ほんの少しのボタンの掛け違い   作:さよならフレンズ

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注意!今回、とある人物に対してアンチかどうか微妙なラインだと思う表現があります。
迷った末にタグはつけずタイトルを分かりやすくしました。


詐欺を斬る(2)

 「はあ」

 

 真昼間、太陽の光が街中を照らす。小鳥が鳴き空は雲ひとつない晴天だ。

しかし燦々とした陽光を浴びながらも軍服を着たタツミはコロを連れ、溜め息を付きながら帝都のショッピング街を散歩していた。

エスデスによってブドー大将軍の将兵になったタツミ。しかしタツミは近衛兵になることはできず見習いという扱いだ。

タツミはブドー大将軍にエスデスのスパイなのではないか、と疑われていた。

ブドーの懸念は当然と言える。オネスト大臣の腹心であるエスデスが良識派筆頭であるブドー大将軍に態々帝具使いを贈る理由がないからだ。

これでは出世どころではない。タツミの今の地位はイェーガーズよりも遥かに低い立場だ。

タツミが溜め息を付くのも無理もないことだった。恐らくタツミは今も監視されているはずだ。

 

「やっぱり武勲を挙げるしかないか」

 

 結局同じところに思考が帰ってくる。今のタツミは近衛兵でもないため街を歩くことが許されているのが救いだろう。

しかし帝具使い故に求められるハードルも高い。それに信頼を勝ち取るのは難しい。一朝一夕では無理だろう。

一人で凶賊を壊滅させるくらいのことをすれば認めてもらえるだろうか、ますます危険視されるだろうか……

タツミは考えながらもショッピング街を通り過ぎ、スラム街に立ち入る。

 

「こうするしかねえな」

 

 道行く人たちの服装がガラッと変化する。人相が悪い男達を横目にタツミが探しているのは以前戦った詐欺師の女……レオーネだ。

以前からタツミがレオーネの捜索に執着しているのには理由があった。

タツミは以前の戦闘でレオーネの脇腹を相当深く切り裂いた。しかし血が不自然にタツミの前で止まって血溜まりになっていただけだ。

重症を負ったはずのレオーネは気絶したタツミを放っておいて逃亡する際地面に垂れた血痕を不自然に途切れさせている。

しかも地方の男が書いた似顔絵を破り捨てる余裕まであった。それに加えてタツミを簡単にあしらう強さ。

 

(俺の勘もあるけど、あいつは恐らく帝具持ちである可能性が高い)

 

 帝具使いは本人が実力者である必要がある。その事実もタツミのレオーネへの疑いを濃くさせていた。

流石に帝具を持ち帰ればブドーもタツミを信用するに違いない。

しかしそんな不純な理由でたかが詐欺師の女一人に執着していいものか、という迷いもあった。

探索はこれぐらいにしてもう諦めようか、そう思ったタツミの視界に、道端にうつ伏せで倒れている男が映る。

 

 「行き倒れか……」

 

 貧困層が多いスラム街ではそう珍しくもない、タツミがそう判断して

男から視線を外した瞬間男が呻く。タツミは足を止めて倒れた男のほうに向き直った。

どこかで聞いた声だったからだ。タツミが駆け寄ると、男は音に反応して顔を上げタツミを見上げた。

 

 「あ……!」

 

 タツミが声に覚えがあると思ったのは当然だった。頬や身体の筋肉は痩せこけているが間違いない。

倒れていたのは以前地方から来た男。レオーネに金を騙し取られた男だったからだ。

まだ新兵だった軍人としての自分を頼ってくれた、タツミにとってどこか他人事のように思えなかった男。

 

 「おっさん!」

 

 タツミは男を仰向けにする。痩せこけた男の瞳は焦点が合っておらず虚ろで、全身に斑点ができていた。

ルボラ病……免疫力が低い人間が感染する病に男は侵されていた。

男は意識を混濁させながらもタツミの存在に気付いたようで、重い唇を開く。

 

