早朝、午前4時
時計の針がこの時間を指す頃には、私は学校の制服に身を包み、使い込んだ運動靴を履いて散歩に出かける
それが私の日課


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また明日、この時間に

『早朝』

それは私の1番好きな時間帯

 

少し湿っぽくて空気が生暖かい

その生暖かさが気持ちよくて

不思議と空気が美味しく感じる

落ち着いた暗さに差し込む小さな朝日

 

そのすべてが大好きだった

 

 

私は毎朝4時に起きて散歩をする

 

それが私の日課

 

それともうひとつ

 

私が毎朝散歩をする理由がある

 

 

 

「おはようございます」

 

私が声をかけると、その人は顔に笑顔を浮かべて

 

「おはようございます」

 

とかえしてくれる

 

その人が手に持っているリードの先には大型犬が繋がれている

 

だが、その人は犬の散歩に付き合っているわけではない

 

その人の散歩に犬が付き合っているのだ

 

その人は盲目で、リードに繋がれている大型犬は、盲導犬だった

 

私とその人は毎朝、挨拶をかわしている

 

もう半年になるだろうか

その人と朝にこうして会うようになったのは

 

毎朝挨拶をかわしているが、まだお互い名前を知らない

 

私達は毎朝、挨拶を交わすだけの仲

 

ただ、「おはようございます」と挨拶をかわすだけ

 

でも、それでよかった

 

それがとても心地よかった

 

 

私はいつしか、その人に会いたくて毎朝4時に起きて散歩をするようになっていた

 

そして今日も

 

「おはようございます」

と挨拶をかわす

 

「おはようございます」

とその人がかえす

 

 

 

 

「…」

 

「今日は少し…寒いですね」

 

「え…!?あ、そ、そうですね」

 

おはようございます以外の言葉がかえってきて、

 

私は不意をつかれたようにビックリした

 

だからうまく言えなかった

 

 

その日からだった

 

その人が挨拶以外の会話をしてくるようになったのは

 

いつしか、2人と一匹で一緒に散歩をするようになっていた

 

その人も朝が好きなんだって

 

それを聞いて嬉しくなった

 

「いつも何してるんですか?目が見えないとできることって限られるでしょう」

 

「そうですね、…ラジオ聞いたり、近所のおじいちゃんおばあちゃんと話をしたり、…あ、最近はドラマCDというのにハマってるんですよ、アニメとか漫画を音声だけで表現してて、とっても面白いです」

 

「いいですね」

 

私は喋るのも相づちもヘタクソなので、ほとんどその人に会話をまかせている

 

私の曖昧な相づちにも嬉しそうに微笑んでくれて、その人はとても優しくて、いつも楽しそうだ

 

 

 

 

「今日も楽しかったです、ありがとうございました」

 

「私も、いろいろ聞けて楽しかったですよ、ではまた明日」

 

「はい、また明日」

 

 

私達はまだお互いの名前を知らない

 

でも、それでもよかった

 

名前を知らなくても、また明日会えるんだから

 

毎朝、「また明日」と明日も会う約束をする

 

その度に私の胸が踊る

 

また明日も会えるんだ

 

それが嬉しくて仕方がなかった

 

 

 

 

 

 

「すまんな桜…いきなりこんな話をして」

 

桜というのは私の名前

 

今、私に話しかけているのは私のお父さん

 

「え…ちょっと待って、ほんといきなりだね…なに?…それほんと?」

 

北海道に転勤するらしい

 

それはつまり、私達家族は北海道に引越しすることになったのだ

 

突然すぎて頭が真っ白になりそう

 

住む環境が変わる

 

学校も変わる

 

もう友達とも会えなくなる

 

 

 

あの人とも…

 

自分でもビックリした

 

友達との別れよりも、あの人との別れの方が辛かったからだ

 

 

 

 

次の日の朝

 

私はいつも通り、朝4時に起きて散歩にでかけた

 

「もう会えなくなります」と、あの人に伝えるために

 

あの人と会うまでの道がとても短く感じた

 

あの人に会ったら言わなくてはいけない

 

もう会えなくなります…と

 

言いたくないな

 

いつまでも、この関係を続けたかった

 

心の準備は昨日の夜嫌というほどしたのに…

 

怖いな…

 

犬の鳴き声が聞こえた

 

あの人の盲導犬が私に気づいて吠えている

 

ああ、言わなきゃ

 

もう私とその人の距離は3mになった

 

言わなきゃ

 

いつも自然とでた「おはようございます」の言葉が喉をつっかえて出てこない

 

盲導犬の反応で、私がそこにいるとわかったその人は、

 

いつもの「おはようございます」がないことに違和感を覚えたような顔をしていた

 

「あの…おはようございます?」

 

私は黙ったままだった

 

その人の優しい声を聞いて、気が緩んでしまった

 

耐えていた涙が零れ落ちる

 

零れて止まらなかった

 

私はすすり泣く声をできるだけ抑えてしゃがみこむ

 

まるで、私はここにいないとでも言うように

 

多分、私のすすり泣く声はその人に確かに聞こえていた

 

私がそこにいるということに気づいていたと思う

 

それでもその人は、

 

 

「今日は、これないんですね…」

 

と、言って歩き出す、少し歩いたところで1度振り返り、また歩き出した

 

名前も知らないその人は

 

…何も言わず、何も聞かず

 

その人は歩き出す

 

 

