時は少し遡る。
エ・ランテル近郊にある盗賊の塒の目前で、一人…一匹のモンスターが今、灰となってその肢体を崩壊させていった。
「
そう言って大太刀を軽く振ってから鞘に納めるのは、
強行偵察チームとしてブリタ達と共に盗賊の塒へと歩を進めた彼女は、〈手負いし獣の第六感〉で木の上からこちらの様子を窺う敵影を察知すると、弾丸のように飛び出し跳躍。
木の上に身を潜めていた吸血鬼の花嫁に斬り上げと返し手の斬り落としの二の太刀を浴びせ、瞬く間に討伐してみせた。
「全身鎧着込んで垂直な木を駆けあげるとかどんな身体能力してんのよ、あんた」
「ふふふ…知りたいっすか? まぁそれはとりあえず置いといて…不味いっすね」
エルスの超人っぷりに皆が唖然とするなかブリタが代表して突っ込みを入れるが、彼女はそれを軽くいなすと顎に軽く手をやって思案気な様子を見せる。
その様子にリーダーである
「そうだな。吸血鬼の花嫁が見張りに立っていたということは盗賊どもを襲撃したのは吸血鬼ってことになる。中に何匹いるか分からんぞ」
「ちょっと待ってよ、エルスがあっという間に倒したからピンとこないんだけど、こいつの難度ってどれくらいなの?」
「個体差にもよるが…難度65から75といった所だな」
ブリタとリーダーの会話にザワリ、とエルスを除く冒険者たちの周囲の空気が揺らぐ。
難度65~75ともなればミスリル級やオリハルコン級の冒険者が請け負う領域のモンスターになる。
そんなモンスターを、贅沢にも見張りに立たせるような存在が現在盗賊の塒の中にいる可能性に全員が気付いてしまったのだ。間違っても、
一部「難度ってなんすか?」と頭にクエスチョンマークを浮かべる空気の読めない子もいたが、強行偵察チームの面々は緊迫した面持ちとなっていた。
「仮にこの吸血鬼の花嫁が何者かに命令を受ける立場だとしたら…不味いぞ、眷族の死が命令した立場の化け物に伝わった可能性が高い」
「早計だったっすね。申し訳ないっす…」
「…いや、気にするな。放置していても情報が伝達されるだろうし遅いか早いかの問題だ。それよりも相手の戦力を削っておけた方が大きいと思おう」
「…そう言ってくれるなら
「頼む。ここで吸血鬼とまともに戦えそうなのはお前だけだ」
一度エルスの肩を叩いてから撤退支持を飛ばし始めるリーダーを眺めつつ、エルスも念のため吸血鬼対策用の装備に変更する。
全身鎧はそのまま、指輪やネックレスは対吸血鬼戦を想定した耐性重視に変更し、刀は少し迷った後、現在装備している「
最後に丸薬を幾つか取り出すと
エルスがバイザーを下ろし盗賊の塒の入口へと視線を戻した時だった、〈手負いし獣の第六感〉が発動し彼女は肌が粟立つのを感じた。
エルスがすぐさま口に含んでいた丸薬を全て噛み潰す。目の覚めるような苦みが口いっぱいに広がり身体が一瞬にしてカッと火照るのを感じ、自然治癒力向上、気力回復速度向上、筋力上昇、感覚鋭敏化、魔法耐性上昇などのバフがエルスを包んだ。
「ぜぇいんッ、逃げるっすぅ!!!」
明らかに豹変した彼女の雰囲気に気圧されて、その場にいた全員が素直に後退し始めるが、新たに盗賊の塒から飛び出してきた存在に視線がくぎ付けとなる。
その怪物は異様なほど猫背だった。
体躯はさほど大きくなく少女のようである。黒い仕立てのいいドレスに裾を通し、だらりと力なく垂らされた枯れ木のような両手には数十センチはある鋭い爪が伸びており、完全に俯むかせた顔には長く艶やかな銀の髪が掛かっており表情は伺えない。
