鋼の鬼   作:rotton_hat

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 ゲームを…やってました(満足げな笑顔

 久々の更新です。


挑戦状

 ユグドラシルである戦いがあった。

 

 襲い来るは一六名のPKギルド。迎え撃つは狂犬の名に相応しく、最も尖っている頃のクロエルだった。

 戦いは苛烈を極め、されど戦況は多勢に無勢。徐々にではあるがクロエルの方が押され始め、このままではPKギルド側の勝利で幕を閉じると思われた。

 

 しかし戦とは分からないもの。奮闘していたクロエルの背後の状況に動きがあり、やおら戦闘音が激しくなった。

 恐らく第三の勢力が乱入したのだろう。PK戦ではまれにある事で、クロエルも殊更気にすることもなかった。

 振り向く暇はないが剣戟の音からして同じ近接戦闘タイプのプレイヤーが一人。ソロで乱入とは無謀なプレイヤーもいたものだとクロエルは自分のことを棚に上げてそんなことを思うが、まぁ加勢してくれるなら好都合。せいぜい状況を引っ掻き回してくれたらいいと、あまり期待はせず目の前の戦いに集中していたのだが――

 

(あっ)

 

 ――ふと、背後からの攻撃が和らぎ戦いやすくなっていることに彼女は気付いた。

 背中を守られている……いや、互いに預けあっていると言った方が正しいか。乱入してきたプレイヤーがクロエルの背後を位置取り、背中合わせで敵と戦っていた。

 お互い背を向けているのでどんなプレイヤーなのかは分からない。ただ、腕はいいとクロエルは背後の戦闘音を聞いて思う。共闘という形で戦うのは初めてのことだったが、不思議と阿吽の呼吸で立ち回れることに彼女は内心で驚き、そして背中の心配をせずに戦えることがこうも安心できるものかと実感する。

 

(……頼もしいっす)

 

 彼女にとって初めての協力プレイの時間はあっという間に過ぎていき、勝利という形で終わるのだった……。

 

 

 ……しかし、平穏な時はクロエルにとって縁遠いものなのかもしれない。

 

「うし、邪魔者は片付いたな。なぁ、あんた噂の狂犬だろ? さぁ、やろうぜ!」

 

 共闘の礼を言おうと振り返ったクロエルが見たのは、問答無用で刀を振り上げる巨大な異業種の姿だった。

 

 それがユグドラシルでクロエルに初めてできた友、ギルド「アインズ・ウール・ゴウン」最初の九人が一人、武人建御雷との邂逅だった。

 

 

 * * * * *

 

 

「……コキュートス?」

 

 立ち上がりながら、目の前に現れた怪物の名をクロエルが呟く。

 会うのは初めてだった。しかしその容姿は詳しく知っていた。

 彼が、武神武御雷が理想のNPCができたと嬉しそうに語った話をクロエルは今も鮮明に覚えている。

 

「……如何ニモ。我ガ名ハコキュートス。ナザリック地下大墳墓、第五階層ヲ守護スル者」

 

 呟きを拾ったのか、コキュートスが言葉を返す。

 

「自分のことを知っているっすか」

「存ジテオリマス。ダカラココニ来レマシタ」

 

 その瞬間、クロエルの中で全ての事柄が繋がった。シャルティアが語ったアインズという名前――

 

(ああ……)

 

 ――占星千里が予言の中で使った約束という言葉――

 

(……過去が、追いすがってきた)

 

 ――そして、コキュートスがこの場所に現れることができた理由。

 

「……彼は、居ないんすね?」

「……!」

 

 クロエルから漏れ出た言葉に、コキュートスが目に見えて動揺した。表情なき虫の威容が、この時ばかりは小さく、痛ましく彼女の目に映る。

 

「我ガ創造主ハ……未ダニ隠レニナッタママデス。シカシ、何時カ……何時カ!」

 

 声を震わせるコキュートスだったが、続く言葉を呑み込むように一度天を仰ぎ、大きく白い息を吐いてからクロエルを見据えた。

 

「……ナントオ呼ビスルベキカ」

「クロエル。クロエルでいいっす。そして自分たちは敵同士。畏まる必要もないっす」

「ソウ……ソウカ……」

 

 胸を張って立つクロエルとは対照的に、俯き佇むコキュートスには覇気がない。

 