「ゴメンナサイ…」

 

やっとでた言葉は、溶けて消えてしまいそうな小さくてか弱い声…

 

あの人には聞こえないくらい小さくて震えた声…

 

 

 

 

 

私はその日、学校で皆に別れを言った

 

皆泣いて別れを惜しんでくれた

 

もちろん私も

 

 

あの人も私との別れを惜しんで泣いてくれるだろうか

 

そんなことは分かってる

 

きっとあの人は泣いてしまう

 

だから言えなかった

 

このまま、黙って行ってしまおうかな…

 

 

 

 

「出発は明後日か…」

 

夕方の帰り道、私はそうぼやく

 

 

 

 

次の日

 

私はいつも通り朝4時に起きた

 

もうこの時間を体が覚えてしまっている

 

「散歩…どうしよう」

 

 

 

 

決断は早かった

 

私は運動靴の紐をしっかり結んで扉を開ける

 

「いってきます」

 

歩き慣れた道

 

この道を散歩するのは、今日で最後だ

 

あの人との時間も

 

 

あの人の姿が見えた

 

「おはようございます!」

 

今日は少し遠いところから大きな声で叫んだ

 

私の声に気づいたその人はとても嬉しそうに

 

「おはようございます!」

 

と叫んだ

 

 

 

「昨日はすみませんでした…その…いないフリをしてしまって…」

 

「あ、やっぱりそうだったんですね、へへ…いいですよ、ちょっとしたかくれんぼみたいで楽しかったです」

 

やっぱりこの人は優しい

 

「あの…今日は、その…」

 

「どうしたんですか?モジモジして」

 

「…手を…」

 

「え?」

 

「手を繋ぎたいです…いいですか…?」

 

「私とですか?」

 

「他に誰が?」

 

「そうですね、はい、いいですよ」

 

ギュッ…

 

その人の手はとても冷たくて、私の手はとても熱くて、なんか私だけ緊張してるみたいで、恥ずかしかった

 

「なんかこうしてると、親子みたいですね、私達」

 

「そうですね」

 

「…」

 

「…」

 

「昨日…なんかありました?」

 

「…」

 

「ごめんなさい、聞いちゃ駄目でした…」

 

「あ!いえ…その…今日はそのことを伝えに来ました」

 

「あの…私、明日北海道に引っ越すんです…言うの遅くなってすいません…」

 

「え?…それは急ですね…北海道ですか…」

 

「はい、ほんとは昨日伝えようと思ってたんですけど…」

 

 

 

「そうですか…いいところですよね、北海道」

 

「え?」

 

「行ったことありませんか?私は行きましたよ、高校の時、修学旅行で」

 

「へ、へー」

 

あれ?思ったよりも冷静?

もっとオーバーに悲しむのかと思ってたのに

 

「さ、寂しくないですか?私がいなくなって」

 

「寂しいです、こんな朝早くの散歩に付き合ってくれるのはあなたくらいですから」

 

「そうですよね」

 

「ワンっ!」

 

盲導犬が一言吠えた

 

「あっ、ごめんねサクラ、あなたは別よ、いつも付き合ってくれてありがとね」

 

「サクラ…いい名前ですね」

 

「ありがとう…私がつけたの」

 

「…」

 

「泣いて…別れを惜しんでくれると思ってました?」

 

「あ、ああ…いえ」

 

「あはは、ごめんなさい、私そういう湿っぽいの苦手で…それに最後は笑顔でお別れを言いたいので」

 

「そっか…そうですよね、私もそう思ってました」

 

「…」

 

「話そ…いつもみたいに…いろいろ…」

 

「はい」

 

 

 

まるで、明日も明後日も明明後日も、ずっとこんな日々が続くような

 

どこへも行かずに、ずっとこんな日々が

 

これからも続くような

 

そんな気がした

 

 

 

 

「今日はありがとね…話してくれて」

 

「はい」

 

「じゃあ…また」

 

「…」

 

その人は、また明日…とは言わなかった

 

分かってる…分かってたけど…

 

その人の別れの言葉が

 

明日から会えなくなるということ

 

私が遠くへ行ってしまうということ

 

現実の世界に引き戻された感じだった

 

 

 

「手…離したくないです…」

 

「ふふ…甘えんぼさん…でも、学校あるでしょ、最後よ、皆にお別れを言いに行きな」

 

「……」

 

「まだ…一緒にいたい…明日も…明後日も…」

 

「私も……でもね、もうすぐ日の出だよ…」

 

その人は悲しそうにそう言った

 

私達の時間が終わる

 

私はこの人の手を離す

 

「はい…すいません…わがまま言って…」

 

「ううん…いいのよ…じゃあ…またね」

 

「はい…また…いつか…」

 

 

結局、最後までお互い名前を聞かなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北海道に来て半年が過ぎた

 

私は今も朝4時に起きて散歩をする

 

ここでの朝は少し寒い

 

いるわけもないあの人が、大きな盲導犬を連れて歩いてくる

 

そんな幻想を追いかけて

 

私は少し小走りをした

 

いくら走ったって、いくら急いだって

 

あの人はここにはいないのに

 

あの人に早く会いたくて

 

私は少し小走りをした

 




読んでくれてありがとうございました。
初めての創作小説…不慣れな文章で読みにくい箇所もあったと思います
お話を考えている時はとっても楽しかったので皆さんも楽しんで読んでくれてたら嬉しいです

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