真夜中。帝都の路地裏でタツミとレオーネは睨み合っていた。
獣耳を生やし髪を鬣のように逆立てたレオーネが拳を構え、タツミの胸の内に僅かに残っていたレオーネへの慈悲が消え去る。
「抵抗するんだな、容赦しねえ!」
「ああ、私は死ぬわけにはいかないし牢に入るつもりもないね」
タツミの瞳が細まった。完全にレオーネの殺害を決めたタツミ。静かながらも激しい怒りを、殺気として身体から僅かに放ちながらもタツミの心中は驚くほど冷静だった。
実質初めての帝具戦にも関わらず、レオーネを……罪人を殺すことだけを考えた今のタツミのコンディションは最高だった。
レオーネはそんなタツミに対して本当にもったいないと感じる。きっと同じナイトレイドならとても気があっただろう。
レオーネがタツミから逃亡しなかった理由は殺し屋としての矜持だ。被害者の嘆きを聴き自分を標的と定めるタツミからは、ナイトレイドだからこそ逃げる訳にはいかなかった。
この戦闘には以前とは大きく違う点が2つある。お互いに手加減する気が微塵もないこと。そしてこれから始まるのは帝具戦だということだ。
殺し合いを開始した帝具使い同士、両者生存は在り得ない!
「コロ!」
タツミの前に立ったヘカトンケイル……コロの身体が肥大化する。
土煙を上げたコロがレオーネに向けて突進する。レオーネは獰猛な牙を剥き出しにした。
ライオネルによってレオーネの強化された聴力は、激しく音を立てるコロに混じった僅かな足音を逃さなかった。
果たして土煙の中から気配を最小限に殺し、レオーネに向け弾丸のように飛び出し地を駆けるタツミ。
コロは囮であり、本命はこちらだった。生物型の帝具を所有するタツミが前衛に出る等普通は在り得ない。
愚策と思われても仕方がない行為、しかしタツミには確かな勝算があった。
レオーネはコロを越えてレオーネに接近してくるタツミの速度に瞠目する。
(疾さだけならアカメ並だ!)
格上との戦いを経て急速に進化していくタツミ。そのタツミの駆ける速度は最早ナイトレイド最速のアカメに匹敵するものだった。
レオーネは腰を据え、斬りかかって来るタツミを迎え撃った。
達人同士となった戦いだからこそ、決着は一瞬となることもある。
レオーネに対し横凪の刃を振るい、胴体から真っ二つにしようとするタツミ。
襲い掛かる刃に対してレオーネは僅かに後退した。タツミの剣が深々と肉を裂く。
内臓までも僅かに傷つける、普通の人間なら致命傷であるはずのそれに対してレオーネは顔を僅かに顰めるだけだった。
「いくら速かろうが、その速度は前に見た!」
レオーネの拳はうねり、微塵も速度を落とすこともなくタツミの胸に突き刺さった。
アカメの速度を親友として誰よりも把握し、タツミの恐ろしさを前回の戦いで知っているからこその反撃。
タツミの剣は確かに速いが緩急をつける技術がまだ不足。直線的な攻撃は、獣の反応速度の前では僅かに力不足だった。
「が……!」
血反吐を吐き宙を舞うタツミ。本来ならこの一撃でタツミの肋骨はバラバラに砕け散り、タツミは死亡したはずだった。
しかしレオーネの拳に伝わるのは、木を砕いたような感触。
タツミが大切に胸に忍ばせていた村の木彫りのお守りが、四散する代わりにレオーネの拳の威力を僅かに分散させタツミの命を救った。
とはいえタツミの肋骨には僅かながらヒビが入り、動く度にタツミを苦しめる。
大きく腹を抉られたレオーネに、コロが追撃の拳を振るう。
ライオネルの奥の手、治癒能力は強力ではある、しかし速効で傷が回復するものではない。
タツミの斬撃により僅かに動きが鈍ったレオーネは、コロの拳を胸の前で腕を交差させ受け止めた。
いかに身体能力が高いからといっても体格の差と筋肉量の差によりレオーネはコロの攻撃を受け止め切れない。
