なので、物語としてはちょっと冗漫かもしれません。
束さんには、友達がいる。
通称、ちーちゃん。
その弟が、いっくん。
クロエさんが、くーちゃんで、私がふーちゃん。
ちなみに、箒は、箒ちゃん。
たぶん、ほーきちゃんではないと思う。
……友達の数が増えると、呼び名に混乱しそうだ。
私としては、もう少し交友関係が増えたらいいように思うが……彼女の立場を考えると、難しいところなのだろう。
むしろ、ちゃんと友達がいることを、喜ぶべきか。
孫娘が友達のことを楽しそうに話すのを聞くのは、祖父としての喜びだ。
ただそれだけで、孫娘の未来が明るく開けているような気持ちになれる。
そして私は、束さんの言う『ちーちゃん』の正体を知った。
控え目に言って有名人。
うん、有名人、有名人だから。
束さんが、彼女のプライベート映像(音声付き)やら、写真やらを大量に取り出すのは、何の問題もない。
だって、『ちーちゃん』は『織斑千冬』で、有名人なんだもの。
問題は……ないはずだ。(震え声)
束さん、ちょっとそこに座って、私の言うことに正直に答えてくれるかな?
会話の流れで、箒のプライベートが、大量に提出された。
ああ、そうか。
箒ももう、中学生か。
子供が大きくなるのは早いなあ。
そうか、剣道部に入部したのか……この世界のレベルが、どのあたりにあるのか分からないが、彼女ならきっと良い成績を残せるだろう。
いや、要人保護プログラムの存在があったか。
偽名を用いて、全国の学校を転々とする立場を強いられているんだ、状況が許さない限り好成績を残すことはおろか、出場も認められない可能性がある。
箒の映像を、写真を見て思う。
色々と制限を受けて、窮屈な思いをしてないだろうか。
転校の繰り返しにもめげず、周囲とコミュニケーションはとれているのか。
あの時は、それを知らずに、無神経な発言をしてしまったなあ。
子供が、周囲の大人の顔色をうかがうのは普通にある。
良くも悪くも、『手のかからない子供であること』を心がけたのか。
子供はわがままを言いながら成長していくものだ。
わがままを言う相手がいないのは、不幸なことだろう。
うん。
うん。
次から次へと、箒の映像を、映像、を……。
慌てて目をそらした。
束さん……あ、姉としての愛が少し、行き過ぎてないだろうか?(震え声)
「そんなことないよ!束さんは、箒ちゃんが大好きだからね!そして束さんは、お姉さんだから!愛は与えるものであって、そこに制限をかけるなんておかしなことじゃないかなぁ?」
……一理ある。
孫のためなら、世界だって敵に回すのが、祖父という生き物だ。
「それに、束さんがふーちゃんと出会えたのは、箒ちゃんへの愛のおかげだよ!やましいところなんてないし、むしろ誇らしいと言えるね、えへん!」
そうだな。
愛は与え、恋は乞うという。
相手に要求するのではなく、自然に与え、そして与えられるものを受け取る。
それは、家族の愛としては、ごく自然なものか。
「お父様、流されています。というか、話の論点がずれてます。問題は、千冬様のプライベートではなかったかと」
クロエさんの囁きに、私は正気を取り戻す。
うん。
家族愛はいい。
姉妹愛もいいだろう。
しかし、この……『ちーちゃん』の隠し撮りは……隠し撮りで……その、本人には無許可だよね?
「当たり前だよ!許可を取ったら、ちーちゃんの素顔が拝めないもん。ちーちゃんが、ちーちゃんである瞬間、それこそが束さんの求める、ちーちゃんの……」
あ、クロエさん。
千冬さんに郵送する菓子折りの手配を。
「わかりました、お父様……挨拶状、ですか?文面はどうしましょうか?」
そうだな、ごくさりげなく。
いつもお世話になっていること。
離れてはいても、いつも『ちーちゃん』のことを気にかけているとか、そんな感じで。
「……わかりました」
小さく頷き、クロエさんはちらりと束さんに目をやった。
「そのようにしておきます」
「あるぇぇぇ?なんで!?なんでぇ!?」
どうしたの、束さん?
