こっちのほうが、らしいな、と。
なお、独自解釈部分ありです。
ドイツの地で負った怪我が治った。
楽しい。
研究している時が一番楽しい。
だからこそ、健康は大事だ。
効率の良い睡眠。
効率の良い栄養摂取。
適度な運動。
健康を害すると、楽しい楽しい研究の時間を失ってしまう。
わかっている。
わかってるんだが、うむ。
あと、5分。
いや、20分。
ああ、休息というのは心身ともにリラックスしないと意味がないものだからな。
うむ、心残りがあっては、休息とは言えまい。
だから、キリのいいところまでだ。
仕方ない、いや、これこそが最善。
……束さんに見られていた。
いかん。
束さんに健康の大事さを訴えたのは私だ。
別に私は間違ったことをしているわけではないのだが、言い訳臭く聞こえるかもしれない。
前世の、これはダメだと思った仲間のことを思い出す。
ああ、大丈夫だ。
私は大丈夫だ。
束さんに、それを伝えねば。
いや、大丈夫ですよ束さん。
まだ、おむつには手を出していません。
だからまだ、私は大丈夫です。
「……束さんって、他人から見たらこうなのかなぁ」
何を言ってるんですか、束さん。
人の目なんか気にしてたら、研究なんて出来ませんよ。
他人を参考にしても、おもねってはいけません。
妥協は失敗の母です。
人付き合いはともかく、研究において、他人とは妥協するのではなくぶつかり合うものですよ。
そう言って、前世の経験を苦々しく思い出す。
特に、日本人の『妥協』は不幸の温床だった。
誰もが望まない場所に着地することが多い。
「束さん、天才だからさぁ……ぶつかってくれる人がいないんだよ」
手を止めて、束さんを見た。
笑顔の下に、はっきりとした憂いがある。
私は、無意識に、なにか彼女の心を、刺してしまったか?
「ねえ、ふーちゃんは……束さんが、何故IS理論を発表したかわかる?」
束さんの口調、気配。
それに触発されたのか……気づいた。
束さん本人が、宇宙へ行くだけならば、白騎士事件は必要なかったことに。
理論を発表することもない。
IS単独で月旅行となるとエネルギー的にあれだが、地球軌道にでるだけなら可能なスペックがある。
大気圏突入も、理論上は可能だ。
航空機で上空に出て、そこからIS展開……ただまあ、登山と同じで、安全面のマージンという意味で問題はあるか。
ISは、人の命を守ることに重点が置かれている。
その理念に反する行為を、束さんは好むまい。
でも、束さん本人なら……?
束さんを見た。
彼女との付き合いも長くなった。
名誉欲からは程遠いところに、束さんはいる。
……そして、彼女は思慮深いが、幼いところもある。
世界の軍事バランスの均衡、かりそめの平和というのは、やはりただの副産物で……私の見当とは別の狙いがあったのか。
それでもなお、彼女からは……やはり、絶望を感じる。
彼女は才能豊かで、純粋で……ああ、もしかして。
研究ではなく、『発表』ですか?
