シスターは嗤う   作:猫毛布

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おれはとまらねーからよ……


矜恃

「仮想敵、ね」

 

祭里は渡されたプリントを畳んで修道服へと仕舞い込み、手癖でポケットをパタパタと叩く。

以前であったならば入っていた毒物の存在は現在の祭里では買うことも出来ず、奇跡的に買えたとしても吸うことなど法律が許していない。

求めていたもののないポケットに溜め息を吐き出して祭里はぐるりと辺りを見渡す。

まだ大人になり切れていない、ヒーローですらない子供たち。どういう訳か祭里をチラチラと見ているが祭里にはその原因はさっぱりわからない。

 

仮想敵に仮想英雄。

瞼を落とし、その因子を頭に浮かべてプリントに記載されていた仮想敵を構想し、緩やかに息を吐き出す。

ザワつく周りの事など一切を無視し、自身の意識をあげていく。エンジンが起動するように、ドクドクと鼓膜を血流が揺らし、現段階では限界まで鍛えられた筋肉達が緊張する。

 

鼓膜が僅かなノイズを捉えた瞬間に瞼が上がる。爛々と灯る瞳が世界を捉えた。

 

『ハイスタートー!』

 

声と同時に祭里の脚が地面を蹴り飛ばした。

ザワつく子供など置き去りに、自身の出来る最高効率で祭里は動き出す。

 

壁を破り現れた機械を飛び越え頭部を掴み、関節部に脚を置き力を込める。

 

「ふんッ!!」

 

祭里の声と同時に鉄の擦れる音と加えられた力を無理に戻そうと甲高いモーター音が響く。

頭部を繋いでいたコード類がブチブチと引きちぎれ、仮想敵の瞳が消沈する。トドメと言わんばかりに頭部を回転させ地面に体重を乗せて叩きつける。

 

「思ったより力が出ねぇな」

 

肉体のみで仮想敵を沈黙へと叩き落とした祭里は自身の目算を下方修正しながら、へし折れてちぎれた街頭柱を持ち上げる。

中身の詰まっていない鉄柱であるが無いよりはマシ。そう思考してぐるりと一回転させて自身の2倍以上長い鉄柱そ持ちあげる。

 

「んじゃまぁ、ぶっ壊すか」

 

仮想英雄達の騒がしさにニヤリと笑いながら、祭里は脚を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

画面の向こう側の存在を確認する。

各自動きやすい服装の受験生の中で群を抜いて奇特な修道服。太腿辺りまでスリットが入った事で僅かながらの機動性を保ってはいるが、それでも他の受験生に比べれば圧倒的に劣る。

ウィンプルと呼ばれる頭巾からは金髪の髪が流れ出ており少女の動きに同調して揺れている。

 

安月祭里。

アツキマツリ。

氏名欄に書かれた名前。視線をそのまま動かし出身校などの情報を確認する。そしてあらゆる目がそこで停止した。

個性。その欄に書かれた文字が現代に置いては数少ない存在を表していた。

無個性。個性といった特殊な能力がない。

確認し終わった瞳を再度画面へと戻す。

 

そこには修道服を乱すことなく、身の丈の倍ほどもある鉄柱を器用に振り回し、仮想敵を薙ぎ倒していくシスターがいた。

その動きのインパクトも然る事乍ら、動きの緻密さ、行動の理由が目を引く。

意気揚揚と戦闘へと脚を踏み入れたものの竦んでしまった。そういった受験生の近くにいる仮想敵を率先して倒していく。他の戦闘に従事している受験生達は無視して。

 

無個性。そんなものはハンディにすらならない、と言わんばかりの行動。

果たしてそんな少女がポイント0の仮想敵をどう相手取るのか。

逃げるか、立ち向かうか、それともただ潰されてしまうだけか。

 

ようやく少女の目の前に現れた巨大な四つ足の仮想敵。

やはり彼女は笑いながら、鉄柱をぐるりと回転させた。

 

