午後4時頃、日が照りつける中何もない平野でクロメの躯人形に向き合うタツミとロクゴウ将軍、空中で戦場を見渡し戦局を見極めようとするラン。
現在クロメが八房で操っている躯人形は革のニット帽を被った銃使いのドーヤ。
禿頭で黒いサングラスを着用したガードマンのウォール。
脳筋の猿の危険種のエイプマン、仮面を被った異民族のヘンターの4体。蛙のカイザーフロッグはまだ居なかった。
平野である以上、身を隠す場所はない。他に躯人形は存在しないと考えていいだろう。
ロクゴウの兵士達とカイリ率いる暗殺部隊が戦火を交えており、数が多く練度が高い兵士と数が少ないものの薬物によって強化されている暗殺部隊の戦闘は互角だ。
デスタグールとナタラというクロメの躯人形の強力な2体が無力化された今、ブドー派閥と暗殺部隊、2つの勢力の戦いは拮抗しつつある。
ドーヤの激しい銃撃を、マスティマの翼を羽ばたかせ空中で上下左右に回避するラン。
ランは右翼と左翼から同時に5本ずつ羽根を射出し、ドーヤに向かわせる。
ドーヤは左右から迫り来る羽に対して背後に大きく跳躍して回避、更に宙に浮いたドーヤの脳を貫こうとする羽を銃弾が打ち抜き砕く。
「弱りましたね……」
ランが歯噛みする。向こうからの攻撃は当たらないもののこちらからも有効打がない。
先程ランがクロメの主力の躯人形を2つ無力化することに成功したのは、あくまでクロメがランを仲間と思っていたからに過ぎない。
クロメが選んだ自慢の躯人形は、全員帝具使いと遜色ない強さを持っていた。
「ドーヤはランをそのまま引き付けておいて、それ程長期間は飛翔して居られない筈」
仲間に裏切られた怒りから一転して、瞬時に戦闘に意識を切り替えたクロメの指示は的確だった。
ランは何もない平野を急いで飛んで来た。マスティマの飛行できる時間は限られている。
ならば足止めを同じ飛び道具使いに任せれば問題ない、最後に降りてきたランを仕留めればいい。
クロメの暗殺対象はロクゴウとタツミであることは変化していない。
一方ロクゴウとタツミに向けてのそのそと歩いていくエイプマン、ゆらゆらと揺れながら迫るヘンター、盾を構えてじりじり迫るウォール。
3方向から向かってくる3つの躯人形を従え、クロメも躯人形の背後で八房を構える。
「コロ腕だ、粉砕しろ!」
タツミの指示でコロが肥大化し、筋骨隆々の腕と脚が生える。コロの一撃必殺の捕食攻撃は隙が大きく、強敵相手には拳の殴打が基本戦術だ。
クロメの躯人形達が、同時に肥大化したコロとその背後のタツミに向けて走り出した。
「グルルルル」
「……!?」
鳴声と共に最初にエイプマンがコロに飛び掛る。ヘンターとの連携を無視した動きにクロメが表情には出さなかったものの驚く。
原因は明らかだった。八房の死体人形には体に染み付いた癖や念が残る。
エイプマンは脳筋であり強い者に挑みたいという野生の本能がある。コロの外見は大きな危険種であり、実際生物帝具であったことがクロメにとって災いした。
正面から挑みかかったエイプマンはあっさりコロの拳を食らい、全身の骨を砕かれた。
躯人形を1体失いながらも、他の躯人形たちは動いていた。肥大化したコロの足の影から忍び寄る存在があった。
「いつの間に現れたんだ!?」
驚愕するタツミ。肥大化したコロの存在によって一瞬何もない平野に遮蔽物ができた。その一瞬でヘンターは距離をつめてきたのだ。
驚きつつも剣を振り下ろしたタツミの攻撃に対して、蛇を思わせる動きで地面を滑るように滑らかに動き右方向に避けるヘンター。
振り下ろした剣をその勢いのままヘンターが逃げた右に向かい斬り上げたタツミ。しかし極限まで屈みこんだヘンターの頭上を剣が通過していく。
滑らかな動きのままヘンターが全く速度を緩めずに、隙が出来たタツミの腹部に剣を突き立てようとした。
(やられる……!)
