一般憲兵から帝都警備隊に昇進したタツミは、ついに支給された軍服に袖を通す。
メットやヘルムカバー、フェイスカバーが支給されていない理由は味方の士気を高めるため。
それだけタツミ個人への期待が高いということだろう。
数多い帝都警備隊の中でも精鋭扱いということだ。
任務でコツコツ帝都近辺の危険種を狩り続けた甲斐があったと感じる。
詐欺師の女との戦いで実力不足を痛感したタツミは、休日も自ら危険なフェイクマウンテンに赴き
擬態した危険種を退治して実戦を経験し、強くなっていた。
体を苛め抜き、自身が成長しているという実感はあるもののタツミの表情は暗い。
その理由はここ最近、帝都に首斬りザンクという帝具使いの辻斬りが出没し
帝都市民の安全を脅かしているからだった。
一般市民だけではなく被害は帝都警備隊にも及んでいる。
夜間に外出した帝都警備隊の二割近くが、既に首斬りザンクによって頭と胴体を切り離されていた。
「今夜も見回りだな」
兵舎から外に出たタツミの元に、犬のような生物を抱えたポニーテールの少女が駆けてくる。
少女はタツミと同じく帝都警備隊の軍服を着用していた。
彼女の名はセリュー・ユビキタス。タツミと同じ帝都警備隊だ。
タツミという後輩の指導担当ということで、心なしか張り切っているようにも見える。
「タツミ!今日も善良な市民を守るため、警邏を頑張りましょう!」
「おう!こんな時だからこそ、しっかり俺達が見回らなくっちゃな」
セリューの言葉に共感したタツミは、力強く返事を返した。
タツミとセリュ―は警戒しながら住宅街を歩く。昼は人通りが多い場所だが
夜間は外出する市民は最早殆ど居ない。ザンクを恐れてのものだ。
帝都警備隊にとっても警邏の目的の大半が、民の安寧を脅かす殺人鬼を速急に捕らえることに変わっていた。
「帝具持ちの警備隊員か、愉快愉快」
遥か頭上……時計塔の屋根の上から、その首斬りがタツミ達を獲物に定め動き出す。
タツミとセリューは警邏を続ける。セリューは真面目だし、タツミも
無駄口を叩きたくない程度にピリピリしているため両者無言だ。
途中多少の尿意を催したものの、帰ってからできると思いタツミはセリュ―から離れることはなかった。
油断したら死ぬ、ということをタツミは既に学んでいた。
とはいえ、常に神経を張り詰めさせておくことはできない。
住宅街から大きな広場についたタツミとセリューは一瞬だけ気を緩める。
タツミの背後から、首を刎ねようとする横凪の刃が飛んできたことに直前で気づけたのは
フェイクマウンテンでの鍛錬のお陰だろう。
タツミは静かに身を屈め、回避すると共に振り返り、抜刀。
剣を斬り上げ襲撃者の胴から肩にかけて切り裂こうとする。
必殺の一撃をかわされた襲撃者は、動じることなく軽く後方にステップして回避。
それから更に後方に大きく跳躍し、タツミとセリュ―から距離を取った。
「今のを回避して反撃までするかぁ、強いねぇ……愉快愉快」
頭に帝具を着用し、剣を両袖から生やした襲撃者……首斬りザンクは笑い声を上げる。
――――後一歩で即死する所だった。
冷や汗をかくタツミと違ってセリューの所作は対照的だった。
慌ててタツミのほうを振り向き、ザンクを発見したセリューは表情を大きく変化させる。
自身の正義に基づいて悪を断罪するという彼女にとっての
価値観が爆発し、喜色満面で、どこか歪んでいる笑みを浮かべたセリューはザンクに指をつきつけた。
「頭に装着した帝具から、首斬りザンクと断定!
