誰かが求めたから。という他人任せの理由ではない。
誰かが望んだから。という他人の希望に追従した訳では無い。
誰にでもできるような、小さな事が始まりであった。
ただ困ってる人が居て、助けて、感謝された。それが途方もなく嬉しかった。
たったそれだけなのだ。
男にとって正義の味方であるという理由は嬉しかった、という理由だけだった。
無個性という要因は些細なことであったし、救助するのに個性は有用であるが必須ではない事はよく理解していた。
男はただ自分がしたいように、人を助けた。それだけなのだ。
はて、と少女は首を傾げた。
腕を組み、胡座をかき、首を傾げた。
良くもわからず捨てられ、教会に併設された孤児院の1人となって、粛々と……とは言い難いも神父様と弟妹分達と過ごしてはや十年と少し。
あまり考えない性格の少女と言えど、こればかりは首を傾げた。
古ぼけた雑誌、その特集記事にいるシスター服を纏った筋骨隆々の男。その腕に手錠。見覚えがあった……というべきか、少女には身に覚えがあった。
この筋骨隆々でシスター服を着込んだナイスガイが四度目の脱獄を決め込んだ時である。確か、地震が起きて災害現場に向かったのだったか。
古い記憶を辿った少女は納得したように頷いて、やはりはて?と首を傾げた。
この超絶カッコいい男は自分である。シスター服を着た男性ヒーローなど自分だけでいい。
けれど今の自分は少女である。体を鍛えはしているし、頭の片隅に残っている武術なども体に染み込ませてはいるが、それでもうら若き乙女である。
神父様からは「もう少しお淑やかに」と言われているし、弟分達には「ガサツ」と呼ばれてるし、妹分達には「お兄ちゃん」と呼ばれているが、乙女である。決して漢女ではない。
しっかりと胸も成長してきたし、長い金髪だし、何よりアレもない。
しかし、自分はこの古ぼけた雑誌に登場する古いヒーローの一人である。
はて?
「まあいいか。主よ感謝致します、っと。さて、今日のメシはどうすっかなぁ」
あっさりと自身の疑問を投げ捨てて面倒な事は全部「神様のお陰!!実際スゴイ」と結論を出した少女は夕飯の献立を決めていく。現在の自分にとってはそちらの方が重要である。
子供たちを寝かしつけ自身もそろそろ眠ろうかと欠伸をした少女が修道服を着た痩せ型の男に呼び止められる。
「祭里(マツリ)、アナタの将来に関して相談しましょう」
慈しみを顔に浮かべた神父様の前に何処か他人事のように肩をすくめる少女。
「将来も何も、俺はアンタに拾われた日からこの教会で過ごすって決めてんだ。何より修道服が着れるからな」
祭里と呼ばれた少女は自身が着ている修道服の裾を軽くつまみ上げて歯を見せて笑う。神父様は困ったように目を伏せて息を吐き出した。
「シスターは貴方ほど体を鍛えません」
「何かあった時ようだよ」
「私に恩を感じるのなら好きに……いいえ、もう少しお淑やかにしてください」
「今更無理だな。それこそ好き勝手やるさ」
「けれど、ヒーローになりたいのでしょう?」
カラカラと笑いながらも神父様の質問をのらりくらりと躱していた祭里が停止する。
神父様はやはり溜め息を吐き出して微笑む。
「あなたの事はよく見ています。災害や悪人の報道を熱心に見て拳を握っていたのも、知っています」
「……俺は無個性だぜ?昨今のヒーローなんか無茶で無謀だ」
「それこそ貴方は望む所だと息巻くでしょう?私の知る祭里ならそうします」
悪戯がバレたような、隠していた事がバレたような、バツの悪い顔で神父様から顔を背ける祭里。
「確かに無個性では無理かも知れません。けれど、諦めるにしても諦めないにしても、1度試してみましょう」
「悪人の1人や2人倒してこいってか?」
「……雄英高校というヒーローの登竜門があります。学費などは心配しなくても構いません」
祭里は神父様のこういう所が苦手であった。頑固というべきか、既に決めていることをまるで説得するように言い聞かせてくる。
観念して荒く溜め息を吐き出して金髪の上からグシャグシャと頭を掻いた祭里は確認するように小さく呟く。
「いいのかよ」
「はい。貴方が私に恩を感じているのならば、それこそ雄英高校に行きなさい」
「……はぁー。オーケー、わかったよ。俺はヒーローになりたい、だから神父様の助言に従う」
「よろしい。それに少しだけ私も楽しみなんです」
「何がだ?」
「無個性な貴方が誰よりも輝かしいヒーローになって、悪人達をバッタバッタと薙ぎ倒していく姿が、ですよ」
祭里はキョトンと目を開いて、なるべく声を出さないように肩で笑う。
祭里は父とも呼べる人のこういう所が好きで堪らなかった。