束が行方をくらました時期が違うなんて、指摘が来ない優しい世界。(懇願)
篠ノ之束。
IS理論を発表し、開発した若き科学者。
若い、とは聞いていたが……。
驚き。
それと同時に、彼女の妹であり、私を友と言ってくれた箒の境遇が、ストンと胸に落ちてきた。
姉である彼女だけではなく、両親ともまた離れ離れの状態とか……。
保護対象としての名目はもちろん、理念も理解できる……が。
もう少し子供に対する配慮ができないものかと、憤る。
少なくとも、私の家族はバラバラにされることはなかった。
世界の違いか、それとも時代の違いか……。
『理解はした。だが、納得いかん』
幼き友人の言葉がよみがえる。
まさに、そのとおりだと……苦笑するような気持ちになった。
感情の抑制が苦手だった箒。
私のそれは、単に年の功だろう。
ふと、気づく。
篠ノ之箒。
それが、彼女の本名ということか。
いや、関係ないな。
『箒と呼べ』
友の願い。
そして、友であることの証だ。
シノハラであろうと、シノノノであろうと、私は、彼女を箒と呼ぶだろう。
そして、私は目を閉じた。
心の棚に、想いを整理し……心を切り替える。
目を開けた。
心が躍る。
束さんに感謝だ。
生活が保証された。
学校へ通う時間も必要なくなった。
24時間、研究に打ち込める。
空への道が開けた。
いや、学ぶべきことは多い。
私は、天才などと呼ばれたことはない男だ。
大地を踏みしめるようにして、進んでいくしかない。
まずはプログラミングだ。
この世界の、この時代。
コンピューター制御なしに、機械工学は語れない。
前世とは比べ物にならないレベル。
この分野に限っても、学ぶべきことは多い。
身体が3つ欲しい。
1日が、72時間ぐらいにならないものか。
ああ、進化を感じる。
発展を実感する。
拡がりを知る。
笑っている自分がわかる。
意識が、あの頃に飛んでは今に引き戻され……上がっていくテンションを感じる。
「……」
束さんが、私を見ていた。
前世でも、よくあんな感じの表情で見られることがあったが。
どうかしましたか、束さん?
「ふーちゃん、自分の状況を本当にわかってる?理解してる?」
ふーちゃん、というのは?
「冬樹だから、ふーちゃんだよ」
……。
束ちゃん?
たばちゃん?
たーちゃん?
しっくりこないな。
「うわぁ、斜め上の反応が返ってきたよぉ?」
びっくり顔の束さんを見て、考えを改めた。
忘れがちだが、私のほうが年下だから、『ちゃん』は良くないか。
とはいえ……。
もう一度束さんを見る。
まだまだ子供だと思ってしまう自分がいる。
『束さんは、天才だからね!自分のやりたいようにやるだけなのさ!キミ程度が、束さんの気持ちを推し量ろうなんて無駄なんだからね!』
悪ぶりたい年頃なのだろう。
褒められることを格好悪いと感じてしまうのは、よくあることだ。
「……ふーちゃんが、また変なことを考えてる気がする」
私は何も言わず、ただ微笑むだけにした。
「ふーちゃん?ちょっと、現状を説明してみてくれないかな?」
現状、と言われても。
先ほど、束さんに言われたことを、もう一度整理した。
束さんは、元々政府に保護されていたが、世界各国からその身柄を狙われている科学者であり、今は拠点を変えながら身を隠している。
先ほど私と接触した際、公園に人がいなかったのは、隠蔽工作の一環だったらしいが、その工作にミスが出て、私の存在を認識されてしまった可能性が高い。
私には後ろ盾はなく、保護が必要。
ひとつひとつ、数えるように口に出す。
束さんが、うんうんと頷く。
箒と違って、私の存在を国に保護させるには、取引材料が必要となってくる。
というか、箒の友達を任せるのは危なっかしくて怖い。
なので、束さんの隠れ家で、監禁生活が始まる。
「うん、ふーちゃんには悪いけど……」
束さんの言葉を遮り、私は言葉を続けた。
世界最高の科学者とされる束さんのそばで、学ぶことが出来る。
研究ができる。
開発ができる。
好きなだけ開発に打ち込める。
空を目指せる。
空。
空、空だ!
と、いけないな。
少し浮かれすぎている自分を反省した。
見れば、束さんが両手で顔を覆って、ブツブツとつぶやいている。
「どうしよう、本当にどうしよう……ふーちゃんの将来があらゆる意味で心配だよ……ちーちゃん、怒らずに相談に乗ってくれるかな」
……箒とは9つ違いと言ってたから、まだ20歳ぐらい、か。
世界から付け狙われる立場で、明らかにお荷物である私を疎むことなく、その将来を案じてくれている。
彼女の存在が、奇跡のように思えてしまう。
前世では、『研究者の優秀さと人格は反比例する』などというジョークを度々耳にしたものだが、彼女を知れば自然に頭を垂れるだろう。
大丈夫ですよ。
指の隙間から、ちらりと私を見る束さんに、微笑んでみせる。
束さんだって、科学者として研究や開発している時が一番幸せですよね?
「当然!」
私も、そうなんです。
「そっか、そっか。ふーちゃんも、同じかぁ!」
束さんが笑顔を見せてくれた。
耳もピコピコ……センサーかな?
