「なんか、がらんとしちまったな」
「暫くはウェイブ君と私だけだね」
夕暮れ時の帝都宮殿内。特殊警察のために用意された大きな一室で、ウェイブとボルスは机を挟んで向かい合って椅子に座っていた。
隊長であるエスデスは西の異民族との戦争に赴き、スタイリッシュは新しくきたワイルドハントの仲間の一人と実験室に篭りきりである。
今現在帝都の治安を守るイェーガーズのメンバーは、実質ウェイブとボルスの2人きりであった。
「ウェイブ君、クロメさんたちの事だけど……」
ボルスがおずおずと、ウェイブに問いかける。エスデスも心配していたウェイブの落ち込みと、帝国に対する不信感を心配してのものだった。
「大丈夫ですボルスさん、もう切り替えました!いつまでもウジウジしてたら、それこそクロメやランに怒られちまう」
腫れ物に触るような、己を気遣うボルスの視線にウェイブは朗らかな笑みを浮かべる。
まだ心の傷は治りきっていないが、軍の恩人に報いることが目的のウェイブは帝国や仲間を裏切る気は更々なかった。
今ウェイブが考えているのは過去のことではなく今現在の出来事……新たに作られた秘密警察ワイルドハントに対してどうするか、ということである。
「それよりも問題なのはワイルドハントの連中ですよ。あいつら最近やりすぎだ。あんなの賊と変わらねえ」
拳を握り行き場のない怒りを顕わにするウェイブ。エスデスが居る間は大人しくしていたワイルドハントのメンバーは、立ち上がった民の親族だけではなく見た目が美しい人間というだけで取調べという名目で尋問し、玩具として犯し殺害していた。
徐々に行動をエスカレートさせて最早治安を守る秘密警察としての意味を成していないその行為に、ウェイブとボルスは怒りを募らせていた。
「ボルスさんは奥さんや子供もいますし、用心した方がいいです」
「……そうだね。ウェイブくん、有難う」
ボルスを心配するウェイブに、神妙な顔で返事を返すボルス。
「民の怒りは収まっていませんし帝都の所々で暴動は起こってる。俺たちだけですが、二人で帝都の治安を守りましょう」
「うん。隊長が居ない間は二人で頑張ろう」
イェーガーズの二人は、治安を守るため日が暮れた夜の帝都に繰り出した。
ウェイブとボルスは帝都警備隊の連絡を受け暴動を起こした民衆を、一人一人捕らえていく。
国を変えることができなかったブドーに対する失望、悪逆非道のワイルドハントに対する不満。
それらの怒りが罵声となってウェイブとボルスにぶつけられる。
「お前らは治安維持の組織だろ!?俺たちを捕まえて、治安を乱すワイルドハントの連中を野放しにするのか!?」
「……それでもお前たちが暴れてることは変わりねえだろ」
ウェイブは捕まえた民に反論するものの、声色は重たい。
自分たちが大臣の息子が率いているという理由だけでワイルドハントに手出ししていないことも、また事実。
歯を食いしばり俯くウェイブの肩をボルスが叩く。
「ウェイブ君、これもお仕事だから」
「分かってる。隊長が戻ってくるまではワイルドハントに手出しするなって言われてるしな」
民の怒りを真正面から受け止めたウェイブは、ボルスに朧げに笑うことしかできなかった。
落ち込むウェイブとボルスに向かってくる影があった。道化師の姿をしたチャンプ、ショートヘアーの舌をペロリと出したエンシン、そしてリーダーのシュラである。
「よう、臆病なイェーガーズども。今日もゴミ掃除頑張ってるな」
「……はい」
シュラが開口一番ウェイブとボルスを挑発する。露骨な暴言に眉を顰めるウェイブとボルスだが、いつものことだと受け流す。
シュラは機嫌良さそうにそんなウェイブが捕らえ、縛られている罪人につかつかと歩み寄った。
「何を……!?」
「ちゃんと殺しとけよ役立たず!」
シュラが蹴りを放つと、暴動を起こした民衆の頭がトマトのように弾ける。飛び散った血痕が地面に付着し、首を失った胴体が静かに倒れる。
無防備な罪人への一方的な虐殺に怒りが沸くものの、振り上げようとした拳をなんとかウェイブは下ろした。
それでもシュラを睨み続けるウェイブとボルスに対して、ニヤニヤとしながらシュラが厭らしい笑みを浮かべる。
「おーお、そんな反抗的な態度でいいのか?俺は大臣の息子だぜ?」
「……すみません」
「それでいいんだよ、それでな」
真っ先に頭を下げたのは、ボルスだった。軍の命令は絶対であり、誰かがやらなければいけないことだと理解しているからである。
ボルスの気持ちを汲み取って、ウェイブもまた頭を垂れる。頭を下げるボルスの前に、シュラが歩みを進めボルスの頭に唾を吐く。
シュラは頭を下げ続けているボルスに向かって厭らしい笑みを浮かべたままだ。
ブドーを倒した、その事実がシュラを増長させていた。彼はにやけ面のまま本題に入る。
「お前の奥さん美人だよなあ。キモチワリイ覆面してるお前には勿体ねえと思うわ。俺に寄こせよ」
シュラは女にも金にも恵まれていて若かった。故に理解できなかった。妻を心から愛し、それだけを仕事の支えとしている愛妻家の気持ちを。
だから、シュラは自分が眼前の男の逆鱗を踏んだことに気付かない。ボルスはゆっくりと頭を上げた。
「なんだその目は?お前には勿体ねえから俺が使ってやろうっていうんだぜ?俺は大臣の息子……」
ボルスはシュラが言い終わる前に帝具、ルビカンテを構えて炎を噴出させる。
「うおっ!?」
殺意を感じ取って慌てて上半身を仰け反らせるシュラ。シュラの頭上を決して消えない炎が通り過ぎていく。
ボルスは相手が大臣の息子であり、これからワイルドハントを敵にまわす事になったとしても躊躇わなかった。
隊長に申し訳ないと内心で謝る。それでも自らの愛する家族を守れないのなら、男としての価値がない!
