「グフフ、チャンスだ!シェーレさんなら俺が抱きついても拒まないはず!」
嫌らしい笑みを浮かべたラバックはそろりそろりと背後から、読書中のシェーレに近づく。
シェーレが読んでいるのは『天然ボケから脱却する方法!!!』という怪しげな書物だ。
鍛錬の結果無駄に気配を殺すことに長けたラバックは、気付かないシェーレに飛び掛り……
「ラバ、指一本貰うぞ」
レオーネにあっさり取り押さえられ、右腕を押さえつけられる。ボキリという音が響く。
宣言通りラバックは、レオーネに指一本を持っていかれた。
痛みに悲鳴を上げながら、しかし姐さんに折られるなら本望!と悦ぶラバック。
「少し前まで思い悩んでたラバはどこに行ったんだか。心配した私が馬鹿みたいだ」
「姐さんが俺を……!」
「おう、その心配の時間を返せラバ」
ラバックは顔を顰めながらもレオーネが自身を憂慮した事実に感動する、そんなラバックを威圧しながら背中にのし掛かるレオーネ。
シェーレは本から顔を上げ、二人の様子をみてクスクス笑う。
「お二人とも仲が良さそうで、良かったです」
「シェーレはもう少し、ラバに対する危機感を持ったほうがいいぞ」
「何の話ですか?」
もう少しでラバックに背後から抱きしめられる所だったシェーレ。
シェーレに警告するレオーネだがシェーレは全く自体を把握していない様子で
首を傾げている。レオーネはこんな純粋無垢なシェーレに何てことを、とラバックの腕に再び力を篭める。
「姐さんギブ!流石にギブアップ!」
左腕で地面を何度も叩いて降参を宣言するラバック。
「反省したか?もうしないか?」
「しないしない!」
やれやれ、とようやくレオーネはラバックの右腕を離した。
やっと開放されたと安堵するラバックに対してレオーネがしっかり釘を刺す。
ラバックとシェーレを放っておくと、本当に危ない展開になりかねない。
「ラバ、今度やったら腕一本な」
これ以上姐さんを怒らせるとまずいと感じたラバックは
無言でコクコク、と2回レオーネに対して頷いた。
シェーレは戯れるラバックとレオーネを見て、再び笑みを溢すのだった。
ぎゃあぎゃあとレオーネやシェーレと馬鹿騒ぎをするラバックの心中は、実はそれほど気楽なものではない。
切り替えは完全にできてはいないし、今でもタツミに関しては思い悩んでいる。
しかしいくら悩んだところで、解決する問題ではないことも確かだ。
そもそも殺し屋なんて職業、真面目すぎてガス抜きができなければいつか壊れてしまう。
だからラバックは、普段のように女好きのお笑いポジション、ムードメーカーとして振舞う。
それが分かっていて他のメンバーもラバックの行動に付き合う。
ナイトレイドが普段茶番のようなやり取りを好むのは、そんな理由だった。
ガス抜きをするメンバーに対してナジェンダが、ナイトレイド全員に新しい任務を伝える。
一つはエスデスの帝都への帰還。もう一つは良識派の文官がナイトレイドを騙る偽者に殺されている、というもの。
これから狙われると思われる文官は二名。
ブラートはシェーレと、ラバックはアカメと組んでそれぞれ狙われていると見られる文官の護衛任務を担当する。
この任務の狙いは護衛と共に文官を狙うナイトレイドの偽者を始末する、という意味合いが含まれていた。
一方顔の割れていないレオーネは帝都に赴き、エスデスの動向を探ることになった。
帝国最強のドSの将軍に対して殺りがいがある、と指を鳴らすレオーネ。
革命を望む殺し屋達は、気持ちを切り替え再び戦いに赴く。
早朝、他の帝都警備隊に混じって空中に剣を振り下ろすタツミ。
袈裟斬り、切り上げ、横凪ぎ、切り払い、刺突と続けざまに放つタツミの姿は
最早他の帝都警備隊の目で捉えられるものではなく、ぼんやりとした残像しか映らない。
空から落ちてきた葉が、タツミの剣により真っ二つになりはらりと落ちる。
「ふう……」
一段落ついたと判断したタツミはかいた汗をタオルで拭き、深く息を吐いた。
水を飲みながら、タツミは近況を考える。
エスデス将軍が北方のヌマ・セイカを倒し、帝都に帰ってきたこと。
そして新たな警備隊隊長によると帝具に新しく適合した自分が、遠くないうちにエスデス将軍の部下になるらしいこと。
特殊警察……宮使えすることになると聞いたタツミの心中は、驚くほど冷ややかなものだった。
確かに出世は嬉しい。一平卒からの猛スピードの出世により、辺境の故郷を救うことが出来る可能性が高まった。
しかし地位が上がれば、それだけ責任は重くなり自由に動ける時間は減る。だからこそ、タツミは帝都警備隊にいるうちにやらなければならないことがあった。
ナイトレイドが、連続して帝都の文官を殺害している。
殺害されているのは、優秀な能力を持つ4人の重役だ。
憎むべき敵……ナイトレイドのことを考えただけで、タツミは自身の顔が歪むのを抑え切れなかった。
タツミの好意に漬け込み友人と偽り騙し、帝都警備隊の大事な先輩を殺された。
普段温厚なタツミとはいえ、ここまでされておいてナイトレイドを恨むなというほうが無理な話だ。
タツミには、セリューほど親しかった人間は帝都警備隊にはいない。
気が許せる存在が居なければ、馬鹿騒ぎはできないしガス抜きのしようがない。
「見回りに向かいます」
隊長に許可を得て帝都に向かうタツミを、同僚達が心配そうに見つめていた。
ヘカトンケイル……コロを連れて街に繰り出したタツミは、改めて貼られている手配書を睨み付ける。
今帝都に貼られている手配書はナジェンダ、アカメ、シェーレ、ブラート、ラバック、マイン。
この6人がナイトレイドのメンバー、タツミの怨敵であることは間違いない。
しかしタツミが最近帝都で探しているのは、その6人のうち誰でもない。
タツミは帝都の見回りをしながら、目的の人物について見当があるか民衆に聞き込みを開始する。
自分が見当外れなことをしているならそれでもいい。どうせ特殊警察に配属されるまでの僅かな期間だ。
「キュウウ」
ナイトレイドへの憎しみを内包した、濁った瞳をしているタツミの足を、コロがペロペロと舐める。
コロの真ん丸な目が、どこか自分を心配そうに見上げているようにタツミには感じられた。
「コロ……」
タツミはしゃがむ。そしてセリューが遺した帝具、コロを抱きしめ、優しく撫で続けた。
暫しコロと戯れたタツミは聞き込みを再開する。目的の人物が普段スラム街にいることは判明していた。
タツミの目的の人物。それは以前捕らえそこなった詐欺師、レオーネ。
レオーネは帝都でエスデスの動向調査の任務を請け負ったばかりだ。
帝都警備隊になったタツミとナイトレイド所属のレオーネの再会は、すぐそばまで迫っていた。