泣いたうさぎさん。   作:高任斎

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……いつの間にか、お気に入りの小説が消えていた。
なんかモヤモヤしたので、書き始めた。
文字数とか展開とか、キリが悪かったから3分割して同日連続更新。(1時間おき)


1:空を望んだ老人。

 空に憧れ、技術者の世界に飛び込んだ。

 

 自分の開発する飛行機が、兵器として扱われることに思うところがなかったとは言えない。

 

 資材は不十分。

 基礎工業力も十分とは言えない。

 求められるのは、兵器としての性能。

 

 武装を外せば、この飛行機はもっと軽やかに空を舞うことができるだろうにと、仲間内で愚痴をこぼしたこともある。

 

 しかし、戦争のためというお題目がなければ、飛行機としての開発そのものが難しくなることも確か。

 空を目指す両翼の、片翼が折られたような状態での開発。

 

 片翼でも空は飛べる。

 

 チームの誰かが言った言葉。

 空を目指した。

 ひたすら空を目指した。

 空を目指し続けた果てに……国が戦争に負けた。

 

 涙を流しながらも、折られた翼が戻ってくると思っていた。

 片翼ではなく、両翼で空を目指す平和な時代。

 

 自由に、空を飛べると、そう思っていた。

 

 国の、空を奪われた。

 

 航空機の制作を禁じられた。

 開発や研究も10年禁じられ、航空会社は完全に解体されてしまった。

 

 会社は、技術者は、敗戦国の悲哀を感じながら、他業種への転換を図るしかなかった。

 

 翼を取り戻すはずの平和は、もう片方の翼をへし折ってくれた。

 翼を折られ、空を奪われてなお、空への憧れは消えない。

 

 

 戦争が、世界情勢が、そして経済が。

 国の空を翻弄し続けた。

 そして私は、技術者としてではなく、家長として家族を守らねばならなかった。

 

 

 死の間際、私はようやく空に目を向けることができた。

 

 願わくば。

 生まれ変わって、あの空を……。

 

 私は、強く願いながら、死んだ。

 子供たちや孫のことも、すべてを投げ捨てるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初は、生まれ変わりを疑った。

 しかし、そうでないことはすぐにわかった。

 

 技術は専門化し、畑違いの分野は素人同然と言われる時代ではあるが、痩せても枯れても私は技術者だ。

 自分の知る技術体系と、この世界のそれが、一致しないことは一目瞭然だった。

 

 この世界は。

 今、私が生きているこの世界は、私が知る世界の延長線上にはない。

 

 平行世界、という言葉が浮かぶ。

 だが、考えても意味はない。

 

 空が、ある。

 あれほどまでに憧れた、空がそこにある。

 

 それだけで、私には十分だった。

 

 

 

 

 

 世界を揺るがす事件が起こった。

 白騎士事件、と名付けられたもの。

 

 

 IS。

 

 インフィニットストラトス。

 

 若き科学者。

 そして、研究論文の概要。

 

 前世の経験から、一般社会に下りてくる情報がどれほど不正確なものか知っているだけに、どこか冷めた気持ちと、もどかしい思いを抱いた。

 

 

 動画を見て、少なくはない人々が興奮していた。

 

 しかし、私はそれを見て泣いた。

 ただ、涙を流した。

 

 空を思って泣いた。

 そして、学会から無視されたという、若き研究者の無念を思って泣いた。

 

 インフィニット・ストラトス。

 直訳すれば、無限の成層圏、か。

 

 どこまでも、飛べる。

 どこまでも、行ける。

 宇宙開発をにらんだ、画期的な……。

 

 情報操作には、ある程度パターンがある。

 このあたりの、名前や目的に関しては、おそらくはそのまま情報が流布されているのだろう。

 

 

 私が目指したのは、空だ。

 しかし、この研究者が目指したのは、その先の宇宙(そら)なのだろう。

 

 宇宙を目指しながら、無限に続く成層圏と。

 名前から、研究者の血を吐くような思いが伝わってくる。

 

 