「あーあ、これはお前ら二人とも嬲り殺しコース確定ってことでいいんだな?」
「他の指示になら、何だって従う。その覚悟を持って私は軍に入った。でも愛する妻と子供を害することだけは許せない!先ほどの発言を撤回しないのなら、私は君たちを焼き払う!」
指をポキポキとさせてボルスに殺気を振り撒くシュラ。覚悟を決めたボルスは、ワイルドハントに相対する。
ウェイブもグランシャリオの蒼い鎧を着込み、ワイルドハントの三名に徒手空拳の構えを取った。
エンシンが舌を出しながら曲刀のシャムシールを構え、チャンプも球のダイリーガーをお手玉する。
激突する前の、火薬庫に火をつける前のような嵐の前の静けさが両者の間に流れる。
この殺気漂う空間は、暗殺者の狩場だった。
帝具シャムシールを構えたエンシンの頭を、高台からの何者かの銃弾が打ち抜いた。
「何……!?」
イェーガーズもワイルドハントも頭上の高台を見上げる。そこに居たのは殺し屋集団、ナイトレイドのマインと護衛するラバック。
何かを考える暇もなく、一瞬で脳を銃のエネルギーに貫かれたエンシンは倒れ伏す。
完全なる不意打ちだが、ナイトレイドは卑怯だろうと言われようと標的を仕留めるためなら外道な作戦以外は手段を選ばない。
三つ巴の戦いがこうして始まった。
最初に動いたのは、チャンプだった。高台のラバックとマインに向けて最速の竜巻を纏う球、嵐の球を投擲する。
ラバックはマインを抱え込み、やむなく高台から飛び降りる。そこを狙ったのはボルスの球状になった火の塊マグマドライブ。
マインが空中でパンプキンを発射し、その勢いでラバックとマインは斜線から逃れ無事に地面に降り立った。
一方シュラも動いており、地を這うようにマグマドライブを発射したばかりのボルスに近づく。シュラの行く手を阻むのは鎧を纏ったウェイブ。
世界を周り、各国様々な武術を取り入れたシュラが勁を纏った右掌を推し出しウェイブの胸部に押し当てる。
内側から破壊する攻撃、しかしシュラの一撃は軽く、ウェイブは直撃したにも関わらず少し後退するだけだった。
その後もシュラの変化自在な拳がウェイブに襲い掛かるものの、ウェイブは徐々にシュラの動きを見切りつつあった。
顔面に向かってくる拳を頭を傾けて避けたウェイブは、反撃の蹴撃をシュラの丹田に放つ。
カウンターの蹴りは腹に突き刺さりシュラの内臓を負傷させ、吹き飛ばした。
「カハッ……」
「こんな攻撃、前戦ったインクルシオの奴と比べたら大した事ねえよ」
ウェイブはブラートと戦い、技量で完全に敗北した苦い経験を思い出し活かしていた。
一方ボルスはルビカンテの火炎放射をラバックとマインに放つ。このような乱戦でこそ、この消えない炎の帝具は真価を発揮する。
マインの銃撃と相殺しあい、ラバックも糸を伸ばすものの全てルビカンテの炎に焼き切られた。
ラバックは内心舌打ちをする。恐らくクローステールと相性がそれほど良くない相手だ。
四方八方に張り巡らされた糸は焼ききられる。ルビカンテの範囲内は正に一種の結界であった。
火炎放射を発射するボルスの後ろから音もなく胴体を両断しようと襲い掛かるのは、鋏の帝具エクスタスを構えたシェ―レ。
「すいません」
「させねえ、グランフォール!」
シェーレのエクスタスは本来鎧系の帝具とは相性が良い。しかし相手が悪かった。
ボルスを両断しようとするシェーレはウェイブが放つ必殺の蹴りを咄嗟にエクスタスを盾代わりにして防御したものの、威力を殺しきることはできなかった。
エクスタスごとコンクリートに叩き付けられ、肺の空気全てを吐き出しシェーレは一瞬で意識を失う。
隣接するシェーレとウェイブに投擲されたのはチャンプが放つダイリーガー、威力が高い爆の球。
ウェイブはすぐにその場を離れ回避することはできたが、気絶しているシェーレに避ける術はない。
無防備なシェーレを抱えあげたのは、透明化していたブラートだった。
「ぐおおおお!」
爆の球が爆発する。インクルシオを纏っているとはいえ、シェーレを庇う様にもろに爆風を食らったブラートのダメージは大きい。
「こりゃ不味いな」
ラバックが戦況を考える。範囲攻撃を有し攻撃が当たるだけで死亡なボルスと、ボルスを守る単純に近接能力が高いウェイブの組み合わせを突破できない。
負傷したシュラはまだ帝具を使用しておらず得体が知れない。ウェイブとナイトレイドを睨み付け、チャンプは様々な球をいつでも使用できるようにしている。
ウェイブを封殺できる、要であるブラートも負傷してしまいシェーレを庇っている以上全力を出せない。
切り札のアカメは気配を最大限に断っているがこの乱戦に下手なタイミングで飛び込んだらシェーレの二の舞と化す可能性もある。
最早この状況で、数の有利は存在しないに等しい。
「……」
三つの陣営は、無言でお互いに睨み合う。誰もが一騎当千の猛者である戦い。
ナイトレイド、イェーガーズ、ワイルドハント。三つ巴の戦いの行方はまだ分からない。
長くなりそうなので分けました。