ほんの少しのボタンの掛け違い   作:さよならフレンズ

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告白を斬る

 午前9時。曇り空の中小雨が静かに振り、アジト近くの水に塗れた葉から水滴が落ちる。

警戒して宮殿から出てこなくなった残りのワイルドハントを標的とすることが困難だと判断したナイトレイドの面々は、シェーレを失った悲しみを背負いつつもアジトに戻っていた。

天然ボケでいつも呆けているが、だからこそシェ―レは、ナイトレイドの大切なムードメーカーだった。

穏やかに本を読む彼女の姿を見ることは、もう叶わない。

戦略的に見てもワイルドハントを二人削れたものの、帝具を回収することができず仲間を失ってしまったという代償は大きい。

スタイリッシュとドロテアの脅威、羅刹四鬼と想定するのが困難な問題も山積みだった。

 

「私はいつも部下に命令することしかできない……儘ならないものだな」

 

 自室で一人煙草を吸いながら、ナジェンダが溜め息をつく。部下には見せられない顔を一人になったナジェンダは見せている。紫煙が部屋の中を広がっていく。

革命軍は時間をかけてシスイカンに到着したが、各地の小さい内紛を早々に片付けたロクゴウ率いるブドーの近衛兵に阻まれている。

元々分の悪い賭けだったがこうなってしまったら仕方がない。恐らく次の戦いで革命軍の運命が決まるだろう。ナジェンダが上層部から渡された任務を読み上げる。

 

「第一目標ロクゴウの暗殺、第二目標タツミの暗殺か」

 

 紙を握り締めるとくしゃりという音がする。困難で無茶な通達が革命軍上部から下された。ナイトレイドが明確に悪人以外を標的とするのはこれが初めてだった。

革命という目標のために、かつて仲が良かった同僚を殺害しなければならない。

しかし幾多の血と涙を流してしまった以上最早後戻りはできない。

一人で作戦内容を考え始めるナジェンダの部屋の扉をコンコンと叩く者が居た。

 

「なんだ」

 

 ナジェンダが扉に声をかけると、開く音と共に部下の姿が現れる。

ナジェンダの前に姿を現したのは息を切らしたラバック。恐らく走ってきたのだろう、ラバックは顔面に汗を僅かに滲ませている。

スッと厳しくなる視線から、ラバックは顔を逸らさなかった。

 

「何かあったのか?」

「ナジェンダさんが思っているようなことじゃないです。俺個人がナジェンダさんに話があってきました」

 

 個人的な用事。そう断定するラバックはしかし真剣な表情だった。

この時点で、ナジェンダはラバックが語る用事に心当たりがあった。ナジェンダが過去何度も見て袖にしてきた、覚悟を決めた男の表情をしている。

無碍にそのような場合ではない、と断るのは簡単だった。しかしナジェンダは何故かそうするつもりにならなかった。

ナジェンダとラバックは静かに見つめ合う。唾を飲み込んだのははたしてどちらだっただろうか。

 

「……入っていいぞ」

「……有難うございます」

 

 暫しの時間の後に、ナジェンダは自室にラバックを迎え入れ鍵を閉めた。

ラバックは部屋に漂う煙草の副流煙を鼻腔で吸い込む。ラバックはナジェンダが常に漂わせているこの何とも言えない煙草の匂いが好きだった。

ナジェンダが椅子に座り、向かい合うようにラバックも椅子に座る。

口火を切ったのは、どこか悪戯気な表情をしたナジェンダだった。

 

「こうしてラバと二人きりになるのも随分と久しぶりだな」

「そうですね。ナイトレイドになってからはこんな機会、ありませんでしたし」

 

 ナジェンダの副官だったラバックは、将軍時代常にナジェンダのすぐ傍で付き従っていた。

最初は惚れた弱みという下心があった。しかし傍に居て徐々にラバックはナジェンダの人柄、女らしくないと言われがちな胆力と国を憂う優しさに惹かれた。

外見ではなく中身まで身近で見続けて、それでもラバックはやはりナジェンダを愛していた。

 

「最近ラバックは、マインと一緒に居ることが多かったからな」

「……マインと過ごす時間が心地良かったことは否定しません」

 

 ほう、とナジェンダは目を細める。ここで嘘を付く様であれば早々にナジェンダはラバックを追い出していただろう。

しかしラバックはどこまでもナジェンダに対して真摯に答えた。

 

「でも、恋心を抱くことは一度もありませんでした。俺の心の中に住まう人の存在は、誰かに上書きされるようなものじゃありません」

 