 どこまでも続く、成層圏。

 どこまでも続いていく空。

 目指すべき宇宙(そら)は、空の向こうにあるというのに。

 

 どこまでも続く空ということ。

 宇宙には永遠に届かないということ。

 真の望みである、宇宙には、手が届かない。

 

 すべてを承知で。

 すべてを覚悟して。

 そう名付けたのだろう。

 

 個人の科学者としての志を、学会が圧殺する。

 国が、ひねり潰す。

 政治という化物が、経済という正義が。

 

 若き科学者から、宇宙を奪った。

 いわば、地球という重力が、宇宙を目指す彼女の翼のはばたきを認めない。

 

 戦争が、宇宙に向かって羽ばたくことを許さない。

 自身の発明を、自身の想いを貶めてでも、かりそめの平和を願ったのか。

 

 戦争は、国のリソースを注ぎ込むべき状態。

 現状、宇宙開発は、余ったリソースを注ぐ分野。

 宇宙を目指すならば、戦争は排除すべきもの。

 

 たとえかりそめの平和でも、宇宙へつながる道が開ける可能性があるのなら。

 

 白騎士事件が……私には、科学者の絶叫に思えた。

 世界に向けて、絶望を叫ぶ行為。

 

 

 科学者、そして技術者としての優劣に関係なく、私は彼女の絶叫に涙を流さずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 ISの登場は、世界の軍事バランス及び、社会のバランスにも影響を与えた。

 世界が、じわりと変わり始めた。

 

 緊張をはらんだ平和。

 それも、長くは続かない平和だ。

 おとぎ話で語られるような、優しい世界、穏やかな平和ではない。

 しかし、それまでの数多くの紛争を一時停止させる効果はあった。

 

 与えられた新しいステージに、世界が手探りで均衡点を探しているからだ。

 

 砂上の楼閣と笑うものもいるだろう。

 幻想の平和と、戦争準備のための、見せかけの平和と、唾を吐くものもいるだろう。

 

 かりそめでも、幻想でもいい。

 世界に向けて絶望を叫んだ科学者の功績だ。

 エゴイスティックに、平和を求めた彼女の功績だ。

 

 多くの紛争が、一時的に停止する……それが、より大きな崩壊を招くかどうかは、一人の功罪として論ずるべきではないだろう。

 

 私は、彼女を思う。

 彼女は今、どんな思いで世界を眺めているのだろう。

 

 私の目には、彼女の発明が……宇宙へと向かう未来が見えない。

 彼女の目には、まだ希望が見えているのだろうか。

 それとも、絶望に閉ざされた暗い未来だろうか。

 

 世界に対しこれだけの影響を与えたからには、おそらく家族はバラバラだろう。

 前世において、私のような技術者でさえ、戦時中は家族には監視という名の護衛がついていた。

 

 彼女は、現時点で正しくオンリーワンの存在だろう。

 世界が彼女に手を伸ばし、そして手に入らぬとわかれば、殺しにかかるだろう。

 

 世界は、才能に対して残酷だ。

 

 そして私は、無力だ。

 誰かに対して、残酷になれないほどに無力だ。

 

 前世の記憶を持っていてなお、私は早く大人になりたいと願った。

 

 

 二度目の人生の日々。

 

 空はまだまだ遠くにある。

 

 

 




かたぁい!
おもぉい!
次から軽くなるのよ。


多少ネタバレになるのでアレですが、誤字の指摘が相次いでいるので書いておきます。
『監視という名の護衛』はわざとそう表現してます。
つまり、『本人』に対して『お前の家族を監視してるからな!人質だからな!いらんことするなよ!普通に開発しろよ!』と『明言』した上で、『優秀なのは間違いないから、いろんなちょっかいから守護らねばならぬ』という護衛です。
普通じゃない部分を、この時点ではこっそりと表現したかったんです……まあ、誤解を招く表現だったのは確かです。いっそ削除したほうがいいのか……?
あ、『戦時中は』の言葉を足しました、すみません。
戦後もこれなら、怖すぎる。(震え声)

誤字報告そのものには感謝してます。
またなにかお気づきの部分があればご報告ください。

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