空の夢、空の旅。
そんなタイトルをつけて、私は動画を投下した。
顔を隠しただけのノーカット版と、短い時間で楽しめるダイジェスト版の2つ。
投下後、ワクワクしながら30分ほども見守ったが、視聴数が全く伸びない。
「お父様。投下してすぐに反応が出るようなものではないかと」
クロエさんにたしなめられた。
うん、まあ、案外、知る人ぞ……のほうがいいのかもしれないな、と。
私は、研究に戻った。
今私が取り組んでいるのは、ISの基本システムとも言えるPICだ。
これでISは浮遊したり、加減速を行うとされている。
浮遊。
大事なことだからもう一度、浮遊。
まあ、すぐにわかったが、そんなに便利なものではない。(空を飛ぶことしか考えていない)
もちろん、前世のそれを思うと、まさに隔絶の感があるのだが。
ざっくり言うと、エネルギーを使用して重力場を作り、地球の重力との足し算引き算に持ち込むわけだ。
宇宙空間ならともかく、地上におけるISの連続稼働時間の短さは、これが原因の一つとなっている。
これをどうにかして、地球の重力そのものに干渉できたらいいのだが。
と、いうか……このあたりの技術、絶対に束さんが出し惜しみしてるんだろうな。
だって、量子格納ができるんだもの。
束さん、日常生活でさらりとIS武器以外のものもやってるしな。
調べるほどに、束さんの『気になるでしょー?気になるよねー?』って声が聞こえてくる気がする。
あれだ。
このISは本当に、パズル、いや
出題者が、束さんの。
まあ、私の手は束さんほど長くないし、歩幅も大きくはない。
自分を束さんと比較しようとは思わない。
普通の研究者であれば、1万を超えるトライに、1のリターンがあれば優秀と言えるだろう。
地道な日常の繰り返し……それが研究であり、研究者の日常ともいえよう。
もちろん、若い頃は無茶もした。
延々と繰り返される地道な作業、上がらない成果。
それが逆に気分をハイにさせて……睡眠と食事をおろそかにし、意識が朦朧としはじめても研究を続けた。
そうなると、『何をやった?何をやったんだ、言え!?』って、先輩や上司に問い詰められて目を覚ますんだよなあ。
それはこっちが聞きたいというか、結果的にうまくいった事の方が多いんだから、あれはあれで悪くなかったはずだ。
ただ、戦争ってやつは、人の心の余裕を奪う。
研究者に好き勝手やらせるほど、国という存在は寛容でもない。
父母や結婚したばかりの妻が人質と明言されると、そうそう無茶もできなくなった。
人の命は尊い。
空に焦がれても、そこをおろそかにするつもりはない。
戦中を生きた、自分に対する戒めでもある。
自由というのは、宝石のように貴重だ。
まあ、戦後は戦後で、小さい子供達に身重の妻を思えば、万が一にも、私は倒れるわけにはいかなかった。
そして、歳をとり、孫が生まれ……無茶をしたくてもできなくなった老人が誕生したというわけだ。
もちろん、家族を足かせなどと思うつもりはない。
いや、もしかすると……心の底ではそう思っていたのかもな。
死の間際に、空を願ったエゴイストだ、私は。
うん?
自由……だな、今は。
うむ、やや行き詰まってる気配もあるし、当たり前のことをやっていては、当たり前のリターンしか得られないのは道理だろう。
束さんも、ちょっと用事で出かけるって言ってたし……うん。
4日間寝ずに研究したあと、1日寝れば……バランスは取れている、はず。
休息を取らないわけじゃなく、ちょっとスケジュールを組み替えるだけの話だ。
心は老人だが、身体は少年だ。
若いうちにしかできないことは、若いうちにやるべきだろう。
私は、クロエさんに一言告げて、研究に取り掛かった。
「何をやったの!?ふーちゃん、何をどうやったの、これ!」
束さんにガクガクされて、意識を取り戻した。
……懐かしい感覚だ。
頭を振り、束さんの言う『何か』に目をやる。
え?
