鋼の鬼   作:rotton_hat

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呪詛を吐く者

 日が傾き始めた。

 

 アインズが〈飛行(フライ)〉を唱え一気にクロエルから距離を取ると、アルベドの背後へと着地。力強く腕を振るいマントを翻した。

 

「コキュートス、装備を整えろ! 前衛は任せたぞ!」

「アインズ様?! シ、シカシ」

 

 アインズの命令に戸惑ったのはコキュートス。

 前衛を任せる、その大任に歓喜はすれどもコキュートスは逡巡に身を竦ませる。一度至高の御方を裏切った身の上にナザリックの装備を使う資格が果たしてあるのかと、生きてほしいと思ってしまったクロエルに対して剣に迷いを乗せずにいられるのかと――

 

「コキュートス! ナザリックが威を示せ!」

 

 ――しかし、アインズの鬨の声に――

 

「コキュートス! お前が正しく建ちゃんの子であると自分に証明してみせるっす!」

 

 ――発破をかけるクロエルの声に、コキュートスは再び己を奮い立たせる。

 これほどの激励を受けて、迷い晴らせずや何が武人かとあらん限りの咆哮で応えて。

 

「…オォォオオオオオオオオオオ‼」

 

 コキュートスの身体にショートカット登録されていたのだろう装備が纏われる。

 金を基調とした円盤型のネックレスに手甲、白銀の足輪、そして右の前脚に握っていたハルバードより等級の高いものへと持ち替える。

 

「馬通ラバ馬ヲ斬ル!」

 

 そして右中脚には刀を――

 

「人ガ通ラバ人ヲ斬ル!」

 

 ――左前脚にメイスを――

 

「鬼ガ通ラバ、スナワチ――」

 

 ――そして残った左中脚にブロードソードを握ると、コキュートスは右中脚に握っていた刀、武人建御雷が作「斬神刀皇」の切っ先をクロエルへと向ける。

 

「――鬼ヲ、斬ル!」

 

 迷いを断ち切り、武器を構えて駆けだすコキュートス。

 敵戦力の強化。しかし彼の姿を見てクロエルはいっそ誇らしげに胸を張ってから同じく駆けだした。

 

(でも、まずは手数を減らすっす!)

 

 迫るコキュートスに向かってクロエルが針型手裏剣を投げる。

 即応でメイスを振るいそれを打ち落とすコキュートスだったが頭上を通り過ぎていく飛来物を察知して不覚を悟る。

 

(本命ハ背後デアッタカ!)

 

 仲間たちのいる背後の状況が気になったが、すぐに思考を切り替えコキュートスは前衛としての仕事に集中する。何を投げたかは分からないが他の守護者たちが対処してくれる、そう信じて。

 

(えい)っ!」

「ヌッ」

 

 剣の間合いに到達したクロエルが振るった袈裟斬りをコキュートスは返し手で振り上げたメイスをもって受ける――

 

(ナンタル膂力!)

 

 ――大凡人間種とは思えない怪力がコキュートスの左前脚に伝わり、脚一本では不利と見てすかさず押し込まれてゆくクロエルの刀に左中脚に握るブロードソードを指しこみ逆に押し返す。

 鍔迫り合いになるかと思いきや力の拮抗はすぐに解かれた。クロエルがコキュートスの圧力を腰の捻りによって上半身を横に半回転させることで背後へと流し、その瞬間に彼の左手を抜けて一気に走り出したのだ。

 コキュートスが背後に振り替えれば眼前にはまたしても飛来する針型手裏剣。

 走りながら、恐らく振り返りもせず投げ付けられたそれをコキュートスは咄嗟にメイスで弾くが、そのせいで出遅れ走るクロエルとの距離が開いていく。

 メイスを顔から離し、走り出したコキュートスの視界にクロエルの後ろ姿とその先に広がるピンク色の煙幕が映った。仲間たちの姿が、その煙幕に覆われ見えなかった。

 

 

 * * * * *

 

 

