定点カメラが、陽の落ちきった繁華街の一角を切り抜いていた。景観の大半は華美なホテルの正面玄関が占め、浮かれた足取りの人影が隣接する歩道を行き交う。手前を、車道が一直線に横切っている。画面外に見切れたホテルの表札には、少なくとも四つの星が輝いていた。
映像の意図を探ろうとして、バグウェルは目を細め、鼻先が触れるほどタブレットに顔を寄せた。駄目な部類のアナログ人間なので、ズーム機能を知らなかった。視神経に無茶をさせている内に、道路標識がフランス語で書かれているのに気付いた。
「イギリスではないな。観光地だとすれば、ニースじゃないか?」
答え合わせに応じる声はなかった。バグウェルがしぶしぶ映像鑑賞に戻ると、画面右端から黒のルノーが現れた。艶めく車体が完璧な制動でホテル前に停まり、すぐにタキシード姿の運転手が降りてきて、慣れた所作で後部座席へ向かう。スモークの貼られたドアが開かれると、革靴の尖ったつま先に続いて、男が歩道に降り立つ。バグウェルの脂ぎった鼻先が画面を汚す寸前で、撮影者が男の後ろ姿に望遠ズームを掛けた。
少しでも官憲らしく見せようと、バグウェルは男をつぶさに観察した。身長は一七〇センチほどで、バグウェルより少し肥えているものの、肩幅はがっしりしている。仕立ての良いグレーのスーツが、その財布の重さを物語っている。黒い頭髪をオールバックに撫でつけており、白髪は認められない。セットも含めて、理髪師の手が入っているらしい。
男は運転手に軽く頷き、ルノーの後部座席へ振り返った。彫りの深い顔立ちだ。トルコ人にも見えるが、白人らしい肌色だった。
「この男が何だというんだ?」
やはり返事はなかった。してやる必要もなかった。
男が後部座席へ右手を差し出すと、何者かの手が添えられた。女の手だった。
バグウェルの背後を、豪雪が吹き荒れた。全身を高圧電流に焼かれたようなショックが駆け巡り、言語野がショートした。後部座席から現れた人物を目の当たりにして、自分は悪夢にうなされているのだと願った。ずぶ濡れの尻の冷たさが、これが紛れもない現実だとほくそ笑む。男の手を握っていたのは、バグウェルを第二の人生の踏み台に使った、かつての妻であった。
バグウェルはタブレットを放り投げると、頭から泥だまりにうずくまった。空を舞ったタブレットを、長身の女が片手で造作もなく捕らえる。
「悲しいねえ、バグウェルさん。あんたが汗水垂らして働く理由が、どこぞのじじいとねんごろだった訳だ」
クラプトンの言葉に、バグウェルは頭を抱える腕で耳を覆った。
「でたらめだ! あんたらが俺を陥れようとでっちあげた、嘘っぱちの作り話だ!」
「フェイクだと、そう思いたいんだろう。残念ながらこの映像は正真正銘、あんたの奥さんが出ていったその日に撮られたものだ。当日は彼女の誕生日だったんだろう? 祝ってやりなよ、愛する女の門出だぞ」
バグウェルは金切り声を上げ、そして吐いた。