SSS   作:村瀬倖次郎

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花-2

「同じクラス……って、どうしてわかったの?」

厚出くんは私の携帯を指した。

「担任が転入生が来るって言ってたから。そんなにマップにかじりついてるってことは、この町に詳しくないってことだろ」

恥ずかしさで顔が熱くなった。そもそも、私が歩きスマホなんてしていなければ、厚出くんが怪我する必要もなかった。

「そういえば、あの男の人置いてきてよかったのかな?」

「しばらく目が覚めないだろうし、通報しといたから警察が持って帰るよ」

彼は淡々としている。

男の人の殴られた頰は倍ぐらいに腫れていたから、厚出くんのパンチがものすごい威力だってことを物語っていた。 しばらく目が覚めないというのも頷ける。

「……さっきの花、どうやったんだ?」

そうだった、『あれ』をやってしまったんだった。

尋ねられて血の気がすうっと引いていくのを感じる。以前暮らしていた町では、あれを人前でやらないようにずっと気を配っていたのに。

 

***

 

私は子供の頃から、転んだりして怪我をするとその傷から花が咲く体質だった。咲く花の種類はばらばらで、咲いたかと思うとすぐに萎れてしまう。その代わり、萎れた後は綺麗に傷が治る。

両親は最初病気だと思って色々な病院に私を連れて行ったけれど、原因は不明。特に何か悪い影響があるわけではなく、『そういう体質』だということだけがわかったから、そのままにしておこうとお母さんに言われた。お父さんは「こはるはよく転ぶから神さまがつけてくれたんじゃないか」なんて言って笑っていた。

私自身花が好きだったから、怪我をして泣いていても、次の瞬間には花が咲いたことに喜んでいた。

 

小学校に上がった頃、親友のちいちゃんがジャングルジムのてっぺんから落ちてあちこち擦りむいたことがあった。

血が出ていることにびっくりして、怪我をした本人よりも私の方が泣いてしまい、笑ってるちいちゃんにすがりついた。

すると、私が触っている近くの傷から花の芽がぽつぽつと咲き始めて、彼女の肘や膝が小さな花畑のようになった。

「すごい! こはる、魔法つかえるの?」

ちいちゃんは目を輝かせた。花はぱらぱらと散って、血が滲んでいたひどい擦り傷が跡形もなく消えていた。

この時、私は他人の傷も触れば治せるということに気がついた。

 

それからちいちゃんは私の住んでいた町から遠い場所へ引っ越してしまって、私も中学生になった。

家族やちいちゃん以外にはこの体質は人に知られないようにしていたけれど、ある日事件が起こる。

 

それは、掃除が終わってゴミ捨て場に行こうとしている時だった。

中庭から悲鳴が聞こえてきて、私は恐る恐る様子を伺った。

「痛っ……」

同じクラスの男の子が、頭から血を流していた。周りを取り囲んでいる数人の男子たちは、手に小ぶりの石を持っていた。

「お前が避けようとして動くから当たったんだよ! 俺ら悪くねえからな!」

リーダーらしき男子が怒鳴った。血を拭った男の子の手が震えているのが見えた。

私はゴミ箱を放って男子たちの前に立ちはだかった。

「なんだお前、関係ないだろ。どけよ」

さっき怒鳴った男子が舌打ちする。私は自分の足が震えているのを感じた。でも、男子の言葉を無視して怪我をしている男の子のこめかみに手を当てた。

こめかみからはスミレが咲き出した。男子たちがざわつく。薄紫の花がいくつも咲いては花びらを散らした。男の子は小さく息を呑んだ。

傷が癒えたのを見届けて、私は男の子を安心させようと笑いかけた。

「もう大丈夫、血は止まって──」

「ば、バケモノ!!」

男の子は悲鳴まじりの声を上げた。周りの男子たちもバケモノと叫んでいる。私は意味がわからず動揺した。

「お前が触ったら体から花が生えてきた!嫌だ、 気色悪い!」

口々に叫びながら、男の子とそれを虐めていた男子たちはバタバタと中庭から逃げ出していった。

 

一人残された私は、その場から動くことができなかった。

『バケモノ』『気持ち悪い』。

その言葉が頭の中でわんわんと響き続けていた。

 

その日から、いじめの標的は私に変わった。教科書はズタズタにされてゴミ箱に捨てられていたし、体操着や上履き、鞄も、ありとあらゆるものが隠された。あらん限りの悪口をノートに書き殴られ、誰からも存在を無視された。

両親に心配をかけたくなくて、家ではいつも通りを心がけた。部屋で一人になった途端、爆発したように泣き始めるのが毎日だった。

 