奇妙なのは、頭のある位置と首の付け根の位置を考えてみると、首が常人の三倍はありそうに思えることだ。そして魔法の類なのか頭上に人の頭ほどある赤い球体を、背後には一匹の吸血鬼の花嫁を侍らせている。
「…
それは誰が呟いた言葉だったのか、その言葉を皮切りに銀髪の怪物が顔を上げ、細い髪の奥から怪しく煌めく赤い双眸を覗かせ冒険者たちを睥睨する。
「エルス…」
「…あれ一匹で手一杯っす。吸血鬼の花嫁には抜かれるっす」
「十分だ…お前が居なかったら生存率がもっと下がってる……推定吸血鬼! 銀武器か魔法武器のみ有効。勝てない! 撤退戦! 眼を見るな!」
エルスとの短い応答を済ませたリーダーがこの窪地全体に聞こえるほどの、やけに大きな声で叫ぶとすぐに全員が動き出す。銀髪の吸血鬼が飛び出てくる前に準備を済ませていたので即応で撤退行動に移れていた。
「にぃいいがぁああさぁなああああいいいぃいいい!」
銀髪の吸血鬼が初めて声を上げる。それは可憐な少女の声音であったが、一方で音程の外れた鐘が何十にも鳴り響く不協和音のようで冒険者たちの精神を逆撫でさせる。
「来おおぉおおおいッ!!」
エルスも負けじと裂帛の気合で応え〈闘気〉を高めていく。
〈闘気〉は自分よりもレベルの低い相手を恐怖や恐慌状態に陥れるが、味方が受ければ鼓舞にもなる。そして存在感を増した彼女に対して、否が応でも銀髪の吸血鬼のヘイトは集まった。
「おまえはああぁあああ、あっちぃいいいいいぃい!」
銀髪の吸血鬼が撤退に移った冒険者たちを指さすと、後ろに控えていた吸血鬼の花嫁が走り出す。それと同時に銀髪の吸血鬼も頭上に浮かぶ赤い球体を従え四つん這いの状態でエルスに向かって走り出した。
風に煽られた銀髪が捲れ、こちらに向かってくる吸血鬼の素顔を初めて目視したエルスは思わず声を上げる。
「グロッ!」
強いて言うならヤツメウナギだろうか。エルスはこちらに迫る吸血鬼の顔を見てそう評価する。
耳の上まで裂け半円を作る大きな口には、注射器を思わせる細く白い歯が鮫のように無数に何列にも渡って生えており、突き出した二本の犬歯は顎下まで届きそうだ。喉奥から延びる長く太い真紅の舌は巨大な蛭を思わせる。
体系といい特徴的な口元といい、ユグドラシルで見たことのあるモンスターに容姿が一致していたためエルスは敵の正体に当たりを付けることが出来た。
(ゲームに比べて服装や髪型が異なるようっすけど…いや、それ以前に)
ゲームに出てきた真祖よりも遥かに強い。エルスは強大な未知の敵を前にして冷や汗が流れる思いだった。
レベルは100に到達しているとみていいだろう、下手を打てばこちらが殺される可能性が高い。
しかし、エルスは逃げるつもりは毛頭なかった。逃げるわけにはいかなかった。
(あれは…あれは駄目っす!)
とても許容できる存在ではなかった。エ・ランテルで実際に人々を見たからこそ確信できる。あれは、たった一匹で人の世界を容易く亡ぼす力を持っている。
それは正義感というよりは打算から出た結論だった。人間種の彼女にとって、人の生活圏とは自身の生活圏と同等だ。それを失えば居場所を失うことになるし、人との交流も途切れてしまう。折角クレマンティーヌやブリタのような知己を得るに至ったのだ、この先も芽吹くかもしれない
仮に人間種に友好的なプレイヤーが多く転移してきてくれていたなら、エルスも危険を回避するために防御に徹し、頃合いを見て逃げ出していたかもしれない。しかしその存在を確認できない今、悪戯に放置していい相手ではない。彼女の腹が決まり目の前の真祖を明確な殲滅対象として睨みつける。
(恨むっすよ、縁結びの神様! …縁結びの神様でいいっすかね?)
