泣いたうさぎさん。   作:高任斎

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……納得できる出来になるまで3日かかった。(灰)
つまり、幕間2がなければ即死だった……。
空の描写、お楽しみいただけたら幸いです。(震え声)


8:空を飛んだ日。

 さて、と。

 

 この世界に生まれ落ちて。

 それでもなお、私は前世の世界とつながっている。

 

 なんとなく、後ろを振り返った。

 そこにはない、道を感じる。

 

「ねえ、ふーちゃん!この舞台、なんか意味あるの?」

 

 束さんの意見はもっともだ。

 

 水面から高さ10メートル。

 助走路の長さ10メートル。

 

 強いて言うならロマン。

 そして、心残り。

 

 私は、苦笑を浮かべて、答えにならない答えを返す。

 

 低速度における滑空性能を、肌で感じたいんですよ。

 

「ふーん、まあいいけど。くーちゃん、ふーちゃんの安全確保、お願いね!」

 

『お任せ下さい』

 

 ISを展開したクロエさんが、空中で待機してくれている。

 

 そして私は、それを手にとった。

 

 それは、一枚の翼。

 孫と一緒に見たアニメからヒントを得た。

 私の望む『空』に、私が考える『飛ぶ』という理想に最も近いと思われた。

 確か……メー〇ェ、だったか。

 もちろん、私なりにカスタムしたし、これもまたテクノロジーの塊ではある。

 いわゆる無尾翼形式なので、ピッチ・ヨー・ロールの3つの自立安定性の確保を、翼の形状ではなく、主に科学に頼った。

 

 翼を手に、助走路に立つ。

 

 60歳定年を超え、嘱託で72歳まで働いた。

 体調を崩したという理由がなければ、もう少し現役でいられたか。

 

 体調も落ち着き、さて……と思ったところで目をつけた大会。

 婆さんはもちろん、息子に娘に、孫まで総出で止められた。

 

 ……出たかったなあ、鳥〇間コンテスト。

 

 束さんに渡された防護ベルトをはじめとした、安全装置の数々。

 やれやれ、飛ぶというのも大変だ。

 しかたない、私は人なのだから。

 

 防風メガネ兼センサーの位置を確認して。

 私は走り出した。

 

 宙に向かって翼を投げ出し、上面のバーへと取り付く。

 

 ふわり、と。

 

 翼が空気をつかむ。

 揚力を感じる。

 重力を感じる。

 

 速度が足りない。

 重力が揚力に勝つ。

 

 うむ、そうだ。

 そうでなくてはな。

 

 人の居場所ではない場所。

 それを再確認する。

 

 水面が近づく。

 重力が翼を加速させる。

 しかしなお、揚力は重力に勝てずにいる。

 

 水面が近づく。

 水面効果が働き出すのを感じる。

 まだ足りない。

 

 水面が近づく。

 水面効果の増加。

 私の心は、穏やかだ。

 

 水面は、目の前だ。

 揚力と重力が、握手をしたのを感じた。

 

 水面の上を、滑るように走っていく翼。

 笑みがこぼれる。

 

 幸せを感じる。

 だが、その幸せは永遠には続かない。

 空気抵抗による速度の減少が、揚力を減少させるからだ。

 

 絶妙のバランスを、100メートルほど楽しみ……。

 その時が迫ったのを悟って、私は水面に目をやり、さよならを告げた。

 

 前を向き、心の中で翼に声をかける。

 我慢させてすまなかった。

 行こう。

 

 私の翼が目を覚ます。

 

 ゆっくりと加速する。

 私の思いが加速する。

 

 揚力が、重力の手を振り払う。

 

 私の視界から、水面が消えた。

 私の視界から、景色が消えた。

 

 夢が舞い上がる。

 力強く、軽やかに。

 

 私の視界が、空に埋め尽くされる。

 

 翼は、私の身体の下に。

 私の視界を遮るものはない。

 

 私は、全身で空を感じた。

 

 

 

 夢中になっていたようだ。

 予定していた高度を超えたことを、束さんから指摘される。

 

 推力を落とした。

 もう、速度はいらない。

 私は、空にいる。

 

