【完結作品】人龍問答   作:Gurren-双龍

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龍の問いかけ

「……久しいな」

 

 船の甲板に立ち、少し古ぼけた茶色の外套を潮風に靡かせながら、かつて旅立った地をその碧眼で見据える。その眼には、大きな決意が宿って見えた。

 

「ジオルドの旦那、そろそろ着きますぜ」

「ありがとう船長。荷物を持ってすぐ戻る」

 

 船室から、程よく焼けた肌の半裸の男が出てきた。彼はこの船で()()()とギルドのある大陸を結ぶ男だ。

 

「……アンタが()()()に戻ると言った時は、流石に天地がひっくり返るかと思いましたよ」

()()()を助ける手立てが、やっと立ったのでな。居ても立ってもいられなかった」

「アンタと言えばその双剣、だもんな。『ドラゴンスレイヤー』」

 

 ジオルドが茶色の外套の上から背中に提げた双剣──『封龍剣【超絶一門】』を指差し、どこか誇らしげに船長が笑う。ジオルドはそれに、はは、とどこか照れながら返す。

 

「よしてくれ。成せたのはこいつのお陰だ。こいつ無くしては俺は大したことは出来んさ」

「旦那。どんなにいい船でも、船長が阿呆じゃ沈むことは避けられませんぜ。それと同じだ。アンタは()()()()。そして強い。だからそう呼ばれるほどのことを成せたんだ。胸を張んな」

「……貴方がそう言うのなら、俺も誇りに思って行くとするよ」

 

 相棒の片割れを抜いて握る。陽光を照り返すその姿は、幾年経とうと変わることは無い。しかし何年も握って来た彼にしかわからない()()が、今のこの双剣にはある。

 

「待ってろ相棒。俺は必ず成してみせる」

 

 その決意の元は、ざっと一ヶ月前に遡る。

 

 

△▼△

 

 

「……大団長殿も人が悪いな。このような場所があるなら、俺にも教えてくれて良いものを」

 

 茶色の外套ではなく、白銀の甲冑──S(シルバー)・ソルZシリーズを纏うジオルドは、龍脈回廊の最奥、地脈の収束地に赴いていた。かつて5期団員が古龍と出逢い、そして討伐したこの地の存在を知った彼は、居ても立ってもいられなかったのだ。その理由は、彼の相棒たる双剣にある。

 

「……ここの結晶なら、あるいは……」

「その封龍剣に、今一度力を与えられるかもしれない、と」

「──ッ、誰だ!」

 

 咄嗟に抜刀し、声の方向へと切っ先を向ける。

 

「その動作、構え、一切隙がないわ。流石、『黒き伝説』すら撃ち払った男ね」

「何故、それを知っている……!?それを知る者は、この世でも片手で数えられる程度のはず……!お前は、何者だ……!?」

 

 動揺から来る震えを噛み殺しながらも追及を続ける。しかし当の少女は、やはりな、といった顔でどこか微笑んでいた。

 

「そうね。答えてあげてもいいけど、私の問いに答えてくれたらそうしてあげるわ」

「要件をさっさと言え……!」

「貴方にしては焦って見えるわね。まあ、得体の知れないモノを怖がるのは当然ね。

取り敢えずその忌々しい双剣を下げてもらえるかしら?私も今の貴方と同じ……封龍剣(それ)を見てると不安が募るのよ」

「……」

 

 それを聞き、ジオルドはゆっくりと納刀した。しかしその眼光は、先程まで向けていた双剣の切っ先にも劣らぬほど鋭いままである。

 

「ふふ、思っていたより素直ね。いえ、想定通り聡明だった、のかしら」

「……あまり戯れ言が多いようなら、これ以上付き合う気は無いぞ」

「あら、果たしてその身体で逃げられるのかしら?11年前からじわじわと衰えを感じてるのでしょう?」

「何故、それを知っている?」

「その答えも、問いに答えられたらね」

 

 ジオルドの問いを切ると、少女はジオルドに歩んできた。しかし彼は剣に手をかけない。無理もない。先程切っ先を向けていた時の殺気が、彼に抜刀を躊躇わせていたのだから。

 