この出会いに複雑な感情を抱きつつ、エルスも剥き身の大太刀を肩に担ぎ、真祖に向けて走り出した。
* * * *
――殺さなきゃ。
真祖、シャルティア・ブラッドフォールンという名の怪物は、赤く染まる視界に全身鎧の戦士を捉え、湧き上がる憤怒とともにそう思う。
彼女はアインズと共に異世界へと転生してきた戦闘用NPCの一人だった。
普段は階層守護者という重役に付いているため拠点であるナザリック大墳墓から出ることのない彼女だが、この度「この世界の武技や魔法、世界情勢に詳しい犯罪者の捕縛」という命を自身が至高の御方と仰ぐアインズから直々に下賜されたことで、この盗賊の塒を襲撃していたのだった。
しかし、成果はあまり芳しくない。
これはシャルティアの積というよりはアインズの人選のミスの方が大きかったかもしれない。現在手の空いている強力な戦闘用NPCの中で、人の姿を取れるものが彼女しかいなかったこと、最悪捕縛対象の生死は問わなかったので生き血を吸ってしまえば強制的に
ユグドラシルは強
当然の帰結というべきか、シャルティアは盗賊と戦闘を行った結果「血の狂乱」を発動させてしまい対象を欲望のままに虐殺。遊ぶのに夢中になりすぎて、唯一の武技持ちの剣士も取り逃がすという大失態を犯していた。
そして任務の失敗に憤っているさなか、見張りに立たせていたシモベの吸血鬼の花嫁が殺されたのを察知した彼女は、すぐさま盗賊の塒を飛び出し――
――殺さなきゃ。
シャルティア・ブラッドフォールンは、真紅の思考回路の中でそんな言葉を思い浮かべる。
それは想像でしかなかったが、シャルティアが感じ取った全身鎧の戦士の力は強大だ。任務のことを考えるならば、これほど最適な捕縛対象はいないだろう。
しかし、シャルティアはその戦士を捕縛しようなどとは微塵も考えなかった。どうあっても殺さねばならぬと妄執に囚われてしまっていた。
命令違反。果たしてそれはアインズへの不敬から犯したものだったのか…いや、間違いなくアインズへの忠誠から犯したものだろう。
――あれは、あれの牙は至高の御方に届く!!
「血の狂乱」によって思考こそぼやけてしまっているが、それ故にもっと根源的な、本能というべきものがシャルティアに警鐘を鳴らすのだ。
シャルティアの視界が更に真紅に染まり、こちらに迎え撃たんと走り出した全身鎧の戦士に憤怒と殺意が募る――
――そして次の瞬間、シャルティアの身体が硬直し、前につんのめった所で視界が暗転、真っ暗闇へと堕ちていった。
* * * *
「チェエリオオッ!!」
裂帛の意思を以って振り下ろされたエルスの斬撃がシャルティアの頭蓋を深々と切り裂き、大量の血と脳漿を地面にぶちまけた。
しかし油断することなくエルスは続けざまに釣竿を引き上げるように上段に構えると、剣先で弧を描くように振り回し、横なぎの一閃をシャルティアの頭上に浮かんでいた真紅の球体へと叩きつける。真紅の球体――〈
初手を制したのはエルスだった。
彼女がシャルティアと対して最初に行ったのは情報の分析だ。種族、言動、〈
刀による一撃の威力を最大限上昇させ、頭部に当てたなら多大なるダメージを約束するこのスキルに、さしものシャルティアも致命傷は免れなかったが――
「んなっ?!」
――まるで映像が逆再生するかの如く、地面にぶちまけられた大量の血が、脳漿が、シャルティアの頭部の傷へと吸い込まれていき、傷も瞬く間に塞がっていく。
〈時間逆行〉と呼ばれる一日に三回だけ使用することのできるシャルティアの回復スキルが発動した結果だった。もしシャルティアが「血の狂乱」を発動しておらず理性が全面に出ていたのなら先の一撃でそのまま死んでいたかもしれない。「血の狂乱」によって原始的な面、生存本能が刺激されたことでシャルティアの脳は破壊されながらもそこから生還する最適解を導き出すという離れ業をやってのけた。
「おおぉおおおまああぁええええぇえ!!」
(まずっ…!)
