泣いたうさぎさん。   作:高任斎

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明日って今さ!(自分を追い込んでいくスタイル)
始発に間に合ったので帰ります。(震え声)


4:泣いたうさぎさん1。

 ハイ〇ースされた。

 

 歳を取ると、たまに若者が使っているコトバを使ってみたくなることがある。

 いや、少し混乱している。

 もう一度、状況を確認しよう。

 

 箒と別れ、学校の教師にもう一度挨拶をし、施設に向かって学校を出て……すぐ。

 

 ハイ〇ースされた。

 

 確か、盗難にあいやすい車だから……という由来だったか。

 ……。

 ……。

 とりあえず、金銭目的ではないだろう。

 なるようになる、とまで達観はできないが。

 

 私は無力だ。

 そして、思っていたよりも世界は残酷なのかもしれない。

 

 

 

 

 たぶん、なにかのファッションなのだろう。

 服装も独特だが、頭につけたうさぎの耳が、どこか微笑ましい。

 

 私を見つめるお嬢さんの、目元のクマに親近感を覚えた。

 

 デスマーチ中は、みんなこんな感じだったなあ。

 戦闘機をともに開発していた仲間を思い出す。

 分野は違うが、ともに仕事に励んだ技術屋を称する連中を懐かしく思い出す。

 

 言葉こそおどろおどろしいが、当事者にとって『デスマーチ』はお祭りのようなものだ。

 終わった直後は、『もう二度としない』、『地獄が終わった』などと思うのだが、酒を飲み、ひと晩ぐっすりと寝ると……また、『デスマーチ』を望んでいる自分に気づくのだ。

 

 今までの試行錯誤が、形になっていく。

 全てが、あるべき場所へと収まっていく、あの感覚。

 あの、眩しい光を思わせる達成感は、言葉では表現しづらい。

 

 もちろん、楽しくないデスマーチもある。

 予算や日程の都合上、帳尻合わせというか、本当の意味で完成しない時がそうだ。

 達成感も何もない、徒労感に包まれ……不満と虚しさだけが残る。

 

 

 と、想い出に浸っている場合じゃないな。

 老人の悪い癖だ。

 若いお嬢さんに、少しアドバイスを。

 

 お嬢さん、睡眠時間は、90分を1セットで、1日3回が最も効率が良いと私は思う。

 もちろん、個人差はあるから、微調整は必要だが。

 

「……」

 

 お嬢さんの浮かべる表情に、既視感があった。

 この、『何言ってんだ、こいつ?』という感じの、呆れたような……。

 

 ふっと、さっき別れたばかりの、箒の顔が浮かんだ。

 

 頭の中で、目元のクマを除去。

 そして、口元を、きゅっと引き結ばせて……。

 

 

 予感。

 それを、口に出す。

 

 もしかして、箒の……お姉さんですか?

 

 

 一瞬だけ目が細められ……お嬢さんの口から、妹への愛が迸った。

 

 

 

 

 

 少しばかり要領を得ない話だったが、重要なのはここだろう。

 

『妹の箒のことが大好きだけど、事情があって一緒にはいられない』

 

 微笑ましくなる。

 いや、姉妹が一緒に生活出来ない事情というのは、決して微笑ましいものではないのだろうが。

 

 なるほど、なるほど。

 妹の箒のことが心配で、色々と聴きたくなってしまったのかと納得した。

 

 

 私は、話した。

 箒のことを。

 私の知る限り、できるだけ客観的に。

 私の主観は、主観だと断った上で、自分がどのように箒と関わったかを、話した。

 

 そして、謝罪した。

 箒と、うまく接することができなかったこと。

 もっと、彼女の世界を広げてあげたかったこと。

 

 語りだすと、後悔ばかりが胸に浮かんでくる。

 自分は万能ではないと戒めても、孫娘に対してもっと何か出来たのではないかと思ってしまう。

 

 うつむく私の手を取り、お嬢さんが首を振った。

 

「箒ちゃんのことを、そこまで気にかけてくれてありがとう……本当に、ありがとう」

 

 その目がかすかに潤んでいるように思える。

 妹への愛情。

 なのに、一緒には暮らせない。

 私から話を聞くあたり、会うことも制限されているのか。

 

 世界の理不尽さを呪いたくなった。

 

 

 