「話シタイコトガ、尋ネタイコトガ、沢山アル」

「聞くなら今っすよ。後数分もすれば自分の隠蔽は解除されるっす……まぁ、コキュートスが来たから位置はもうばれてると思うっすけど」

「私ノ願イガ聞キ届ケラレテイルナラ、仲間タチハ……至高ノ御方ハ動カレヌ。ソウ言伝ヲ頼ンデキタ」

「至高の御方……今はギルド名を名乗っているようっすね。もしかして元の名はモモンガ、そしてギルドに残り続けた最後の一人っすか」

「何故……」

 

 コキュートスの反応を見てクロエルは自分の予想が正しいことを悟る。

 

「ただの予想っす。それより他に聞きたいことがあったんじゃないっすか?」

「…………」

 

 コキュートスは応えない。

 話したいことは沢山あった。しかし実際に会ってみると話す言葉が見つからない。

 己の創造主である武人建御雷とクロエルの関係は()()聞いていたので知っている。それは他の至高の御方さえも知らない、コキュートスだけの秘密だった。

 それが異世界に渡った後、敵という形で相見えるのだからコキュートスの胸中は如何許りだったか。

 

「コキュートス、どうするつもりだったんすか。お前、勝手に一人できちゃったんすか」

 

 事情を察してか少し困ったようにクロエルが問いかける。

 

「戦イガ始マル前ニ、タダ一度ダケ、会ッテミタカッタ。話ヲシテミタカッタ。私ガシタコトハ……至高ノ御方ニ対シテノ背信ダ」

 

 そう言うとコキュートスが持っていたハルバートを突き出し、その穂先をクロエルへと向ける。

 

「故ニ、ソノ罪ハコノ命ト敵戦力ノ情報ヲ以テ贖ウ覚悟。アナタト語ラウ時間ガナイノデアレバ、セメテ剣戟ノ中デ……!」

「……不器用っすね。ほんと、あの人そっくりっす」

 

 これは自殺だ、とクロエルは思った。

 最初から落としどころは決めていたのだろう。等級の低い武器一本で挑んでくるのは落とす遺品の損害を最小限にするため――つまり死ぬことを前提とした装備なのだ。

 

(こんなに慕われて……父親冥利に尽きるんじゃないっすか? 建ちゃん)

 

 姿なき父の影を追う孤児(みなしご)の姿を見つめながら、クロエルは寂しげにそんなことを思った。

 

 アインズの命によりクロエルには見つけ次第討伐隊が送られる予定だった。

 アインズの怒り具合からして対話の余地は一切なく、接触した時点で問答無用の戦闘が繰り広げられるだろうとコキュートスは予想している。

 しかし、己の創造主を深く知る者と話すことなく関係が絶たれてしまうことをコキュートスはどうしても受け入れることができないでいた。

 どんな些細なことでもいい、そこに創造主の残滓があるのなら掴みたいと……それは、コキュートスが初めて持った我儘な感情だ。

 

 だが、アインズへの忠誠心もまた本物。

 現当主への忠義と消えた創造主への思いの狭間で揺れ動き、この怪物は一体どれだけ苦悩したのだろう。

 

 クロエルと創造主の繋がりは秘密であることから再考を願い出ることは難しい。

 ならばどうすると考え続け、最終的に行き着いたのがコキュートス単機による独断専行だった。

 嘆願書をしたため部下に預けてクロエル元へと先行。時間の許す限り語り合ったのちは戦いを挑み、クロエルの戦闘に関する情報をできるだけ集めて果てるつもりだった。嘆願書に記した内容を読み承諾してくれたなら、アインズはこちらの戦闘には参加せず、魔法による遠方からの観戦に留めてくれるはずだからと。

 

 しかし、浅慮だったとコキュートスは自嘲する。

 最早クロエルは戦う準備を整え、隠蔽を解除する目前まで来てしまっていた。そして、アインズは仲間たちには慈悲深くも、シャルティアを抱きながらのあの苛烈さを思い返してみれば裏切り者である自分の願いを叶えてくれる望みは限りなく低いと今更ながらに思う。

 

 クロエルと語らうこともできず、ナザリックに帰ることも叶わない。

 ならば、コキュートスに残された道はもう戦うことだけだ。

 

(願ワクハ、一度ダケ――)

 

 

 * * * * *

 

 ナザリック地下大墳墓、玉座の間。

 

 最奥の玉座にはアインズが鎮座しており、その下には以前集った階層守護者の面々が――いや、一人コキュートスだけが居ない――跪き、沈黙を守っている。

 

