Project・Avanzare   作:ラジラルク
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ⅰ:交渉

 

 

 

 最寄駅のすぐ目の前にある24時間営業のファミレス。高校時代からヨシキと放課後によく訪れてはくだらない話に華を咲かせていた通い慣れたファミレスのはずなのに、ほぼ赤の他人に近い人間と二人で来るだけで、まるで景色が変わって見えた。

 駅前という立地だけに、時計の針が22時を過ぎた今の時間帯でも店内は大勢の人間で賑わっており、頻繁に至るテーブルからウェイトレスを呼ぶベルが鳴り響いては、トレイを抱えたウェイトレスたちが慌ただしく店内を動き回っている。

 そんな騒がしいファミレスの店内奥にある二人用の席で、俺はP・Aの行く末を賭けた大勝負に挑んでいた。

 

「……それで、アタシをアイドルにするって本気なの?」

「何度もお伝えしたように、大真面目でございます」

 

 聖來さんは言葉の真偽を確かめるかのように、ジッと俺の瞳の奥を見つめている。かれこれ、店に入ってからはずっとこの調子だ。もう何度目だよ、このやり取り。要人深いのか俺がよっぽど胡散臭く見えるのか、聖來さんはこうやって何度も同じ質問を投げかけ続けては、俺からボロが出るのを待ち続けているかのようにジッと見つめているだけだ。

 チラッと彼女の前に置かれたままになっているコーヒーカップへ視線を落とす。せっかく注いできたのに一度も口をつけていないようで、熱々だったはずのコーヒーカップからは湯気は消え去ってしまっていた。

 

「それで、もう一度聴くけどさぁ……」

「はいっ! 大真面目でごぜいます!」

「いや、まだアタシ何も言ってないんだけど……」

「あっ……」

 

 思わず咄嗟に言葉が出てしまった。聖來さんは、少しだけ驚いたように目を見開いたのもつかの間、すぐさま目を細めて今まで以上に俺を疑い深い視線で見つめている。

 

 水木聖來。この人は絶対に逃したくない人材だった。

 公園で一目見た瞬間、まさにこの人だと俺の五感が告げていた。この人こそ、P・Aに相応しい人物だと。

 アイドル特有の可愛い系統ではないものの、美人で綺麗に整った彼女のパーツは年相応の大人の落ち着きを醸し出している。ヴィジュアルは余裕で及第点以上だ、可愛い路線ではないかもしれないが美人路線では十分に売り込めるレベルではあると思う。

 そして何より大きいのは、年齢やバックグラウンド含め、美城専務の細かいオーダーを全て奇跡的にクリアしている点だった。聖來さんは次の4月で26歳、話によれば高校から大学までダンスを続けるも卒業と同時に活動の場が減ってしまい、今は派遣社員として働く傍ら、先ほどのように暇を見つけてはストリートで誰の目に留まることもなく大好きなダンスを細々と続けていたらしい。

 ダンスだってアイドル活動をする上では重要な武器の一つになる。ボーカル、ダンス、ヴィジュアル、これらの要素が全くのゼロのアイドルを育てるより、一つでも武器を初期の段階で持っているのはかなり有利だ。もし上手く事が進めば、レッスン次第ではあるもののプロジェクト始動から短期間でデビューを果たせる即戦力になれるかもしれないのだから。

 この人は絶対に逃したらダメな人間だ。そう思い、とりあえず半ば強引に名刺を渡して交渉の席まで連れてきたものの、疑い深い聖來さんはそんな簡単に首を縦に振ってくれるわけでもなく、こうして長い間疑いの眼差しで俺の話を容易には信じまいと、牽制し続けているのだ。

 

「聖來さん。何度も言いますけど、俺は本気です。本気で貴女をプロデュースしてアイドルにしたいと思っています」

「……本気なら、どうしてアタシなの?」

「それは先ほどもお伝えしたように、聖來さんはアイドルとして輝ける魅力を既にお持ちであると……」

「そういうことじゃなくてさ」

 

 俺の説得はすぐさま遮られた。

 どうしてって訊かれて理由を素直に答えたら違うって、この人はどんな答えを期待していたのだろう。

 

