過去に衣音は父親と一回だけ会ったことがある。その日は何年も前の晴れた日だった。連絡もなく父親は家に尋ねると自分に『小倉刀奈という女性はいるかい?』と玄関で出迎えた自分に言った。その時は自分の正体も知らず、目の前の自分と似ている人が自分の父親なんて思いもしなかった。
その後言われた通り、客が来たと母に伝えると滅多に来ない来客に不思議そうな顔をしながら玄関へ母は向かっていった。その後のことは覚えていない、微かに覚えていることと言えばその時偶然来ていた簪お姉ちゃんがまじめにやってくれたパペットの一人芝居が死ぬほど退屈であったことぐらいだ。
そしてその夜、母は自分を抱きしめると涙を流して泣いた。聞いても何も答えず、ギュッとさらに力を入れて自分を抱きしめる。なぜ怪我をしているわけでもないのに母は泣くのだろうか。痛くて泣いているわけではないのだったら、寂しかったのだろうか。
だけど、周りには簪お姉ちゃんを始めとしたたくさんの優しい人たちがいた。親戚や学生時代の同級生、それでも母にはその人たちには埋められない心の欠片があった。それは最も大切な部分、そして自分が最も欲している物であった。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
戦闘が終わり、時刻は午前9時。本来は学園にいる時間なのだが、衣音は学園から大きく離れた山奥のテントの中で父親と向かい合っていた。そしてその隣には一緒についてきたマドカ。だが、顔はどこか気まずそうな表情をしている。
「っ・・・・・」
戦闘が終わり、誰もいない場所である昨晩野営をしていたテントへ案内したのだが、向かい合って約二時間、双方一言も言葉を発することなく真顔で向かい合っている。初めはマドカもお互いどう話していいのかわからずに戸惑っていると思っていたのだが、さすがに二時間は異常だ。
考えられることといえば、自分が分からない信号を送っていることだがいくらなんでも二時間は会話に時間がかかりすぎではないだろうか。この不気味な空間から出たいが、テントの外は山奥であることもあってか大量の蚊がいてうっとおしいことこのうえない。
だが、この摩訶不思議な空間にもやっと進展が見えた。
「父さん」
「なんだ?」
「愛人とかいる?それも子持ちの」
やはりこの親子の会話の内容をいくら考えても理解できない。再開したばかりの父親に『愛人をいるか?』と質問することなど昼ドラでもないだろう。
「僕以外の子供いるよね?父さんがそこらへんに種を蒔くからそうなるんだよ」
「いたとしてもそいつを自分の子供としては認知したくないな。泥沼な展開になることは火を見るよりも明らかだ」
「じゃあ、『あいつ』はなんだ?」
その時衣音の目つきが急変する。目の前の父親と敵対するような攻撃的な雰囲気を醸し出し、睨みつける。
「あの顔は間違いなく僕や父さんの血が混じっている。ただの愛人の子ならまだしも、なぜよりにもよってそいつがAXEに乗って僕の命を狙ってくる?」
「あいつは・・・・例えるならばお前のドッペルゲンガーだ。限りなくお前に近いが別の存在」
「都市伝説は信じていないんだけどね・・・なんなんだあいつは・・・・」
「お前はどこまで知っている?」
「詳しくは知らない、小倉瑠奈と小倉雄星、あとは
「なんだ、しっかりと知っているじゃないか。あの母さんのことだ、秘密は墓場まで持っていくと思っていたのだが」
だけど、それ故に説明するのが心底嫌になる。性交渉ではなく、人工着床によって生まれ自然ではありえない3人の遺伝子を持つ子供である小倉衣音に刀奈が愛した夫のなりそこないである自分、そして自分の知らないところで生み出された自分の血を引く子供。いくらなんでも複雑すぎる家族構成だろう。
「簡単言えば、AXEの操縦者は小倉瑠奈と僕ーーー小倉雄星の間にできた子だ。お前と違い、人間の遺伝子が入っていない
「過去に殺しあった関係だというのに、母さんを裏切ってまで彼女とくっついたの?」
「それは少し違う。あいつもお前と同じ自然の摂理に沿って生まれたものではないのさ。昔、とある場所に
「・・・・狂ってるな」
つまり、あれは自分から母ーーー小倉刀奈の遺伝子を抜いた姿だというのか。遺伝的要因や環境的要因で人間という生物は大きく変わるものだが、それがあそこまで変化するとは驚きだ。
「そんなに自分の子供が欲しかったの、彼女は?」
「子供というより、自分の愛情のはけ口が欲しかったんだろう。人間などという格下の存在ではなく、自分の血を受け継ぎ、愛欲、性欲、保護欲を受け入れる者が」
「でもいくら頑張っても弟であった小倉雄星と違うよ。あいつは自分の息子であって弟じゃないよね?」
「そんなこと小倉瑠奈は考えていない。あいつは自分の腹から生まれてきた弟だ、そしてこの弟と協力して自分の遺伝子を継ぐ不当な輩を片付けようってね」
無茶苦茶すぎる理論に頭が痛くなる。なぜ弟が姉の腹から生まれてくるのだろうか。その話を聞くと、遺伝的には自分に近いが、立場や存在は父に近いものなのかもしれない。複雑すぎる・・・・複雑すぎる人間関係だ。
「・・・・で、結局その小倉姉弟は何がしたいの?目的が見えてこないんだけど」
「いろいろあるが今のあいつらの目的は自分達以外の
「こっわ・・・」
結局、これも過去の因縁なのかもしれない。小倉瑠奈と小倉雄星、誰よりもお互いを必要とし、愛し合った仲だというのに今や戦い殺しあう関係。正義も悪もない、勝ったものが未来を手にする単純明快すぎる報酬。