「うん、ふーちゃんのそういうところ、束さんは好きだよぉ」
束さんが、微笑む。
それで、分かってしまった。
だが、それを口に出してしまっていいものか。
いや、出すべきだ。
束さんを。
彼女を、ひとりにしてはいけない。
「自分の理論に対しての反応……新しい視点というか、刺激が欲しかった……ですか?」
束さんが、小さく息を吸い……笑った。
幼い。
もしかすると、箒よりも幼く思える笑顔。
そして、彼女が……口を開く。
「束さんね、世界を変えようと思ったんだぁ」
傲慢な言葉にも思える。
しかし、私はそこに邪なものは感じなかった。
「ふーちゃんが言うような『戦争を止める』とか『世界に平和を』なんて、綺麗なことはぜんっぜん考えてなかったからさぁ……あの時は恥ずかしいというか、束さんの考えなしの部分を指摘されたみたいに感じて……ネーミングとかもさぁ、言われるまで気付かなかったよ……」
言葉が途切れる。
束さんが、私を見て……ふっと目をそらした。
「束さんは天才だけど、ふーちゃんと違って、ほんと、子供だったんだね……」
そう前置きした、彼女の口から語られた言葉。
新しい技術体系である、IS理論の発表。
それまでにない、未知の塊を、世界に投げ込んだ。
世界は、刺激を受けるだろう。
その刺激は、世界をブレイクスルーさせるきっかけになるだろう。
学会では無視された。
だったら実物を投下だ。
これ以上はない、全世界に向けての刺激。
世界が震えた。
誰ひとり殺さず、世界に衝撃を与えた。
さあ、始まる。
世界が、変わる……と。
なのに世界は。
彼女の投げ込んだISの周りで、ぐるぐる回ってるだけ。
武器の性能がどうとか、速さがどうとか、第1世代、第2世代……そうじゃなくて、もっと……こう……彼女が望んだのは……。
ぐーるぐる、ぐーるぐる。
犬が、自分の尻尾を追いかけるように。
回る回る、世界が回る。
ブレイクスルーどころか、彼女の目には、停滞してるとしか思えなかった。
私は幻視した。
幼い少女の姿を。
遊び道具を提供して、『一緒に遊ぼう!』とはりきっている彼女を尻目に、みんなは道具そのものに目を奪われているだけ。
その道具を使って、どういう遊びをするかとか、別の遊び道具を持ってるよと言い出す人もいない。
何も出てこない。
何も変わらない。
彼女はじっと、何かを待っている。
待ち続けている。
「束さんは、世界を変えたかったけど……失敗しちゃったんだ」
ぽつりと。
彼女が。
つぶやく。
「それも、ただ失敗しただけじゃなく……こんな出来損ないの世界にしちゃったのかな?ちーちゃんや、いっくん。箒ちゃんも……出来損ないの世界に巻き込まれて……」
彼女の絶望は……私が思っていたよりも深かったのかもしれない。
天才ゆえの孤独か。
天才ゆえの矜持か。
世界を一人で変えようとした少女は。
その責任を一人で感じたのか。
不意に、私の中で閃く。
「束さん」
「なんだい、ふーちゃん?」
「ISが男性には動かせないのって……『わざと』そう作ったんですか?」
ひと呼吸の間。
「正解、正解、大せーかーい!」
どこから取り出したのか、束さんがおもちゃのラッパを取り出して、『プー!』と吹いた。
量子格納、か。
これひとつとっても、どれだけの可能性を世界に与えられるだろう。
どれだけの未来が見えるだろう。
「だって、そうだよね!男に動かせないって聞いたら、普通はどうしてって思うよね!どうしてって思ったら考えるよね!」
束さんが、泣く。
涙は流していなくても、泣いている。
「考えたら!考えたらさあ!」
束さんの、仮面のような笑顔が壊れた。
「だったら、男でも動かせるISを作ってやるって……なるでしょう?女性にしか動かせないポンコツのISとは別のモノを作ってやるぞって……ISとは全く別の、適正もなにもなく、上手い下手はあっても、誰でも動かせる『何か』を目指して、作り上げてくれるって……思うんだぁ……思ったんだよねえ……」
束さんの語尾が、か細く消えていく。
視線が、落ちていく。
彼女が、下を向く。
天才が、肩を落とし、うつむいてしまう。
そうは、ならなかったから。
少なくとも、現時点ではそうだ。
世界は、女尊男卑がどうとか、新しいISコアの配布の要求がどうとか……彼女の目には、停滞でしかないのだろう。
まだ7……8年か。
いや、もう8年か。