 コキュートスの頭上を通り過ぎて飛来した物体に即座に反応したのは「野伏(レンジャー)」としての能力を数多く獲得しナザリックでも随一の目の良さを持つアウラだった。

 アウラの持つ武器は紐鞭であり、攻撃力こそ低いもののその射程距離と目標までの到達速度は今いる階層守護者たちが持つどの武器よりも優れているだろう。

 その鞭が、迫りくる飛来物を打ち落とそうとアウラによって振り上げられる。

 

「このぉ!」

「待て、アウラ!」

 

 アインズを守るために攻撃を開始したアウラであるが、当のアインズから待ったがかかる。しかし、守護者たちの能力を上げるためにバフを掛けながらの忠告は遅く彼女の鞭は既に飛来物へと直撃した後だった。

 パンッ、と乾いた破裂音が響き砕けた飛来物の中から大量のピンクの煙が発生する。これはクロエルが漆黒聖典との戦闘時に使用した「煙玉」と同じものであり、間違いなく後衛の目と喉を潰すために投げられたものだった。

 

「息をせず目を閉じていろ! 〈魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)衝撃波(ショック・ウェーブ)〉!」

 

 苦痛ある肉体を持たないアンデッドのアインズがこれに対処し煙を吹き飛ばすが、それでも幾らか目や喉に入ったのかアウラ、マーレ、アルベドの三人が口や目を抑えて咳きこんでいる。

 煙はすぐに散らしたので回復は早いはずだと、それまでの時間を稼ぐためにアインズが守護者たちの前に出る。こちらに走るクロエルを視界に捉え……そして途中で立ち止まり、左の人差し指と中指を口元に立て何事かを呟き始めたその姿に警戒を露わにする。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉!」

 

 アインズの持つ魔法の中でもトップクラスの破壊力を持つ魔法がクロエルに向けて放たれる。空間が切断されクロエルの肩口から血が噴き出すが、それでも構わずクロエルはその場に佇んだまま何事かを呟くことを止めない。

 

「〈魔法最強化・現断〉!」

 

 再びクロエルの身体から血が噴き出すのと同時に呟きが終わり、アインズは己の身体からごっそりと何かが抜き出されるのを感じた。

 

(なんっ……!)

 

 それは不思議な感覚だった。能力の低下を感じないことからデバフではない。

 ただ、とてつもない喪失感と共に心が軽く――まるで救われたような感覚に陥りアインズは困惑した。

 

(何だ、俺は今一体……何を失った?)

 

 他の守護者はとアインズが見渡せば、皆一様に戸惑い胸を押さえているのが見て取れて全員が同じ状態にある事が理解できた。

 そして、何かとても不吉なものを抜き取られたのだと、守護者たちの身体を離れクロエルへと集まっていく黒煙を見て思う。

 

 

 * * * * *

 

 

「……よくもっ」

 

 普段のデミウルゴスからは想像できないほどに、怒気を孕んだ呟きが口から洩れる。

 彼は戦闘開始時に上空へと昇り「煙玉」の効果から逃れていたようだが、先のクロエルの正体不明の攻撃は受けてしまったらしい。上空より俯瞰して見れば誰もが多かれ少なかれあの黒煙を身体から吸い取られている。一番多いのはアインズ、次点でデミウルゴスと言ったところだろう。

 

 デミウルゴスはあの黒煙の正体に気が付いている。同じ悪魔系の異形種であるアルベドも気付いているだろう。

 アインズはこれを抜き取られた時、喪失感のほかに救いを感じていたがデミウルゴスが感じたのは屈辱だった。決して奪われたくないものを奪われたが故に怨嗟の声を漏らしもした。そして、あれを使われるのは非常に良くないと危機感を抱いている。

 

 故にデミウルゴスは黒煙に包まれつつあるクロエルへと突貫する。その両腕を徐々に肥大化させながら。

 

「〈悪魔の諸相:おぞましき肉体強化〉! 〈悪魔の諸相:豪魔の巨腕〉!」

 

 身体能力を一知的に向上させるバフと腕を巨大化させるスキルの両方を使いながら、落下の勢いそのままにクロエルの刀を掴む右腕を取りながら着地する。

 アインズの強力な魔法を二連続で受けた苦痛によって回避を取れなかったクロエルが抵抗を試みるが、デミウルゴスもまた絶対に放すものかと彼女の籠手が軋みを上げるほどに握りこむ。