 私の話になった。

 姉として、妹の友人のことを知りたいのだろうか。

 

 気を遣わせたくないので、両親の件をのぞいて、今までの生活をさらりと話す。

 

 工学への興味。

 技術者を目指していること。

 

 およそ、興味を持たれないだろうと思っていたことに食いつかれた。

 女性でこの分野に興味を持つ人は少ないという先入観もあった。

 しかし、お嬢さんは普通に私の話についてくる。

 

 もしかすると、この世界に生まれてからずっと、私はそういう内容を語る相手を求めていたのかもしれない。

 

 つい、熱が入った。

 

 空だ。

 空への憧れだ。

 私の原点。

 私の全て。

 抑圧された末の、狂おしいまでの渇望。

 

 他人に、それもお嬢さんに語る内容ではないと思いつつ、止まらなかった。

 こうやって、空への憧れを語っている時こそ、自分が自分でいられる気さえする。

 

 複葉機を語る。

 私が技術者になった頃にはもう、兵器としては時代遅れもいいところ。

 理屈じゃない。

 時速250キロだからどうした。

 

 空を、兵器とか、スペックで語るな。

 空は、自由で、憧れだ。

 

 もちろん、複葉機が私のゴールじゃない。

 この世界の技術体系を調べて、ピンときた。

 

 私の中で、おぼろげながら形をとりつつあったもの。

 

 夢。

 自由。

 

『アレ』を作ることが出来るのではないか。

 

「よーし、落ち着こう!落ち着こう、ねっ!」

 

 お嬢さんに止められた。

 ちょっとばかり、熱が暴走したらしい。

 

 すみませんでした、ちょっと夢中に……。

 

 息を呑む。

 私を見る、お嬢さんの瞳が、心なしかグルグルしていた。

 

「時代は空じゃなくて、宇宙(そら)だよぉ!」

 

 さっきと同じように。

 妹である箒への愛情を語るように、彼女の口から飛び出すものがある。

 残念ながら、彼女の話は専門的で、私には断片的にしか理解できない。

 

 それでも、熱は伝わる。

 想いが伝わる。

 言葉では伝わらないもの。

 それが大事な瞬間だってある。

 

 エネルギー保存の法則。

 熱意は伝わる。

 熱は、理解し合える。

 相手の熱が、自分の熱になり、自分の熱が、相手の熱になる。

 

 技術者や開発者は、集まると、1+1が3にも4にもなる組み合わせがある。

 それは素晴らしいことなのに、なぜか『あいつらは集めちゃダメだ』などと言われることがある。

 

 人はひとりでは生きていけない。

 なんだってそうだ。

 科学だって、工学だってそうだろう。

 

 

 彼女の口から、ISの話が出た。

 

 ツッと、心臓に氷の針を穿たれた気持ちになる。

 若き科学者を思う。

 彼女の事を思う。

 

「あ、あれー?なんだか、テンションダウン?」

 

 確かに、私の目から見てもISは可能性の塊だ。

 だからこそ、その可能性を無駄に食いつぶされていく現状が悲しい。

 私でさえそうなのだ。

 本人は……。

 

 目頭が熱くなるのを感じ、手で隠した。

 

「う、うおっ!?泣いた?え、泣かした?箒ちゃんのお友達を泣かしちゃった!?」

 

 動揺する気配。

 なんとか首を振る。

 

「お、男の子だからかな?ISに乗れないからかな?」

 

 いや、違うんです。

 

 言葉を出し、首を振る。

 そして、語る。

 

 私の思うこと。

 IS開発者。

 若き科学者。

 彼女の感じているであろう、絶望。

 そして、悲しいまでの覚悟。

 

 

 止まらなくなる。

 

 思えば、私に話し相手はいなかった。

 知らず知らずのうちに、抑圧されていたのかもしれない。

 

 

 

 気が付くと、お嬢さんが……両手で顔を覆って、肩を震わせていた。

 

 ……。

 

 妹の事を思うあまりに、誘拐まがいに私をここへ連れてきたこと。

 独りよがりな私の思いに共感し、他人のために涙を流せること。

 

 感受性が豊かで、愛情深く、優しい人なのだろう。

 

 箒は、こんなお姉さんと引き裂かれて、生活することを強いられているのか。

 

 

