鋼の鬼   作:rotton_hat

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神炎の落日

 顔が熱い。

 眼窩の奥が激しく痛み、頭蓋の奥で何かが広がっていくような感覚と共に、やがて堰を切ったように目や鼻の奥から液体が飛び散りデミウルゴスは激しく咳き込む。

 

 血だ。そう理解して……そう理解できるまで随分と時間がかかったことに彼は自嘲する。

 

(知恵者が聞いて呆れる)

 

 顔を打たれた衝撃からか、思考が思ったように纏まらない。

 眼球は砕かれ、すでに視力は失ったにも拘らず網膜にいくつもの光が狂ったように点滅する感覚にはデミウルゴスも堪らず吐き気を覚えた。

 ただダメージを受ける感覚のみが存在したあの頃とは、随分と法則が変わってしまったものだと驚嘆する思いだ。

 

 ――ああ、違う。そんなことを考えている場合ではないのに、思考が移ろう。

 

(これで終わりなのか、私は)

 

 違う、とデミウルゴスは己を叱咤する。

 目が潰された程度で何だというのだ、まだその五体は動いている。痛む頭で揺れる思考を必死に押さえつけながらデミウルゴスはこれから成せばならないことを考え続ける。

 

 そして、デミウルゴスはアインズに〈伝言(メッセージ)〉を繋げた。

 己の覚悟を示すために、怨敵を討たんがために。

 

 超位魔法がその身を焦がしたのは、それから間もなくのことだった。

 

 

 * * * * *

 

 

「はぁああああああああああ!」

 

 アルベドが裂帛の意気ともにバルディッシュの巨大な斧頭を振り下ろす。

 アルベドの位置は犬神の頭上。振り下ろされた斧頭は犬神の眉間へと食い込むが、なおも暴れようと犬神はもがこうとし、その動きをマーレの魔法で生み出された巨大な木の根により地面に縫い付けられ阻害される。

 

 アウラの姿はもうなかった。暫くは犬神の口から漏れ出た足をバタつかせていたが、やがてそれも止まり光の粒子となって消えてしまった。

 

「ああああああああ!」

 

 アルベドが何度目かの斧頭を叩きつければ、犬神が一際強く痙攣し遂に黒い煙となって消滅する。

 足場を失ったアルベドがバランスを崩して背中から地面に落ちれば、マーレが心配そうに駆け寄ってきた。

 

「だ、大丈夫アルベド?」

「ええ、平気よマーレ」

 

 立ち上がったアルベドとマーレが互いを見つめる。

 お互いボロボロだった。アルベドのスーツアーマーには所々亀裂が入り取り付けられていた追加装甲の全てが剥がれ落ちた状態になっており、マーレは土埃や擦り傷であちこちが汚れている。

 

「ごめんなさい、ボクが……」

「やめなさいマーレ、あなたは階層守護者としてすべきことをしたのよ。俯くのではなく胸を張りなさい」

 

 厳しくも誇れと諭すアルベドにマーレの杖を握る両手に力がこもる。

 アルベドのダメージには犬神だけではなくマーレから受けたものもある。

 マーレは気弱な見た目に依らず階層守護者での強さの序列は二位であり、広範囲殲滅魔法を得意とする戦闘特化のNPCだ。しかし範囲攻撃を主軸とした戦闘スタイルであるためフレンドリーファイアが解禁となったこの世界では一番連携に苦労しているようだった。

 防御特化にして自分の受けたダメージを一日に三回だけ装備している防具に肩代わりさせるスキルを持つアルベドとは相性がいいのだが、だからといって味方を巻き込んでの攻撃にはマーレも思うとこがあったのだろう。

 

「アインズ様も覚悟をなされているわ。私たちも最善をつくさなくては」

 

 そう言ってアルベドがマーレから視線を外せば、それに倣ってマーレも彼女と同じ方向を見る。

 

 噴煙が吹き荒れていた。

 アインズの放った超位魔法〈失墜する天空(フォールンダウン)〉の跡だ。爆心地は近く、その余波による衝撃と風圧が今この時も二人の全身を通り過ぎていく。

 

