ほんの少しのボタンの掛け違い   作:さよならフレンズ

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正義を斬る

 「先に宣言しておく。今回の案件は今までで最難関の任務で、最重要の任務だ」

 

 ナジェンダの命令でアジトの大広間に集まったナイトレイドの面々。

ロクゴウとタツミが革命軍から明確な標的に加えられた、そうナジェンダから聞かされたメンバーの心情は十人十色だった。

どこかこの日を待ちわびてしまっていたアカメ、自分がタツミを打ち抜くと決めたマインは心なしか張り切っており。

タツミの仲間を殺害し、利用していたとはいえ友達だったラバックは複雑な表情をしている。

 

「暗殺目標のロクゴウとタツミはシスイカンの要塞の中に篭ってブドーの近衛兵に命令している。私達の暗殺を警戒してのものだろう」

 

 思想が纏まっていない革命軍はバラバラであり、シスイカンに到着するまでにいくつもの城砦と交戦し落としている。

疲弊した革命軍がまともにブドーの近衛兵と戦って勝つことは不可能であり、敵の将軍の首領をあげるしかない状況に追い込まれていた。

しかし暗殺しようにも、敵の警護が厳重すぎてどうにもならない。ブドーの近衛兵は憎らしいほどに優秀だった。

 

「私も様々な策を考えたがこの任務はどう考えても一人の犠牲が前提となってしまう……革命軍のために死ぬつもりはあるか、ブラート?」

 

 ナジェンダが真っ直ぐに見据えたのはナイトレイドの最高戦力の片割れである、百人斬りのブラート。

気配を殺してインクルシオの奥の手である透明化を使えば要塞に潜入することはできるだろう。しかし無事に生還できる可能性は低い。

ナジェンダの予想では戦闘と奥の手の維持により精神力が尽き透明化が解除され、近衛兵に囲まれ死亡する確率が極めて高かった。

 

「ナジェンダさん正気ですか!?そんなのってないですよ!」

「ボス、私も認めるつもりはない。ブラートは大切な仲間だ!」

 

 声を上げるのはラバックとアカメ。マインも同じ気持ちであり、仲間の犠牲前提というナジェンダの作戦に動揺し狼狽する。この任務は今までの作戦とは明らかに違う。

ナジェンダを非難するナイトレイド達を手で制して、ブラートはナジェンダを見据える。ナジェンダも決意を込めた視線を逸らさない。

ブラートはナジェンダの真意を確かめようとしていた。

 

「シェーレに救ってもらったばかりの命だ、俺は簡単に死ぬつもりはないぜ」

「私も今回強制はしない、はっきりと仲間に死んでくれと言っている訳だからな。今の革命軍と私を見限っても止めはしない」

 

 ナジェンダはブラートの判断を受け入れた。重い沈黙が会議室に漂う。

見限っても構わないと明言しているあたり、ナジェンダも無茶な命令ばかり寄越してくる今の革命軍に思うところがあるのだろう。

しかしブラートはナジェンダの優しさを汲み取り個性的な突き出た髪を櫛で梳きながら、ナジェンダに対しての剣呑な表情を収め、朗らかに笑いかけた。

 

「死なずにロクゴウとタツミ、二人とも暗殺して帰ってくる、そう約束するぜ。だからボスは、いつも通り俺に命令すればいい。安心しろ、今の俺の熱い血潮の奔流は誰かに止められるものじゃねえよ」

 

 重い空気を吹き飛ばすように根拠もなく根性論を説くブラートに、彼らしさを感じたナジェンダも微笑んだ。

 

「そうだな。重要な任務だが頼む、生きて帰って来いブラート」

 

こうして革命軍の命運は、百人斬りのブラート一人に託された。

 

 

 ブラートの瞳はインクルシオを纏っていないにも関わらず、十字の模様が微かに浮き出初めていた。

 

 

「明言しておく、革命軍はこのままではここを突破することはできねえ。タツミも居る今それは確実だ」

「今の状況では当然ですね」

 

 夜七時頃、ランプの明かりに照らされて木製の椅子に座り、シスイカンの要塞内部で話しているのはロクゴウとタツミ。

ロクゴウとタツミは各地の紛争を治めて、シスイカンの防衛のみに意識を集中させていた。

革命軍の勢いは弱く、直接ロクゴウが指揮を執らずともシスイカンを守りきることができていた。

 

「軍は掌握できた。ブドーが帰ってこなくても、革命軍を殲滅し次第宮殿に攻め入ることになる」

「分かってます、エスデス軍が西の異民族と戦っている今でしかチャンスがない」

「タツミは革命軍みたいな方法だとは言わないんだな」

「……状況は分かってます。個人的な感情を抜きにしても革命軍は信用できません」

 

 ブドー派閥が革命軍に寝返らない一番の理由は、今の革命軍について疑問があるからだ。

革命軍はシスイカンに進行するために多くの城を無理やり強引に攻め落としている。

何よりブドーが寝返って革命軍についたとオネスト大臣が吹聴していることにより民の革命軍の心象は最悪だ。

果たして今の革命軍が革命に成功したところで、天下泰平の世が訪れるだろうか?