中学生活を耐えて地元の高校に上がっても、私が『人の傷口に花を植え付けるキチガイ』だという噂は届いていた。

学校生活は良くなるどころか、日に日に本当に気が狂いそうになっていた。

こんな体質じゃなかったら。普通だったら。

家で鋏を腕に振り下ろして、傷を作った。いつか花が咲かなくなることを願っていた。痛みなんてもうどうでもよくなっていた。何度も、何度も、振り下ろす。

 

「こはる、杯葉学園って知ってるか。こはるみたいに特別な身体の人が通っているんだって」

お父さんが私を呼んで、リビングでパンフレットを見せてくれた。お母さんは隣で私の頭を撫でてくれていた。もう、二人とも私が何をしていたのか知っていたのだ。

杯葉学園──通常の生活に支障が出たり、事情があって普通に暮らしていけなくなってしまった特異体質の学生を受け入れる学校。ここからはかなり離れた土地にある。

「杯葉町は学生の家族も受け入れてくれるって書いてある。父さんたちもこはると一緒に行くよ」

独りぼっちだと感じていたけれど、お父さんもお母さんもずっと私のことを心配してくれていたんだ。絶え間なく溢れる涙を手の甲でごしごしと拭いた。心強かった。

「ううん、杯葉町には一人で行くよ。ほら、専用の寮があるって書いてある」

「でも……」

「お父さんこの家ローン残ってるでしょ! しばらくお母さんと水入らずで過ごしたら?」

正直強がりだったけど、本音でもあった。両親はいつも私を一番に考えてくれた。今度は、私が強くならなくちゃいけない。

ごめんね、とお母さんが掠れた声で言った。目元が赤い。きっと、泣き通しだったんだろう。私の涙腺の緩さはお母さん譲りだ。

「……平気なのか」

「うん」

「毎日連絡よこすんだぞ」

「うん」

「母さんの肉じゃが冷凍して送るから」

「うん」

「何かあったらすぐに帰ってきなさい」

「うん。……ありがとう」

涙が止まらないまま、私は笑った。お父さんは私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。お母さんも微笑んでいる。

 

診断書と転入届を送ると、すぐに受け入れの返答と理事長直筆の手紙が届いた。丁寧な字で、新しい生徒の仲間入りを心待ちにしている、と書かれていた。

私は両親に見送られ、杯葉学園へ向かう電車に乗った。二人の心配そうな表情が窓の外に見えなくなった。

 

***

 

バケモノ。

嫌な言葉が頭をよぎる。私を助けてくれた厚出くんにだけはそう思われたくなかった。

「怪我してるところに触ると傷が治るんだけど、ほら、痛い痛いのとんでけ〜の進化版というか、お花が咲くのはその過程というか、体に悪い影響とかは全然──」

焦って自分でも意味不明のことをまくし立てていると、厚出くんがそれを遮る。

「すげえと思う。花、綺麗だった」

相変わらず彼は無表情で何を考えているか読み取れないのに、その言葉はすとんと私の中に染み込んでいった。拒絶されないことがありがたくって、褒められたことが素直に嬉しくって、目からまた涙がぽろぽろ溢れた。私が泣き止むまで、厚出くんは側で立ち止まっていてくれた。

「さっきの男みたいなやつたまにいるから、制服のままで暗いところを通らないほうがいい」

そういえば、男は『杯葉学園の生徒の身体は高く売れる』と言っていた。生徒を狙っているのなら、制服を着ているといい目印になってしまう。私が寮に入ったことを話すと、同じくブレザーを着ている彼も危険なはずなのに、寮まで送ってやると有無を言わさぬ静かな気迫で言われ頷いた。

 

しばらく黙って歩き続け、寮の堅牢な門の前まで来た。もう夕陽が半分ほど街並みに消えている。

「じゃあ、俺も帰る」

彼は今来た道を振り返った。

「送ってくれて本当にありがとう。……明日は、学校来る?」

おずおずと聞くと、彼は変わらない無表情でじっと私を見つめた。ほんの数秒のはずなのに、ずいぶん長く感じられてどきどきした。

「ああ」

短い答えでも、私が喜ぶには充分だった。まだきちんとお礼もできていない。明日学校でお礼をしよう。

 

自分の部屋に入って、シャンプーが入ったビニール袋を床に下ろす。一緒にずるずると自分も床に座り込んだ。男に襲われた怖さが、一人になることでぶり返してきた。

私は気合を入れて座り込んでいた床から立ち上がり、制服をハンガーに掛けた。

いつまでも誰かに守ってもらってちゃダメだ。送り出してくれたお母さんたちのためにも、私が強くならないと。

曲がった校章を正して、私は深呼吸した。

 

 

 

 


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