「二人とも、よくやった」

「アインズ様!」

 

 空から降りてきたアインズが二人前に立つと労いの言葉を掛ける。

 咄嗟に跪こうとする二人を制するようにアインズは手を翳してから爆心地を睨む。対するアルベドとマーレは翳されたアインズの手の平を見つめ……己の無能を恥じた。

 アインズの手は震えていた。悔やんでいるのだ、自らの手でデミウルゴスを犠牲にしたことを。

 

「アインズ様……」

「まだ終わりではない。課金アイテムも使って咄嗟に放ったが恐らく削り切れていないだろう……油断するな」

 

 そう言われればアルベドとマーレの二人もまた気持ちを切り替え噴煙の上がる大地を睨む。

 コキュートスが先行して爆心地へと走る姿が見え、アルベドが逡巡した。進むべきか、このままアインズの守護者として居座るべきか――

 

 ――と、噴煙の中から四つの影が飛び出してきた。

 クロエルとは違う、歌舞伎の黒衣(くろご)の衣装に身を包む集団だった。

 

「あ、新手です!」

「違う、恐らくは影枝分身の術だ! 姿は偽装、力は術者の四分の一程度、本体の位置は不明、各個撃破せよ!」

 

 マーレの報告をアインズが訂正し、矢継ぎ早にその情報と命令を行う。

 向かってくる黒衣は三体。一体はコキュートスに正面からぶつかっていき、残りがその横を通り過ぎるようにしてアインズたちへと向かってくる。

 

「マーレ!」

「はい! 〈大地の大波(アース・サージ)〉!」

 

 アインズを後衛としそれを守るようにアルベドがバルディッシュを構えれば、その傍らに立つマーレが広範囲魔法を発動させる。

 マーレの前方で大地が波のようにうねり、その規模を徐々に広げながらやがて津波のようになって黒衣たちを襲うが、三体のうちの一体が波間を潜るようにして突破してくる。

 

「ひ、一人突破しました!」

「〈魔法無詠唱化(サイレントマジック)万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)〉」

 

 マーレの声を聞きながらアインズがすかさず雷系の最上位魔法を撃ちこむが、黒衣はそれすらもひらりと躱し突撃を再開してくる。

 

(本体か、ブラフか……)

 

 影枝分身の術で生成された分身は術者よりも能力が劣るものの、唯一回避能力だけは割いた魔力の量に比例して増える仕様となっている。

 クロエルより足が遅く、しかし魔法を回避してみせる様は魔力を多めに注いだ分身体のように思える。だがそれが本体による演技だった場合、間合いに入られたとき手痛い反撃を受けることになるだろう。

 

(いや、狙いは一貫して分断か)

 

 コキュートスと分断されてしまったのは間違いない、ともすれば本体は孤立した彼と戦闘している可能性が高いだろう。

 

 これ以上の犠牲は看破できない。

 あとは時間との勝負だと判断したアインズは、アルベドに黒衣の足止めを指示すると彼女を巻き込んでの範囲魔法による攻撃を決断した。

 

「アルベド、頼む」

「はい、アインズ様の御心のままに」

 

 アルベドであれば耐えてくれるだろう。

 しかし、何の迷いもなく命令を遂行せんと駆けるその背中にアインズは後ろめたさを感じずにはいられなかった。

 

 

 * * * * *

 

 

 全身が悲鳴を上げる。

 痛い、痛いと悲鳴を上げる。

 

 もういいよと私が言って。

 まだ駄目だよと私が返す。

 

 巡る巡る痛みが巡る。

 巡る巡る思考が巡る。

 

 ぐるりやぐるりやぐるりやぐるりや――

 

 

「ヌウッ!」

 

 黒衣――クロエルの放った針型手裏剣をブロードソードで弾きコキュートスが唸る。

 分身を使っていたがこれが本体だとコキュートスは確信している。動きの鋭さが他のものと段違いであるしこうして細やかな技まで繰り出してくるのだから。

 しかし――

 