タツミの危機を救ったのはタツミの背後に居るロクゴウ将軍が放った鞭だった。
ライオネルの身体能力強化と反射神経強化を得て変化自在に動くロクゴウの鞭は最早一種の結界を周辺に形成していた。
ロクゴウの鞭はヘンターの体を絡めとり、その複雑怪奇な動きを停止させる。
援護されたタツミの斬り下ろした剣がヘンターを切り裂いた、また1体の躯人形を倒したタツミの眼前にクロメが姿を見せる。
「いい連携だね……でもダメだよ」
「ぐっ!」
ヘンターの動きを止めたロクゴウの、その鞭を振るう右腕に突き刺さるのはガードマンのウォールの盾に仕込まれた銛。
ロクゴウの援護を受けられなくなったタツミは、横凪に剣を振るいクロメの腹を切り裂こうとする。
クロメは大きく跳躍し、剣を薙ぎ払うタツミの肩を踏みつける。そのまま肩を踏みしめたクロメは空中を矢のように突き進み、銛を刺され無防備になったロクゴウの右腕に向けて剣を振るった。
「!!」
鞭を握ったロクゴウの右腕が宙を舞う。右腕を失った肩から鮮血が流れ始める。
ライオネルの治癒能力が発動する前に、今の状況で最も厄介な敵である鞭を操るロクゴウの力を削ぐ。それがクロメの狙いだった。
怯まず蹴りを放つロクゴウに、追撃を迂闊に行うのは危険と判断したクロメは空中を突き進んだ勢いのまま地面に着地。走って振り返り、ロクゴウとタツミに向き直る。
「ロクゴウ将軍をよくも、手前えは許さねえ!」
ガードマンのウォールの相手をコロに任せて、ロクゴウを守るように前に出るタツミ。
「真っ直ぐな剣だね。ブドー大将軍に育てられた結果かな、とても読みやすいよ」
嘲るようにタツミを笑うクロメ。格上との戦闘経験を経て、急速に成長していくタツミ相手にクロメは余裕があった。
クロメから見てタツミの剣や動きは確かに速度は速く、速度だけならアカメ級であることは間違いない。ブドーに鍛えられたタツミの剣をかわすのは一流では難しい。
しかしクロメは数々の暗殺任務をこなし、生き残ってきた超一流の暗殺者。クロメからはタツミの愚直な剣を回避するのは簡単だった。
クロメの躯人形がドーヤとウォールの2つだけになり、クロメの動きは十全に近い。
挑発されながらもタツミは、クロメが自分に対して欠片も油断していないことに気付く。クロメの瞳と刀を構える姿に宿っているのはタツミ達への冷徹な殺意。
(事情は違うけど、前回の戦いとは間逆の立場か!)
そう、タツミがレオーネを標的として狙った前回とクロメがタツミ達を狙った今回の戦闘、立場は正反対だった。
国を守るという大義、信念を胸のうちに秘めて絶対にタツミ達を殺すという覚悟を持ってクロメは立ち塞がっている。
役に立たない暗殺部隊の人間は、処分されてしまう。クロメも必死なのだ。
命を狙う人間が、次の瞬間には命を狙われる。眩暈がするような戦いの負の連鎖をタツミは体験しつつあった。
「実戦不足なのは承知の上だ!それでも俺はお前を倒すぜ!」
「へえ、じゃあ見せてよ!」
ロクゴウがライオネルの治癒能力を使って止血を試みている今、タツミはコロの奥の手を使う訳にはいかない。
タツミとクロメは向かい合って互いに獲物を構える。今から始まる剣戟の攻防で全てが決まる、そうお互いに認識する。
一瞬の視線の交差の後、タツミはクロメに向かって駆け出した。
(何を考えているのかな)
クロメは刀を構えながらタツミが自分に突進してくる様子を、冷静に観察する。
タツミの剣の型は実戦用にこそなっているが、暗殺者のクロメからしてみればとても綺麗で読みやすいことに変わりない。もう見切っている。
あれだけ煽ったのだ、愚直に来ない可能性が高い。しかし手の内の読み合いなら、百戦錬磨のクロメは負ける気はしなかった。
つまりこの時点で、タツミは死亡するはずだった。
この時クロメに向かって駆け出すタツミの心中は、ロクゴウを殺させる訳にはいかないという必死の思いだけだった。つまり何も考えていなかった。
数々の実戦を経験し、ブドー大将軍に鍛えられ、それでもタツミの剣術は真っ直ぐで迷いが無かった。
それはある意味で、アカメやクロメとは対極の剣と言っても過言ではない。
毎日、毎日、愚直に空中に剣を振るい続けた。虚実が入り混じった剣術を覚えることを嫌った。
そんなタツミの限界を超える扉は、この瞬間に僅かに開いた。
「オオオオオ!!!」
クロメに向かって死力を振り絞って駆けるタツミ、迎え撃つクロメ。
タツミは再度剣を横凪に振るい、その胴を絶とうとする。クロメは、はっきりと表情が引き攣る。
タツミがクロメに剣を薙ぎ払うその一瞬、数歩のみタツミの剣を振るう速度は今までより速かった。
タツミが意図してのものではなかった。元よりそうでなければ全力等出せない。普通の人間では分からない程僅かな差、本当に僅かなコンマ数秒。
しかしそのコンマ数秒が、殺し合いの世界では何よりも重要だった。見切ったはずの真っ直ぐな剣が振りぬかれようとしている。
「でも……!」
クロメは絶体絶命なこの状況で、しかし冷静だった。火事場の馬鹿力というものは誰にでもある。