 

「このっ」

「今だコキュートス!」

「承知!」

 

 未知の攻撃を受けながらも怯まずクロエルへと接近を続けていたコキュートスが絶妙のタイミングで間合いに入り、全ての武器を振るおうと四つ脚を開く。

 しかし次の瞬間デミウルゴスの両手に異変が起きた。握り絞めていたクロエルの右腕の感触が突如なくなり空を掴む。驚いてデミウルゴスがクロエルを見やれば、彼女が右肘を目一杯に引いて腕を引き抜いている姿が見て取れた。

 刀と籠手が装備されていたはずの右腕が今は傷だらけの素肌を晒し、握り拳を作っていることでデミウルゴスは相手が何をしたのか理解する。事前に拘束される事態を想定して、各部位の装備を外した状態の装備セットを事前にショートカット登録していたのだろう。装備を解除し、籠手が消えた僅かな瞬間に生じる隙間を利用しデミウルゴスの拘束から抜け出したのだ。

 そして肘を引き絞り、拳を作ったクロエルの右腕に再び籠手が装備された瞬間――

 

「チェリオオッ!」

「がふっ!」

 

 ――文字通り、鋼の拳がデミウルゴスの眉間を打ち抜いた。

 

「オオオオオッ!」

「〈玉鋼〉!」

 

 それと同時に背後から迫る四つの攻撃を、スキルを使い弾き返す。

 

 背中に響き渡る金属の衝突音と拳に伝わるガラスが砕ける様な感触を感じながら、正面で倒れこんだデミウルゴスをクロエルが一瞥する。デミウルゴスの眉間は肉が弾けてピンクの肉を露出させていた。それに加え砕けたメガネの破片の幾つかが瞼や頬に突き刺さり鼻からは出血、宝石でできた双眸は眼窩の奥で砕けたらしく、涙滂沱の如く血が滴っている。

 暫くは動けない、そう判断してすぐさま反転しコキュートスへと向き直ると、全力で打ち込んだが故の反動に未だ態勢を立て直せぬその足元へと針型手裏剣を投擲。〈影縫い〉の効果をもって彼の足を止め、左人差し指と中指を立て口元に寄せると言葉を紡ぐ。

 

「〈犬神の型〉」

 

 

 クロエルはソロプレイヤーである。

 やれることは全て自分でやらないと基本ソロプレイヤーとは成立しない。彼女の戦い方からしても刀一辺倒ではなく状況によっては忍術、体術なども駆使していることから様々な職業(クラス)を獲得していることが見て取れる。

 故にクロエルは少しだけ魔術師系列の職業も齧っている。

 戦術に組み込むためではない、自然治癒力を高め体術の幅を広げる職業「坤道(こんどう)」の取得条件として体術に加え魔術系の職業が必要だっただけだ。

 選んだのは「呪術師」。魔術に加え毒に関する薬術も覚えられることが彼女の忍術系スキルと相性がいいことで採用されるに至った。

「呪術師」が選ばれたのは取捨選択の上に成り立つ必然であったが、この選択が後に偶然の産物を生み出す材料になるとはクロエルは思いもしなかった。

 

 職業「呪顛童子(しゅてんどうじ)」。

 毒や呪に関するスキル、すなわち外法の類を覚えていることに加え、自分を殺した相手(PK)を一定数倒すことで得られる職業「復讐者(リベンジャー)」の取得、そしてレベル90まで怨みの連鎖を維持する……つまるところPKとPKKの報復合戦を定期的に行うことで取得が可能となる珍しい職業だった。

 

 しかしこの職業、取ったはいいが覚えるスキルがどれも使いにくいものばかりで、強力な呪いを行使できる反面デメリットとして呪いの一部が必ず自分に帰ってくる上、失敗すると対象への効果が二倍になって自分に降りかかるというのが殆どだった。

 そうした理由もあってこの職業のスキルを積極的に戦術に取り込むことはしなかったクロエルであるが、その中で一度きりと割り切れば比較的使いやすいスキルも存在した。

 