(雰囲気ガ変ワッタ)

 

 ――クロエルの纏う空気の変化にコキュートスは戸惑う。

 燃え上がる様な闘志が嘘のように消え、がらんどうの虚を見ているような不可解さ。生物と言うよりは無機物かと錯覚させるような雰囲気を纏っている。

 

 仮にこの場に武人建御雷が居て彼女を見たら「サイボーグモード」とでも言って笑ったかもしれない。そして、厄介だから関わりたくないとも思ったことだろう。

 

 クロエルは基本どれだけ窮地に立とうが戦意喪失したり心が折れたりということはない。

「二度と戦いたくないと思わせたら自分の勝ち」が信条であることからも分かるが、彼女は負けの見えた状況でも死ぬ最後まで丁寧、的確、冷静、冷酷の四か条のもと相手に徹底的に出血を強いて損な勝ち方をさせる術に長けていた。

 

 武人建御雷命名の「サイボーグモード」とは、勝ち目がないと判断するや思考スイッチを切り替えた状態のクロエルのことを指す。

 自分が死ぬことを前提として、それまでに相手の嫌がることをやり続けるために何をしたらいいかと合理を突き詰めていく徹底した思考回路の事だった。

 

 クロエルが刀を上段に振りかぶり、コキュートスもそれに合わせて右を前にした半身の構え。右前脚に握るハルバードで頭上を守り、右中脚に握る斬神刀皇の横一文字の一閃を以て反撃とする一手だろう。

 クロエルが手を振り下ろし、コキュートスもそれに合わせて渾身の一刀を振るう。

 

(ヌカッタ!)

 

 しかし、コキュートスの刀はクロエルの掠るに留まり上段からの攻撃もやってこない。

 それもその筈、クロエルが振り下ろしたのは柄頭に添えていた左手のみ。手刀のように振り下ろし攻撃したと見せかけて、自分はコキュートスの間合いに入る寸前で急停止、相手の攻撃を誘発してみせたのだ。

 そして間髪入れずにクロエルの両腕がそれぞれに動く。上段に構えたままの右腕は振り下ろし、逆に振り下ろされていた左腕は振り上げて、ショートカット機能の効果かそれぞれの手には「朝子」「夕子」と銘打つ小太刀が握られており、その二つの刃が振り抜かれたコキュートスの右中脚の上下から鋏のように断ち切り両断する。

 

「グオッ!」

 

 しかしコキュートスもさしもの者か、怯むことなく右前脚に握っていたハルバードを振り下ろす――が、クロエルがハルバードの刃の内側、さらに前へと深く踏み込むことでそれ回避――それも読んだかコキュートスも振り下ろしたハルバードを途中で強引に持ち上げ、代わりに肘(膝と言うべきか)をクロエルの肩口へと叩き込む。

 ミシリ、とクロエルの鎖骨が不吉な音を立て、コキュートスもまた脇腹に走った熱に膝をつきそうになる。

 何が、とコキュートスが己の脇腹を見やれば斬神刀皇が突き刺さっていた。あの一瞬の最中に、クロエルは両断して落としてみせたコキュートスの中脚を蹴り上げ、握っていた斬神刀皇の刃先を突き立てたのだ。

 

(ナントイウ――)

「お疲れっすコキュートス。名残惜しいけどお別れっすね」

 

 止めを刺される。

 言葉を聞いてそう確信したコキュートスであったが違和感を覚えてクロエルを見やる。

 互いに触れ合いそうな距離。間近でクロエルを見て気付いたが、彼女は黒衣の衣装のまま両手の小太刀を、己の首へと押し当てている。

 

「マテ?!」

 

 コキュートスが驚愕する中、クロエルは己の首を掻き切った。

 

 

 * * * * *

 

 