顔を上げたシャルティアの眼を見て慌ててエルスが刀を上段に振り上げるが、次の瞬間全身に強い衝撃を受けて空中へと吹き飛ばされる。〈不浄衝撃盾〉という赤黒い衝撃波を周囲にまき散らすスキルを受けて、錐もみ状態で落下するも流石は戦士職プレイヤーの身体能力というべきか、空中で体勢を立て直すと屈伸しながら衝撃を軽減させるように両足から着地した。
遅れてきた
「……へ?」
そして思わず声を漏らした。シャルティアの外見が、少し目を離したうちに全く異なる物へと変化していたからだ。
それは、一言で言うなら真紅だった。
血に濡れたような真紅の全身鎧。顔の部分が開いた白鳥の頭のような形の兜には左右から鳥のような羽が突き出しており、胸から肩を経由して、鳥の翼をイメージしたような装飾が垂れ下がっている。腰には真紅のスカートを巻き付けていた。
そして片手には、理科の実験で使いそうなスポイトの形に酷似した奇怪で巨大な槍を握りしめている。
そこにあるのは化け物とは程遠い
装いも、体格も、顔立ちさえも、根本から全てが変化してしまっている。この目で見ていなければ、間違いなく別の個体だと認識してしまうほどに。
(いやいや意味わかんないっす! 真祖が美少女に変身するなんて聞いたことないっす!)
異世界特有の個体なのか、ユグドラシルの知識と異なる全くのイレギュラーな存在にエルスは困惑するも、しかしはたと違う可能性が頭に浮かび、じわりと嫌な汗が出るのを感じた。
果たして、こいつはこの世界の生き物なのだろうか、と。
冷静に考えてみても生物全体のレベルが低いと思われるこの異世界で、レベル100相当の化け物というのは異質な存在だ。それに加えて外装の極端な変化や
そしてそこに、真紅の戦乙女から決定的な言葉を投げかけられた。
「…あなた、プレイヤーでありんすね?」
プレイヤー。ユグドラシルに限らず、ゲームに興じる者たちの総称。
なぜ廓言葉、と突っ込みそうなるのを抑えつつ、エルスはその言葉の意味をゆっくりと咀嚼する。
「…なんでそう思ったでありん、すか?」
「無理に喋り方を合わせなくてもいいでありんすぇ。あなたの放った攻撃はこの世界の武技、とかいうものでなくユグドラシルのスキルでありんしょう? 似たようなスキルを以前に見ているから分かりんす」
そういう所からも分かるのか、とエルスは感心する。この異世界は魔法こそユグドラシルと同じものが使われているが、前衛系のスキルは「武技」という独自のものが発展していた。魔法職と違って戦士職のエルスは胡麻化すのが難しいかもしれない。
「そういうあなたはプレイヤーなんすかね?」
「わたしはプレイヤーではありんせん。わたしは至高の御方々にそうあれと生み出された、残酷で冷酷で非道で――そいで可憐な化け物でありんす」
(プレイヤーじゃない? 至高の御方々? 生み出された? …もしかしてNPCっすか?)
