奴隷蛮行――そのメイド、特殊につき。   作:紙谷米英

28 / 49
奴隷迎合【6-3】

 問題児五人組もまた、厨房のドアが開いた時を切り抜いたまま、石膏像のように固まっていた。トレイ上の紅茶のカップが指に触れた熱で、親玉は気を持ち直した。慌てて白昼夢を振りほどくと、こうべを巡らせて他の四人の様子を窺った。取り巻き全員がまだ夢うつつだと分かると、そっと胸を撫で下ろし、それから四人の踵を蹴って回った。配下たちは目を覚ますなり、親玉に蔑みの目で睨まれて、ばつの悪さに目を伏せた。

 ぐずな取り巻きに、親玉は憤りを募らせた。ただでさえ、闖入者に朝の日課ぶち壊されたこともあり、身勝手なストレスは破裂寸前にまで膨れ上がっていた。穏やかな気持ちで食卓に着くには、B-20のトレイをもう一度蹴飛ばす必要があった。独善的な欲求をみなぎらせると、親玉は生ける清掃ロボットへ向き直った。

 ほくそ笑みながら視線を向けた先に、床を這うB-20の姿はなかった。五人組が仰天して辺りを見回すと、取り巻きのひとりが、食堂から出る間際のB-20の後ろ姿を見付けた。五人組から制止の声が上がるのを待たず、小さな背中は出入口の奥へと消え、扉が閉まった。

 お気に入りの玩具の逃亡に、親玉は言葉にならない唸りを上げ、取り巻きへに食って掛かった。

「なんで止めなかったの!」

 暴発した怒りの矛先が自分たちに向けられたので、四人の取り巻きは困惑した。配下のひとりがなだめるも耳を貸さず、金切り声でそれを遮った。

「誰のせいでこうなってるの! あんたらがしっかりしていれば、こんなに怒ることもなかったのに!」

 鼓膜を突き刺す怒声に窓ガラスが震え、周囲のざわめきが鎮まり、食堂中の注意が再びカースト上位の奴隷たちへ集められる。

 ここに至って、守衛たちも事態を重く受け止め始めた。通信上で相談が設けられ、すぐに全員一致で介入の決議が下された。厨房のドアから最も近い場所にいた守衛が、責任者の指示を仰ごうと、携帯電話を取り出した。

 だが、決断が遅すぎた。

「持ってなさい」

 親玉は食事のトレイを手下のひとりに押し付け、血走ったまなこで、この騒動の根本の原因をきっと睨んだ。

 厨房からの来訪者は相変わらず、廃棄物で満たしたボウルを手に、汚れた床に片膝をついていた。知らない顔だった。新入りだとすれば、なおのこと気に食わない。組織のかしらへお目通しを怠った不届き者に、親玉は憎悪をたぎらせた。

 確かに親玉は、この施設では容姿の優れた方であった。とはいえ、決定的に秀でた造形でもなく、二十歳前にしてはとうの立っている目鼻立ちは万人受けするものでもない。誰よりも本人がその事実を自覚しており、奴隷という境遇も相まって、親玉の劣等感はいよいよ肥大化した。同様の心根を持つ者を侍《はべ》らせ、秀でた容姿の奴隷――自分より僅かでも裕福な買い手が付きそうな女を虐げることで、卑しい自己をようやく保っていたのだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。