ほんの少しのボタンの掛け違い   作:さよならフレンズ

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誘惑を斬る

 「どうしてこうなったんだ……」

 

 宮殿内のエスデスの寝室に連れ込まれたタツミは、ベッドの上で頭を抱えていた。

エスデスはタツミに首輪を嵌めたまま、自身はシャワーを浴びている。

自分の行き場のない殺意を見抜き、冷静さを欠いていた事実を教えてくれたエスデス将軍。

それだけなら良い上官に恵まれたな、とタツミも思うだけだっただろう。

しかしいきなりエスデスに気に入られ、そのまま彼女の寝室に連れて行かれることになるとは思わなかった。

 

「待たせたなタツミ」

「……!」

 

 エスデスに振り返ったタツミは自身の心臓の鼓動が高鳴るのを抑え切れなかった。

シャワーを浴び、タツミの前に姿を見せたエスデスは、なんと下着を着ていなかった。

エスデスの格好は下着を着用せずに上からワイシャツを羽織った

所謂裸Yシャツというものであり、エスデスの艶かしい豊満な肉体が衣服によって更に強調されている。

世の男たちにとっては垂涎ものであろう光景に、タツミも唾を飲み込んだ。

 

「今からエスデス将軍と自らが何を行うのかは、覚悟しております」

 

 あくまで堅苦しい言葉使いを改めないタツミに、エスデスが眉を顰める。

エスデスはタツミを無理やり襲うつもりはない。あくまで同意の上でことを進めるつもりだ。

まずはタツミをリラックスさせる必要があるか、とエスデスがタツミの隣に座りながら提案を口にする。

 

「敬語を使うな、私に遠慮せずに本音で話せ。二人きりのときは私がそうして欲しいと望んでいる」

 

 流石に体裁を保つため、他の部下の前ではそうするつもりはない。

しかし今は一対一の状況であり、ここは寝室。エスデスは女でタツミは男。

エスデスにとってはそれ以外の要素はいらなかった。

 

「それとも……私にタメ口をきくのは嫌か?」

「とんでもない!」

 

 頬を赤らめ、上目使いでタツミを見るエスデスに、ブンブンと首を横に振るタツミ。

エスデスは自身がこんな乙女のような振る舞いをすることになるとは想像もしていなかった。

らしくもない、とは自分自身感じている。エスデスにとってタツミとの、恋する男との時間はそれだけ熱烈なものだった。

 

「タツミは私と同じ、辺境出身だったな?」

「ああ、俺は故郷の村に仕送りをするため……出世して村を救うために帝都に来たんだ」

 

 エスデスはタツミの決意に目を細める。エスデスにとっては小さな村一つを貧困から救うくらいは簡単な話だ。

タツミがそれを望むのなら、エスデスは十分な金銭を準備する準備はできていた。

しかし今はそれは置いておいて、タツミのことを深く知るために会話を進めるべきだろう。

 

「村一つをお前一人で支えるのは困難だろうな。それをタツミはどう考えている?」

 

 隣に座り、自分を見つめるエスデスの言葉に、タツミは力強く答える。

タツミの今の目的は明白だった。詐欺師の女にもう宣言している。

 

「俺の最終目的は、この帝都で将軍になることだ!そうすれば故郷の村を救う金は十分手に入る。大臣の圧制、恐怖政治で困っている帝都の民も救うことができるかもしれねぇ!」

 

 エスデスは、自身を見つめるタツミの純粋な真っ直ぐな瞳に心奪われる。

思い人の真剣な表情に、恋心が増していくのを感じる。

しかしエスデスは、自分の主義を曲げるつもりは決してない。厳しくタツミに言い放つ。

 

「確かに民は貧困、紛争や飢餓等で困っているだろうな。……だからどうしたと言うのだ?」

「どうしたって、エスデス将軍は帝国の現状を何とも思わないのかよ!?」

 

 故郷の村を救うと共に帝国の民が幸せになる道を模索しているタツミ。

本音で話すことが許可されたタツミは、自身の語調が強くなっていくのを感じていたが止めなかった。

 

「思わんな。弱者がどうなろうと知ったことではない!世界の掟は弱肉強食。飢餓や貧困で苦しんだとしてもそれは死に行く民が弱かったということだ」

 