 スキル〈怨摩羅鬼(おんもらき)〉。

 範囲攻撃。影響下にある敵対者の「罪人値」を吸い上げるスキル。

「罪人値」は「カルマ値」によって初期値が決まっており、そこから善行、悪行のいずれかを行うことで数値が増減するシステムの一つである。善行を積むほど数値は減っていき、悪行を積むほど数値は増えていく。

 吸い上げられた「罪人値」は黒煙となって詠唱者の周りに集まっていき、これを力として行使できるようになるのが〈怨摩羅鬼〉というスキルだ。

 一度吸われた対象者の「罪人値」は悪行を繰り返さない限り元には戻らないので、ほとんどの場合同じ対象に二度と使うことのない一回限りのスキルである。

 有体に言えば、強制的に免罪し真人間にするスキルなので悪魔あたりは使われれば激怒することだろう。

 

 クロエルはこのスキルを使った。

 そして、それに続いたスキル〈犬神の型〉。これは集まった黒煙に対し形を形成させるスキルである。

「犬神」は呪術において犬の首を用いて作られる呪物の名称である。故にそれ象られる姿は……宙に浮かぶ、二メートルは優に超えようかと言う巨大な犬の首だった。

 

 皮膚病に侵されているだろう灰色の不浄な毛並みは所々に禿げ、切断された首からは腐った血を滴らせ、眉間や鼻根部に深い皴を刻みながら黄ばんだ牙を剥き出す怨みの形相凄まじく、口端からは血泡を吹き、くわと見開かれた白濁の(まなこ)は恨みがましく虚空を睨む。

 

 権化した不浄の首に、クロエルが刀で指して道を示せば、それは正しくその導きに従い咆哮と共に――アウラへと襲い掛かった。

 

 

 * * * * *

 

 

 クロエルの当面の目標は「相手の手数」を減らすことにある。

 一対多なのだから当たり前のことだ、しかし一太刀で倒せるほど甘くはないのでとりあえずは戦力を分散させるべく援軍を呼ぶことにした。

 

(もうちょっと集まると思ったんすけど)

 

 思ったより成長しなかった犬神を一瞥しながらクロエルはそんなことを思う。

「罪人値」を多く持っていたのはアインズとデミウルゴスの二名だけで他の階層守護者からはそれほど集まらなかった。恐らく設定は極悪でも外に出て本当に悪事を重ねるということをあまりしていないのだろう。その点アインズは大したもので、流石はPKギルドのギルド長と言ったところだった。

 

 犬神にアウラを狙わせたのは「煙玉」を打ち落とした武器を見ての判断だった。

 使用する武器が鞭であるからして調教師に準ずる職業、ビーストテイマーを取得している可能性が高いと考えモンスターを呼ばれる前に倒すことにしたのだ。

 犬神は執念深い。「罪人値」とは要するにどれだけ他者に怨まれているかを表す指標にもなりうる。その怨みの化身たる犬神は、一度対象者が定まればその者を怨みの元凶と言わんばかりに執拗に攻撃し続ける。他のものから受けたヘイトなどお構いなしに。

 

(守護者たちの連携を考えれば、あの娘は犬神に任せて大丈夫そうっすね)

 

 そしてクロエルはこの短い間に敵の連携の拙さを看破していた。

 この世界に来て初めて自主的に動き出したNPC達は圧倒的にパーティ戦での練度が足りていない。この世界で実践を積ませるようにも手頃なレイド級のボスを見つけるのは難しいことであるし、実際には近場にザイトルクワエという巨大なトレントが生息しているのだがまだ発見できていないのだから活用しようがない。

 連携とは事前に大まかな役割を決め、実践で培いやがて阿吽の呼吸で行うものだ。一朝一夕でできるはずもなくアインズが即興で指揮に転じても後手に回るのは目に見えている。

 

 シモベを死なせたくないアインズと、連携の覚束ないシモベ。

 せいぜい足を引っ張りあえばいい。コキュートス以外に特に思い入れのないクロエルの思考はどこまでも冷徹だった。

 

 

 * * * * *

 