「と、言いますと?」

「アタシ、最初に話したよね? 次の来月でもう26歳になるんだよ?」

「あぁ、年齢の事ですか。それなら問題ないですよ、むしろドンピシャな感じです」

「だから、ドンピシャの意味が分からないって言ってるの。26歳でアイドル目指すとか、ふざけてるとしか思えないじゃん」

 

 膠着状態だった今までと、少し流れが変わった気がした。

 このチャンスを逃すまいと俺はすぐさま鞄を開け、クリアファイルに挟まれたプロジェクト資料を一部だけ取り出してテーブルの上へと置く。専務からはあんまりプロジェクトに関する詳細を部外者には口外するなと言われていたが、聖來さんには問題ないだろう。この人は、間違いなくP・Aに必要な人材なのだから。

 

「プロジェクト・アヴァンツァーレ……? 何これ、見てもいいの?」

「はい。この資料を読めば、聖來さんをスカウトした理由が分かるかと思いますので」

「う、うん。分かった」

 

 聖來さんが今見ている資料には、P・Aの理念や活動方針が事細かくまとめられている。

 対象が10代後半から20代後半のアイドル未経験の女性になっている理由や、P・Aがどのような目的で結成されどのようなアイドル活動をするか、などなど、俺がスカウト活動に精を出す片手間で作り上げた、スカウト候補者対象のプロジェクト資料だ。もっとも、今までこの資料を渡せる段階まで進んだ子がいなかったため、聖來さんが初お披露目となったわけだが。

 

「P・Aは夢を諦めた大人たち、または夢に挫折した大人たちにもう一度立ち上がる勇気を与えることを目的としたプロジェクト……」

「そうです。聖來さんも感じていたのではないですが? 大人になって夢を追う事がどれだけ窮屈で難しいことなのかを」

「そう……、だね」

 

 “いっそ辞めてしまえればラクになのにね”、聖來さんがポロっと零した言葉で薄々勘付いていた。きっとこの人はまだ夢を断ち切れずに、心の奥底ではまだダンスを諦めていないのだと。

 だけど世間の目や自分自身の年齢、そんな様々なしがらみが重い鎖となって、彼女の足を縛っては夢への踏み出す一歩を躊躇わせている。だがらこそ、この資料を読んで彼女の挑戦するという行為が自分だけのものではないと気付くことができれば、その視線が少し変わると俺は思っていた。聖來さんが今の年齢に臆せずに夢へと挑戦する姿を見て、勇気を貰う同世代の人たちは沢山現れれば……、彼女の挑戦は大勢の人の心を動かし、感動と勇気を与えることができるかもしれない。そして、ヴィジュアルやバックグラウンドを含め、それを可能にするための素質を、聖來さんは持っている。

 一人で何かに挑戦し続けるのは精神的にも厳しい。でもファンの人たち含め、一人でも多くの人に応援してもらうことができたらきっと……。

 

「ごめん、アタシにはやっぱできないよ」

 

 えっ?

 この資料に目を通してもらうことによって勝ちパターンの方程式が成立すると勝手に思い込んでいた俺は、冷水を浴びせられてしまった。

 

 

 

ⅱ:御伽話

 

 

 

「ごめん、アタシにはやっぱできないよ」

 

 何度も目を通した資料をそっと閉じてそう言うと、スーツ姿の島村と名乗るスカウトマンは驚いたように目をぱちくりさせていた。

 資料に記載された詳細を読んで、魅力的な企画だなと思った。アタシがアイドルとして夢を追いかけることで大勢の人に勇気や感動を与える、それはきっととてもやり甲斐のあることで、すごく素敵なことだとも。

 だけど、大勢の人の心を動かす、そんな大層なことがアタシにはとてもじゃないができる気がしなかった。だってアタシは……。

 

「アタシさ、荒んでるんだよ、心が」

「荒んでいる……、ですか?」

 

 そう。

 アタシは気が付いてしまった。好きなことをしているだけでは生きていけないという現実に。昔から大人たちが語る理想論を貫くだけで生きていけるほど、この世の中は甘くないのだと。本当に好きなことをするだけで生きていける人間は、ごく僅かな限られた才能の持ち主だけで、それ以外の人間ーー、言わばアタシのような一般人は現実を見て地に足をつけて生きていかなければならないのだ。