単純な行動ルーチンしか組み込めないAIが異世界で命を持ったとでもいうのだろうか。まさか、とエルスは思うが今は細かく考えずにその事実を受け入れる。整理すべき情報が多すぎた。
(仮にこの子がNPCだとしたらギルド規模で転移に巻き込まれたってことっすか…!)
プレイヤーがNPCを作成するためには二つほど条件がある。一つはギルドを設立している、又は所属していること。二つ目は城以上の規模の
(それでそのプレイヤーの人たちは、こういう少女に自分を至高の御方と呼ばせていて……自分のことを残酷で冷酷で非道な化け物と宣うモンスターを、何の目的か人里近くに放っていると……ふむ)
全く仲良くなれる気がしない。それがエルスの感想だった。
(魔王ロールでもしてるんすかね? それとも
一度思考を切り上げてエルスはシャルティアへと向き直る。急に理性が戻ったのは頭を縦に割ったおかげで「血の狂乱」が解除されたからだろうか。まぁ、会話が成立すると言っても向こうの表情を見るに敵意むき出しなのは間違いないが。
厄介なことだ、とエルスは内心ため息を付く。殺戮衝動のままに動く以前の姿の方が与し易かっただろう。戦支度を整えているというのもなお悪い。
「…不幸な遭遇戦だったようですし。お互い一撃入れたことだしこれで手打ちにしないっすか?」
「できんせん。あなたはここで放置するには危険すぎんしょう……それにさぁー、人の頭縦に割っといてさぁー、ごめんで済むと思ってんのかよ?」
駄目で元々の提案だったが、廓言葉をやめてドスの利いた声で凄んでくるシャルティアに、エルスは交渉の余地はないと悟る。
こうなったらやることは一つだ。ここからはエルスではなくクロエルとして相手しようと彼女は肚を決める。撤退した背後の仲間たちの気配も今は遠い。全力を出しても構わないだろう。
「最後に一つだけいいっすか? 自分の名前はクロエルっす。あなたの名前を知りたいっす」
「…シャルティア・ブラッドフォールン。あなたが最期に聞くことになる名前でありんすぇ」
「…上等っす。シャーちゃん、プレイヤーの恐ろしさをその身に刻むがいいっすよ」
「やってみろよ。…あとな、変な、愛称を、付けるなぁああ!!」
その言葉を最後に、殺意を纏ったシャルティアが突進を仕掛けてくる。
驚異的な速さだった。駆けるたびに地面が爆発するように吹き上がり、背中に生えた一対の翼の力強い羽ばたきが更にシャルティアの速度を上げていく。構えられたスポイトランスも相まって、さながら撃ち出されたライフル弾のようだ。
対するクロエルは身体を深く沈めた中腰に、半身をシャルティアに向けた待ちの姿勢だ。刀を鞘に納めていることから居合を狙っていることが分かる。
認めよう、確かにクロエルは強い。きっとそこから放たれる居合も自分の速さを凌駕するものとなるに違いない。だが、それがどうしたとシャルティアは思う。武器の間合いはこちらの方が長いのだ。大太刀と言えスポイトランスの長さには及ばない。どれだけ早く動こうが先に攻撃を当てるのはこちらである。狙いを外すつもりなど毛頭ない。
恐ろしい速度で距離が詰められる中、槍の間合いに入ろうかと言った瞬間にクロエルが動いた。居合ではない、爪先で地面を掬うように蹴り上げるとシャルティアの顔めがけて土を飛ばしたのだ。
「くぅッ!」
土が目に入りシャルティアの視界が一瞬塞がれる。顔を振って視線を戻した時にはクロエルの姿はそこになかった。
「泥臭い戦い方は初めてっすか?」
はっと声のした方向に視線を向けると、ほぼ膝をつくような低い姿勢から居合を放つクロエルの姿があった。シャルティアの左脇腹を鋭い熱が突き抜けるような感覚が走り、次の瞬間血が噴き出した。