 センサーを通して、風の動きが分かる。

 空気の塊を感じる。

 

 鳥はすごいな。

 風に乗り、空気を感じて、空を飛び、舞い続ける。

 

 翼とセンサーを得て、ようやく真似事ができる。

 私は人だ。

 

 

 空気の塊が、横合いから接近してくる。

 私は、あえてそれを受けた。

 

 流されていく翼。

 空気の質感を、思い知る。

 思わず笑みがこぼれた。

 

 失敗する事を分かっていた、いたずらのようなものだ。

 

 翼の、姿勢制御。

 

 片腕の固定を解除して、クロエさんに向かって、手を振った。

 

 ……少し怒っている気がする。

 

 腕を戻し。

 身体の固定をもう一度確かめて。

 くるん、と。

 背面飛行に移行した。

 高度を下げていく。

 

 大地。

 一面の大地。

 

 ああ、大地から見上げる空が雄大なように。

 空から見つめる大地も。

 

 鳥は、大地に憧れることがあるのだろうか。

 ふと、そんなことを思った。

 

 

 推力は極力使わず、風から風へと、渡っていく。

 センサーがなければできないこと。

 

 鳥のように。

 大きく空を回る。

 センサーを通して、鳥のあの飛び方の意味を本当に理解する。

 

 上昇気流をつかみ、舞い上がる。

 ふわりと、身体が浮く感覚に心が躍る。

 

 自分が、重力に囚われた存在であることを実感すると同時に、そこから解放される瞬間を心地よいと感じることを知った。

 

 

 

 空の旅。

 空の夢。

 

 翼が飛ぶ。

 翼が舞う。

 私をのせて。

 夢が飛び、夢が舞う。

 

 速度は必要ない。

 風に流されるもよし。

 風を超えていくのもよし。

 ただただ、自由さえあればいい。

 

 もちろんそれは、不自由な自由に過ぎないけれど。

 

 私は、空を遊んでいる。

 ただただ、空に遊んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上に降りたっても、しばらくは、空の蒼さが目から抜けなかった。

 

 重力を煩わしいと感じつつ、懐かしいと思う。

 

 ……ああ。

 かつての、事故で片足を失ったテストパイロットの言葉が蘇った。

 

『俺は身体が動く限り、また空を飛ぶよ。こいつは、理屈じゃないんだ』

 

 私も、また飛ぶだろう。

 だが、私はパイロットではない。

 

 今日とは別の。

 違う夢をのせて空を飛ぶだろう。

 

 たしかに、こいつは理屈じゃない。

 私個人の、業というべきものだろう。

 

 

 

 

 

 私視点の映像と、クロエさん(空中)、束さん(地上)の映像をそれぞれ確認していく。

 ああ、私はこんなふうに飛んでいたのか。

 子供だ。

 人の子供のように無邪気な。

 そして、初めて空を飛ぶ鳥の子供のように拙い。

 でも、それがいいじゃないか。

 

 

 ……ん?

 

 なにやら、クロエさんがそわそわしていた。

 

「お父様……私も、良いですか?」

 

 

 

 私のように滑空を楽しむこともなく、クロエさんを乗せた翼は地上から直接空へ飛んだ。

 そのせっかちさを、微笑ましく思う。

 

 私と違い、彼女はISを装備しているから、安全面でのサポートがほぼ必要ないのは何よりだ。

 もちろん、束さんがチェックをしているのは言うまでもない。

 

 飛行機の整備兵に、何度も言われたように、何事にも絶対はない。

 いつだって、まさかはある。

 人が空を飛ぶというのはそういうことだ。

 それでも、だ。

 

 私は、空を見上げた。

 さっきまで私は、あの場所に。

 

 クロエさんが、風と戯れ、鳥のように飛ぶ。

 微笑ましく眺めていたのは、わずかな時間。

 

『お父様、少し遊びますね』

 

 え?