動きも一定じゃなく、複雑で繊細だ。
「まあ、世界は色々と煩わしいことも多いから、ちょっとバタバタしちゃうこともあるけど、それは、ごめんね」
いえいえ。
いつものことです。
無視しろとは言いませんが、必要以上に気をかけると疲れるだけですからね。
適切に対応することを心がければいいと思いますよ。
「うわぁ、ふーちゃん、おっとなーっ!」
ははは。
ふ、と。
束さんが、私を見た。
その仕草に、箒と姉妹だな、と感じてしまう。
「……ごめんね」
……?
束さんとの、夢のような生活が始まった。
チェーン理論ではないが、どんな優れた理論も、基礎技術の裏付けがなければ成立しない。
前世の、私の晩年……パソコンの性能が飛躍的にアップした影には、新しい攪拌技術の成立があった。
それまで1本のラインしか引けなかった幅に、10本のラインが引けるようになったらどうなるか?
コンピューターのチップ。
同じ面積に、多くの集積回路が組み込めるようになる。
ハードディスクの大容量化。
大容量化に伴う、高性能化。
12メガの増設メモリーが7万円した数年後には……同じサイズで128メガになり、値段も3分の1以下になって、という感じに、あのブレイクスルーをもたらしたのは、ひとつの基礎技術。
喜ばしいことだが、日進月歩の勢いで、私の年金にダメージを与えてくれた。
孫には、コンピューターおじいちゃんなどと呼ばれたが、老齢の私には厳しい分野だったなあ。
少し話がそれた。
つまり、今の私には、今の私が空を目指すには、基礎技術にあたる部分が欠けている。
人は地を這い、鳥は空を飛ぶ。
本来、空は人の居場所ではない。
空に憧れても、甘く見ることはしない。
ひとつのミスで、人は死ぬ。
それが、私の憧れる空の現実だ。
焦らない。
別に焦ってはいない。
いえ、これは趣味です、束さん。
複葉機は、私の原点なんです。
作りたいと思ったとき、既に作り始めている。
そうではありませんか?
「確かに!」
束さんは、手を出さずに私を見守っている。
「レトロというか、クラシックだね……」
出力はあえて低めに抑える。
それだけで、必要強度が低く抑えられる。
資材も
優れた材質が、小型化を可能にする。
不思議な気分だ。
手で引いていた製図を、コンピューターで引く。
自分で計算していた数値を、コンピューターに任せる。
資材の加工を、機械がこなす。
組立も、人の手ではなく、機械が組み立てる。
コンピューターも、加工機械も、組立機械も。
束さんのもので、全てが違う。
なのに、思い出すのは、昔のチーム。
あの時でさえ、時代遅れの複葉機。
ああ、私は今……飛行機を作っているのか。
「あ、あの……ふーちゃん?頬ずりするのは、やめた方が……いいよ?」
私は。
愛おしむように、時間をかけて。
「ふーちゃん。その気になれば加工から組立まで3時間ぐらいで完成するよ?」
……時間をかけて、作り上げていく。
私の原点を確かめるように。
「あ、あれ?ふーちゃん、怒ってる?怒ってるよね?」
1日に少しずつ。
束さんの邪魔をしないように。
「ふーちゃん。クラシックな複葉機で音速を超えたら楽しいと思わない?思うよね?そう思って、束さんがドカンと改造しちゃいました!」
……時間をかけて。
束さんの邪魔をしないように。
「やっぱり、怒ってる?怒ってるよね、ふーちゃん!?」
1ヶ月ほどかけて完成させた。
「ごめん、ごめんってば!束さんが悪かったから!何が悪いのかわからないけど、ごめん、ふーちゃんっ!」
ま、孫に邪魔されるなんて、老人にとってはご褒美だから。(震え声)
そして私は、あっさりと空を飛んだ。
……不思議な気分だ。
一度、天寿を全うしたはずの私が。
この世界に生を受け。
こうして……。
原点を確かめている。
自分の中の。
どこか曖昧だったものがクリアになる。
つながった、と感じた。
私は、生きている。
敗戦で奪われたものを。
長い年月を越えて。
世界さえも越えて。
叫んでいた。
涙がこぼれた。
束さんが、慌てている。
分かっていても、止められない。
つながった。
ようやく、つながった。
私は、生きている。
私は、過去ではなく、この世界に生まれた。
空だ!
空がある!
私の空が、ここにある!
そして、ここから!
私の道が、始まる!
取り乱したとしか思えなかったであろう私を心配したのだろう。
私は、複葉機ごと束さんに回収された。
余韻も情緒もないが、感謝してます。
「怒ってるよね?怒ってるよね、ふーちゃん?」
私の原点を確かめました。
また、明日からは本格的に学びたいと思ってます。
よろしくお願いします、篠ノ之博士。
「他人行儀だ!?じつは、ものすごく怒ってるよね、ふーちゃんってば」
誰かに心配されるというのは、幸せなことですね。
私のような子供が、まがりなりにも複葉機を作り、空を飛ぶなんて。
束さんの協力なしにはできないことです。
本当に。
心から感謝しています。
「……ふーちゃん」
束さんが、私を見る。
「怒ってることを否定はしてないよね?」
私は、微笑みを答えとして、返した。
たしか、笑顔とは本来攻撃的な意味合いだったらしいが、私の微笑みにはそんな意味はない。
たぶん。
次は、つなぎの幕間です。
本編はまだ続くよ。