治安を乱す殺人鬼め!絶対正義の名の下に、悪をここで断罪する!」
背後の頼もしい同僚の言葉を聞きつつ、タツミも殺人鬼相手に声を荒げる。
「俺もセリューと同じ考えだ。お前みたいな腐れ外道には容赦するつもりはねえ!」
甘いねえ、と言われた詐欺師の女の時とは状況も、相手の罪の重さも違う。
今のタツミには相手を殺してでも民の暮らしを守らなければならない、という使命感があった。
帝具持ちだろうと知ったことではない。抜き身の剣をザンク相手に構える。
「おお、勇ましいねぇ……若いってのはいいなぁ。愉快愉快」
帝具同士が殺意を持ってぶつかり合うと、必ずどちらかが死ぬ。
――――死闘が、幕を開けた。
「コロ、腕、粉砕!」
セリューがコロ……帝具ヘカトンケイルに指示を出す。
するとコロの姿が膨れ上がり、筋骨隆々な腕が生える。
コロがザンクに向けて走り出し、タツミを通り過ぎてザンクに接近、拳の連撃を振るう。
一見逃げ場がないようにすら見える拳の弾幕だが、しかしザンクは余裕の表情を崩さない。
「帝具だろうと未来視で筋肉の機微を読むことにより、次の行動は読める」
ザンクは自ら拳の弾幕に向かって突っ込んでいく。
正面への突きを最小限の動きで移動して回避し、抉りこむようなフック攻撃を身を屈めてかわす。
拳の弾幕を抜けきったザンクは、コロとのすれ違いざまに左肩を深く切り裂き抉った。
コアが完全に露出され、コロから切り離されコロが一時的に動きを止めた。
回復までには多少の時間がかかる。
「そして俺には透視がある……生物型の帝具は、確かコアを破壊すれば無力だったな」
ザンクはコロのコアに向けて転進しようとするが、セリューが
両腕に仕込んだトンファガンの銃弾を放ち妨害する。
ザンクが両手の袖から生えている剣を振るい銃弾を弾いて捌いていく。
「この隙は逃さねえ!」
タツミはその隙をついてザンクに袈裟懸けに斬りかかった。
「銃撃を仕掛けて隙を作った所で、右側から襲おう……と、思っているな!」
銃弾を裁きながら摺り足で左に動いて回避したザンクは、銃弾を裁いていた右腕をそのまま攻撃に転用した。
ザンクの右腕の肘打ちがタツミの胸部に突き刺さり、タツミは肺から息を吐き出し吹き飛ぶ。
体勢を何とか立て直しながら、タツミはザンクのあまりの実力に戦慄した。
――――強ぇ。これが帝具の力なのか!それでも!
ザンクは吹き飛ぶタツミを無視して改めて振り向き、今度こそ再生しているコロのコアを破壊しようとする。
タツミは内臓を負傷しながらも、目を血走らせザンクに向けてもう一度切りかかる。
「例え実力差があろうと、手前ェみたいな殺人鬼に帝都を守る俺達が負けてたまるか!」
「勇ましいねえ……愉快愉快。でも今はお前と遊んでいる暇はないんだよな!」
互いの剣が振りぬかれ、タツミとザンクが交錯する。
斬る際に振りぬくことだけを考え、無心だったのが結果として幸いした。結果として生み出された未来視の予測を超える斬撃。
タツミの背中は切り裂かれたが、タツミの剣によってザンクの胸部も大きく真一文字の傷ができる。
内臓と背中の負傷により倒れ、立ち上がることができないタツミを無視して戦闘は進んでいく。
「ぬああ!死んでたまるかあああ!奥の手を使おうと思ってるのは分かってるんだよ!」
ザンクは自分の胸部から噴出す血を無視して、セリューの背後からの銃撃を勘だけで回避しつつコロに向かう。
予知しているからこそ、回避できない攻撃というものはある。
こいつさえどうにかしてしまえば、というザンクの願いは届かない。
タツミが時間を稼いだことによって、コロの修復が完了した。
同時にセリューが叫ぶ。
「コロ――――奥の手!」
狂化したコロの咆哮がザンクに襲い掛かる。ザンクは耳を押さえて無防備にならざるを得ない。
目の前のコロが拳を振り上げる。幻視を発動するも、生物帝具には何の意味もなかった。
なので離れているセリュ―に幻覚を見せたが、セリューからは後姿しか見えず効果は薄い。
叫び声を上げるザンクにコロの拳が振り下ろされる。ぐしゃり、という音がして、ザンクの体は潰れた。
「正義執行!」
ザンクが死んだ後には、歪んだ笑顔を浮かべたセリューの声が響き渡るだけだった。
「タツミ、大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だよ」
戦闘が終了し、手を差し伸べてくるセリュ―の手を取って、何とかタツミは立ち上がった。
ザンクが使っていた帝具……スペクテッドは、コロが振り下ろした拳により粉々に砕かれてしまった。
帝具の確保は重要だがあれだけの激しい戦闘だったのだ、仕方がないと隊長も理解してくれるだろう。
「セリューが居なかったら、間違いなく死んでた。ありがとなセリュー!」
またしても自分の力不足を痛感することになったが
首斬りザンクを倒し、帝都を守ることができた。
そんな安心から、タツミは無垢な笑顔を浮かべる。
セリューはそんなタツミの笑顔を間近で見て、胸を高鳴らせてしまう。
タツミの笑顔は、年上の女性にとっては凶器ともいえる破壊力を秘めていた。
「当然のことですよ!私とタツミは同じ帝都警備隊……帝都を悪から守る仲間なんですから」
両手の人差し指を胸の前でつんつん、とさせるセリュー。セリューの頬は、僅かに紅潮していた。
タツミはセリューのそんな姿を見ながら
国を守る、国を変えるという決意をより強固なものにしたのだった。