ほんの少しのボタンの掛け違い   作:さよならフレンズ

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護衛を斬る

 ドスン。

 

 木製の机に、ラバックが運んだ本が下ろされ鈍い音が響く。

表向きの仕事として帝都で貸本屋を営んでいるラバックは外部から仕入れてきた本を分別していた。

積み重なった本の山に向けてはたきを軽く振り、埃を振り払う。

紙で出来ている本は傷みやすいため、保存状態を保つために丁寧に扱う必要があった。

店内の床も磨き、ラバックが一息ついたところでドアのベルが鳴った。

 

 「いらっしゃい」

 

 ラバックが顔を上げると、そこに居たのは剣を背中に背負った純朴そうな少年だった。

すっかり店にとって顔馴染みになったその少年に向けて、ラバックは親しみを込めた笑みを浮かべた。

 

 「おおタツミの旦那、今日はどんな本をご要望で?」

 

 タツミがラバックの営んでいる貸本屋に顔を出したのは、単に警邏中にこの店を見つけたからだった。

帝都は不景気であり、時勢を考えても本一冊の値段は馬鹿にならないものがある。

だからこそ、普通の書店よりは価格が手頃な貸本屋を発見したタツミは店内に足を運んだのだ。

最初は帝都の歴史が記された文献等の、普通の書籍を借りていたタツミだったが

最近タツミがここで求めているのはそれではない。

 

「何と俺、出世したんだ!という訳で……いつものジャンルを頼んでいいか?」

「それは目出度いな!いいぜ、割引いておくよ」

 

 にやりと笑うラバックとタツミ。男二人、それ以上の言葉はお互いにいらなかった。

軍隊は男所帯でストレスが溜まる。タツミが艶本を求めるのは無理もないことだろう。

店の奥に入ったラバックとタツミは、如何わしい表紙を漁り始める。心なしか二人とも息が荒い。

ラバックはタツミが気に入りそうな種類を見繕いつつ問いかけた。

 

「出世って、どこの役職だい?」

「へへん、なんと帝都警備隊だぜ!凄ぇだろ!」

「……へー、旦那ってついこの間兵士になったばっかだろ?確かに凄えな」

 

 何気ない会話をしながら、ラバックは艶本の中からタツミが好みそうな

スタイルが整っている綺麗系のお姉さんの本を見つけ出したが、それをあえて無視して会話を続ける。

 

「最近帝都は物騒だから、タツミの旦那みたいな軍人には俺も感謝してるんだぜ?」

 

 ついこの間、帝都警備隊長であるオーガが何者かに殴殺される事件が起こったばかりだ。

タツミが帝都警備隊に配属になったのは、オーガの死に危機感を持った上層部から実力を買われてのことだろうとラバックが当たりをつける。

ラバックからの感謝を受け取ったタツミは、真剣な表情でラバックを見据える。

 

「ありがとう店主さん、帝都の治安は俺達警備隊がしっかり守る」

 

 艶本を持ちながらカッコつけるタツミを見て、締まらねえなあ、と思ったラバックがいた。

 

しかしお客にそう突っ込むわけにもいかないので、とりあえず褒めておく。

 

「よっ、旦那がいれば百人力だね!」

「おう!盗人だろうと噂のナイトレイドだろうと俺がぶちのめしてやるぜ!」

「頼りにしてるよ」

 

 タツミは明るい面持ちで強気に語るも、僅かに漏れた殺気と共に

タツミが拳を強く握り締めたのを、ラバックは見逃さなかった。

それは、ここには居ないナイトレイドに向けた強い怒り。

オーガの死は、殺し屋集団ナイトレイドによるものらしい―――その噂は、既に帝都中に広まっていた。

タツミの言葉は、ラバックを励ますと共に自らを鼓舞するものでもあったのだろう。

 

「……良さそうなのが見つかったぜ旦那、これとかどうだい?」

 

 先ほど見つけた艶本を差し出したラバックは、タツミに向けて笑いかける。

純粋無垢な顔立ちをしているタツミは、僅かに照れながら好みだぜ、と艶本を受け取り金を払った。

 

タツミが立ち去った店内を見回したラバックは、無言で閉店の準備に入る。

 

時期に日が暮れる、貸本屋はもう終わり。

 

――――ここからは本業の時間だ。

 

 

 

ナジェンダは煙草を吹かしながら、ラバック達に任務の内容を伝える。

 