 そんな理想論を、何も知らない小さな子供たちに語る大人たちがアタシは嫌いだ。だけどそれ以上に嫌いなのは、現実的に生きる勇気もなければダンスを捨てる勇気もない、中途半端なまま26歳目前まで生きてきた自分だった。

 

「夢を追うことで沢山の人を勇気付ける、それは素敵なことだと思うよ? だけどそれが出来るほど、アタシは純粋じゃない」

 

 きっと多くの人の心を動かせるのは、真っ直ぐで純白な心。迷いもなく、自分のやりたい事に一直線で進んでいける人。

 アタシはそんな綺麗なものたちを、とうの昔に失ってしまった。

 今の自分に残っているのは、夢はあるはずなのに、妙に冷めた眼差しでしか現実を見る事のできない、中途半端で荒んだものたちばかり。

 

「妙に冷めてる自分が心の中にいてさ。ダンスは好きなのに、『好きな事するだけじゃ生きていけない』って思うアタシがいて、結局今日まで中途半端なまま生きてきたわけだし」

 

 こんな中途半端で迷ってばかりで、好きな事にでさえ真っ直ぐに向き合えないアタシがアイドルになって多くの人の心を動かすなんてこと、到底出来るはずがなかった。

 煌びやかな衣装を着て、大勢の人から声援を受けてステージ立つーー、そんなアイドルという職業に興味がないと言えば嘘になる。女の子なら誰しもが一度は憧れるであろう、あのキラキラした世界の登場人物になれるのならば、なりたいと思うのは当然の事だろう。

 だけど、アイドルという職業は誰もがなれるような容易な職業ではない。アタシはもう26歳になる立派な大人だ、その世界が自分には縁のない世界だというの現実にはとうの昔に気が付いていた。ましてや、自分で自分の事を好きになれないような人間に、人々に夢と希望を与えるアイドルなど務まるはずがなかった。

 

「……アタシには無理だよ。今から夢を追いかけられるには、色々なものを知りすぎてしまったから」

 

 島村さんは何も言わなかった。

 これがアタシの答えだと言わんばかりに、受け取った資料を島村さんに突き返す。資料が彼の手に渡ったのを確認して、アタシは椅子を引いて背もたれに掛けていたコートを手に取った。

 島村さんには悪いけど、アタシは彼が言うほどこのプロジェクトの適任者にはどう考えても思えない。だから少し勿体ない気もするけど話はこれで終わり……、そう思った矢先、彼が口を開いた。

 

「今の話を聴いて確信しました。やはり聖來さんは、P・Aに必要な存在です」

 

 はぁ?

 何言ってるのこの人は。アタシの話、ちゃんと聴いてた? 

 

 思わず呆れて言葉が出なかった。だけど、島村さんはアタシを射抜くような真っ直ぐな眼差しでアタシを見つめ続けていた。

 

 

 

ⅲ:御伽話の世界へ

 

 

 

 島村さんと別れ、自宅へと帰ったアタシは風呂にも入らず着替えもせず、真っ暗な自室のベッドの上で仰向けになりながらボンヤリと天井を眺めていた。

 今日も朝から仕事があって、夜には友人たちと公園で踊って、身体は疲れているはずなのに、意識は覚醒したままで全く眠気がやってこない。窓から差し込む月明かりが、今日はやけに眩しく感じられた。

 

(アイドル、かぁ……)

 振り払っても振り払っても、無意識に脳裏に浮かぶのは島村さんの言葉。今日の事は一度忘れようと目を瞑って眠りにつこうとしても、その度に数時間前にファミレスでの出来事が浮かんできては、眠りにつこうとするアタシを現実世界へと無理やり連れ戻す。

 

『夢を追う大変さ、好きなことしているだけでは生きていけない現実の厳しさを知っている聖來さんだからこそ、多くの人に夢と勇気を与えることができると思うんです』

 

 何度もこだまするようにフラッシュバックする島村さんの言葉。

 そしてアタシにアイドルにならないかと声をかけたその男は、最後の別れ際に再度名刺と資料を押し付けるようにして手渡し、アタシにこう言った。

 