 

 

 ISを部分展開し、クロエさんが翼の上に立った。

 

 進行方向に向かってやや斜め。

 腕組みし、どこかを見つめる。

 彼女の髪が、風になびく。

 

 おお、なかなか映える光景だ。

 映画のワンシーンを思わせる。

 

 あ。

 

「ちょっ、くーちゃんっ?」

 

 束さんが声を上げる。

 

 

 翼を蹴り、クロエさんが宙を舞う。

 何もない場所に向かって、キック。

 そして、翼の上に……ISの力を借りて着地に成功。

 

『失敗しました。もう一度』

 

 いや、クロエさん……何をしてるの。

 

 そういえば、この前何か熱心に読んでいたような。

 チェックしておくべきか。

 いや、それは孫に嫌われるパターンだ。

 

 孫に限らず、人は過干渉を好まない。

 

 

 どうやらコツを掴んだのだろう。

 

 クロエさんと翼が、空でワルツを踊り始める。

 

 離れてはつき、ついてはまた離れる。

 

 空中で、キックを放つ。

 パンチを打つ。

 踊るように、翼に舞い戻る。

 

 うん。

 うん。

 

 ……クロエさん、何を想定して戦っているのかな。(震え声)

 

『お父様!束様!これ、楽しいです!』

 

 うん。

 楽しんでいるのなら、何よりだ。

 そう、楽しむことは大事だけど……。

 

 束さんも、ISを軍事転用されたときはこんな気分を味わったのだろうか。

 私の(ゆめ)を使って、戦争とか争いを連想させる行為は、ちょっと心が……痛い。

 

 なんとなく、頭に手をやってしまう。

 孫娘に、髪の毛をむしられた悪夢を思い出す。

 

 いや、あの時だって、私は笑って流した。

 なんでもない、なんでもない。

 

 孫が楽しそうにしていること以上に、大事なことなんてない。(震え声)

 

 

 

 なぜか最後は、ISの力も借りながらだが、垂直離陸機のように……翼の上に腕組みして仁王立ちしたままゆっくりと地面に降りてきた。

 

 やはり、彼女が読んでいるものをチェックすべきだろうか。

 

 

「次は束様ですね」

「え?いや、束さんは別にいいかな……速度も遅いし、数値とシミュレーションでわかっちゃうし」

「飛びましょう、是非!」

「く、くーちゃんがそこまで言うなら」

 

 クロエさんに押し負けて、束さんが飛んだ。

 

 その姿を見送りつつ。

 

「……もう一台あれば、空中演舞が」

 

 クロエさんが何かつぶやいていたが、聞こえない。

 私は、身体は少年だが、心は老人だ。

 都合よく、耳が遠くなることだってある。

 

 

 

「……上手いですね、束様」

 

 クロエさんがつぶやく。

 

 うん、でも、上手すぎる、かな。

 

 私は、あの場所で。

 目的もなく、ただ選択することを楽しんだ。

 

 束さんは、選択を迷っていない。

 楽しむこともない。

 何か目標を立て、そこに至る最適のルートを選んでいるだけだ。

 

 常に最適のルートを選ぶということ。

 それは、選択ではないだろう。

 

 わかりきっていたことだが、私の空と束さんのソラは違う。

 あの翼は、彼女にとって移動手段以上の意味がないのだろう。

 作っているときは、わりと楽しそうにしていたが。

 

 新しく何かを生み出すこと。

 未知の何かを解明すること。

 どちらかというと、そういうフィールドに彼女のソラがあるのだろうと感じた。

 

 

 孫に登山を強要した知人を思い出す。

 知人にとって登山は最高のものだったのだろうが、知人の孫にとってはそうと限らない。

 自分が最高と思うものを孫に教える。

 よく言えば不器用な愛情とも言えるが、私はそれを反面教師にさせてもらった。

 

 

 彼女のソラは、強制されたものであってはならない。

 私は、そう、心に刻んだ。

 

 

 

 

 

 

「どうでしたか、束様!」

「え、あ、うん、面白いね」

 

 クロエさんと、私を見て、束さんが答える。

 気を使ったのだろう。

 

 うん、クロエさんにも諭しておくべきだろう。

 

 失敗作という、自己を卑下する考えから脱しつつある彼女は、逆に『自分がみんなと同じ』という考えに染まりつつあるように思う。

 悪いことではない。

 しかし、良いことばかりでもない。

 

 孫が、またひとつ大人になるのだ。

 嬉しいような、寂しいような。

 そんな思いを抱えながら、クロエさんに語りかける。

 