 跪く中には新たな顔ぶれもあった。

 一人は黒い喪服を着た裸足の女。腰下まで伸びる黒い長髪が、今は跪いているため地面に触れてたわんでいるが、そのため前髪に隠されていた顔が僅かに覗いており、そこに皮膚はなく剥き出しとなった表情筋が痛々しく浮き上がっていることが見て取れる。

 ニグレド。それがその女の名であり、その容姿からは想像し難いがアルベドの姉にあたる存在だった。情報収集系の能力に特化しており此度のクロエル探索の任も務める優秀なNPCである。

 

 二人目は黒い長髪に白い着物姿の女性。肌こそ青白く人のものではなかったが美しい顔立ちをしている。

 跪く、というよりは和式作法の最敬礼を示す座礼の型を取っている女の顔は沈痛であり、身体は小刻みに震えていた。

 彼女に名はない。種族名でいうなら雪女郎(フロスト・ヴァージン)といい、本来ならば配置されたナザリック第五階層より外に出ることのない傭兵モンスターのはずだった。

 

 この二人を加えた玉座の間は未だ静謐が漂っており、唯一玉座に座るアインズの元から彼のローブの裾がひじ掛けを擦る音と、手に持っている手紙のような物が彼の指の動きに合わせて僅かに曲がる小さな音だけが響いている――

 

 ――と、グシャリとアインズの手に持たれた手紙が握り潰される音が響く。

 

「……馬鹿野郎が」

 

 アインズの呟きが玉座の間に嫌に大きく響き、その怒気を孕んだ声音にシモベ達が思わず身じろぐ。

 

 彼が読んでいた手紙は、コキュートスが直属の部下、雪女郎に託したアインズ宛の嘆願書だった。

 内容は謝罪から始まるものだった。訳あって独断専行に走る勝手な自分を許してほしい、この手紙を託した雪女郎には何の責もないので許してほしい、自分と怨敵との一騎打ちを見届けその情報を役立ててほしい、この罪は己の命を以て(そそ)ぐ覚悟なので、どうかこの願いを聞き届けてほしい――大凡、そのようなことが書いてあった。

 

 アインズが玉座に座ったまま雪女郎を睨みつける。

 未だ深い座礼の姿勢を取っているため顔は見えないが、その身体は小刻みに震え続けている。その震えは恐怖のものか……いや、懇願だろう。

 

 この雪女郎もまた、アインズに嘆願書を届けてすぐにコキュートスの願いを聞き届けてほしいと己の命を引き換えにしようとした。傍にいたアルベドが咄嗟に取り押さえなければ彼女は間違いなく自害をしていただろう。

 その事実を思い出しアインズは苛立ちを募らせていた。

 

(どいつも、こいつも……‼)

 

 どうして、分かってくれないのか。

 アインズは、そんなことを願ってはいない。たとえ復活できるとしても、仲間たちの、子供たちの死など見たくはないのだ。

 どうしてこうも思いは一方通行なのか、どうしてそんな容易く自分の命を軽んじられるのか、どうして誰も分かってくれないのか――

 

 ――どうして、自分はこんなに孤独なのか。

 

 アインズの身体が発光し、精神の高ぶりが抑制されていく。

 それに合わせて彼は嘆願書を自らのアイテムボックスに収納してから天を仰ぐと、しばし瞑目した後にゆっくりと視線を下ろす。

 

「面を上げよ」

 

 アインズの号令によりシモベ達が一斉に顔を上げる。

 皆、緊張の面持ちをしていた。そんな彼らの顔を一つ一つ眺めてから、アインズは肩の力を抜き背もたれに身を預けズルズルと腰を沈めていく。

 右手で頬杖を突き、左手の人差し指は預けたひじ掛けの先端をコツコツと何度も叩く。

 

 それは大凡、常に支配者然としているアインズにしては珍しい気の抜けた態度だった。

 皆が目を丸くしながらその様子を伺っていると、アインズがぽつりと言葉を漏らす。

 

「……コキュートスの奴め、家出をしたようだぞ」

「は?」

 

 それは誰の反応だったのか、普段なら不敬だと罵られる場面であるが誰もそれに気を止める様子はなくポカンとアインズのことを見ていた。

 

「はぁ。全くあの()鹿()()()め、何をいじけているんだか……とはいえ心配なのは確かだ。ここは()()()()で迎えに行ってやるとしようじゃないか、なぁデミウルゴス?」

「!」

 