「では本題よ。貴方は、この世界をどう思うの?」

「……どう、とは?」

「この世界は人と竜、そして龍で満ち溢れている。でもかつて、この世界のそれらは互いに滅びかけた。戦争によってね。今はそれから時が経った。世界の技術はかつての時代よりも衰えた。にも関わらず──旧大戦すら成しえなかった最大の『龍殺し』を、貴方は成したわ。故に気になったの。それほどの偉業と言える事を成した貴方は、そして()()()()を担う貴方は、この世界をどう見てるのかを」

 

 少女が近付くにつれ、ジオルドは自然と姿勢を低くしていた。しかしそれは急所を狙うための態勢と言うよりも、脅威を避けるために縮こまる小動物のようにも見えた。

 そして両者の距離が目と鼻の先になった時、ジオルドは完全に片膝を付いて、まるで王との謁見の最中の騎士のように低くなっていた。

 対して少女は、変わらず余裕の態度を取り、遂にはジオルドの耳元で囁くように話していた。

 

「……待て。初めて聞いたぞ。旧大戦?人と竜と龍の滅び?」

「……あらあら。案外学がないのね。だったら……時間をあげるわ。見てきなさい。自分が何を経た世界で生きて、何を討ったのかを」

 

 そう告げると、少女はジオルドを置き去りにして奥に向かって歩き始める。しかしジオルドは立ち上がりはすれど、少女に向き直ることが出来ないままでいた。

 

「答えが見つかったのなら、フォンロンと呼ばれた地に来なさい。そこの古塔で星でも見ながら語らいましょう?」

「一つだけ教えろ。答えたらどうなる?」

「そうね……私が貴方の答えに満足したら、貴方に良いことをしてあげるわ。そうそう、そんなに固くならなくていいわ。これはクエストよ。貴方の思うように考え、答えを出しなさい。だから、待ってるわよ。いつまでも、ね」

 

 そう告げ終えると同時、白光が走った。それに気付いたジオルドが振り向くが、既にそこに少女はいなかった。あとに残ったのは、先程の少女のものと思われる、白く発光する髪の毛のようなものだけだった。

 

「……もしかしたら、何かの道標になるかもしれないな。持っておこう」

 

 調査団入団前から、彼は『使える物を全て使う主義』なので、気になった物は片っ端から拾って持っていることが多い。今回もその例に漏れなかった。

 

「……どうやら、ここよりも行くべき場所が出来たみたいだ。帰るか、()()()()()に」

 

 

△▼△

 

 

「……本当に、行くのね」

「ああ。これだけは果たさなくちゃダメでな」

「君ほどの狩人が調査団を離れるのは残念だが……我々はいつでも君の帰還を待っている。行ってこい」

「ありがとうございます、司令」

 

 荷物を自室から運び終えると、彼の相棒の編纂者と、調査団の総司令の見送りを受けた。どちらも、彼とはこの新大陸からの付き合いだ。ジオルドが十年前にここに来てから、多くの人に支えられながら戦ってきた。それと一旦お別れになると思うと寂しさも湧いてくるが、これが今生の別れになるわけではない。故に悔いも悲しみもなく、彼は前に進む決意を固くした。

 

「では、行ってきます」

「健闘を祈る。君に導きの青い星が輝かんことを」

「行ってらっしゃい。あんまり待たせないでね?」

「そう出来ることを願うよ」

 

 船が出る合図が鳴り、別れの挨拶を済ませて乗船した。ジオルドは既に荷物を積んだ自室へと向かう。

 

「ここから国の方の大陸まで三日……港からジャンボ村までの便は四日か……船あるかな……」

 

 国の大陸の地図を確認しながら、彼はジャンボ村へのルートを確定させた。

 

 

△▼△

 

 

 新大陸を発ってから七日後の夕方。ジャンボ村の船着場に、彼は10年以上の時を経て新たな第一歩を踏みしめた。

 

「変わらな……いや、大きくなったな……」

 

 ジャンボ村。若き竜人族の開拓者が興し、村長の手腕と村専属の狩人の活躍によって凄まじい勢いで成長したこの村は、今や多くのハンターが訪れ、流通も並のものでない地となった。テロス密林から近いこの村は、ドンドルマからは遠いが整備された水運によって、距離以上に早く確実に着くことができるようになっている。そしてジオルドもまた、その水運の発展に貢献した一人──すなわち、当時の村の専属ハンターだったのである。

 