 

 

 

 

「ーーっと市民はいない設定だっけか? 流石に避難は終わってる時間は経ってるだろ」

 

自分の向きとは真逆に走る同輩を見ることもせず、鉄柱を地面に突き刺して右肩を回す。

鳴りもしない関節に「ふむ」と一息吐きながら、祭里はようやく仮想敵の全体を視界に入れた。

 

「ちょ、アンタ!!逃げるよ!」

「あん?」

 

手を引かれはしたが動くこともなく祭里は手を引いた少女を見る。焦った表情で黒い髪を振り乱した、随分特徴的な耳朶の少女。

逃げろ。そう少女は言っている。当然だ。あんな物を倒した所でポイントはない。苦労するだけ無駄である。

 

「アイツは0ポイントなの!!わかる!?」

「おう。だからさっさと逃げな」

「逃げなって、アンタも逃げないと……」

「立ち向かうさ」

 

祭里は笑った。その表情に目を見開いて驚く少女。腕を振り払い、突き刺していた鉄柱を引き抜く。

巨大な機械。人の身などあっさりと潰してしまう敵。

個性のある少女にしても手出しはする必要のない、手を出せば手痛い反撃をもらうだろう恐怖。無個性である祭里にしてみれば手出しすらできない絶望。

 

だからこそ、祭里は笑うのだ。

自身の底に根付いている芯に従う。

後にいる少女を……仮想の市民を守るために、作られた街を護るために。

 

「俺はヒーローだからな」

 

仮想であれ何であれ、そこに悪があるのならば、助ける存在があるのなら。祭里は立ち向かう。

彼はそうやって完成されたのだから。だから祭里もそうするのだ。

 

 

囀るお嬢さんを無視して祭里は脚を動かす。近場のビルへと向かい、潰された機械瓦礫を踏み、ほぼ垂直に跳躍する。

2度3度ビルの窓辺を使いながら、屋上へと着地して更に脚を速める。ビルとビルの間を飛び越え、巨大な機械へと走り寄る。

気付いたのか仮想敵は瞳に収まるカメラを向け、プログラムに従い駆動する。足に掛かるビルなどお構い無しに、迫り来る小石を弾くために。

 

脚の接近に対しても祭里は笑みを浮かべたまま停止して頭の中でカウントダウンを始める。

鉄柱を肩に背負いながら、息を少しだけ整え、カウントがゼロへと、機械足がビルへと近付く。

少しだけ地面から脚を浮かせ、着地した瞬間に地面を蹴り飛ばす。二歩で屋上の中程から端まで駆け抜け手摺を足場に空へと跳ぶ。

先程まで足元にあったビルが倒壊する音を聞き取りながら祭里は仮想敵の背中へと着地し、鉄柱を擦り当て勢いを殺す。

 

すぐさま姿勢を正し、目を忙しく動かす。

思ったよりも強固である。少なくとも過去に生きていた自分が思っていたよりも隙はない。

一歩進むたびに振動が祭里の脚を痺れさせる。時間はあるが、被害を大きくする意味もない。

自身の感覚で弾かれるように動き出した祭里は仮想敵の背中から頭部へ駆ける。

 

「動力部は無理でも、可動部潰しゃァいいんだよ!!」

 

仮想敵が進むために身を沈ませたタイミングで跳躍し、鉄柱を前足と胴体の接合部分へと埋めていく。

手に伝わる振動と何かをちぎっていく感触。深々と刺した鉄柱から手を離し、甲高い音を響かせ、グラつく仮想敵に祭里は満足気に笑う。

 

「倒れるぞォ!」

 

下にいるであろう子供たちへと危険を知らせる為に声を上げる。

揺れが大きくなる仮想敵から近くにあるビルへと飛び移り、祭里はポケットへと手を伸ばす。

盛大な音と土煙が祭里の金髪を揺らし、確認するようにポケットを叩いた祭里は空へと視線を上げて溜め息を吐き出した。

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