何をしたんだろうなあ、私。(昔を懐かしむ目)
「というか、くーちゃん!くーちゃんは何してたの!」
と、今度は束さんがクロエさんをガクガクし始めた。
まるで初めて会った時の束さんを思わせる、クロエさんの目元のクマに、私は顔をしかめた。
3~4日は、まともに睡眠を取っていない顔だ、と思ったからだ。
彼女の目がうっすらと開き、私を見てVサインを送ってきた。
「……お父様の動画が、大反響です……やりとげました」
なぜだろう。
猛烈に嫌な予感がした。
「ほんと、何気なくバイタルの数値をチェックしたら、ふたり揃って昏睡状態に片足を突っ込んでて、束さん驚いちゃったよ、もー!」
……聞き捨てならない言葉が聞こえた気もするが、今は休もう。
だから、クロエさんも……休みなさい。
シャワーを浴び、食事をとり、ひと眠りし、また食事をとり、クロエさんがいれたお茶を飲む。
私も、クロエさんも、ひと心地ついた、というのだろうか。
そして、私とクロエさんが休んでいる間、おそらくは不眠不休で『何か』を分析していた束さんを見る。
「この発想はなかった!束さん、ついうっかりだよ!ふーちゃん、最高っ!」
目元のクマを活性化させつつ、束さんがハイテンションで騒いでいた。
うん、一区切りついたようだし、次は束さんを寝かせよう。
私は、クロエさんと目と目で通じ合った。
私の動画が、コメントで溢れていた。
それも、いろんな言語によるコメントだ。
この世界でも、『空』は人の憧れとなり得るのだな、と口元が緩む。
もちろん、否定的なコメントもある。
だが、無視ではない。
否定的なコメントもまた、この動画に対する反応なのだから。
まあ、空を速度とかスペックで語ってほしくはないがな。
私の翼に対してのコメント。
空についてのコメント。
飛ぶことについてのコメント。
子供に危険なことさせんなというコメント。
空はサーフィンをする場所じゃないというコメント。
個人的には、『なんでこれで空が飛べるのよぉぉぉ!』というコメントに好感を持った。
『おまえ、何をやってるんだ?姉さんのところで何をやってるんだ!?』というコメントからは目をそらした。
気のせいだ、気のせい。
だって、ちゃんと顔は隠してるから。
そして、やはりあるのが『遅い』とか『無意味』とか、そういうコメント。
うん、まあ、みんなに分かってもらおうというのは、むしろ傲慢な思いだろう。
仕方ない、うん、仕方ない。
冷静に冷静に。
再び、コメントに目をやる。
『自由』という言葉が踊る。
『自分も飛びたい』という言葉が舞う。
動画を見てコメントを書き込むのは一部の人間。
コメントを書き込む人間の想いも、深かったり、浅かったり、ノリだったりと、様々だろう。
コメントを書き込むことのない、圧倒的多数の中に……空への憧れを胸に抱いたものはいるだろうか?
静かに、深く、激しく、狂おしく、空を求めるものはいただろうか?
束さんに届く、手の持ち主はいるのか?
どのぐらいの時間、私はコメントに見入っていたのだろう。
気が付くと、私の肩口から束さんがのぞき込んでいた。
その後ろには、クロエさんも控えている。
「……ねえ、ふーちゃん?」
なんですか。
「束さんにはわからなかったけど、ふーちゃんたちは、あれを自由と感じるの?」
言葉を探す。
言葉は、不自由だ。
それでも、私は言葉を探す。
伝わる、伝わらないよりも先に、伝えようとする想い。
私の、イメージなんですが。
そう切り出して、私は束さんと向かい合った。
平原の真ん中に寝転んでいる少女。
この少女が、このあとどういう行動を取るかは、無数にあるでしょう。
起き上がり、北へ向かうか、南に向かうか、東に西に、北東、南西……歩き出す方角だけでも限りない。
もちろん、寝たままでもいい。
草原で、お目当ての草を探すのもありでしょう。
彼女は、なんでもできる。
いや、なんでもはできないし、できることしかできないけれど、次の行動を予測することができない程度には自由な選択肢を持たされています。
おそらく彼女は、自分の興味のままに、行動を始める。
言葉を切る。
私は束さんを見つめ、彼女もまた私を見つめる。
少年がひとり、谷間にかかったつり橋の上で寝ています。
起き上がった彼が、歩き出す方角は2種類しかない。