 翳していた手や杖を下ろし、アインズとマーレの両名は油断なく動向見守る。

 視線の先には煙を上げるアルベドの姿と光の粒子となって消えゆく黒衣の姿があった。アインズとマーレによるアルベドを巻き込んだ範囲攻撃魔法の双撃が功を奏し、無事回避特化の分身体を倒すことができたようだ。

 

「アルベドよ、無事か!」

「はい、アインズ様!」

 

 アルベドの身を案じてアインズが駆けよれば、彼女も喜色満面と言った風に元気よく返事をする。スキルの影響か鎧の損傷こそ激しいが、当のアルベドは問題なさそうだった。

 

「すぐに次に移るぞ。コキュートスの――」

「武士道は死狂ひなり。一人の殺害を数十人して仕かぬるもの」

 

 アインズの言葉を遮るように、彼らの頭上から声が降りる。

 

 一斉に見上げた先には怪物の姿……いや、これは防具を着用せずゾンビスキンを晒したクロエルの姿か。

 しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間には見慣れた鋼の全身鎧に身を包み、腰に差したるは妖刀血吸い。

 居合の姿勢で地上に降り立ち、狂刃にかけんと相手を睨む。

 

(転移だと?! 一体どうやって――いや、そうか!)

「アインズ様!」

「〈剣閃〉‼」

 

 〈侍の聖句〉により能力を底上げしたクロエルから最大火力を誇る抜刀術が煌めく。

 アルベドが咄嗟に身を挺してアインズを守るが、直撃を受けたアルベド、マーレの二名は胸に横一文字の傷を負い、血を噴きながらその場に崩れ落ちた。

 

 如何にしてクロエルがアインズたちの居る位置に転移し強襲を成功させたかと言えば仕組みは単純なものだった。

 忍術の中に〈遁術〉と言うものがある。これは攻撃された際に装着している防具を身代わりにして任意の場所に転移し離脱を図るための忍術だ。ダメージを受けずに安全に別の場所に移動できる反面、身代わりとなった防具を失うというというデメリットもある忍術であるが、クロエルは今回これを利用してアインズたちに強襲をかけていた。

 

 やることと言えばタイミングを計らって〈遁術〉を発動。コキュートスの攻撃を待つまでもなく自傷を行えば術が発動し転移が完了するという仕組みだ。先ほどまで黒衣を装備していたのはマーレが引っ掛かりそうになった欺瞞工作の意味合いもあったが失っても惜しくない防具に予め着替えておいたという方が強い。

 

 しかし、失っても惜しくない防具を着用した代償は小さくはなかった。

 

(ありゃ、腕がいかれちゃったっす)

 

 他人事のようにそう思いながらクロエルは血吸いの装備を解除する。

 先の〈剣閃〉による一撃で右肩が壊れたらしい。原因は間違いなくコキュートスから受けた肘による一撃だろう。布切れ一枚で受け止められるほど彼の攻撃は甘くはなかった。

 

 超位魔法に続き受けたくはない攻撃だった。

 もう、クロエルの命は風前の灯火だ。

 

(全く、どうして見逃しちゃったっすかね)

 

 そうコキュートスのことを思いながらクロエルは自嘲した。

 思考は切り替えたはずだった。相手の被害を広げるためならあの場でコキュートスを討っておくべきだったろう。その機会も十全にあった。

 しかし、それができなかったのは情が湧いたということなのか……「サイボーグモード」が聞いてあきれるお粗末さである。

 

(いいっす。やれることをやるだけっす)

 

 装備を切り替え、クロエルはまだ動く左手で針型手裏剣を投げる。

 〈剣閃〉の余波からまだ立ち直っていないアインズの足元に突き刺さったそれが〈影縫い〉を発動。そこには絶対に逃がさないという意思が垣間見えた。

 これがクロエルの、最後のあがきの始まりだった。

 

 硬直するアインズへとクロエルが迫る。

 

 ――一歩。

 

 そこへ膝から崩れ落ちていたアルベドが突如顔を上げクロエルに向けて飛び掛かり、彼女の腰に組み付いて下から憎々しげに睨め上げる。

 