少なくともタツミはそうなるとは微塵も思えなかった。それなら人望が完全に消え去っていない自分たちが中心となり、国を変えるほうがまだましな結果になると感じる。

 

「タツミ、成長したな」

 

 目先のことだけではなく、戦略的に考えることができるようになったタツミにロクゴウは微かに微笑む。

 

「ナイトレイドは来ますかね」

「来るだろうな、俺達は今の革命軍にとっての一番の障害だ。睡眠を取りつつも警戒は怠るな」

 

 ナイトレイドという言葉に僅かに顔を歪めるタツミ。しかしタツミは一瞬で私怨を内側に飲み込み淡々と議論を続ける。

しかしロクゴウはタツミの口調から変わらないナイトレイドへの憎しみを読み取り、釘を刺すために苦い表情で口を開いた。

 

「これは言うべきことじゃねえかもしれないが、こうなっちまった以上俺達が最終的に勝利しても、革命軍が勝利しても、大きく変化はねえかもしれねえ」

「ロクゴウ将軍、急に何を言ってるんです!?」

 

驚くタツミに対してロクゴウは煙草を口に加えながら冷淡に返す。

 

「可能性の一つだがな、俺達も民の期待を裏切って良識派の連中を間接的に沢山殺してしまったことには変わりがねえからだ。革命軍の連中も、今ここを突破しようとしている自分達が国を治すほうが正しいと思ってるはずだぜ」

「……」

 

 タツミはロクゴウに反論しようと思ったが、できずに俯き口を噤む。納得ができていないタツミを、ロクゴウは説き伏せようとする。

 

「ブドーがいない今、俺達が勝った後の未来のことなんて誰にも予測できねえ。どうだ、タツミは今までの行動を後悔してるか?」

「俺は……革命軍になる自分も、大臣につく自分も想像ができない。今までの自分を誇れるし、間違いじゃないって信じてる」

 

 敬語が思わず外れたタツミだが、しかしタツミの言葉からしっかりとした志を感じたロクゴウは安心した。

結果的にブドー派閥の存在で状況は複雑化した。悪化してしまったと言っても間違いではないだろう。ブドー派閥が無ければ革命が無事に成功していた未来があったかもしれない。しかしだからといって、これまでのタツミとロクゴウの苦悩は無駄ではない。

 

「ならそれでいい、自分だけの『正義』を背負って、それを支えとして自分達が正しいと信じて前に進むだけだ。イェーガーズも、ナイトレイドも同じ考えだろう」

「正義……」

 

 タツミは正義という単語を喧しいほどに口に出していたセリューの姿を思い浮かべていた。

タツミは最後までセリューの本質を知ることはなかった、しかし彼女の姿は今でも鮮明に思い出せる。

国を守ろうとするイェーガーズも、国を革命しようとするナイトレイドも彼らなりの正義がある。

ナイトレイドへの憎しみは消えないが、タツミは再度その事実を確認した。

 

「正義を執行するだけ、か」

「キュゥ」

 

 思わずセリューの口癖を呟いたタツミの言葉に反応して、タツミの腕の中のコロが鳴く。

タツミは可愛らしく、しかしとても頼りになるコロの頭を優しく撫でた。

コロのまん丸とした目が、タツミを見上げる。頼もしい相方だと久しぶりにタツミはコロに無垢な、彼らしい笑顔を浮かべた。

 

「だからこそ革命軍でも、大臣派でもない俺達が勝つ。勝ってみせる」

 

タツミは再度自分の意思を確認するように呟き……。

 

 シスイカンの要塞内部が俄かに慌しくなる。怒号と、罵声が飛び交い喧騒が大きくなっていく。

ロクゴウとタツミは弾かれる様に立ち上がり、扉に向かって武器を構えた。

薄暗い中、ランプに照らされた室内は広い。戦闘するには十分なスペースがある。

 

「もうそろそろだと思ってたぜ、用心しろよタツミ」

 

 無言でロクゴウに頷くタツミ。数分の後に果たして扉を蹴破り現れたのは、鎧……インクルシオを身に纏ったブラートの姿。

幾人の命を奪ったのだろうか、近衛兵の血に塗れた白い鎧は紅く染まっており最早白い部分が見えない状態だった。

タツミは剣を構え、腕の中からヘカトンケイルが飛び出す。ロクゴウもライオネルを発動、上半身は露になり獣耳が生える。

戦闘態勢に入ったタツミが敵組織の名前を叫ぶ。

 

「来たか―――ナイトレイド!」

「ブラートだ。ハンサムって呼んでいいぜ」

 

 少し前までのタツミなら、インクルシオの鎧を格好良いと思ったかもしれない。

しかし今のタツミの心中にあるのは同士の近衛兵を殺された怒りと、自らの『正義』を貫く覚悟だけだった。

 

覚悟を決めたタツミ達を、暗殺しようとブラートが襲い掛かる!


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