「さて、親方はどこに……」

「……お前、もしかしてジオルドか!?」

「その声は……親方!!」

 

 驚く声に振り向くと、そこにはナマズのような口髭が四本生えたふくよかな大男が、目を見開いて立っていた。ジャンボ村の造船所と船着場を取りまとめる、船大工の親方だ。

 

「やっぱりお前さんか!連絡も寄越さずいきなり帰ってきおってこの!」

「痛い痛い!!いきなりぐりぐりしないでくれ親方!?俺だってまだそれ痛いから!!」

「ガハハハ!!すまんすまん!喜びと驚きでついやっちまった!」

「ははは……変わらないな、親方は。お弟子さんたちも大変だろうなこれは」

 

 解放されたが、水かきのついた手でバンバン背中を叩かれる。ジオルドからすれば、この村に初めて来た21年前から何も変わらない光景だな、としみじみ感じる物だった。しかし彼は今37歳。大男の平手は、割と身体に堪える歳が近くなってきた頃である。正直結構辛いだろうが、なんとか耐えている。

 

「それで、ジオルド。お前さん、どうしていきなり戻って来たんだ?」

「村長、あるいは(あね)さんに会って話がしたくてね。新大陸から飛んで帰ってきたんだ」

「おお、二人ともちょうど帰って来てるぞ。相変わらず、天運を容易く味方につけてるなお前は」

「はは、かもね。それじゃあまたな、親方。後で腕相撲がしたい」

「ガハハハ!!今度こそ負かしてやるわい!」

 

 手を大きく振りながら、船着場をあとにする。しかしすぐに、村長や彼の言う『姐さん』に会うわけではなく、その証拠に村役場とは違う場所に彼は足を向けていた。行き先は武具工房。相棒たる双剣を整備してもらうためだ。

 

「いらっしゃいハンターさん!今日はどんな御用で?」

「婆ちゃんはいるか?」

「上にいますぜ」

「助かる」

 

 彼の知る『婆ちゃん』……ではなくその弟子の一人であろう青年が店番をやっていた。案内を受けて武具工房の二階へと上がる。因みに一階は既製品の武具販売。二階では武具・装飾品の加工を行っている。そしてそれを行うのは、竜人族の技術を伝説の職人から受け継いだ老婆である。

 

「ほっ!誰かと思えばアンタかい!危うくワシも腰を抜かして逝っちまうところだったよ!」

 

 ジオルドが二階へと足を踏み入れると、左手に雌火竜の鱗でできたミトンを付けた老婆が、驚きの表情を浮かべてジオルドを見つめた。

 

「縁起でもないな婆ちゃん……元気そうでなによりだよ」

「アンタも元気そうねえ。要件は言わずとも分かるよ。相棒の手入れだろ?」

「話が早くて助かる。頼むよ」

「ほいほい、任されたよ。……それで、首尾はどうなんだい?」

 

 ジオルドから『封龍剣【超絶一門】』を託された婆ちゃんは、それに触れるなり目を細めて尋ねる。言うまでもなく、超絶一門についてだ。

 

「……残念ながら、新大陸にも無かったよ。未開の地の開拓を待つにはあまりにも時間が無かった。開拓済みの地にあった龍脈のエネルギーを宿した結晶をもってしても、元には戻らなかった」

「ふむ……見る限り、なんだか前より力のバランスが崩れた気がするねえ。12年前にドンドルマに行った時は良くなってたのに……やはり専用の資材じゃないとなのかねえ……」

 

 ジオルドの背負う『封龍剣【超絶一門】』。彼とこの双剣は、ジオルドが上位ハンターに昇格した時以来の付き合いだ。

 しかしこの武器は、元々酷い風化をしていた物を研磨して武器として再利用している代物だ。故に他の武具と比べて整備の手間は多く、使うべき資材も限定的になってくるのだ。

 加えて、白き少女にも指摘された『11年前からの衰弱』。これは彼の身体だけでなく、彼の双剣にも当てはまることだった。この衰弱の原因は、『黒き伝説』との戦いである。その戦い以来、ほんの僅かだが倦怠感を感じたり、双剣から違和感を感じたりすることが増えたという。思い当たる節があるとすれば──『黒龍の呪い』、ただ一つ。彼の者の武具は常に曰く付きで、関わった事例からは謎の失踪・狂死の報告が絶えないという。因みにジオルドの場合、封龍剣が呪いからジオルドを守ろうとして、そこに力を割いたが故に弱っている、と言うべきだが。

