【7】
―現在― サヴェジ日用品店
「まったく、我ながらとんだお転婆ね……」
青く泥臭い郷愁から立ち返ると、リタは居心地悪そうに嘲笑した。たたずまいを直そうとして、そこで自分が両手足を縛られて地べたに座している現実を思い出し、なおのこと憂鬱になった。
ハエのたかる蛍光灯が明滅する店内を見渡すと、気が滅入る光景ばかりが網膜を冒した。薄暗くて不潔な日用品店を、同じくらい汚い五人の若者が練り歩いている。全員が銃で武装し、さも得意げに肩で風を切っている。戸外の大雨が建物を叩く音に混じって、少女のすすり泣く声が店内に木霊する。悲痛な嗚咽が発せられる度に、男たちはせせら笑った。
あたしのせいだ。
果てなき後悔と義憤が、リタの心の内で渦巻いていた。この場における悪者が若者五人なのに疑いはないが、そいつらが人質を取って籠城する展開を招いた己を恥じて、圧死しそうになっていた。
「でも、そのお転婆さんは死にかけの弱虫を助けてくれた。でしょ?」
すぐ隣から掛けられた声に、リタは少しだけ首をもたげた。自分と背格好のよく似た声の主と視線が合うと、余計に胸が詰まった。
「そうね。で、今は大事な友達を危険に晒してる」
リタの頭が、再び膝の間に沈む。つまらないプライドが、他者に涙を見せまいとあがいていた。
「リタは悪くないよ。どのみち、私は店を出られなかっただろうし」
「お人好しは変わらずね、ブリジット。ここを生きて出られたら、歯が全部折れるまであたしを殴ってね」
「駄目だよ、商売道具は大事にしないと」
ブリジットは慈愛を込めて囁くと、リタの肩にぴったり寄り添った。やけっぱちの旧友の身体は芯から冷えきっており、小型犬のように震えていた。大雨に濡れたのが唯一の理由ではないことを、ブリジットは重々理解していた。
「笑えないけど、ありがと。そんな冗談を言えるんだから、いい雇い主に逢えたんだね」
くぐもった声音に、先程よりは元気が窺えた。
「仰る通り、素敵な旦那様に恵まれました」
「ふうん、好きなんだ?」
「うん、大好き」
瞬きも許さぬ、鮮やかな居合い切りだった。奥手だと思っていた親友がこの一年ですっかりオンナになっていた衝撃に、リタの尻が跳ねる。涙を拭うのも忘れて左隣を向けば、爆弾発言の主が柔和な笑みを咲かせていた。
「それも冗談?」
目をしばたたくリタに、ブリジットがかぶりを振る。「意外だった?」
「あんたのことだから、すっごい買い手がつくとは思ってたけど……」
「買い被りすぎだよ」『すっごい』の深意には触れず、月並みな謙遜の裏では、桃色の幸せオーラが花弁を巻き上げている。
「……えっと、その御仁は議員先生か何か?」
初めて耳にするリタのうわずった声音に、ブリジットは噴き出しそうになるのをこらえた。
「エリート軍人さんだよ」誇らしげに、調教時代からちょっぴり育った胸を張る。
耳にした職種と現在地から、リタはブリジットの主人の生業を容易に推測できた。まして、彼女はここからそう離れていない邸宅に雇われているのだ。「まさか、SASなの?」
「うん。とっても強い、特殊部隊の少尉さん」
さも当然と言い放たれた響きに、リタは天を仰いだ。なお、当の少尉殿はその出生の一切が不詳の元奴隷であり、十四歳まで北アイルランドでテロ活動に従事していた、業火に焼かれるべき人でなしである。