 アインズに話を振られてデミウルゴスの思考が高速回転し始める。

 アインズの突然の戯れに一体どういう意図が込められているのか? すぐに考えられるものから並べていけば一つ目はアインズの怒気によって重くなったこの場の空気の緩和だろう。至高の御方たちの怒りとは自分に向けられたものではなくともただそれだけで恐怖なのだ。慈悲深き御方であればそのことを顧み、場を和ますために戯れに興じることもあるかもしれない。

 二つ目は士気の向上。先ほどアインズはデミウルゴス達のことを指して「家族」と言った。シモベ達にとって神の如き存在であるアインズにそのような評価を下されたのであれば、それは正に天にも昇るような至福の福音となるだろう。現にここに集うシモベ達の表情には一様に赤みが差し高揚しているのが見て取れる。

 

 ……そして、コキュートスもまたその中の一人だとアインズは断言した。

 

 核はここにあるとデミウルゴスは理解している。

 先ほどアインズが読んでいたコキュートスからの手紙、目を通したのは彼だけでありそれもすぐにアイテムボックスへと収納してしまったので内容こそ分からないが思考の御方を激怒させるような文面であったことだけはデミウルゴスには分かる。

 恐らく、シモベ達には決して見せてはならないような内容だったのだろう。故に家出と称し場を和ませたのだ。

 

 これらの情報から導き出されるものは何か……デミウルゴスが導き出した結論は、やはりアインズ様は慈悲深い、と言うものだった。

 アインズはシモベ達の思考の巧みに誘導している。仮にコキュートスが裏切り者であった場合、その時点でシモベ達のコキュートスへの評価は底辺に落ちることだろう。

 たとえその後に再びコキュートスがナザリックへ戻ってきたとして、アインズが全ての罪を許したとしてもシモベ達の中には決して消えない(わだかま)りが残る。故に、アインズは共犯を作ることにしたのだ、今この場にいるシモベ、全てを。

 

「家族」という麻薬のような言葉で自分たちを多幸感へと導き、思考の隙間に穴を穿いてそこに新たな認識を刷り込ませる……すなわち、家族が一丸となって家出した兄弟を迎えに行くという連帯感だ。

 命令ではなく自主的にコキュートスを迎え入れらとなれば、その時こそは蟠りも生まれず、それどころかシモベ同士での絆も深まり最良の結果を迎えることだろう。そしてなにより、その最初の共犯者としてアインズは他ならぬデミウルゴスを選んでいる。

 

 コキュートスと親睦を深め、誰よりも彼の救済を願うデミウルゴスがその思惑に気付き、協力してくれると確信してアインズは彼に話を振ったのだ。

 何という叡智、何という慈悲深さ――

 

 ――と、そんなことをアインズに話を振られた一瞬で考え付いたデミウルゴスは即座に返答してみる。

 

「そうですね。今頃行く当てがなくて途方に暮れているでしょうし、()()()に絡まれて難儀しているかもしれません。迎えに行ってあげましょうか」

 

 そう言ってデミウルゴスがおどけて見せれば、ぷっと噴出したのはアウラだ。

 

「うんうん、躾のなってない犬は厄介だからね。ここは皆で迎えに行って追っ払わなきゃ」

「きょ、狂暴な犬だったら殺しちゃってもいいですよね?」

 

 アウラが乗っかれば、マーレも杖も握りしめて笑顔で返す。

 

「ふん、身の程を知らない犬ならとっ捕まえてわたしが直々に躾てあげんしょう」

「そんなこと言ってまた噛みつかれて泣いて帰ってくるんじゃない?」

「アウラー!」

 

 シャルティアも参加しアウラと戯れ始めた。

 いい流れだ、とデミウルゴスは思った。唯一アルベドだけが意図を察して不服そうであるが、わざわざこの流れを発つような無粋な真似はすまい。

 

「そうゆうわけで連れ帰ったら説教だ。雪女郎、報告ご苦労だったな。下がっていいぞ」

「アイ――」

 

 雪女郎を咎めなしに返そうとするアインズにアルベドが諫言しようと口を開きかけるが、アインズの一瞥によって口を閉ざす。怒りのない穏やかな眼差しであったが、そこからは如実に「今は黙っていてほしい」という願いが込められていた。

 

 コキュートスの覚悟のために己の命を投げ出そうとしていた雪女郎もまた大人しく退出していく。アインズの雰囲気からコキュートスが悪いようにはならないと感じたからだろう。

 