「アインズ様に触れさせるものかぁああ!」

 

 常人であれば気圧されてしまいそうなアルベドの金色の眼光がバイザー越しに覗き、クロエルは無感動にそれを見下ろすと左手を振り上げる。握られた拳、その中指の左右からは針型手裏剣が飛び出しており、クロエルはそれを問答無用でバイザー越しに覗くアルベドの眼球へと突き立てた。

 

「~~~ーーーッ‼」

 

 声にならない悲鳴を上げながらアルベドの拘束が緩めば、クロエルが膝を蹴り上げアルベドを吹き飛ばす。

 

 ――また一歩。

 

「やめろぉおおおおおおおおおおお‼」

 

 クロエルの蛮行にたまらず硬直から抜け出したアインズが叫んで手を翳せば、クロエルがアルベドの血に塗れた針型手裏剣の二本を投擲。しかしそれはアインズに届くことはなく、突如地面から突き出てきた太い一本の木の根に突き刺さる。

 マーレだ。彼は胸の傷口を片手で押さえながら空いた片手で杖を翳し、続けてアインズを守った木の根を操りクロエルへと襲い掛からせる。一撃、二撃と鞭のようにしなる殴打を叩きつけるが、やがて見切ったのかクロエルが木の根の軌道を逸れ、またアインズへと迫る。

 

 ――もう少し。

 

 クロエルが左手を伸ばす。

 

「〈魔法無詠唱化(サイレントマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉‼」

 

 クロエルの手がアインズの翳された手に触れた時、発動した魔法が彼女の胸を切り裂き鮮血が飛び散った。

 

「かはっ……!」

 

 全身を震わせながらクロエルが両膝を付く。吐血でもしたのか、項垂れた鉄仮面の隙間からは内部で溜まった血が糸のように線を引いて地面へと流れ落ちていった。

 

 もはや、見る影もない。

 忙しく動き回り熱に浮かれるようだったクロエルの身体も今やいっそ寒気を覚える程に血を失い、指先を動かすことすら困難なほどに限界を迎えてしまっている。

 

 しかし――

 

(――届いた)

 

 クロエルは仮面の奥でほくそ笑む。

 100点満点とは行かなかったが、概ね彼女の目的は達成できた。この世界の部外者である自分にできることはここまでだと、クロエルはアインズの()()を子守歌に目を閉じる。

 

「ぅうぐぅぁあああああああああぁあああああアアアア‼」

 

 呪術、〈幻痛璽(げんつうじ)〉。

 フレーバーテキストに「耐え難い幻肢痛が対象者を苛む」という一文を含むこの呪術、ゲーム内では単純に効果時間中、相手の行動を一定の確率で阻害するだけの呪術であったが、仮にこの世界でそのフレーバーテキスト通りの効果が見込めるならと考え、クロエルが必ず使おうと心に決めていた呪術である。

 

 生物は死を回避するために痛みを恐れる。

 しかしその死さえも超越し、痛みに鈍化した種が存在する。アンデッドだ。

 アインズはそんなアンデッドと魂を交わらせたプレイヤーだ。生者としての痛みを忘れて久しく、超越者故に危機的状況に陥った経験もない。

 

 そんな彼が「耐え難い幻肢痛」を受けて、忘れかけていた生者の感覚を一時的に取り戻したならどうなるのか――その答えはクロエルも満足のいくものだったのだろう。

 

 堪え切れる訳がない。悪戯を成功させた子供のような無邪気さでクロエルは笑い……

 ……振り下ろされた鉄槌に頭を潰され、その場に倒れる。

 

 執行者な小さなマーレ。

 アインズの絶叫に止めどなく涙を流し続けながら、彼は血の付いた杖を再び振り上げる。

 

 そうしてアインズの絶叫が消えるまで、

 何度も、何度も、その鉄槌をクロエルの頭に振り下ろし続けた。

 

 

 * * * * *

 

 

 その地に流れ落ちた血を覆い隠すように赤い夕陽が大地を染める。

 

