奴隷蛮行――そのメイド、特殊につき。   作:紙谷米英

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奴隷蛮行【7-4】

 間合いは完璧だった。黒光りする警棒の先端は、クラプトンへの直撃コースを辿っていた。ほんの四分の三秒前までは。

 それまで直立不動を貫いていたクラプトンが、半身になって右前に踏み込み、バグウェルの一撃をかわした。虚空を打ちすえたバグウェルは、標的を捉え損ねたと理解したが、貧弱な足腰で行き場を失った運動エネルギーを御せず、前傾姿勢でつんのめった。片足でたたらを踏むバグウェルとのすれ違いざまに、クラプトンは狙いを澄まし、ジャマーを持つ左手を突き出した。角張った樹脂ハウジングが、バグウェルの鼻っ面を強打した。大した威力ではなかったが、バグウェルの自重と慣性モーメントの後押しで、鼻柱が折れた。

 警棒を取り落として顔を庇うバグウェルに、クラプトンは腰を落として肉薄した。仰け反って隙だらけの胸ぐらを掴むと、そのまま腰の球体運動に乗せて、後ろの街路樹へと背中から叩きつけた。でこぼこの樹皮を伝って、肥えた尻がぬかるんだ土に沈む。肺の中の空気が押し出されたせいで鼻血が噴き出し、警察の黄色のベストを汚していた。

「あーあー、えんがちょ」クラプトンはぱくぱくと酸素を求めて喘ぐバグウェルの前に屈み、その胸からボディカム(警察官が事件対応に際して映像を記録するカメラ。録画映像は自身の行動の正当性を証明するのに使われる)を剥ぎ取って、近くの排水溝へと投げ捨てた。「いけませんなあ、巡査部長。武力を行使するなら、ちゃんと録画ボタンを押さないと。勉強代として、署に戻ったら支給品の紛失を咎められるんですな」

 木の根元でぜえぜえ喘ぐバグウェルには、頭上の不良士官を睨む余力すらなかった。雨と涙でかすむ視界に焦点を取り戻そうとしていると、右から冠水した道路をかき分けてくる足音が聞こえた。

「遅いぞ」足音の方向を見ずに、クラプトンが毒づく。声色は苛立っていたが、表情に安堵が現れていた。

 バグウェルの視界がはっきりしてくると、クラプトンの左隣に女が立っているのが見えた。背丈はクラプトンとほとんど変わらず、男物の黒いトレンチコートがそのシルエットを包み隠している。雨天にもかかわらずサングラスを掛け、どす黒い中折れ帽を被っている。それでも女と見分けられたのは、端正な口元と新雪のように白く澄んだ肌に、バグウェルが半死半生ながらに劣情を覚えたからであった。

「申し訳ございません、道路が使えなかったものでして」

 女の口振りは少しも陳謝が窺えず、むしろこの状況を愉しむかのように口角を上げていた。女はコートのポケットからタブレット端末を取り出すと、少し操作してからクラプトンへ差し出した。

 こいつらの目的は何だ?

 未だにダメージから立ち直れないでいるバグウェルの眼前に、クラプトンがタブレットの液晶画面を向ける。「手心は加えたつもりだ。目は見えるだろう?」クラプトンが画面中心をタップすると、高画質の動画が再生された。

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