 当のアインズであるが彼は単純に支配者の仮面が剥がれ落ちて一時的に脱力しているだけである。

 誰も分かってくれないというやり場のない怒りに打ち震えてからの精神抑制による脱力を得て、一時的に全てが馬鹿らしくなって自棄になっているらしい。常であればそんなことも起こらなかったはずだがクロエルの存在に感情から今後の計画まで様々なことを引っ掻き回されたおかげで人間であった頃の鈴木悟の残滓が悲鳴を上げたのかもしれない。

 シモベ達はその様子を好意的に捉えているので何ら問題はないわけだが。

 

「まずは情報だな。ニグレド、コキュートスの探査を頼む。発見したら〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉に映せ」

「はっ、即座に開始します」

 

 やや持ち直したのか姿勢を正したアインズの命令によりニグレドが動き出す。ホラーな見た目とは異なり声は利発的で動きも機敏であった。

 

「発見しました、〈水晶の画面〉に映します」

 

 複数の魔法を行使しながら恐るべき速度で目標を捕捉したニグレドは、頭上に魔法の光を浮かべるとその光を薄くのばしていき円形の鏡のようなものを形成、捕捉したコキュートスの映像をその光に映し出す。

 

「なっ!?」

「あいつは……‼」

 

 〈水晶の画面〉に映し出されたコキュートスともう一人の姿を見て、シモベ達が一斉にざわつきだす。初めて見る人物だったが聞いていた敵の特徴と重なる……クロエルだ。

 

(クロエル! コキュートスめ、どうやって奴の位置を!)

 

 ニグレドの調査能力を以てしても捕捉できなかった彼の者と何故接触できているのか、嘆願書の内容から恐らく探す当てがあるのだろうと予測はしていたが、すでに接触まで果たしているとはアインズも思いもしなかった。

 

 全員が映し出された二人の動向に注目する中、画面の中のクロエルに動きがあった。

 

「!?」

 

 クロエルが、こちらを見ていた。

 全員が身構える中、画面越しにクロエルが大きく深呼吸する。そして次の瞬間――

 

『モモンガァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼』

 

 ――静謐なる玉座の間に、耳に痛いほどの声量が響き渡った。

 

 

 * * * * *

 

 

 ハルバートを構えるコキュートスを横目に、クロエルは虚空を眺めていた。

 恐らく見られている。コキュートスを言が正しければ彼の座標を経由してこちらの姿も捉えている頃だろう。どうせ遅いか早いかの違いなのでそれは構わない。むしろ、丁度いいとクロエルは思った。

 

(帳尻を合わせるときが来たっすか、建ちゃんめ)

 

 まぁ、約束を反故してきたのは自分なのだから仕方がない。

 もう逃げられないのであれば、腹をくくるだけだ。

 

 だからクロエルは叫ぶ。あらん限りの力を以て。

 

「モモンガァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 

 

 * * * * *

 

 

 その声を聞いてアルベドが感じたのは憎しみではなく嫉妬だった。

 もう自分では呼ぶことの叶わないその御名を、あの女は叫んだのだ。

 力強く、堂々と。

 

 何故その御名を知っているのか、プレイヤーだからか、やはりコキュートスが裏切ったのか……それとも、シャルティアが?

 責任の所在がどこにあれ、他の女がその御名を口にするということ自体がアルベドには狂おしいほどに腹立たしい。

 

『もう人の心は残ってないっすか! 人間を見限っちゃったすか!』

 

 そして、そのまま言葉を紡いでいくことも。

 

『仲間に見捨てられたと思ってるっすか! 裏切られたと思ってるっすか!』

 

 訳知り顔で――いや、顔は見えないが――何をいけしゃあしゃあと、とアルベドが歯噛みする。嫉妬の次に浮かんだのはやはり憎しみだった。この女、自分たちを見捨てた他の連中のことを口にしている。そのことで自分の愛する御方がどれだけ傷ついているのか知ってか知らでか口にしている。

 

『寂しかったでしょう、辛かったでしょう! でも()()()()()()()はやり過ぎっす‼ 極端っす‼』

「…………は?」

 

 続くクロエルの口上にアルベドがフンと鼻を鳴らす。怒りのあまりアインズの呟きは聞こえなかったようだ。

 

「アインズ様の計画がそんな些末なものであるわけがないじゃない。やはり人間は愚かね」

「えっ」

 

 映像を睨みつけながら侮蔑も込めてアルベドが口にすれば、アインズの口からまた声が漏れるが誰の耳にも入らない。

 