「―――――!」

「お姉ちゃん!」

 

 マーレが悲鳴のような声を上げながら姉を呼ぶ。

 しかしそれに応えは返ってこない。アウラは今、頭から胸辺りまで犬神の口の中に納まり、噛みつかれたまま引き回されているから。

 犬神が狂ったように頭を振り、地面を転がり、己の顎を地面へと叩きつける。その度に巨大な牙がアウラの胸や背中に食い込み、血を噴き出させていた。

 マーレとアルベド、アインズが幾度となく攻撃を打ち込むが、それにも構わず犬神のヘイトは一切他のものに向くことがない。まるでアウラに異常なまでの怨みを抱いているようだった。

 

 ぎりり、とアインズ震えながら歯噛みする。

 そして何か決断したのか、すぐにマーレとアルベドに指示を出した。

 

「マーレ、アルベド。アウラが()()()()()()()最大火力の攻撃を叩きこみダメージを蓄積させろ。私はクロエルの相手をする。やれ!」

 

 その命令に二人の守護者は悲痛に顔を歪めながら了承する。アウラを切り捨てる決断をしたアインズの心中を慮ってだろう。

 

(……クロエル‼)

 

 アインズが精神抑制の光を何度も瞬かせながらクロエルに向き直る。

 コキュートスを相手に激しい剣戟を奏でている。それに向けてアインズは手を翳すと魔法を詠唱し始める。

 

「〈心臓掌握(グラスプ・ハート)〉」

 

 見えない魔力の手がクロエルの心臓を握り潰そうと力を籠める。その瞬間、クロエルが硬直しコキュートスの攻撃によって吹き飛ばされた。

 

(デミウルゴスは生きているようだが深手を負ったか。再起してからどうするか、連携のなってない今では魔法を使った攻撃はデミウルゴスには難しいだろう…フレンドリーファイアがあるからな。ならば悪魔の諸相で接近戦……いや、コキュートスの邪魔になるか?)

 

 思考しながらアインズは魔法を撃ち続ける。

 幾度となくやってきたパーティー戦の経験があればコキュートスに合わせて攻撃することは容易だ。しかしクロエルもまた熟練者、容易には的になってくれない。

 アインズのヘイトがこちらに向くや否や、射線上にコキュートスが置くように立ち位置を調整しながらの戦闘に移行。ならばとアインズも〈飛行(フライ)〉を使って上空へと昇り攻撃を再開する。

 コキュートスの猛攻を捌きながら、時折こちらに向かって牽制の〈飛翔閃〉と飛ばしてくるクロエルの技術にはさしものアインズも舌を巻いた。

 

(これほどか!)

 

 均衡は、まだ崩れない。

 

 

 * * * * *

 

 

(やっぱりモモンガが厄介っすね!)

 

 コキュートスの攻撃を捌きながらクロエルが煩わしそうに上空に向かって〈飛翔閃〉を放つ。ギリギリで躱されたそれにクロエルは内心舌を打ちながらコキュートスとの打ち合いも続ける。

 コキュートスから距離を取るわけにはいかない。彼はクロエルにとって敵でもあり盾でもあった。距離が近いうちは誤射を恐れてアインズの魔法も連続では飛んでこない。しかし距離を取った瞬間、雨のように魔法が降ってくるのは間違いないだろう――

 

 ――と、そこでコキュートスが後ろへと飛んだ。

 

「〈玉鋼〉!」

 

 同時にクロエルが叫び、攻撃を弾いた際の衝撃が彼女の首筋を打つ。

 飛んできたのはアインズの〈現断〉による斬撃だ。恐らく〈伝言(メッセージ)〉で指示を出しタイミングを合わせて放ってきたのだろう。クロエルは冷や汗をかきながらまたアインズへと牽制の〈飛翔閃〉を放ちコキュートスへと突撃する。

 

「ヨク動ク!」

「動かなきゃ死ぬんすよ!」

 