 

「……だけど、最近アテが見つかったんだ。それに関して、村長と姐さんに会って話したくてね。その間に、お願いできるか?」

「ふむふむ、あいよ!任せな!あとせっかくだし、防具も寄越しな!」

「助かる」

 

 持っていた荷物の中から、S・ソルZ一式を渡す。しかし婆ちゃんは、防具の左腕に見慣れないものがついてることに気付いた。

 

「おやこれは……もしやスリンガーって代物かい? ……簡素な作りだねぇ。でも丈夫そうだ」

「やれそう?」

「竜人の技術習得に比べりゃ楽だよ!任せな!」

 

 その言葉を聞いて、ジオルドは工房をあとにする。次に目指すは村役場。そこなら村長や姐さんもいるだろうと踏んでのことだ。扉の前に立ち、三度戸を叩いて尋ねる。

 

「村長はいるか?」

「あら、彼ならいつも通り村を見て回ってるわよ」

「……姐さん」

 

 ジオルドの後ろから話しかけたのは、ユクモ地方で見かけるような着物を着た、長身の竜人族の女性だ。本名も素性も不明──まあ、『古龍観測所』所属なのは察せられているが──であり、ジャンボ村の村長不在の時は彼女が村長代理を務めている。

 

「久しぶりね、ジオルド」

「変わらないですね、姐さんは」

「褒め言葉と受け取るわ。……それで、村長に何の用かしら?」

「一応、姐さんにも用があります。……立ち話もなんですし、中で話しません?」

「そこを開けるわ。待ってて」

 

 そう言うと姐さんは、複数の鍵が付いたキーホルダーを取り出し、その内の一本を取り出して解錠した。久しぶりに入った村役場は、村を出た時から大きく変わることのない姿を保っていた。

 

「そこに座って。荷物も適当に置いていいわ」

「姐さんは村長の座席……似合ってますね。流石、村長代理」

「ふふ、この村が興された当初にいた貴方に言われると嬉しいわ。……それで、急かすようだけどどんな要件?」

「……はい、これを見てください」

 

 そう言って、アイテムポーチから包み紙を取り出した。しかし奇妙なことに、その包み紙は光を発していた。

 

「……これは?」

「この中の……髪の毛のようなものです」

 

 包み紙から現れたのは、眩しくはなく、しかし確実に周囲を明るく照らす光を放つ、一本の長い髪の毛のようなものだった。

 

「これ……どこで?」

「新大陸でです。実はそこで──」

 

 同時、扉が開いた。

 

「ただいまー、ってここに居たのかジオルド!!オイラ慌てて探しちゃったよ……って、なんだいそれ?」

「村長!お久しぶりです!それとこれはですね……」

 

 探していた二名が揃ったこともあり、ジオルドは改めて、この髪の毛について話を始めた。

 

「……白き少女、か。オイラはそんな存在知らないなぁ」

「……まさか……いえ、そんなはずは」

「……姐さん、無理はしなくていいんです。でももし良ければ、教えていただけませんか?」

「いえ、私もまるで見当がついてないの。可能性にしたって低すぎるし……」

 

 姐さんは、どこか青ざめた様子で浮かんだ可能性を否定していた。信じたくないと言わんばかりに。

 

「そうですか……なら、別の話題にします。俺が、戻ってきた理由です」

「超絶一門に関して、ではないのかい?」

「間違いではありません。でも別の事です。……姐さん、人と竜、そして龍の住まうこの世界には、かつて何があったんですか?」

 

 話題を振られた彼女は、青ざめた顔でどこか怯えたように、しかし堪えるように答えた。

 

「……っ、それは、私の口からは語れない。でも、知る機会を与えることは出来るわ。ドンドルマ、及び古龍観測所に話を通しておくわ。そこから先は……あなたの力で成しなさい」

「……ありがとうございます、姐さん」

 

 礼を述べ、ジオルドは髪の毛を包み紙に戻してしまい込む。このままだと彼女が怯えたままになりかねないからだ。しまい込むと、程なくして姐さんは落ち着きを取り戻した。

 