立ち止まることはできても、寄り道は存在しない。
それでも少年は、自分の自由に感謝するんです。
俺には、選択肢が与えられていたと。
選択できる自由……とまでは、言いすぎかもしれませんが。
「……そっか、そうなんだ」
束さんが振り返る。
クロエさんと向き合う。
「ねえ、くーちゃん。くーちゃんは束さんに、ふーちゃんの翼で空を飛ぶように勧めたよね?あれってさぁ、束さんが断ったらどうしたかなぁ?」
「束様が、ハイかイエスで答えるまで、何度も誘ったと思います」
クロエさんが、ちらりと私を見た。
「いえ、無理強いするつもりはありませんが……まあ、手を変え品を変え、空に誘ったと思います。そして私と束様で空中演舞という名の……」
クロエさんは、何にハマってるの、ほんとに……。
再び、束さんが私を見た。
自然と、私の背筋が伸びる……そんな顔だ。
「ふーちゃん……今までどれぐらい失敗したか覚えてる?」
覚えきれない程度には。
束さんの目が、私を見つめる。
そして、囁くように。
「それは、『この世界』だけの話なの?」
ああ、さすがに気づくか。
付き合いも長くなったし、無理もない。
まあ、束さん相手なら問題も無いことだ。
私は、笑って答えた。
ずっとですよ。
ずっと、失敗ばかり続けてきました。
「……わかった」
ぽつりと、束さん。
そして、笑う。
「束さんはわかったよ!ISだけじゃ、足りなかったんだね!世界という、閉じられたドアを、ゴンゴン連打しなきゃいけなかったんだね!」
束さんが笑う。
にやりと。
どこか偽悪的に。
「束さん、世界に対してちょぉーっと、お行儀が良すぎたかな?」
……虚勢だな。
しかしそれは、彼女の勇気でもある。
前世で知人も言っていた。
一度振られた女性をもう一度誘うのには、10倍の勇気と面の皮の厚さが必要だと。
「はっはっはっ、そうと決まれば、束さんはやるよ!今度は最初から学会なんて相手にしないからね!」
クロエさんが、そっと耳打ちしてきた。
「よろしいのですか、お父様?」
うん。
見守る必要はあるが、束さんにとって、決して悪いことにはならない。
私は、そう思うよ。
子供は。
孫は。
親の、祖父母の、思惑を超えて走り出すと、知っていたはずなのになあ……。
走るというより、飛んでいきそうじゃないか。
ところで、クロエさん。
「なんですか、お父様?」
クロエさんの肩に手を置く。
この、動画再生数上位ランキングの『空と踊る少女、空中舞姫〇〇ちゃん』についてちょっと聞いていいかな?
「自信作です!」
むふーと、胸を張るクロエさんが可愛かったので、聞かないことにした。
ちゃんと身元は隠すようにね。
この数日後から。
『うさぎさんシリーズ』と呼ばれる動画が連続して発表され始める。
ある動画は海の底で。
『海の底は、不思議な生き物でいっぱいだねぇ』
『不思議というなら、うさぎさんが一番不思議な生き物だと思いますが』
などと、うさぎ耳をつけたお姉さんとメイド少女の掛け合いから始まり。
ある動画は、ジャングルの奥地で。
『くっ、このISっぽい装備がなければ即死でした(棒)』
『……あ、これ新種の植物だよぉ』
などと探検隊よろしく、ピクニックに勤しんだり。
山を、森を、海を、川を、空を……。
謎の3人組が、不思議な科学の力をもって紹介していく。
もちろん、謎装備についての阿鼻叫喚とも思えるコメントの嵐はお約束だ。
IS企業関係者の悲鳴が聞こえてくるようだった。
そして、たまに謎の集団との戦闘が始まったりすると、コメントは困惑と興奮に溢れかえり……『映画化はいつですか?』などというコメントが出てくるのは末期症状というべきか。
いくつもの場所で。
いろんなソラで。
うさぎ耳をつけたお姉さんは、世界に向かって語りかけていく。
興味がわいたなら、こっちにおいでよ、と。
一緒に遊ぼうよ、と。
そして、ある時期を境にして『うさぎさんシリーズ』の動画の発表が止まる。
『ついにネタ切れか?』
『いや、いいかげん捕まるだろあの連中』
『ISだろ、あれ?』
『というか、続きはよ』
『メイドさんプルプルしたい』
心配、励まし、憶測の声がネットに溢れ……消えそうになった頃。
それは、世界に発表された。
次、本編のラストです。