コロの拳がレオーネに叩きつけられるたびにレオーネの腕の筋肉は千切れていき、骨は少しずつ砕けていく。
筋繊維や骨が損傷するたびに僅かに回復していくものの、コロの拳の嵐に耐えられるものではない。
「使おうとしてるな?」
この状況、この窮地の中でレオーネはタツミに向かって不敵に笑う。
タツミは自身の行動を見透かしたかのようなレオーネの言葉に鳥肌が立ち、コロの奥の手を使うのを中止する。
そのタツミの躊躇いは、レオーネの内臓に到達した切り傷を致命傷でないレベルまで癒す時間として十分だった。
レオーネの鈍った動き、機動力が回復しレオーネは腕の防御を中止。獣の直感と小回りがきく機動力を駆使して回避を始める。
回避に専念すれば負傷した腕も回復していく。タツミが奥の手の使用を躊躇っているうちにレオーネの傷は完治してしまった。
「くそ!」
タツミは自身の判断ミスに毒付く。タツミの帝具の奥の手はナイトレイド全員に知れ渡り、最早有効ではない。
しかし五感……聴覚までもが発達した今のレオーネだけには別。大音量を発するヘカトンケイルの奥の手は今のレオーネ相手には唯一有効であった。
だからこそ奥の手を使うタイミングが勝負の決め手であることをタツミもレオーネも理解していた。
奥の手を使いそびれたのは単純にタツミの帝具戦の経験不足と、レオーネのブラフが上手かったからだ。
「残念だったなタツミ!」
レオーネはコロが放つ拳の弾幕の中、じりじりとタツミに迫る。コロの拳はレオーネの身体を掠め、時には直撃し、身体から血を噴出させるもののレオーネは致命傷だけを防いだ。
腕力はコロがレオーネより上だが小回りや敏捷性はレオーネの方がコロより上。
そして敏捷性においてはタツミがレオーネを上回っているが反射神経、経験、腕力はレオーネの方がタツミより上。
奥の手を使いそびれたタツミはコロに指示を出しながらレオーネについて考える。
(ラバックとは間逆だ、単純に強い!)
身体能力強化、五感強化、回復能力。百獣王化ライオネルの能力は言葉にしてみたらたったそれだけ。
ラバックの手数の多さ、器用な帝具の使い方と違って底知れぬ怖さはない。
しかしタツミにとっては明確な攻略方法が存在しないレオーネの力は、ラバックと同レベルに厄介だった。
レオーネの帝具はとてもシンプルだった。それがレオーネの強さだ。
コロの拳の弾幕を突破したレオーネは、タツミに襲い掛かる。タツミを倒せばコロの動きは止まる。
タツミの取れる手段は限られていた。下手に剣を振るって以前のように白羽取りをされれば剣が砕かれる。
肋骨が損傷したことにより、以前のような敏捷性で剣を長時間振るうことは難しい。
「コロ、奥の手!」
そう、奥の手を切らざるを得ない。コロが咆哮をあげる。しかしレオーネの側もそれは十分に理解していた。
ライオネルの獣耳がレオーネから消え、身体能力上昇と回復能力がレオーネから一時的に消える。
しかしレオーネはタツミの太刀筋を、その限界を身体能力が落ちていても猶見切っていた。
何しろ文字通り身体に刻みこまれたのだ。殺しの達人が見切れないはずもなかった。
タツミが振り下ろした刃を半身になってかわしたレオーネは、その勢いのまま剣を構えるタツミの右肩に齧り付いた。
レオーネの強靭な顎の力によってタツミの右肩の肉が大きく削がれ、タツミの右肩の筋肉筋が切れる。
「あああああ!!!」
右肩から血を大量に噴出させると共に右腕の力を失ったタツミは、剣を落とした。
血の味を口内で味わいながらレオーネは、タツミに止めを刺すために拳を振り上げる。
剣を失い肋骨の痛みと右肩の激痛でかえって意識が覚醒したタツミは、決断を下す。
タツミの脳裏に浮かんだのは、詐欺で命を落とした男の顔、そしてセリューの顔だった。