「ちーちゃんが!ちーちゃんが、ふーちゃんを!お礼って何さ!?」
……はて?
首をかしげる私の前に、クロエさんが現れて言った。
「あ、ついうっかりして、千冬様への菓子折りを束様とお父様の連名にしてしまいました。ええ、つい、うっかり」
てへぺろー、とクロエさん。
無表情でそれはやめなさい。
「うわぁ!ちーちゃんには、ふーちゃんのこと内緒にしてたのに!」
「束様、『それ』が、親友の間でも隠しておきたいことがあるということでございます」
ぐっと、言葉に詰まる束さん。
そして、クロエさんが、私を見た。
「勝ちました、お父様」
あ、はい。
親はなくても子が育つことを実感した。
しかも、わりとたくましく。
第2回モンド・グロッソ。
まあ、早い話がIS競技の世界大会……とはいえ、参加国は限られる。
そもそも、ISコアの数が限られているから、それは仕方ない。
ISを、国防のための軍事力として見ている国が……まあ、そこは言っても仕方のないことか。
というか、国家代表選手の女性が、みんなそろって見目麗しいというあたり、本当の意味で実力勝負なのかどうか、私としては疑問が残る。
おそらくは、『男性』に世界の現状を受け入れさせる政策の一つなのだろう。
しかし、女尊男卑をうたいながら、『男性』を意識せざるを得ないのは、皮肉なことだとも言える。
以前の社会と同じように、女性がコンパニオン役を強いられているのだから。
「まあ、ちーちゃんが勝つけどね」
こともなげに束さん。
「そもそも、ISコアは、ちーちゃんに合わせて作ったものだから、適性がぶっちぎってるからね。そしてちーちゃんは、束さんが認める天才だし」
……もしかして、白騎士って、『ちーちゃん』が正体……?
「そうだよ」
あれは、何年前の事件だったか……。
そして、『ちーちゃん』は束さんの同級生で……。
が、学生さんに、何をさせてるんですか……。(震え声)
「……いまさら、ふーちゃんがそれを言うかなあ」
束さんが、クロエさんを見る。
あ、確かに。
既に私も、首までどっぷりだった。
とはいえ、私はあまり荒事では役に立たないが。
しかし、『ちーちゃん』が優勝候補なら、家族周辺の警護は大変だろうな。
そうつぶやくと、束さんと、クロエさんが、私を見た。
あれ?
そんなおかしなことか?
この大会、国の威信がかかった大会なんだ。
『ちーちゃん』に勝って優勝したい勢力。
『ちーちゃん』に連続優勝させたくない勢力。
『ちーちゃん』の所属する日本に勝たせたくない勢力。
指を折りながら。
次々に挙げていく。
もちろん、国も一枚岩ではない。
足の引っ張り合いもあるし、それは国に限った事でもない。
これだけのイベントなら、企業間の争いも熾烈だろう。
ISの登場で国際情勢並びに社会情勢が変化した以上、今はまだ変化が続いている時期で反動もある。
スポンサー。
IS企業。
逆恨み。
嫉妬。
宗教。
気づけば、束さんの顔が青くなっていた。
「まずい、いっくん、ドイツだ……『招待』されたから連れて行くって、ちーちゃんが言ってた……」
日本はもちろん、スポンサーや、開催国のドイツも、馬鹿じゃないから『ちーちゃん』周辺は、全力護衛体制をしいてるだろう。
経済戦争の利益やメンツは、国を超えるしね。
前世のオリンピックや、スポーツの逸話を思い出しながら言う。
自分の国の選手が負けそうになったから、会場の電源を飛ばしたなんてのもあったし、一晩中ずっといたずら電話で体調を崩すなんてのも常套手段。
数ヶ月前から用意して、親戚に借金背負わせて脅迫とか、家族を人質に取って脅迫とか。
選手とスタッフの食事は全部持ち込みで……そうそう、報道では『日本食が恋しいから』なんて理由をつけるけど、本当は何をされるかわからないからなのに。
……このあたりは基本、だよね?
「ドイツに行って、いっくんを守らなきゃ」
あれ、クロエさんがいい例で、この世界の闇は深くて……。
闇は深いのに、優しい世界なの?