歴戦の猛者であるクロメの選んだ選択は、自らタツミに突っ込んでタイミングをずらすことだった。
クロメの方にも運が味方した。この瞬間にウォールがコロによって倒されクロメに力が戻る。クロメも全力で八房を振るう。
お互いに致死のタイミングをずらされ、それでも刃は交錯する。
果たして胸に深い一文字の傷を負い血を噴出しながら地面に倒れ伏したのは、タツミだった。倒れた地面には色濃い血の跡が残っている。
「残念だったね」
クロメは脇腹を深く抉られながらも立っている。息も絶え絶えに、倒れたタツミに刃を突き刺そうとする。タツミとコロを躯人形にすればクロメの勝利は濃厚だ。
この時のクロメには余裕が無い。タツミの恐ろしさを知ったクロメは確実にタツミを始末することのみを考え、同時に出血により視野が狭くなる。
―――そんなクロメの体に、複数の白い羽が突き刺さった。
「……え?」
クロメは、ランとドーヤの方を向く。ドーヤはまだ倒されていないはずだ。
ランはドーヤの銃弾を腹に受け、内蔵を負傷し血を吐きながらもクロメに向けて羽を放っていた。
「クロメさん、残念ですがタツミさんを殺させる訳にはいきません」
覚悟を決めたランの決意をぼんやりとした頭で聴きながら、クロメはうつ伏せに倒れた。
八房がクロメの手から転がり、ドーヤが土に還る。
マスティマの飛行能力が時間切れにより失われ、ランは地面に降り立った。
これでロクゴウ将軍とタツミさんを守ることができた、そうランが安心して息を吐く。
油断したランの腹は、背後からの刀によって貫かれた。
ランはゆっくりと後ろを振り向く。ランの心臓を刀によって貫いたのは、全身を血に染め頭から血を流した憎悪の表情を浮かべた暗殺部隊のリーダー、カイリ。
「よくもクロメっちを裏切ったな!帝国に仇名すものは死ね……!」
ロクゴウ将軍の兵士と、暗殺部隊の戦い。生き残ったのは、半死半生のカイリだけだった。
ランが間近でよく見てみると、カイリは顔に皺ができ一見老けて見えるものの幼く、まだ少年と言っていい年齢だった。
ランは周囲を見渡す。血の海に倒れた暗殺部隊の兵士の姿をよく見てみると、やはりどれも子供。
自分が裏切った仲間、それも同じだ。まだ少女であるクロメである。
教師として少年少女を導いてきた自分が、国を変えるためとはいえ子供達を殺している。
「当然の……報い……ですかね」
ランはそう悟りながらも、カイリと共に地面に倒れる。
事切れたランの亡骸は、同じく息絶えた帝国の被害者である少年のカイリを抱きしめていた。
コロはまだ動いており、主を守るためタツミとクロメの方に向かっている。
「私は……死ねない!決めたんだ、お姉ちゃんと道を違えても国を守るって!」
クロメは脇腹を切り裂かれ体のあちこちをランが放った羽に突き刺されつつも、まだ生きていた。
帝国が新たに生み出した劇薬は、限界までクロメ達暗殺部隊を酷使させるもの。
心臓を潰す、もしくは首を切り離す。それぐらいのことをしないとクロメは死ねないようになっている。
立ち上がり、再び八房を手に取ろうとするクロメ。
彼女の視界に映ったのは、大口をあけて自分を飲み込もうとするコロの姿。
クロメの瞳から流れた涙が、地面に落ちる。
「おねえ……ちゃん……」
クロメの体が、コロに噛み砕かれ飲み込まれる。
暗殺部隊に所属。洗脳され、薬物を投与され国を裏切ることを許されず命じられるままに人を殺し続けたクロメ。
だからこそとても仲間思いであったクロメは、ランという仲間の裏切りが切欠でその命を落とすことになった。
周囲が静まり返ったことを確認したロクゴウは倒れたタツミに駆け寄り、出血激しいその傷に布を巻きつけ応急処置を施す。
タツミは出血のショックで気絶しており呼吸は荒いが幸いにも流れ出る血は止まった。
周囲を見渡すと、彼の周囲の地面は敵味方入り乱れた人の死体で埋まっていた。
ロクゴウがタツミの険しい顔を覗くと、気絶したタツミもまた涙を流していた。その涙の色は真赤であった。
国を守ろうとする者と、国を内側から変えようとする者。
互いに信念を持つお互いの勢力の内部抗争の戦闘は、こうして幕を下ろした。
ブドー派閥が新たに得たのは帝具二つ、死者行軍八房と万里飛翔マスティマ。
しかし衛生室で目を覚ましたタツミも、ロクゴウもその事実に喜ぶことはなかった。
「……」
ロクゴウ将軍の兵隊が全滅したことを知ったタツミの心境は言葉にできない名状しがたいものでしかない。
この日タツミが知ったこと、それは暗殺部隊という帝国の最深部。
そして戦争という今までタツミが経験していない大規模な戦いの、どうしようもない無情さ。
多くの人が死に、多くの血が流れた。しかしタツミは生きている。だからこそ、この戦いを無駄にする訳にはいかない。
この惨劇が切欠でタツミは内側から国を変えなければならないという己の覚悟を、より強めていくことになる。
―――イェーガーズ、残り4人。
―――ブドー派閥、残り3人。