「今回の任務は大臣の遠縁に当たる男、イヲカルとその護衛5人の始末だ」

「大臣の名を利用し女に死ぬまで暴行を振るい続けている」

 

「か弱い女性にそんなことを、許せねえ!」

 

 女好きだからこそ、男としてイヲカルの蛮行はラバックにとっては許せることではない。

怒りに燃えるラバックに対して、ナジェンダがほう、とラバックを見つめる。

 

「やる気だなラバック。今回イヲカルを狙い打つマインの護衛をお前に頼んでいいか?」

 

 ラバックはナジェンダの人選に、首を捻り疑問を感じる。

近接戦闘に特化している面子ではなく、あえてラバックに護衛を頼む意図がラバックには分からなかった。

ラバックはそもそも、戦闘がそれほど好きではない。

戦わずに目標達成できるならそれに越したことはないと思っているぐらいだ。

 

「ラバで大丈夫?こいつ死んだふりとかしないでしょうね?」

「流石に護衛対象を無視してそんなことしねえよ……」

 

 案の定マインが辛辣な言葉をラバックに浴びせかけてくる。

心当たりがないわけでもないラバックは、マインに強気に言い返すことが出来なかった。

不安げなラバックとマインを見て、ナジェンダは笑みを零す。

 

「ラバック―――今のお前なら大丈夫だ。いざと言う時にマインを守ってやれ」

「ナジェンダさん、任せて下さい!」

 

 ラバックは不安を吹き飛ばした。ここで好きな人の信頼に答えなきゃ、男じゃねえ!

そう思ったラバックはナジェンダの聖母のような微笑を見て、護衛を引き受けることを決意した。

 

 

 

 狙撃地点の木の上に上ったマインとラバックは、イヲカルが住む豪邸内から標的が出てくることを確認する。

マインの砲撃は、周囲の女達を無視して寸分の狂いなくイヲカルを打ち抜く。

ラバックとマインは、木から飛び降りラバックの張った糸を足場に着地した。

 

 他のナイトレイドのメンバーに合流するために、ラバック達は走り出す。

ラバックとマインのルートは木の根っこが所々に張っている森林地帯で、とても動きにくかった。

ラバックは護衛として、マインの後ろで周囲に気を配りながら進む。

このような木陰が多く隠れる場所が多い場合、どこから襲撃がくるか分からない。

相手が皇拳寺の達人であるならば、尚更だった。

慎重に進むラバックに対して、マインが走りながら苛立った表情を見せる。

 

「もうすぐ合流よ、急ぐわよラバ!」

「マインちゃん合流は、ちょっと待つ必要がありそうだぜ――敵だ」

 

 ラバックは低い声で呟く。マインの背後から拳を振るおうとする人影があった。

暗殺者相手に全く悟られずに完全に殺気を隠して近づいてきた技量は凄まじい。

流石は皇拳寺で修行した人間といった所だろう。

しかしどれだけ殺気を隠したところで、クローステールの薄く張られた糸、結界による探知から逃れることはできない。

マインがラバックの言葉に反応する間もなく、ラバックは動いていた。

 

「なっ……!?」

 

 敵の驚愕の声が聞こえる。

マインに拳を振るおうとした敵は、木と木の間―――足元に張られた糸に引っかかり転んだ。

体を宙に舞わせ、無防備になった敵の顔面にラバックの投げたナイフが突き刺さる。

ナイフは敵の脳幹を貫き、その息を止めた。

 

「敵が豪邸の方角から来るのは分かってる。おまけにこの森林だ。いつもより糸を張りやすいってこと」

 

「ラバのくせにやるじゃない」

 

 今回は護衛が任務だ、マインを守れなければ意味がない。

臆病なラバックは保険として、動き続けながら二人の足元のすぐ傍に罠を仕掛け続けていた。

 

「まだ敵がくるかもしれない。注意して行こうぜ」

「……分かったわ」

 

 警戒を促すラバックに対して不意打ちを食らいそうになったマインは素直に頷く。

幸いにもアカメたちは直傍に居た。任務達成だ。

ナジェンダさんの信頼に答えることができた、とラバックは内心安堵した。

 

「これでマインちゃんとナジェンダさんのポイントアップだ!」

「ラバはこういうことをすぐ口に出すから、見直されないんだよなあ……」

 

帰路につきながら、鼻の下を伸ばすラバックに対して呆れるナイトレイドの面々。

 

首切りザンクが帝都を恐怖に陥れたのは、任務達成のすぐ後のことだった。

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