「全くだね。アインズ様の計画はこの地で宝石箱を手にすること――つまりは世界征服だというのに。人類抹殺程度しか思いつかないとは哀れなことだ」

「ええっ?!」

 

 眉を顰めたデミウルゴスがそう同意すればアインズがさっきより大きめの声で驚きを露わにするが、クロエルへの怒りに燃えるシモベ達の耳には届かなかったようだ。

 

『我が盟友、武人建御雷との約束のため、モモンガ並び階層守護者たちにPvPを申し込むっす! 拒んだらナザリックの威信に関わるっすよ!』

「はぁ?!」

 

 これに真っ先に反応したのはアインズであったが、挑戦状を叩きつけられたシモベ達は気付かない。

 そして、この発言に対して苦虫を噛み潰したような顔をしたのはアルベドとデミウルゴス。

 

(あの女、存外頭が回る……!)

 

 やられた、とアルベドは思った。

 本来であればクロエルなど脅威にならぬ存在のはずだった。以前デミウルゴスが構想したように長期戦になればいくらでもやりようがある。

 しかし、今回クロエルにこちらの目が入ったことを悟られ逆に利用される形となってしまった。声が、アインズに届く環境を構築するべきではなかったのだ。

 

 クロエルの申し出がアインズとの一対一であったなら、今ここに居るシモベ達の全てを以てして止めに入ることができただろう。だが、階層守護者含めという条件が良くなかった。諫言をしてアインズを諫めるに足る難度が格段に上がってしまっている。

 

 ナザリックに最後まで残り、ギルドに心から誇りを持っているアインズにこの挑戦を突っぱねることは難しい。

 アインズ含め階層守護者の参加を許可する好条件のPvPを提示し「拒んだらナザリックの威信に関わる」とまで宣ったのだ。ナザリックの栄誉を誰よりも重んじるアインズが、この挑発を一蹴するなどできるはずがない。

 

 極めつけは武人建御雷の名を出したことだ。

 これもまたアインズにとっては毒だった。去っていった仲間の名を使われれば、未だそれに焦がれているアインズが餌に食いつかないはずがなく、挑発との相乗効果はかつてないものとなるだろう。

 

 それは敵が引き出しうる最高の戦闘環境を見事引き抜いて見せた、見事な策略だった。

 

「……出るぞ」

 

 そう厳かに言ったアインズを、アルベドも、デミウルゴスも、他の階層守護者たちも止められるわけがなかった。

 

 * * * * *

 

「無謀スギル」

 

 言いたいことは言ったといわんばかりに満足げに両手を腰に当てるクロエルを見て思わずコキュートスが呟く。

 

「心配してくれてるっすか? でも乗ってくればこれが最善っす」

「私ヲ斬リ、生キ永ラエル道ヲ模索スルコトモデキタノデハナイカ」

「長きを耐え、忍ぶ道っすか。そんなのごめんっす」

「アクマデ修羅ヲ望マレルカ」

「言っても数刻のことっす。どっちが厳しいかなんて論議るまでもないっす」

「……私ガ少シデモ生キテホシイト願ウコトハ、我儘ナノカ」

「…………」

 

 少しだけクロエルが俯いて、また顔を上げる。

 

「たとえ死んでも、二度と戦いたくないと思わせれば自分の勝ち。勝ちに行くっすよ自分は。コキュートスもこれを見て何時まで舐めプ装備でいられるっすかね?」

 

 そう言ってクロエルが虚空にできた虚に右腕を沈ませる。

 アイテムボックスに手を入れたのだろう。何を出すのかとコキュートスが注視していると、突如、凍てつく冷気をものともしない彼の身体に震えるような感覚が走り去った。

 

「ソレハ……!」

 

 クロエルが虚空から抜き出したのは一振りの大太刀。

 対シャルティア戦で、最も相応しいとしながら使用を躊躇したために終ぞ使われることのなかった最高の一振り。

 

 コキュートスは知っている。

 その刀をではない。その刀が発する神威のような感覚を。

 

「……武人、建御雷サマ!」

 

 思わず出たコキュートスの言葉に応えるように、クロエルがその刀身を鞘から抜き放つ――

 

 

 ――銘は「血吸い」、作は「武人建御雷」。

 桜色の刀身が、怪しき輝きを放ちながらコキュートスを魅了した。

 




クロエル「花乱火の併せから8手で詰み! いいっすね‼」
コキュートス「承知‼」
アインズ「え? え? ……う、ウキー」


 一話でクロエルをギルドに勧誘していたのは武人建御雷さんでした。
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