「ああ……世話になった憲兵さんか……」

「喋ってる場合じゃない、早くこれを!」

 

 タツミが差し出した水筒から水を飲んだ男は、激しく噎せ返り堰をする。男が吐いた水には血が混じっていた。

男は苦痛に顔を歪ませながら、タツミに首を振る。

 

 「いいんだ……多分、俺は助からない」

 

 レオーネの詐欺で財産を失った男に対してタツミが斡旋した職場は、タツミが居なくなった瞬間男を追い出した。

貧困による就職難はどこも同じ。この帝都という街は田舎者に対してとても厳しかった。

全財産を失い、住み場所もない。そんな状況で男は真面目で、物盗りをしようともしなかった。

悪いことをすると因果が巡る……詐欺にあった男は、そう思ったのかもしれない。

スラムで生ゴミを漁って生活しているうちに、ルボラ病に感染してしまったのだ。

 

「いつか……画家になりたかった。絵を描くことだけは……誰よりも自信があったんだ」

 

 咳き込みながら男が言う。

確かにタツミが見たレオーネの人物画はとても緻密なものだった。

帝都で働くため必死に金を溜めてきた男は、美術工芸と縁がない田舎に住んでいたのだろう。

帝都に入るまで絵の具を入手することができなかった。

そもそも絵は貴族の道楽。色彩画ではない鉛筆の似顔絵に金を出す人間は今の帝都にはいない。

 

「憲兵さん、俺が前に見たときより立派になったな……軍服似合ってるよ。最後に頼みがあるんだ」

「オッサン、もう喋らないでくれ!だれか!」

 

 周りを見渡すタツミだが、スラム街の人間は顔を背ける。それどころかタツミに侮蔑の目を向ける人間が多かった。

そんな立派な軍服を着て、犬まで連れているくせに、スラム街の人間に同情するのか。

軍人なのに、国を守っているのに、貧しい俺達を、救ってくれないくせに!

 

「あの女に……然るべき報いを」

 

 男はその言葉と共に激しく痙攣し、周囲に助けを求めるタツミを前にして動かなくなった。

男がポケットに入れていた紙と鉛筆が、地面に落ちる。

遺言を聞き届けたタツミは、急速に世界が色褪せていくのを感じる。

 

「くっ……」

 

 タツミは歯を食いしばり、今の帝国の現実を受け止める。

帝国がもしも貧困に困っていなければこんな事態にはならなかった。

レオーネがもしも詐欺を働かなければこんな事態にはならなかった。

そしてタツミがもしもレオーネから金を取り戻していたらこうはならなかった。

しかし、それは全てあったかもしれない可能性に過ぎない。

 

 タツミは将軍になって、この貧しい国を変えるという思いをますます強くする。

それと同時にタツミはとある覚悟を決め、歩き出した。

タツミに宿るのは以前とは違い完全にコントロールされた、己の内に秘めた冷徹な殺意。

 

 

「ふー!もう一杯!」

 

 深夜、スラムの酒場で豪快に酒……ビールを飲む金髪のグラマラスな女性が居た。

レオーネは帝都のエスデスの監視任務を終えようとしていた、明日が最終日である。

酒を継ぎ足しながら、レオーネはラバックについて考える。

 

「アイツ最近良い男になったなあ」

 

 スケベなのは変わらない、しかし好きな人のため汗を流し毎朝メキメキと実力を上げるラバック。

その特訓を近くで見ることが日課になったレオーネは、僅かだがラバックに心引かれ始めていた。

ナジェンダという思い人がいるから、本気ではない。しかしナイトレイドは男が少ない。

ナイトレイドには他に同性愛の疑いがあるブラートしかいないこの状況で

レオーネがラバックに僅かとはいえ恋愛感情を抱くのは自然な話だろう。

 