正義感の強いセリュ―なら、きっとこうするはずだと信じたタツミは叫ぶ。
「俺ごと捕食しろ、コロォォォォ!」
狂化により身体能力を上げたコロが、隣接したタツミとレオーネに大口をあける。
「正気かタツミ!?」
レオーネは慌ててタツミへ振りかぶった拳を下ろし大きく後方に跳躍する。
タツミもよろけながら、なんとかその場から跳躍する。しかし間に合わなかった。
タツミの右腕は引き千切られ、コロの口によって砕かれた。
この時タツミは、本気でレオーネと一緒に死んでもいいと思った。
詐欺で死んだ男のような悲劇を起こしてはならないと思った。レオーネを絶対に殺害しなければならないと思った。
しかしレオーネはタツミに止めを刺してタツミと一緒に食われることを嫌った。
それがレオーネと、タツミの覚悟の違いだった。そしてその覚悟の差が、勝敗を分けた。
タツミは失った右腕から大量に血を流し、肋骨も負傷した満身創痍の状態、しかし所有者が死亡しなければヘカトンケイルは止まらない。
ライオネルを一時的に発動せず五感の反射神経が消失したレオーネが、剣を落とし武器を失ったタツミよりもコロに神経を注ぐのは当然だった。
レオーネの額に、タツミが左腕で投擲したナイフが突き刺さった。
ナイフはあっさりとレオーネの脳幹に達する。レオーネはタツミを驚いたように見つめ、そのギラついた瞳の中を覗き込んだ。
大量に血を失ってなお、タツミの姿は、殺意は、顔つきは、瞳は、覚悟は、やはりナイトレイドの自分達によく似ていた。
何としてもレオーネを、標的を殺害するというタツミの意思を確認し、レオーネはぼんやりとした思考で悟った。
(ああ、やっぱり、少年を、タツミを、見逃したのは、間違いじゃなかった……)
何てこともない。最高の殺し屋に、ナイトレイドになる素質を、タツミは備えていたのだ。
獣のような嗅覚を持つレオーネは、本能でそれを察知していた。レオーネがタツミを見逃した理由は、それだけのことだった。
「ナイト……レイド……アカメ……ラバック……ごめん……」
「捕食しろ、コロ」
それでも猶ライオネルを発動し、回復しようとするレオーネの上半身が
冷徹に指示を出したタツミと指示に従ったコロによって食いちぎられる。
回復能力が強大なライオネルといえども、生物に捕食され消化されてしまってはどうしようもない。
レオーネの上半身は、コロに飲み込まれて消えた。
バタリと、タツミは倒れる。今回の勝利は、運が良かっただけだ。帝具使いとしての経験も、強さもレオーネの方が上だった。
もし木彫りのお守りをタツミが大切に持っていなければ。もし直前に投げナイフを使うラバックと戦って手数の重要さを認識していなければ。
そしてもしお互い死ぬ気持ちであれば、タツミはあっさりと敗れていた。
それでも、右腕を失い、肋骨にヒビを入れながらもタツミは勝利した。
右腕からの大量の出血によりタツミの視界が揺れ、意識が消失していく。
タツミの視界に映ったのは、上半身を失ったレオーネのズボンから零れ落ちた金貨。
「もう遅いけど……金をとりもどす約束、守ったぜオッサン……!」
仇を討ったことを確認したタツミ。どこか満足気にタツミは呟きながらも、タツミは意識を失った。
戦闘が終了し、周囲が俄かに慌しくなる。
タツミにとって幸運だったのは、タツミがブドーから疑われ監視されていたこと。そしてスタイリッシュが生存していたこと。
彼の将軍になるという夢は、潰えることはない。それと同時にナイトレイドの一員を殺害し、タツミは大きな咎を背負ったこととなる。
因果は巡る。それは誰にとっても例外ではない。タツミは殺人の因果から逃れることができるのか。それはまだ誰も知らない。
ナイトレイド、残り8人―――。