「ぐあっ!」
「まだァッ!」
返す刀で追撃の一刀を放つクロエルだったがその剣先が一瞬ぶれる。それは一瞬のことだったがシャルティアにとっては貴重な一瞬だ。即座に〈
クロエルの刀の間合いから逃れるように上空に姿を現したシャルティアは、
仮面に開けられた線のような見通し穴から、ポタポタと血が滴っているのが見えて、反撃しようとした手が止まる。
「おんやぁ? 古傷でも開きんしたか?」
「…そんな所っす」
タイミングが悪い、と兜の中でクロエルは苦虫を噛み潰したように顔を顰める。魔女の祝福のデメリットダメージが発動したのだ。
(よりによって額が裂けたっすか。血が止まるまで視界不良っすね)
丸薬を使った自然治癒力向上のバフもあるので止血までそう長い時間はかからないだろう。しかし止血までの時間はシャルティア相手に防戦一方になるのだからクロエルは気が滅入る思いだった。シャルティアは空中で停滞したまま降りてくる気配がない。つまりは接近戦に付き合う気がさらさらないということだ。
「惜しかったでありんすねぇ。下賤の戦術には驚きんしたが、結局わたしには通用しんせんようでありんす…でも接近戦では少々分が悪いのは認めんしょう」
「――〈空間は
余裕ある口ぶりで嘯きながら、シャルティアの掲げた槍を持たぬ左手に白銀の光が収束し始め、対するクロエルは自分の刀の間合いに反応結界を形成するスキルと集中力や命中率を上昇するスキルを展開する。
「だから、空から一方的に蹂躙させてもらいんす」
「打ち落とすっす」
シャルティアの左手に収束された白銀の光が三メートルはあろうか巨大な槍の形をとり投擲された。クロエルは視界が血で滲む中、〈明鏡止水〉の効果によって極限まで研ぎ澄まされた集中力を発揮して、居合の体制を維持したまま相手の攻撃が刀の間合いに入ってくるのを待つ。
――ちゃぽん、と水面が跳ねるような感覚に向けてクロエルの刀が奔る。クロエルが〈立禅〉で構築した反応結界に白銀の槍が接触したのだ。彼女の刀は吸い込まれるように白銀の槍を捉えるが――
「ぐぅ!」
――刀をすり抜けるように白銀の槍はクロエルの胸に直撃する。〈清浄投擲槍〉と呼ばれるその魔法の槍はMPを追加消費することで必中効果が付与する特性を持っていた。
(必中攻撃っすか! ってか神聖属性って…アンデッドなのに信仰系魔法詠唱者だったすか! まったく対策してなかったっす!)
「あははは!」
シャルティアの手の中に再び白銀の槍が姿を見せ、即座に投擲される。クロエルは居合で撃ち落とすのを諦め、刀を上段に構えると〈清浄投擲槍〉が直撃するのを待つ。そして――
「〈玉鋼〉!」
「弾いた?!」
――〈玉鋼〉を発動させ〈清浄投擲槍〉を弾き飛ばしてみせた。〈玉鋼〉は相手の攻撃が直撃する瞬間に発動しなければ成功しない難度の高いスキルだが、〈明鏡止水〉によって強化されたクロエルの集中力を以ってすれば成功させるのは難しくなかった。
驚愕に足を――いや、この場合は羽だろうか――を止めたシャルティアに対してクロエルが上段に構えていた刀を振り下ろすと、青白い光が刃の形を成して飛来する。クロエルが持つ遠距離攻撃で〈飛翔閃〉と呼ばれるスキルだ。
しかし未だに視界がぼやけた状態で狙いが甘かったか、シャルティアは余裕を持ってそれを躱す。しかし躱した先に追撃の〈飛翔閃〉が飛んできていたことに気付き、再び顔に驚愕の色を浮かべながら間一髪のところをスポイトランスで受けきった。
(まさか、最初の一撃で誘導されてたのか!)