「帝都に来るのもこれが最後だろうし、帰ったらおねーさんが唾つけてやるか!」

 

 タツミと一度交戦した事実を、レオーネはナイトレイドに伝えてある。

そのためエスデスの監視が終了したら、帝都には暫く戻れない。

レオーネは思い出を振り返る。スラム街で馬に乗り子供を踏み潰す貴族を叩きのめしてから色々あった。

名残惜しいがマッサージ屋も明日で廃業するしかないだろう。

残念だなと首を振るレオーネの耳に、店のドアが開く音と慌てた店長の声が聞こえてくる。

 

「帝国兵の方ですか……!」

「ここにレオーネという女がいるはずだ、その女に用がある」

 

 一瞬で酔いを醒まし、警戒態勢に入るレオーネ。

酒場の入り口からレオーネに近づいてきたのはヘカトンケイルを連れたタツミだった。

軍服をきたタツミは周りの客を掻き分けてレオーネに接近する。

 

「お前だ、表に出ろ」

 

 殺気を僅かに漂わせ、乱暴な言葉使いをするタツミに対してレオーネはどうするか考える。

恐らくナイトレイドとしての自分がバレたのだ。ここで暴れては他の人に危害が及ぶ可能性がある。

 

「りょーかい少年、そう怖い顔するなって!」

 

 レオーネはタツミに従い店の外に出た。

スラムの顔馴染みが心配そうに自分を見つめるのを、レオーネは大丈夫だって、と手を振る。

店の外に出たタツミとレオーネは、背中に剣を突きつけたタツミの指示で静かに路地裏へと移動を開始する。

レオーネはしめたと思う。路地裏であれば、自身のライオネルの俊敏性と土地勘を生かしてタツミから逃げ切る自信があったからだ。

程なくして、以前戦ったような狭い路地裏に二人は到着した。

 

「で、少年。おねーさんに何のよう?」

 

 タツミに問いかけるレオーネは、背中に剣を突きつけられているにも関わらず

振り返りタツミに用件を尋ねる。タツミに振り返ったレオーネは、一瞬自分の目を疑った。

感覚鋭いレオーネが殺気立つタツミに幻視したのは、拳を構える自らの姿だった。

レオーネは一瞬で帝具を発動させて、タツミから大きく距離を取った。

 

「俺は、帝具使いかもしれないお前にも、ナイトレイドかもしれないお前にも用はねえよ」

 

 タツミはレオーネに向けて剣を構える。その剣は以前とは違い、鞘から抜かれていた。

レオーネは勘違いしていた。タツミはレオーネがナイトレイドだと確信して来たのではない。

兵士としてきたのかすら怪しい。タツミのレオーネに向けた顔つきは。内に秘めた冷徹な殺意は。

 

ナイトレイドの自分達に酷似していた。

 

「もっと邪悪な連中が沢山帝都に居るって言ったよな。罪は罪だ。お前の行為で一人の男が命を落とした!」

 

 レオーネは自分がロクデナシであることには自覚していた。だからこそ、驚愕しながらも心のどこかで納得していた。

それと同時に最初の戦闘時に強引にでもタツミをアジトに連れ去らなかったことを、レオーネは後悔する。

ナイトレイドに所属しているレオーネだからこそ、一番のロクデナシを自負しているからこそレオーネは理解していた。

因果は巡る。罪を犯せばその行いは、必ず自らに帰ってくる。

 

―――――天が裁けぬその悪を、闇の中で始末する。

 

「いい顔つきになったな、タツミ!見逃したおねえさんは間違ってなかった!」

「大人しく牢に入れ、僅かでも抵抗するなら切り刻むぞ詐欺師のレオーネ!」

 

 罪人に向けて剣を構えるタツミに対して、覚悟を決め逃走を中止したレオーネはタツミに向き徒手空拳の構えを取った。

 

路地裏の闇の中、タツミとレオーネは再びぶつかりあう!

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