「……ふぅ……心配させたわね。ジオルド、貴方はいつまで村に残るつもり?」

「少なくとも一ヶ月はいようかと。姐さんの連絡も考えたらそれぐらいになるかな、って」

「家は?」

「昔のが残ってるよ。アレは専属ハンターのためのものだからね」

「ありがとうございます。ではそこに戻ります」

「何かあればまた言ってくれよ」

 

 ジオルドは村長の言葉に頷き、笑みを浮かべながら村役場を去った。既に日が暮れたこの時間、目的地はかつての自宅。

 

「……ただいま」

 

 誰もおらず、しかし確かにある程度掃除がなされた跡のある、11年振りの我が家だ。

 

「変わってないんだな、ここだけは」

 

 既にジャンボ村を第二の故郷──とはいえ彼の生まれた地はもうないので第一の故郷とも言えるが──としている彼にとっては、感慨深い物である。

 ひとまず今日の疲れを癒すために、ジオルドは荷物を備え付けのアイテムボックスに置いて、インナーに着替えてベッドに飛び込んだ。

 

「……姐さんから伝達が来るまでは、村の依頼でもこなしておくか……ふぁぁ……」

 

 次の予定を呟きながら、彼は眠りについた。

 

 

△▼△

 

 

「……彼も踏み込むのね。『竜大戦』の真実に……」

 

 ジオルドが眠った数刻後、姐さんと呼ばれた竜人族の女性は、手紙を書きながら不安そうに呟いていた。その手と字は僅かながら震えており、既に何枚かの紙がぐしゃぐしゃに潰されて転がっていた。

 

「……どうか、彼には良き未来が訪れますように」

 

 震える手を抑えながら、そして友への祈りを込めながら、彼女は手紙を書き終える。宛先は『大老殿』と『古龍観測所本部』。内容は『英雄に真実の歴史を伝えて欲しい』、と。

 

「……今日は寝ましょう」

 

 書いた手紙に封をして纏め、彼女は床に就く。大きな不安とささやかな祈りを抱きながら。

 

 

△▼△

 

 

──キュウルルル…………

「……流石の行動力ね。あの剣を背負い、受け継ぐだけはあるわ」

 

 暗雲渦巻く空の下の廃墟に佇むは、その光景に不釣り合いなほど『純白』と呼ぶにふさわしい少女。そしてその傍らには、少女に勝るとも劣らぬほど白く美しい一角獣(ユニコーン)のような生き物(モンスター)、人類が『幻獣 キリン』と呼ぶ『古龍』が座っていた。

 

──キュウルルィ……!

「あら、貴方はやっぱり不安?まあ、そうよね。あの過ちを知り、かつての友を彼に討たれた貴方からすれば仕方ないわよね。分かってるわ。でも、やっぱり気になるじゃない?災厄と呼べる彼らを幾度となく退け、しかし驕ることもなく『狩人』として在り続ける彼のこと」

──キュウウゥゥ……!

「心配せずとも、いざと言う時は私が何とかするわ。臣下の不安(わがこのなやみ)を何とかするのは(おや)の役目だもの」

 

 気を荒らげそうな幻獣を、少女は視線を合わせつつ頭を撫でて宥める。それはさながら、幼子をあやす母親のようであった。

 

「願わくば、私の目が腐っていないことを願うわ。全く……()も誰彼構わず呪いなんて振りまいて……」

──キュルルゥ……

 

 そう呟いて暗雲の中心を見つめる。悪態をついてはいるが、その顔はどこか懐かしむようで、穏やかだった。しかし幻獣はそこに何か怯えだし、少女の胸元を舐め始めた。

 

「あらあら。くすぐったいわ。……気にしなくていいのよ。確かに、彼に封龍剣を向けられた時はチクッとしたけども」

 

 幻獣が舐める胸元には、少女の白い肌の中では強く際立つ、黒い二本の交差した刀傷が付いていた。決してそれは浅くなく、確かにその少女に刻み込まれていた。

 

「さあ、彼の本当の運命は始まったわ。その果てに彼は──運命から解き放れるか、避けられぬ死を迎えるか。それを、精々楽しみながら見つめましょう?」

 

 絵本を読み聞かせる母親のように穏やかな声は、どこへ届くこともなく空の彼方へ掻き消えていった。しかしそれは、確かにここからの運命を物語っていた。

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