泣いたうさぎさん。   作:高任斎

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優しい世界。(慈しむ目)

束が行方をくらました時期が違うなんて、指摘が来ない優しい世界。(懇願)


5:ただ、空へと続く道。

 篠ノ之束。

 IS理論を発表し、開発した若き科学者。

 

 若い、とは聞いていたが……。

 

 驚き。

 それと同時に、彼女の妹であり、私を友と言ってくれた箒の境遇が、ストンと胸に落ちてきた。

 

 姉である彼女だけではなく、両親ともまた離れ離れの状態とか……。

 保護対象としての名目はもちろん、理念も理解できる……が。

 もう少し子供に対する配慮ができないものかと、憤る。

 少なくとも、私の家族はバラバラにされることはなかった。

 世界の違いか、それとも時代の違いか……。

 

『理解はした。だが、納得いかん』

 

 幼き友人の言葉がよみがえる。

 まさに、そのとおりだと……苦笑するような気持ちになった。

 

 感情の抑制が苦手だった箒。

 私のそれは、単に年の功だろう。

 

 ふと、気づく。

 篠ノ之箒。

 それが、彼女の本名ということか。

 

 いや、関係ないな。

 

『箒と呼べ』

 

 友の願い。

 そして、友であることの証だ。

 シノハラであろうと、シノノノであろうと、私は、彼女を箒と呼ぶだろう。

 

 そして、私は目を閉じた。

 心の棚に、想いを整理し……心を切り替える。

 

 

 目を開けた。

 心が躍る。

 束さんに感謝だ。

 生活が保証された。

 学校へ通う時間も必要なくなった。

 

 24時間、研究に打ち込める。

 空への道が開けた。

 

 いや、学ぶべきことは多い。

 私は、天才などと呼ばれたことはない男だ。

 大地を踏みしめるようにして、進んでいくしかない。

 

 まずはプログラミングだ。

 この世界の、この時代。

 コンピューター制御なしに、機械工学は語れない。

 前世とは比べ物にならないレベル。

 この分野に限っても、学ぶべきことは多い。

 身体が3つ欲しい。

 1日が、72時間ぐらいにならないものか。

 

 ああ、進化を感じる。

 発展を実感する。

 拡がりを知る。

 

 笑っている自分がわかる。

 意識が、あの頃に飛んでは今に引き戻され……上がっていくテンションを感じる。

 

 

「……」

 

 束さんが、私を見ていた。

 前世でも、よくあんな感じの表情で見られることがあったが。

 

 どうかしましたか、束さん?

 

「ふーちゃん、自分の状況を本当にわかってる?理解してる?」

 

 ふーちゃん、というのは?

 

「冬樹だから、ふーちゃんだよ」

 

 ……。

 

 束ちゃん?

 たばちゃん?

 たーちゃん?

 

 しっくりこないな。

 

「うわぁ、斜め上の反応が返ってきたよぉ?」

 

 びっくり顔の束さんを見て、考えを改めた。

 忘れがちだが、私のほうが年下だから、『ちゃん』は良くないか。

 

 とはいえ……。

 もう一度束さんを見る。

 

 まだまだ子供だと思ってしまう自分がいる。

 

『束さんは、天才だからね!自分のやりたいようにやるだけなのさ!キミ程度が、束さんの気持ちを推し量ろうなんて無駄なんだからね!』

 

 悪ぶりたい年頃なのだろう。

 褒められることを格好悪いと感じてしまうのは、よくあることだ。

 

「……ふーちゃんが、また変なことを考えてる気がする」

 

 私は何も言わず、ただ微笑むだけにした。

 

「ふーちゃん?ちょっと、現状を説明してみてくれないかな?」

 

 現状、と言われても。

 先ほど、束さんに言われたことを、もう一度整理した。

 

 束さんは、元々政府に保護されていたが、世界各国からその身柄を狙われている科学者であり、今は拠点を変えながら身を隠している。

 先ほど私と接触した際、公園に人がいなかったのは、隠蔽工作の一環だったらしいが、その工作にミスが出て、私の存在を認識されてしまった可能性が高い。

 私には後ろ盾はなく、保護が必要。

 