束さんにとっては、8年という時間は、永遠に等しいのかもしれない。
普通の人間が一生をかけて歩む道。
それを、一息で飛んでしまうことも少なくない束さんにとってあまりにも長く感じられる時間ではあったのだろう。
もちろん、今も彼女の望む道を歩む研究者はいるだろう。
ただ、ISが武器と認識されてしまった世界では、国の予算はそちらに動く。
優先されてしまうのだ。
予算。
戦争。
飛行機を。
空を。
戦争の道具として……。
兵器の場所として……。
戦争の前に、奪われた自由。
飛行機は、兵器であることを優先された。
私たちは、私たちの空は、ソラは、奪われ、汚されたのだ。
それでもまだ、束さんと違って飛行機を作っていられただけ、幸福だったのか。
私たちには、空があった。
思い描くこともできた。
希望もあった。
いつか。
きっと訪れるであろう、いつか。
束さんは、この8年間。
世界が、自分の希望を食い尽くしていくのを見続けた。
彼女の『いつか』は、彼女の中で、消えてしまったのか。
彼女の空は。
宇宙は。
ソラは。
涙がこぼれそうになったが、耐えた。
彼女の絶望を哀れむわけにはいかない。
「まあ、束さんは天才だから!ISのほかにも、いろいろと隠し球を用意してるけどね!いつか誰かが、『ISなんてもう古い!』って得意満面になったところで、束さん、ドヤ顔で隠し球を叩きつけて
そう言って、胸を張る束さん。
私は苦笑した。
優しい、子だ。
優しすぎる子だ。
箒が、要人保護プログラムに、護衛をはじめとする関係者に気を使ったように。
彼女もまた、私に気を遣う。
受け取ろう。
そして、私からも彼女へ。
もちろん、孫への愛だけではない。
技術者、研究者として。
彼女の挑戦を受け取ろう。
そして、口に出す。
それは、燃えますね。
「おおっと、ふーちゃんは燃えちゃう?絶望しない?心が折れたりしない?膝から崩れ落ちたりしない?」
言葉を切り、私を見る。
「諦めたり……しない?」
そりゃそうでしょう。
新しいものを見たら研究しますよ。
研究者にとって、新しいものはおもちゃです。
新しいおもちゃを与えられたら、夢中になりますよ。
見て。
触って。
調べて。
研究して。
時には舐めて。
「待って、なんか変なの入った!」
ははは。
私の知り合いには、本当に食べたやつもいる。
病院に運ばれたが。
まあ、それは口にはしない。
束さんを見て。
宣言する。
歩き続けますよ。
道は遠くとも。
道は険しくとも。
歩き続けます。
だって、研究者とはそういう生き物でしょう?
「……そっか」
彼女が、笑う。
「でも、ふーちゃんは、才能ないしなあ……まあ、ふーちゃんより才能ないのがごろごろしてるけどさ!」
才能がないからって、歩みを止める理由にはなりません。
研究者ってのは、生き方の問題です。
束さんが、真顔で私を見た。
初めて会った時から改善はされたが、目元のクマは微かに残っている。
その瞳が、一変する。
ああ、箒もそうだったな。
姉妹というのは、そんなところまで似てしまうのか。
綺麗な、瞳をしていた。
あ、でも私は、自分の憧れを優先しますので。
そっちは後回しで。
「うわぁーん、ふーちゃんの空バカ!」
……研究者という
「そうだけどぉ!わかるけどぉ!」
駄々っ子がするような、束さんのポカポカパンチ。
避ける。
かわす。
文字通り、必死で逃げる。
待って。
束さん、待って。
束さんの攻撃は、冗談でも私死んじゃうから。
本当に死んじゃうから。
うわあ、さすが箒のお姉さんだなあ。(白目)
速さも、威力も、鋭さも。
お姉さんの貫禄だ。
「お父様、ファイトッ!」
クロエさんの、根拠のない励ましの言葉を背に受けて。
……逃げ切った。
生きている。
私は、生きている。
感動に、心が震える。
人は、些細なことから、生きる喜びを得る。
クロエさんに慰められている束さんを見ながら、私は再び心に誓った。
いつか。
きっと。
束さんの、ソラを。
必ず。
これが、束さんのポテンシャルだ!(原作から目を逸らしつつ)
主人公:「なんか、怪我の治りが異常に早いような……」
束 :「ふーちゃんの体内には、ナノマシンを仕込んだからね!(いつからとは言わない)」
主人公:「(私の健康を気遣ってくれているのだな……感謝せねば)」
束 :「いつも……見てるからね!」
おじーちゃんがドイツで負った怪我については、明日更新する幕間2で。