(受けられたっすか…でも、血は止まったっす)
顔を振って目尻にたまった血を飛ばすとクロエルはシャルティアを見上げる。新たに後頭部が裂けて首筋に生暖かい血が流れていくのを感じたが気にはしなかった。
これまでの戦闘でクロエルには気付いたことがある。シャルティアのことについてだ。
彼女自身気付いているのかどうか、どうもシャルティアはこの戦闘に集中しきれていない様子だった。気がそぞろというか、意識が一方向だけに向いていない。だから砂をかければ素直に顔に受けるし、簡単な誘導に乗っかって二撃目を許す。
それに、なんだろうか、シャルティアがクロエルに向ける目線がねっとりしているというか、物欲しそうというか、何というか変な色が混じっている。攻撃を中断してこちらを見つめてくる今もそうだ。
「……また匂いが濃くなりんしたね」
「……匂い?」
「クロエル、とか言いんしたね。その鎧の下、どうなってるんでありんすか? 肌を晒さない理由はなんでありんす?」
(んん?)
ここへ来て情報を引き出そうとでもいうのだろうか、とクロエルは首を傾げる。しかしシャルティアの表情を見て本当に興味本位で聞いているのだと分かると少し呆れて、そして少しだけ可愛らしく思った。こうも感情が表情に出てしまうなんて、随分と素直な吸血鬼もいたものである。
(…ああ、血に反応してるんすね)
そしてシャルティアが集中力を欠いている原因が「血の狂乱」にあるとクロエルは読んだ。感情を抑制するのに気を持っていかれているのかもしれない。
(あれって返り血浴びないと発動しないんじゃ? …まぁいいっす。攻撃力は上がるけどあっちの方が与し易いのは確かだから、どうにかして発動させるっす!)
今後の方針を固めたクロエルは黙考を終え、シャルティアへと返事を返す。
「そんなこと言っても鎧は脱がないっすよ。自分に勝ったら好きにするといいっす」
「…そうでありんすね。殺してからゆっくりとその鎧を剥いでやりんしょう。ああ! ついでに血を吸ってシモベとして眷族に加えるのも良いかもしれんせんね。きっとアインズ様もお喜びに…」
「アインズ様?」
彼方の主を思ってか、うっとりと天を見上げたシャルティアが、クロエルの返しにピタッと動きを止め、錆び付いたブリキの玩具のような動きでギギギとこちらに顔を向ける。
「アインズ、それがシャーちゃんの主の名前っすか」
「…わっ、忘れろー!」
敵にナザリックの――一番重要だとも言える至高の御方の御名を教えてしまうという失態に気が付いてシャルティアがクロエルへと突撃する。
呆れるべきか微笑ましく思うべきか、クロエルは一瞬だけ複雑な感情を浮かべるもすぐさま気持ちを切り替え刀の柄を握りしめる。
(アインズ…うーん、知らない名前っす。似た名前のギルドは聞いたことあるっすけど)
また、戦いが始まった。
・
愛刀。神器級。
・
制作アイテムではなくモンスタードロップアイテム。
アンデッドに強い。伝説級。
・ジゲン一刀
一撃の威力を最大まで上げる。掛け声は「チェスト」が正しい。
・星兜
頭をかち割る技。頭部に入れば大ダメージ。
・飛翔閃
飛ぶ斬撃。
・空間は
領域や結界などに視覚や聴覚などに呼びかけるエフェクトを付ける。
他者が結界に触れると、その部分に水面に雫が落ちたような波紋が広がる。
使用者にしか感知できない。
・立禅
自分の周囲に不可視の結界を張る。
結界に踏み込んだものを敏感に感じ取ることが出来る。
・明鏡止水
精神を落ち着かせ集中力を高めることで攻撃の精度を上げる。弱い精神異常ならこれで治せる。
シャルティアは廓言葉だったり、切れればスケバンだったり、心の声は結構普通だったり書くのが難しいですね。
設定詰め込み過ぎです、ペロロンチーノさん。