 真っ直ぐにナジェンダを見つめるラバックの頬は僅かに高潮しており、傍目から見て上気しているのが分かった。

恐らく彼の心臓の鼓動は、今までにないぐらい高鳴っていることだろう。

ナジェンダからの眼差しを受けつつも、ラバックは目線を逸らすことはなかった。

大きく息を吸い、吐き出したラバックの荒い呼吸がナジェンダからはよく分かった。

 

「こんな時だからこそ、俺は貴方に伝えたい――――ナジェンダさん、俺は貴方が好きです」

 

 ラバックは真っ直ぐにナジェンダに思いを伝えた。

彼の思いを受け取ったナジェンダは煙草から口を離し、椅子から立ち上がりラバックに近付く。

ラバックも立ち上がり、目と鼻の先まで近付いてくるナジェンダに対して脈拍が高まるのをそのままにした。

ラバックの目の前に立ったナジェンダの右手の義手が、静かにラバックの頬に触れる。

頬を上気させているラバックと違って、ナジェンダは穏やかな表情だった。

燃える心でクールに戦うナジェンダは、恋愛に関しても同じ考えであり他人に早々に悟らせることはない。

 

「正直に言おう。私はお前のことを恋愛対象としては見ていなかった」

 

 ナジェンダはラバックと上司と部下の関係が壊れるのが怖かった。任務に私情を持ち込んでしまうことが怖かった。

 

「そのはずだったのに、何故だろうな……マインとお前が付き合っているという噂を聞いて、私の胸が痛んだのは」

 

 部下同士の交流については、ナジェンダは放っておいている。ラバックとマインが二人で遊びに行っているのは知っていた。

そのことについては何とも思わなかった筈なのに、付き合っているかもしれないという噂話を聞いた瞬間なぜかナジェンダの心に罅が入った。

 

「私を醜い女だと思うか?」

「俺も仲間なのにスサノオに嫉妬してしまっていました。それに、俺がそんなことを思ったことは一度もないです」

「そうか、嫉妬していたのはお互い様だったか」

 

 仲間に嫉妬していたのは自分だけではない、という事実に僅かに顔を綻ばせるナジェンダ。

右手の冷たさを触れられた頬で感じつつも、ラバックはナジェンダと至近距離で見つめ合ったままだ。

ナジェンダは、一歩ラバックに向けて歩みを進める。互いの顔が接近しているこの段階で、やっとラバックはナジェンダの頬の僅かな高潮に気付いた。

どうやら心臓が高鳴っているのは、ラバックだけではなかったようであった。

 

「私は今まで恋をしたことがなかった。しかし私はお前が他の人間とこうなってほしくはない、と今では強く思っている。だから―――」

 

 ラバックの頬に触れた右手を離し、ナジェンダはラバックに向けてもう一歩歩みを進める。

ラバックとナジェンダ、互いの唇が僅かに、だが確かに触れ合った。

ほんの数秒の粘膜の触れ合い、しかし二人にとっては永遠とも思える時間。暫しの時間の後にナジェンダは唇をラバックから離す。

いつラバックに惹かれたのかは明確には分からない。それほど長い間ナジェンダとラバックは共に過ごしていた。そしてナジェンダの答えは決まっていた。

 

「――――私と付き合えラバック」

「……はい!」

 

 いつものように、命令するかのように返事を返したナジェンダに対して、ラバックは震える拳を握り突き上げ喜ぶ。

ラバックらしいなと笑うナジェンダと、喜びを押さえきれず興奮するラバック。外の小雨は、いつの間にか止んでいた。

 

 

 

「良かったのか?炊きつけるような真似をして」

「告白するって言ったのにラバったら全然行動しなくてイライラしてたのよ。アカメ達がアタシとラバが付き合ってるって勘違いしていたのは事実でしょ?」

 

 別の部屋ではどこか自慢げなマインと、アカメが話し合っている。

ラバックの背を押したのは、マインだった。自分とラバックが付き合っているという噂が流れている、そうマインはラバックに吹き込んだ。

 

「まあ、告白が成功したらもうラバと二人で買い物には行けないでしょうね、でも―――」

 

 アカメの問いかけに、首を竦めてマインは答えた。しかしマインの表情はどこか晴れやかだった。

 

「――アタシは、ラバの一番の暗殺のパートナーの座までは譲るつもりはないわ」

「……そうか」

 

 アカメにはマインが何を考えているのか分からない。マイン本人にとっても、もしかしたら分からないのかもしれない。恋愛感情なのか、そうではないのか。

ラバックとマインの関係はきっと誰にも理解できない複雑なものなのだろう。

アカメはスッキリとしたマインの表情を見て、そう悟ったのだった。

 

 

 雨が止み、雲の谷間が僅かに見える。ナイトレイドとブドー派閥、雌雄を決する瞬間は近い。

しかし今この瞬間だけは、世界がラバックとナジェンダに祝福を告げるかのように陽光がアジトを照らしていた。

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