 ひとりの人間が、異なる夜を数えながら生きていくこと。

 異なる夜を数えるたびに、人は、別の朝を迎えていくこと。

 人は、それぞれが違う空を見上げるようになる。

 

 それは、悲しいことではない、と。

 

 複葉機に憧れ、空を目指した私がいる。

 あの時、あの場所で。

 もし、複葉機に出会うことがなかったら。

 

 きっと、私はこの場所にいなかった。

 

 ひとりの人間には、無限の可能性がある。

 生きるということは、無限の可能性を切り捨てながら、ひとつの道を歩んでいくようなもの。

 上り坂は苦しいか。

 下り坂は恐ろしいか。

 しかし、人生を、人を変えていくのは、分かれ道。

 

 選択が、人を変える。

 選択が、人生という道筋を変えていく。

 

 

 クロエさんの喜びを、悲しみを、私や束さんは分かち合うことはできるかもしれない。

 それでも、分かち合えないものもある。

 別の人間だから。

 異なる夜を数えて生きてきたから。

 違う空を見上げているから。

 

 触れ合うことはできる。

 重なり合うこともできなくはない。

 ただ、完全に一致することは……奇跡なようなものと思いなさい。

 

 

 淡々と、私は語る。

 粛々と、クロエさんが耳を傾ける。

 

 今はわからなくてもいい。

 ただ、なにかの拍子で思い出すことがあれば、それでよい。

 

 老人らしい繰り言か。

 言葉を足してしまう。

 

 私が空を見つけたように。

 クロエさんにも、ソラを見つけて欲しい。

 それを大事にしなさい。

 

 でも、忘れてはいけないことがある。

 他人のソラを、否定してはいけない。

 他人のソラを、汚してはいけない。

 

 分かり合えないことと、相容れないこととは別だからね。

 話し合い、分かりあった上での握手は、所詮約束された未来でしかない。

 

 話し合い、分かり合えないと知った上で……握手ができる。

 強制はしない。

 でも、私はクロエさんにそんな道を歩んで欲しいと願っているよ。

 

 

 

 

 

 ただし、相容れない相手には容赦しないようにね。

 

 

 ……私の複葉機を壊してくれた、あの連中は絶対許さん。

 

「ふ、ふーちゃん、ふーちゃん、笑顔が怖いよ。というか、撃墜された複葉機より自分の身体の方を心配してほしいな」

 

 束さんにたしなめられた。

 いかんな。

 つい。

 

「……」

 

 束さんが、私を見ていた。

 どこかすがるような目で。

 

 ああ、クロエさんへの話で少し誤解があったかな。

 

 大丈夫ですよ、束さん。

 私は満足したわけではありませんから。

 

 道は続いていますし、束さんとの約束は忘れません。

 

「そっか……そーだよね!ふーちゃん、空バカだもんねっ!」

 

 束さんが、笑う。

 この笑顔を、壊してはならない。

 あんな、悲しい泣き方を二度と孫にはさせられない。

 

 

 目を閉じる。

 かつて、ともに空を目指した仲間たちの姿が浮かぶ。

 同じ飛行機を作りながらも、我々の空は、別の空だったと今ならわかる。

 そして、それで良いのだと思える。

 

 あの時、我々の空は確実に触れ合い、重なったのだから。

 

 私は、束さんの希望になろう。

 しかし、唯一であってはならない。

 

 孫の遊び相手は、多い方が良い。

 

 今日の、この映像を……拡散しようと思う。

 

 かつて私が、複葉機のそれに魅入られたように。

 

 いろんなソラで、仲間を募ろう。

 

 束さんの、遊び仲間を。

 

 




何年か前、どこかの会社がリアルメー〇ェを制作したというニュースを読んだ。
すごいとは思ったが、個人的にはメー〇ェじゃないとも感じた。(頑固)

そして、こ、この作品の、圧倒的ジ〇リ感よ……。(震え声)

それにしても、感想に書き込みのあったジ〇ットマンだか、ジ〇ットウイングの映像は、痺れるものがあります。
最初は魂の拒否感があったんですが、こう、時間を置いてじわじわと。

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