“貴女のように理想と現実のギャップに苦しんでいる人は沢山います。そんな一歩を踏み出せずに燻っている若者たちを導く、星のような存在になってほしい”、と。

 大人になっても子供の頃のように迷わずに夢に向かうことのできる人間は少ない。もし仮にそういった人間がいたとしても、その人間は現実に苦しむ人たちを導く星にはなることはできないはずだ。何故なら、夢を追うことの大変さ、今の時代で好きなことを貫く窮屈さ、そんな葛藤を知らない人が迷い悩む人たちの共感を得られるはずがないのだから。

 彼の言葉は頑なにアイドルへの勧誘を断ろうとしていたアタシの決意を大きく揺るがした。

 

 アタシにしかできないこと。

 アタシだからこそできること。

 

 ダンスを諦めきれずに、かと言って今から全てを捨ててまで夢に向かう覚悟もなく、中途半端なまま茨城の田舎で未練がましくストレートで踊っていたアタシだからこそ、多くの人に勇気と希望を与えるアイドルになれるのだと彼は言ってくれた。

 もしかしたらアタシは島村さんのような人間がいつか現れることを、ずっと密かに待ち望んでいたのではないかと思う。それこそ、誰もが一度は憧れた御伽話に登場するシンデレラのように、いつかふとアタシの元に何処からか颯爽と王子様が現れて、夢も希望もない退屈な日常からキラキラした世界へと連れ出してくれるような、そんな絵空事が現実にならないかと。

 だからアタシはこうして、26歳間近になっても誰の目にも留まらないような田舎の公園で踊り続けていたのかもしれない。いつか何処からか現れた王子様がアタシを見つけ出してくれると、そんな淡い期待を抱いて。

 

 アタシは床に放り投げたままになっていた鞄から、数時間前に受け取った資料を取り出し、もう一度だけ目を通した。

 そして、ふと月明かりが差し込む窓に視線を投げる。

 綺麗な満月が輝く闇夜。そんな神々しい満月の周り一帯には、まるで自身の存在を証明するかのように無数の星たちがか細い光を精一杯発しており、何処までも続く夜空を彩っていた。

 その星たちを見て、アタシの決意は固まった。

 

(月にはなれなくても、アタシだってーー)

 

 

 

 

ⅳ:悪魔からの情報提供

 

 翌日、朝一で聖來さんから電話があった。P・Aのオーディションを受けさせてほしい、と。

 そして昨夜二人で訪れたファミレスで再度待ち合わせをし、細かな説明を経て、無事に聖來さんのオーディションへの参加が決まった。

 今朝見た聖來さんの表情は迷いが吹っ切れたような、昨晩のとは比べ物にならないくらい素敵な表情をしていた。この様子ならオーディションも問題はないと思う。美城専務の細かなオーダーも一通りクリアしているし、何より本人もP・Aのコンセプトを理解してアイドル活動への挑戦を前向きに捉えてくれている。きっと出来レースのオーディションで期待を裏切ることなく、専務から合格の太鼓判を押してもらえるはずだ。

 俺の説得も無事に報われたようで、おそらくこの企画に一番適しているであろう人間のスカウトに成功することができた。スカウト未経験の俺にしては、聖來さんを発掘してオーディション参加まで漕ぎ着けただけで上出来ではないだろうか。

 

 だが、二週間後にオーディションを控え、まだまだ頭数が足りていないのが現実。

 とりあえず“合格前提者”を一人確保できたことで胸を撫でおろしたのもつかの間、俺はすぐさま次のスカウトに向けてまた途方もない努力をしなければならなかった。

 そんな俺に一本の電話がかかってきたのは、ちょうど説明を全て終えて聖來さんと別れた直後だった。

 

『お疲れさまです、千川です。お休み中すみません、今大丈夫ですか?』

「あ、はい。大丈夫ですけど」

 

 電話はちひろさんからだった。

 そっか、一応今日は休みだったのか。

 聖來さんの説得で夢中になっていたから、俺が今日三週間ぶりに休みをもらっていたという事実をすっかりと忘れてしまっていた。

 

『島村さんに素敵な情報提供です』

 




水木聖來のウワサ①

男運が絶望的にないらしい。







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