 絶句するタツミ。エスデスの言い分は、心優しいタツミからは到底受け入れることができなかった。

帝国で暮らしているからこそ民が圧制に苦しんでいるのはタツミ自身がよく分かっていた。

タツミはギリリと、奥歯を食いしばる。何とかエスデスを説得するためだ。

 

「お願いだ、俺が好きだと言うのなら主義を変えてくれ!」

「生憎だが自身の考えを曲げるつもりはないな」

 

 エスデスはタツミを押し倒す。タツミの首筋にエスデスは指をあて、つうっと鎖骨付近まで動かした。

押し倒されたタツミからは露出されたエスデスの透き通るような白い肌がよく見えた。

エスデスの唇が、耳にまで近づいてタツミに囁く。

 

「タツミ、お前の故郷の村一つくらいなら私も救うことができる。だからお前こそ主義を変えるんだ」

 

 エスデスがタツミにこのようなことを口走るのには勿論理由があった。

タツミが仮に出世して将軍になった所で、今のタツミの考えではオネスト大臣に殺されるだけだからだ。

最悪エスデス自身がタツミを殺すことになるやもしれない。

そうならないためにも、タツミの考えを改めさせる必要がエスデスにはあったのだ。

 

「お前はそもそも故郷を救うためにきたのだろう?ならばそれで満足しておけ。

 今までの暮らしに不満があるのは分かる。しかしここにいれば、これからは何一つ不自由することはない」

 

 エスデスが唇をタツミの唇に近づけてくる。キスをするつもりのようだ。

タツミを襲うのは、エスデスの身体と誘惑。確かにタツミは村を救うために帝国に来た。

ならばここでエスデスの言葉に素直に頷けばいいのではないか?そうすれば少なくとも故郷の村は救われるだろう。

このままエスデスに溺れろ、受け入れてしまえ、とタツミの心の中で悪魔が囁く。

 

(俺は……)

 

タツミはキスをしようとするエスデスから顔を背け、ベッドの上から立ち上がった。

 

「確かに俺は故郷の村を救うためにきた!でも俺は帝国で圧制に苦しむ民の姿を見て、将軍になって帝国の民の暮らしを少しでも良くするって決めたんだ」

 

 タツミは正義のために悪を倒す、といつも口走っていたセリューを思い出す。

エスデスを睨み付けるタツミの瞳は、正義感に燃えていた。

 

「一度決めた決意を、翻すつもりはねえ!」

 

 エスデスは、僅かな落胆と共にタツミへの思いがますます強くなるのを感じる。

そうだ、そうでなくては私が惚れた男ではないだろう!エスデスはタツミに対して殺気を出しながら笑う。

それは恋愛とは別の感情、獲物を見つけた狩人のような笑み。

獰猛な微笑を浮かべるエスデスと、エスデスを睨み続けるタツミ。

 

「タツミがその主義を抱えたまま将軍に上り詰めれば、いずれ帝国最強の私と戦うことになるかもしれんぞ?」

 

エスデスがタツミへの覚悟を問う。しかしタツミは身動ぎもしなかった。

 

「覚悟の上だ!」

 

 エスデスはタツミの自身を射殺すような視線に、背中をゾクゾクとさせる何かを感じる。

タツミが従順に自分に従うよりも今のほうが断然、面白い。

エスデスは静かにタツミの首輪を外す。いずれ将軍……自分と同じ位に立つ男には相応しくないだろうと思ったからだ。

 

「イェーガーズ……私の部下にさせようと思ったが中止だ。タツミ、お前をブドー大将軍の元に斡旋してやろう」

 

 自らの部下にして、徐々に染め上げるという選択をエスデスは選ばなかった。

タツミが自らの意思を決して曲げないと判断したためだ。

指示に従わない部下はエスデスには必要ない。手放すしかなかった。

ブドー大将軍の庇護下なら、易々とオネスト大臣に暗殺されることはないだろう。

僅かだが、タツミの望みは叶えられる可能性があるかもしれない。

帝具使いの優秀な人材だ、ブドーも拒否をすることはあるまい。

 

「私が見込んだお前の力で、存分に腐敗した国を変えるために足掻いてみせろ!」

 

タツミとエスデスの視線が交差する。

 

弱肉強食主義のエスデス。あくまでも民の味方になることを選んだタツミ。

 

ここに分かたれた両者の対立は、決定的なものとなった。




将軍を目指すタツミにとっては、エスデスの私兵であるイェーガーズに入る選択肢はありませんでした。
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