 マーレが荒い呼吸を繰り返しながらその場に膝を付き、何時戻ってきたのかコキュートスが失った右中脚を左中脚で押さえて天を仰ぎながら傍らに佇む。

 

 漸く〈幻痛璽〉の効果が切れたのか、精神抑制の光を何度も瞬かせて起き上がったのはアインズ。彼は敵の所在を探るようにして何度も周囲に首を巡らして、全てが終わったのだと気づくとやがて安堵の息を付く。

 

「……アインズ様」

 

 か細い声が聞こえてアインズが見やればそこにはアルベドの姿があった。

 兜を脱いだのか素顔を晒しているが、その両目は手の平で覆われ、当てられた指の間から痛々しく幾筋もの血が伝っていた。

 

「アルベド、無事か!」

 

 慌ててアインズが駆けよっていき、アルベドの身を優しく抱きとめる。

 それだけでアルベドは苦痛から解放されたように脱力し、アインズの胸にその顔をうずめるのだった。

 

「はい…アインズ様、あの女は……クロエルは…」

「ああ、もう居ない。終わった、全て終わったぞアルベド……マーレも、コキュートスも無事だ。終わったんだ…………帰ろう、ナザリックへ」

 

 そう言ってアインズが抱き締める腕に力を籠めれば、アルベドも縋るようにして抱き締め返す。

 誰もが疲弊しきっていた。それだけクロエルは恐ろしい敵だった。

 

「アインズ様!」

 

 ――と、コキュートスの警戒色の強い喚起にアインズが顔を上げる。

 

「……なっ」

 

 言葉が出なかった。

 アインズが見上げる先――茜色の空を見たこともない巨大な銀色の魔法陣が浮かび上がっていた。巨大な円の内側に大小様々な魔法陣が隙間なく埋まり、まるで複雑に組み合わされた歯車の集合体の如くそれぞれが狂ったように回転していた。

 

(何だ、これは、一体……誰が――)

 

 アインズが考えることができたのはそこまでだった。

 頭上の魔法陣は、それ以上の思考も、行動も許さぬと言わんばかりに眩く発光し――

 

 

 ――次の瞬間、大地を揺るがすほどの破滅の光となってアインズたちを包んだ。

 

 

 * * * * *

 

 

 アークランド宝物殿の最奥に、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)が鎮座していた。

 

 その巨体を冷たい石畳にゆるりと横たわらし、しかし首だけは真っすぐと立てて天に向かって白金の大顎を開いていた。

 

 口内からは白い煙が狼煙のように上がっており、時折弾けるようにして火花が飛び散っては空中へと溶けていく。

 煙は室内に充満することなく、彼の口の先に浮かんだ銀色の魔法陣に吸い込まれるようにして消えていった。

 

 やがて魔法陣が消え、竜王も口を閉じた。

 そうして何事もなかったかのように首を下ろすと、顎を重ねた手の甲の上に乗せて瞳を閉じる。

 

 微睡みは早く、彼が眠りにつくまで然したる時間もかからなかった。

 

 

 

 裁定者は聞いていた。

 彼女の生命の波長を覚えてから、これまでのことを。

 

 裁定者は聞いていた。

 彼女がこの世界と、共存の道を模索していたことを。

 

 裁定者は聞いていた。

 彼女の敵が、この世界の征服を願ったことを。

 

 裁定者は聞いていた。

 

 全部、全部、聞いていた。

 




*ぐるりやぐるりや

クロエル(プレイヤー)「なんか電波なことを思ったような…」
クロエル(アバター)「わり、素が出たっす」

 プレイヤーの行動通りの人生を歩んだアバター側の魂のPTSD度合いを掘り下げようかと考えましたが長くなるので割愛。
 狂気を匂わせる程度に怪文書を入れときました。


*密着

アインズ「帰ろう、ナザリックへ」ギュ
アルベド「…………スーハースーハークンカクンカ」ギュ
アインズ(呼吸が荒い…よほど疲れているのか)
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