏頂面が消えた」「それよりマーランドよ。あんなに鼻の下伸ばしちゃって」「ねえ、フィンチの勃《た》ってない?」
食堂は密談に盛り上がり、随所でかしましい単語が飛び交った。料理着の少女は振り乱した髪を後ろに束ね、ゴム長靴を鳴らしてB-20の許へ駆け寄ると、その肩にそっと触れた。
「やらなくていい」
B-20は後片付けの手を止めず、雑巾とバケツを受け取ろうと手を伸ばした。水拭きの許可は下りなかった。奴隷符号T-01――リタはB-20の細い手首を掴み、作業を中断させた。
「やっちゃだめ」
「でも……」
ようやく開きかけたB-20の唇を、リタの指が封じる。
「ブリジット、これはあんたの仕事じゃない。分かってくれるよね?」
力強い"お願い"を受けると、B-20は両腕をだらりと脇に垂らした。
「うん、ありがと」
生ゴミにまみれたB-20の手を、リタはキッチンペーパーで丁寧に拭ってやった。
「ブリジットって?」「さあ? B-20のことじゃない?」「でも、ここって愛称とか禁止されてるでしょ」「それより、新顔の話しようよ」「あの顔、どこかで……」
誰もが食事を忘れて与太話に花を咲かせる最中、この施設で三年間を過ごす一体の奴隷が、記憶の洗い出しに没頭していた。その奴隷は程なくして目当ての記憶を探り当てると、息を呑み、白熱する猥談に待ったを掛けた。
「ねえ、あの子もしかして"レディ・スレイヴ"じゃない?」
その一言で、淫らな火は沈められた。関係筋に名高い固有名詞は守衛の耳にも届き、下心に緩んだ顔が痙攣する。――レディ・スレイヴだって?
「これ借りるね」
リタは床にひっくり返ったボウルを拾い上げ、B-20が寄せ集めた生ゴミの山にくぐらせた。器の中に、生野菜と肉団子だった何かの山がこさえられた。
「シャワー浴びて、部屋で待ってて。朝食は部屋に持っていくから、それから一緒に食べよ?」
まごつくB-20の肩を食堂の出入口へ押しつつ、リタは一番近くにいた守衛にアイコンタクトを送った。奴隷、それも調教途上の商品に睨まれた守衛は、通信機の周波数を調教部門に合わせると、時間外のシャワー利用許可と奴隷収容区画での食事、およびその日のB-20の予定調整を要請した。一連の連絡を済ませると、守衛は不意に疑問を抱いた。ぼんやりとした意識が、まどろみから覚めるように再起動する。自身の直前の行動を思い返すなり、はっと我を取り戻した。脳を何らかの超常的な外力、恐らくはレディ・スレイヴの名で知られる奴隷の術中にはまっていた事実に辿り着くと、守衛は非現実的な体験に総毛立った。