「箒ちゃんのために、いっくんを守る!」
詳しく。(迫真)
「いっくんはね、箒ちゃんの想い人なんだよ!」
守らなきゃ。(ガタッ)
主に、束さんの暗躍と、クロエさんの活躍で、箒の幸せは守られた。
私としては、満足する結果だ。
複数の実行犯グループの中に、男性の復権を狙うテロリストがいた事に、かなり狡猾な計画の匂いを感じた。
まあいい。
終わったことだ。
臭いものには蓋というわけではないが、すべてを明らかにするのは少々不穏すぎるのがわかってしまう。
というか、明らかにすると、おそらくは黒幕が利益を得てしまう。
それは避けたい。
開催国のドイツの顔を潰すのもアレだ。
日本としては、ドイツに恩を売っておくほうが利益になるだろう。
1回大会に続いて2回大会も制覇した『ちーちゃん』は、現役を引退するらしい。
残された唯一の家族である『いっくん』が標的にされたことと、関係者からの『壁が高すぎるので、後進に道を譲ってどうぞ(意訳)』という意向が働いたそうだ。
というか。
生身で、IS用の武器を振るって、ISに対抗できる時点で、人間をやめている気がしないでもない。
ああ、束さんの知性は、あのレベルにあるのか、と。
納得できる気がした。
そのあと、吹っ飛ばされて、『空』を感じた。
人は、翼ではなく、『打撃』でも空を飛ぶことができるのだ。
生きているって素晴らしい。
「すまんっ、てっきり奴らの仲間かと……」
顔を上げてください、お嬢さん。
あの場面の、鬼気迫る様子とは違って、ことが終わったあとに目にした『ちーちゃん』は、可愛らしいお嬢さんだった。
両親は既になく、弟と2人きりの家族。
年長として、心休まることなどなかったろうに。
若さゆえの気負いのようなものが抜ければ、また周囲の目も変わってくるだろう。
頭を下げっぱなしの彼女に向かって、語りかけた。
力というのは、それを振るうもの次第。
不幸な事故があったからといって、恐れることも、忌避することも必要ありませんよ。
お嬢さんはまだ若い。
それを理解し、納得できるまで、多少の時間がかかるのは仕方のないことです。
お嬢さんの弟の身代わりになることを選んだのは私自身です。
それに伴う事象は、全て私自身の責任に負うものですよ。
手を伸ばし、彼女に触れる。
私は、あなたを、束さんの友達である『ちーちゃん』を怖いとは感じません。
道を歩けばつまずくことも、転ぶこともあります。
当然怪我をすることも。
怪我をするのが嫌だと、道を歩かないわけにはいかないでしょう?
同じことですよ。
そんなことよりも、お会いしたら是非言いたいことがあったんです。
どこか怪訝そうな表情で、お嬢さんが私を見た。
束さんの友達でいてくれてありがとうございます。
少し誤解されやすいところがありますが、お嬢さんは束さんの良いところを理解してくれたんですね。
「……束、どこからさらってきた?」
「さ、さらうなんて、人聞きの悪いこと言わないでよ、ちーちゃん!」
「まさか、洗脳か?」
「あ、そういうこと言っちゃう?そういうこと言っちゃうんだ、ちーちゃんは!」
……うん。
束さんには、ああやって仲良く喧嘩できる相手がいた。
束さんの才能は、彼女自身を孤立させる諸刃の剣であっただろうから。
その幸運に感謝せざるを得ない。
そして、おそらくは千冬さんも。
束さんには千冬さんが、千冬さんには束さんが。
箒といっくん……一夏くんもそうか。
この世に神というものがいるのなら、その采配に深くうなずけるものがある。
少しばかり、世界の闇が深いかもしれないが……それゆえに、眩しい光もまた存在するのだろう。
「お父様、ここは危険ですので……」
クロエさんが、ISを展開して、私をベッドごと持ち上げる。
仲良く喧嘩を続ける、ふたりの姿が遠ざかっていく。
ちーちゃんこと、織斑千冬。
世界最強の称号とブリュンヒルデの名が、
ブリュンヒルデ:「情報を聞き出そうと手加減しててよかった……」
おじーちゃん、地道に死にかける。(汗)
なお、ちーちゃんの攻撃(手加減)に、微かながら反応は出来た模様。