 ひとつひとつ、数えるように口に出す。

 束さんが、うんうんと頷く。

 

 箒と違って、私の存在を国に保護させるには、取引材料が必要となってくる。

 というか、箒の友達を任せるのは危なっかしくて怖い。

 なので、束さんの隠れ家で、監禁生活が始まる。

 

「うん、ふーちゃんには悪いけど……」

 

 束さんの言葉を遮り、私は言葉を続けた。

 

 世界最高の科学者とされる束さんのそばで、学ぶことが出来る。

 研究ができる。

 開発ができる。

 好きなだけ開発に打ち込める。

 空を目指せる。

 空。

 空、空だ!

 

 

 

 と、いけないな。

 少し浮かれすぎている自分を反省した。

 

 見れば、束さんが両手で顔を覆って、ブツブツとつぶやいている。

 

「どうしよう、本当にどうしよう……ふーちゃんの将来があらゆる意味で心配だよ……ちーちゃん、怒らずに相談に乗ってくれるかな」

 

 ……箒とは9つ違いと言ってたから、まだ20歳ぐらい、か。

 世界から付け狙われる立場で、明らかにお荷物である私を疎むことなく、その将来を案じてくれている。

 

 彼女の存在が、奇跡のように思えてしまう。

 

 前世では、『研究者の優秀さと人格は反比例する』などというジョークを度々耳にしたものだが、彼女を知れば自然に頭を垂れるだろう。

 

 

 大丈夫ですよ。

 

 指の隙間から、ちらりと私を見る束さんに、微笑んでみせる。

 

 束さんだって、科学者として研究や開発している時が一番幸せですよね?

 

「当然!」

 

 私も、そうなんです。

 

「そっか、そっか。ふーちゃんも、同じかぁ!」

 

 束さんが笑顔を見せてくれた。

 耳もピコピコ……センサーかな?

 動きも一定じゃなく、複雑で繊細だ。

 

「まあ、世界は色々と煩わしいことも多いから、ちょっとバタバタしちゃうこともあるけど、それは、ごめんね」

 

 いえいえ。

 いつものことです。

 無視しろとは言いませんが、必要以上に気をかけると疲れるだけですからね。

 適切に対応することを心がければいいと思いますよ。

 

「うわぁ、ふーちゃん、おっとなーっ!」

 

 ははは。

 

 ふ、と。

 束さんが、私を見た。

 

 その仕草に、箒と姉妹だな、と感じてしまう。

 

「……ごめんね」

 

 ……?

 

 

 

 

 

 

 

 束さんとの、夢のような生活が始まった。

 

 チェーン理論ではないが、どんな優れた理論も、基礎技術の裏付けがなければ成立しない。

 前世の、私の晩年……パソコンの性能が飛躍的にアップした影には、新しい攪拌技術の成立があった。

 

 それまで1本のラインしか引けなかった幅に、10本のラインが引けるようになったらどうなるか?

 コンピューターのチップ。

 同じ面積に、多くの集積回路が組み込めるようになる。

 ハードディスクの大容量化。

 大容量化に伴う、高性能化。

 

 12メガの増設メモリーが7万円した数年後には……同じサイズで128メガになり、値段も3分の1以下になって、という感じに、あのブレイクスルーをもたらしたのは、ひとつの基礎技術。

 喜ばしいことだが、日進月歩の勢いで、私の年金にダメージを与えてくれた。

 孫には、コンピューターおじいちゃんなどと呼ばれたが、老齢の私には厳しい分野だったなあ。

 

 少し話がそれた。

 つまり、今の私には、今の私が空を目指すには、基礎技術にあたる部分が欠けている。

 

 人は地を這い、鳥は空を飛ぶ。

 本来、空は人の居場所ではない。

 空に憧れても、甘く見ることはしない。

 

 ひとつのミスで、人は死ぬ。

 それが、私の憧れる空の現実だ。

 

 焦らない。

 別に焦ってはいない。

 

 いえ、これは趣味です、束さん。

 複葉機は、私の原点なんです。

 

 作りたいと思ったとき、既に作り始めている。

 

 そうではありませんか?

