ほんの少しのボタンの掛け違い   作:さよならフレンズ

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詐欺を斬る

 「……疾ッ!」

 

 タツミは愚直に剣を振るう。切り上げ、切り払い、刺突と基本の型を幾度も練習した。

タツミの周りの帝都兵が、明らかに他の連中より練度が高く鋭いタツミの動きに注目している。

剣を振りながら、タツミには周囲の視線を感じる余裕があった。

羨望の眼差しを受け僅かに気分が高揚する。

思ったよりも軍の居心地は悪くない、でもタツミの目指す場所はもっと高い地位だ。

 

 「このままじゃ村に金を送る所じゃない。早く出世しないとな」

 

 給与は出るものの、それも微々たる量で最低限食いぶちに困らない程度のものでしかない。

念願適ったタツミは、一平卒から無事にスタートすることができた。

帝都警備隊になれず、それ以下の一般憲兵だ。

帝都の軽い見回りが仕事だがこれ以上の贅沢は望めない。

 

 この不景気の中、辺境に飛ばされなかった理由は

危険種を今まで大量に狩ってきたと、書類に書いたことが真実と認められたからだ。

不況とはいえ、腕のいい人間が限られていることも間違いなかった。

 

 「サヨやイエヤス、今頃何してるかな……」

 

 剣を振りながら呟く。二人の幼馴染の安否が心配だった。

雑念が入り真っ直ぐな剣先が僅かにぶれる。

 

 「っと、集中しなくちゃな」

 

 鍛錬を疎かにして、鍛えた技のキレが鈍るようでは元も子もない。

それこそ幼馴染達に笑われてしまう、とタツミは猛反した。

剣は帝都の敵を切り裂くことを想像して、空中に振り下ろされた。

 

 

「行ってきます」

 

 正午。小隊長に敬礼をしたタツミは、一人で担当地区の帝都の見回りを開始する。

胸に憲兵の巨きなステッカーを貼っているが、タツミは普段着のままだった。

軍隊に入隊したのにも関わらずタツミ個人に憲兵服を与えられることがない、というのは

自由な軍だからか、単に帝都警備隊にしか軍服が回らないぐらい金銭面が苦しいのか。

 

 「どちらもありそうなんだよなァ」

 

 規律を守る象徴であるはずの軍人がこれでいいのだろうかという疑問はあったが

タツミにとっては堅苦しい軍服を着ることにならなくてよかった、という安心感もある。

 

 帝都の治安が悪いことはここ数日の間の見まわりで分かっていたが

流石に真昼間ということもあって、堂々と犯罪を起こす輩は少なかった。

 

 「みんな、辛気臭い顔をしているな……」

 

 街中を歩き回りながら、タツミは帝都の貧富の差を改めて実感する。

優雅に歩いているのは派手に着飾った一部の貴族だけだ。

民衆の殆どは就職難に加えて、大臣の圧政政治と納税に苦しんでおり、彼らの表情は

全体的に澱んでいて暗く、覇気と言うものが感じられない。

 

 帝都が栄華を誇る天国の国だ、とは最早普段お気楽なタツミにも思えなかった。

 

 「……やっぱりこのままじゃ駄目だ。どうしても力が必要になる」

 

 故郷の村に金を送るため、そして帝都の民の暮らしを少しでも豊かにするためにも

タツミは権力を欲した。

将軍クラスにもなれば、内政官にも口出しできるようになるだろう。

問題はその方法だ。早く出世するためには犯罪者を捕まえて功績を上げるのが一番手っ取り早い。

しかし民が無事に暮らせているならそれに越した事はないのも確か。

 

 八方塞りか、と思いつつ真面目に警邏をするタツミの瞳にふと飛び込んで来たのは、帝都の至る所に小さく張り出された無数の手配書だった。

その中でタツミが呟いたのは、とある犯罪グループの名前。

 

 「ナイトレイド」

 

 殺し屋集団。闇夜に紛れて富裕層の人間や、帝都を支えている重役を情け容赦なく殺す悪党共だ。

ナイトレイドのメンバーには、アカメを筆頭に軍人だった犯罪者が何人も居るらしい。

こいつらの一人でも捕らえることができれば、かなりの大手柄だし民も喜ぶ。

出世に大きく近づくのは間違いなかった。

 

 「……もし出会うことがあったら、俺が捕まえてやる!」

 

 タツミは静かにそう決意し、ぎゅっと拳を握り締める。

そんな決意をするタツミに、泣きそうな顔で話しかけてくる男が居た。

 