 お嬢さんの頭に手を伸ばしたが、うさぎの耳が邪魔だった。

 なので、後頭部を、優しくなでる。

 

 

 お嬢さんの優しさは、きっと彼女にも届くと思いますよ。

 効果がなければ無意味などとは言いません。

 あなたのその優しさは、無意味なんかじゃない。

 

「……もう、やだぁ……この子……」

 

 しまった。

 お嬢さんにしてみれば、子供に慰められるようなものだったか。

 

 しばらく、何も言わずに頭を撫で続けた。

 

「……あ、あのね……そんなに深く考えてなかったかもしれないよ?」

 

 だったら、何故お嬢さんは顔を覆って、肩を震わせているのですか……と、口にはしない。

 そう思っていないなら……。

 

 私のためだ。

 私の心を軽くしてあげようと……。

 

 彼女の頭を撫でる手に、一層優しい気持ちがこもった。

 

 そうかもしれません。

 

「そ、そうだよ……そりゃ、色々と考えはあったけど……そういうのとは違うかなって……」

 

 私は、ただ一言。

 心を込めた。

 

 ありがとうございます。

 

「いや、その……ほら、研究者とか、世間知らずって言うよね!しかも、彼女はとびっきりの天才なんだから!そういう、世の中の凡人どものことを考慮するとかじゃなくてさあ!」

 

 研究や開発にはお金がとてもかかりますね。

 

「えぅっ?」

 

 私は子供だが、子供ではない。

 それゆえに、彼女に気を遣わせないために、私は語る。

 

 優れている研究者。

 結果を残す開発者は、資金を調達する能力が必要となる。

 その研究開発に利益を見込むから、人は資金を提供する。

 

 資金を上手く調達するということは、人の欲を知ること。

 人の欲を知り、自分の研究内容をプレゼンする能力。

 世間知らずの研究者は、太っ腹なパトロンに恵まれない限り、資金には恵まれない。

 

 だから。

 

 彼女の頭を撫でていた、私の手が止まる。

 

 ……彼女は、わかっていたと思います。

 自分の研究の行く末を。

 我が子とも思える発明の未来を。

 

 世界に向けて絶望を叫びながら。

 一筋の未来を信じていた。

 

 彼女の覚悟と、気高いあり方を、私は尊敬します。

 

「……どうしよう……褒められながら、ディスられてる……」

 

 ディス……?

 知らない言葉だ。

 やはり、若ぶっても限度はあるな。

 

「えっとね、天才だから、子供の頃から他人の名義とか使って投資を繰り返してさ、稼いでたんだよ、きっと」

 

 少し、笑ってしまう。

 投資というのは、人の欲を計算することだから。

 投資で稼ぐというのは、それこそ世間知らずにはできないこと。

 まぐれ当たりはあっても、それを重ねることはできない。

 

 でも。

 ここは、彼女の優しさを受けとっておこうか。

 

 

 もしも、箒に再会することがあったら、素敵なお姉さんの話を聞きたいなと思います。

 

「ひんっ……えぐえぐ」

 

 迂闊だった。

 一緒に暮らせない深い事情があるのだ……。

 

 自分の無神経さに腹が立った。

 

 

 

 空ではなく、周囲を見渡す。

 小さな公園の、片隅に設置されたベンチ。

 人はいない。

 平日ならこんなものだろう。

 

 小さく息を吐く。

 ありふれてはいるが、話題を変えよう。

 

 そういえば、お嬢さんのお名前は……?

 

 ビクッと、彼女の体が震えた。

 頭につけた、うさぎの耳がピコピコ動き始める。

 

「……」

 

 ……いや、あの。

 あ、私は……高岡冬樹と言います。

 

「…………た」

 

 た?

 

「束さんとは、私のことだよぉーっ!」

 

 衝撃。

 暗転。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、私は知らない場所にいた。

 お嬢さん、箒の姉……たばね、さん?……の姿はない。

 

 周囲に目をやる。

 公園ではない。

 

 個室?

 どこか生活を感じない。

 

 懐かしい。

 仮眠室を思い出す。

 

 

 

 私は、再びハイ〇ースされたようだ。

 

 




褒め殺しで、束さんに大ダメージ。

そして主人公、わりと気質はマッドである。(震え声)
1話の『監視という名の護衛』は伊達ではない。

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