 

「確かに!」

 

 束さんは、手を出さずに私を見守っている。

 

「レトロというか、クラシックだね……」

 

 出力はあえて低めに抑える。

 それだけで、必要強度が低く抑えられる。

 資材も無料(ただ)ではないのだ。

 優れた材質が、小型化を可能にする。

 

 不思議な気分だ。

 手で引いていた製図を、コンピューターで引く。

 自分で計算していた数値を、コンピューターに任せる。

 資材の加工を、機械がこなす。

 組立も、人の手ではなく、機械が組み立てる。

 

 コンピューターも、加工機械も、組立機械も。

 束さんのもので、全てが違う。

 なのに、思い出すのは、昔のチーム。

 あの時でさえ、時代遅れの複葉機。

 

 ああ、私は今……飛行機を作っているのか。

 

「あ、あの……ふーちゃん?頬ずりするのは、やめた方が……いいよ?」

 

 私は。

 愛おしむように、時間をかけて。

 

「ふーちゃん。その気になれば加工から組立まで3時間ぐらいで完成するよ?」

 

 ……時間をかけて、作り上げていく。

 私の原点を確かめるように。

 

「あ、あれ?ふーちゃん、怒ってる?怒ってるよね?」

 

 1日に少しずつ。

 束さんの邪魔をしないように。

 

「ふーちゃん。クラシックな複葉機で音速を超えたら楽しいと思わない?思うよね?そう思って、束さんがドカンと改造しちゃいました!」

 

 ……時間をかけて。

 束さんの邪魔をしないように。

 

「やっぱり、怒ってる?怒ってるよね、ふーちゃん!?」

 

 1ヶ月ほどかけて完成させた。

 

「ごめん、ごめんってば!束さんが悪かったから!何が悪いのかわからないけど、ごめん、ふーちゃんっ!」

 

 

 ま、孫に邪魔されるなんて、老人にとってはご褒美だから。(震え声)

 

 

 

 そして私は、あっさりと空を飛んだ。

 

 ……不思議な気分だ。

 

 一度、天寿を全うしたはずの私が。

 この世界に生を受け。

 こうして……。

 

 原点を確かめている。

 

 自分の中の。

 どこか曖昧だったものがクリアになる。

 

 つながった、と感じた。

 私は、生きている。

 

 敗戦で奪われたものを。

 長い年月を越えて。

 世界さえも越えて。

 

 叫んでいた。

 涙がこぼれた。

 

 束さんが、慌てている。

 

 分かっていても、止められない。

 

 つながった。

 ようやく、つながった。

 私は、生きている。

 

 私は、過去ではなく、この世界に生まれた。

 

 空だ!

 空がある!

 私の空が、ここにある!

 

 そして、ここから!

 

 私の道が、始まる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 取り乱したとしか思えなかったであろう私を心配したのだろう。

 私は、複葉機ごと束さんに回収された。

 

 余韻も情緒もないが、感謝してます。

 

「怒ってるよね?怒ってるよね、ふーちゃん?」

 

 私の原点を確かめました。

 また、明日からは本格的に学びたいと思ってます。

 よろしくお願いします、篠ノ之博士。

 

「他人行儀だ!?じつは、ものすごく怒ってるよね、ふーちゃんってば」

 

 誰かに心配されるというのは、幸せなことですね。

 

 私のような子供が、まがりなりにも複葉機を作り、空を飛ぶなんて。

 束さんの協力なしにはできないことです。

 

 本当に。

 心から感謝しています。

 

「……ふーちゃん」

 

 束さんが、私を見る。

 

「怒ってることを否定はしてないよね?」

 

 私は、微笑みを答えとして、返した。

 

 たしか、笑顔とは本来攻撃的な意味合いだったらしいが、私の微笑みにはそんな意味はない。

 たぶん。

 

 




次は、つなぎの幕間です。
本編はまだ続くよ。
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