 「憲兵さん、助けてくだせぇ!金を騙し取られちまった」

 

 どうやら男は地方から出てきたばかりのようだ。

悲しいことだが詐欺は珍しいどころか、日常茶飯事に近い。

この程度の被害なら、警備隊が動くことはないだろう。

 

「帝都で働くために、必死で金を貯めて来たんだ。それをあの金髪の女は奪い取りやがった!」

 

 小さな事件だ。治安の悪い帝都では最早事件とすら言えないかもしれない。

しかしタツミは男のことが何故だか他人事とは思えず、見捨てることができなかった。

帝都に着いたばかりの甘い考えを持ち続けていたら、タツミももう少しで

この男のようになっていたかもしれない。

何より初めて軍人としての自分を頼られたのだ、動かないという選択はない。

 

 「任せてくれ!俺が必ずあんたの金を取り戻してみせる!」

 

 タツミは拳で自分の胸を叩きながら、笑顔で男にそう言った。

幸いにも男は似顔絵が上手かったので、紙に金髪の女の模写をしてくれた。

犯人を見つけたら、直に分かる高い精度のものだ。

 

 年齢は二十代前半、上半身は胸部以外を露出させた金髪の女。

タツミはその情報と男が書いた似顔絵を基に街中の人達に聞き込みをし、

犯人と思わしき女の所在を調べ始める。

帝都は広いが、事件は起きたばかりでありまだ犯人は近くに居る可能性が高い。

犯人を捕らえるチャンスは今しかなかった。

 

 「もしかして、あいつか……?」

 

 地道な努力が実を結んだのだろう。

程無くして、タツミは人ごみの中目当ての人物の後姿を見つけることができた。

逃げられないように、人を避けながら早歩きで俺は犯人と思わしき女との距離を詰めていく。

 

 後をつけながらタツミは、女が徐々に人の往来が激しい中央通りから

入り組んだ人気少ない路地裏に歩みを進めていることに気付いた。

 

 (まさか、俺を誘い込んでいる……!?)

 

 尾行しながら遅れてタツミがそう気付いた瞬間女が走り出し、タツミも慌てて走って追いかけ始めた。

女が路地裏の角を曲がり、タツミの視界から消える。

タツミは後を追ったものの、曲がった先には既に女の姿はなかった。

 

 「撒かれちまったか」

 

 まんまとやられてしまった。

しっかり逃走経路を相手は確保しており一枚上手だった。

土地勘に一日の長があるのは犯人のほうだったということだろう。

警戒を解いて、溜息をついたその瞬間。

 

 「何のようだい少年?」

 

 背後から聞こえてきた声に反応して、咄嗟にタツミは前方に跳躍して距離を取りながら

空中で転進し、声の主と向きなおる。

そこには腕を組んだグラマラスな金髪の女、俺が追いかけてきた詐欺事件の犯人の姿があった。

 

―――俺が追いかけていたはずなのに、いつの間に俺の背後に廻ったんだ!?

 

「数時間前に、地方から出稼ぎに来た男の金銭を盗んだよな、返してやれ。

 反省して男に謝るなら、捕まえずに見逃してもいい」

 

 「少年、甘いね。ピカピカの新兵ってところだなー!」

 

 女はにやけ面で、じろじろと無遠慮にタツミの全身を眺めて観察する。

こちらは武器を持っているにも関わらず、タツミに対して

飄々とした余裕のある態度を崩さない。タツミはその立ち振る舞いに、女に対する警戒を強めた。

 

「素直に従う気は、ないみたいだな」

「まーね」

 

 悪びれもなくいう女に、タツミは自身の軍人としての正義感が煮え滾るのを感じる。

 

「それが分かりゃ十分だ!民を苦しめる犯罪者は、俺が捕らえさせてもらう!」

 

 できれば無傷で捕らえたいが、手加減する余裕はなさそうだ。

彼我の実力差を既に感じたタツミは静かに背負っている剣を抜き去り

女に向けて剣先を向けた。

両刃のため、峰打ちはできない。剣は勿論鞘に嵌めたままだ。

 

「帝都の民のためか―――その考えは嫌いじゃないよ少年」

 

 女も俺が剣を抜くと同時に神妙な顔つきになり、タツミに向かって徒手空拳の構えをとる。

 

相対するタツミと女の間で、一陣の風が吹く。

 

 殺し屋、ナイトレイド。

帝国兵になってすぐにタツミは、期せずしてその一員と戦うことになった。

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