 コキュートスの突き出した刀の剣の腹に裏拳を当て軌道を逸らすとクロエルはさらに踏み込む。見た目に沿わず、コキュートスの四刀流は流麗だ。いや、四刀流だからこそ流麗にならざるを得なかったと言うところか。腕――彼の場合脚か――が四本あれば単純に手数が増えるとはいかない、上下に脚が隣接するということはそれぞれの脚が攻撃のさい接触しないように気を付ける必要があるためそれぞれの可動範囲は自ずと限定されるし、また左右それぞれの脚から放つ攻撃同士が衝突しないようにこれも制御しなければならないとなればその操作性たるや複雑怪奇の極みだろう。手数が多いということはそれだけ手間が増えるということなのだ。

 

 己の脚同士が邪魔にならないよう流れるように使う脚を切り替えるコキュートスの攻撃は苛烈だ。打っては次が、打っては次がと矢継ぎ早に放たれる攻撃は大凡人間種には再現不可能な速度だろう。

 しかしクロエルはその攻撃を捌く。時たま被弾しながらも致命傷は免れており殆どの攻撃を防いで見せている。

 

「そこ!」

「グウッ!」

 

 左中脚による横凪のブロードソードの一撃を右肘で打ち弾き、さらに頭上に振ってくる左メイスの一撃もそのまま右拳を振り上げ手首を打つことでまた弾き、振り下ろすことで右手に握っていた刀が袈裟形にコキュートスへと襲い掛かる。

 流れるような二連打からの咄嗟の斬り返しだった故、腰の入っていない一撃であったがコキュートスの胸に斜め一閃の亀裂が入り血を流す。

 

(実直な剣……だから読みやすいっす!)

 

 コキュートスの攻撃はパターン化されている。脳の処理が追いつかないのか、さすがに四本の足をそれぞれ別の生き物のように動かし変幻自在に攻撃を繰り出すとまではいかないようだ。ある程度この攻撃の次はこれ、またはこれ、と言うようにパターンを決めおくことで流動的に攻撃する手段を確立しているようだった。

 故にクロエルは打ち合えた。そして徐々に動きも最適化され始めている。

 

「……見事ナ剣! 見事ナ技ヨ!」

 

 そのクロエルの姿に、コキュートスは歓喜の声を上げる。

 彼はクロエルとの戦いを通して武人建御雷の姿を見ていた。創造主と何度も剣を交えたであろう彼女の剣技を介して、コキュートスは武人建御雷の新たな一面を知れたような気がした。クロエルも同じくかつて武人建御雷が語っていたコキュートスに纏わる思い出話に鮮明に色がついて行くようで心が躍っていた。

 それは言葉なき会話だった。剣を交えることでしか叶わぬ神聖な会話だった。

 

(モウ少シ、今少シ――)

 

 何度も切り結び、互いの身体が傷ついていく。

 しかしクロエルの方が一枚上手か、今やコキュートスの全身は刀傷によって血まみれの(てい)となっている。

 

(――コノ時間ヲ)

「〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 

 剣戟の間に第三者の声が響きコキュートスの視界が暗転する。

 デミウルゴス――そう声の主に呼びかけようとしたときにはコキュートスの身体は別の場所へと転移させられていた。戦場から離れたわけではない、現に遠目にはクロエルと彼女を背後から羽交い絞めにするデミウルゴスの姿が見えていたのだから。

 

「アインズ様!」

 

 砕けた瞳から未だ血涙を流すデミウルゴスが叫べばクロエルが抵抗をし始める。

 装備を切り替え両手に握った逆手の小太刀をデミウルゴスの脇腹へと突き刺せば、彼は血を吐きながらも尚離すものかと抱擁に力を籠める。

 

「アインズ様! 勝利を‼」

 

 血を吐きながら叫ぶデミウルゴス。

 止めを刺そうと、再度小太刀を振り上げるクロエル。

 

 走り出そうとして、コキュートスは光を見た。

 

 〈失墜する天空(フォールンダウン)〉。

 アインズの使う超位魔法による破壊の輝きが、クロエルとデミウルゴスを中心にして爆ぜた。

 




昔:グ〇ーヴァス将軍のライトセーバー戦もうちょっと見たかったなぁ。

今:そうか、四刀流の殺陣は作るの大変なんだ。
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