「なんとかして見逃してもらえないかな?」
「無理だ。あの小倉瑠奈はかつて大切な弟を奪った小倉刀奈に執念を抱いている。話し合いで済むような相手じゃない」
「一度死んだ者が恨みを持って復讐してくる。まるでホラー映画だな」
現状は把握した。だが、状況が状況なだけにどのように動くべきだろうか。あのAXEの強さからするに相手も相当な力を持っていることがわかる。当然ながらヴァリアントであろうとAXEとエクセリア相手にして勝機など薄い。ならば、ここは父とマドカと手を組むべきだろう。
母を守りたい気持ちは同じだし、敵対していいことなど一つもない。
「父さん、僕も戦う」
「ダメだ、お前は学園にいろ。あそこならば安全だ」
「本気で言ってるの?」
「ああ、本気だ。お前が僕たちの事情に巻き込まれる必要はない。小倉雄星の因縁は小倉雄星が終わらせる。お前は大人しくしていろ」
「っ!」
どこまでも子ども扱いしてくる父親の態度に頭に血が上り、胸倉に掴みかかる。さっきの発言ではまるで自分が足手まといのような言い方だ。
「こっちはAXEに一度襲われている身なんだ。それに話だけ聞くと、僕だけ都合よく見逃してくれるなんてことは期待できない。だったら戦うしかないだろう。それともこのままあいつらから逃げ回るような人生を送れというのか?」
「そんなことをさせるつもりないが、万が一お前の身になにかあったら母さんになんと詫びればいい?」
不意に出てきた母親の話で体の力を抜ける。何年も家を空けていたというのに、自分と母親の心配をしていたことが少々意外だった。
「何年も帰っていないこんなろくでもない不倫夫ならばまだしも、最愛の息子であるお前が死んだなどということになったら母さんは悲しむなどという話じゃない。最悪、自殺するかもしれない、それをわかっていて僕にお前を戦わせろというのか?」
「何をいまさら・・・父親面を・・・・」
「単刀直入に言えば、僕はお前も簪も母さんも誰にも死んでほしくない。死ぬのは僕だけで十分だと思っている。なぜならお前たちを愛しているからだ」
「・・・・・・」
この言葉を口にしたとき、やはりこの人は父親なのだと確信する。日頃、猫のように狡猾でずる賢い母が誰よりも寂しがり屋であること、そして自分の身を案じて言うこと。それはただの遺伝子提供者ではなく、母を愛し、自分を息子であることを自覚していなくては言えないセリフだ。
「わかった、今はとりあえずおとなしくしているけど。本当にやばくなったらそっちに行くよ」
「ああ、それがいい。それよりも学園に戻らなくていいのか?授業があるだろう」
「そうだね、テントを畳むから二人は外に出て」
なんやかんだで話は終わり、外に出ると雄星とマドカは少し離れた場所で衣音が片付けをしているところを眺める。
「どうだ、息子との会話をした感想は?」
「衣音は・・・本当にあいつに似ている。強いところも賢いところも、人一倍他者に対して警戒心があるところも」
まるで自分の相棒と話したような気分だ。それほどまでに衣音は自分とそっくりだった。そしてそんな衣音だったからこそ、妻を十年以上支えてきてくれたんだろう。
「僕は家族を守りたい。その後でどうするかはあいつ次第だ。だけど、もう
それだけ言うと、片付けをしている衣音に背を向け、ゆっくりと山の中へ消えていく。息子と会えたからといって喜びはない。あるのはこの禍根と因縁を今度こそ確実に断ち切るという確固たる意志であった。
ーーーー
「ぐっ、うっ、ぐぅぅぅ・・・・」
暗い部屋で一人の少年の苦悶の声が響く。最低限の家具しかない殺風景な空間で血で真っ赤になったタオルを額に押し付け、ベットで狂い悶えていた。それは先ほどの戦いで負傷したAXEの操縦者である雄星であった。先ほどから止血と痛み止めを行っているが、なかなか痛みが治まらない。
だが、それでも彼は最強の兵士の遺伝子を継いだ
「大丈夫、雄星?」
すると部屋に戦闘終了後、雄星の傷の治療を施し、シャワーを浴びていた小倉瑠奈が部屋に戻ってきた。服装はセクシーな黒のランジェリー姿で歩くたびに胸とお尻の肉が左右に揺れている。
「ごめんなさい、私の不注意でこんなことになって・・・」
心底申し訳なさそうに謝ると、血だらけの雄星の頭を抱きしめた。そのせいで胸のブラが血で汚れてしまったのだが、気にした様子もなく落ち着かせる。だが、雄星が自分の胸に顔を押し付けていることに大きな肉欲が湧きだしてくる。
「っ・・・・」
モジモジと太ももをこすり合わせ、必死に欲望を理性で抑えるがそう長くは続かない。体中の皮膚が熱を帯びて赤くなり、息が荒くなっていく。口から唾液が垂れ、脳内に欲望のビジョンが映し出される。彼を犯したい、彼を襲いたい、彼の体で性の快楽を味わいたい。それに埋め尽くされると、雄星の頭を抱いたまま、ゆっくりとベットに押し倒す。
「雄星、雄星っ・・・・」
雄星の腹部に馬乗りになり、ブラのホックをはずして脱ぎ捨てる。続いてパンツも脱ぎ捨てようとする瑠奈の手を雄星が静止させる。
「ダメだよ、お姉ちゃん。今僕は負傷中だから寝ていないと」
「そ、そんなぁ・・・・お願い雄星一回だけでいいから。なんなら前座はなしでいきなり本番で挿れてもいいのよ?」
「今の状態じゃ、お姉ちゃんを満足させられる自信がないんだ。だったら、少し我慢して最高に気持ちよくなれるほうがいいと思うよ」
「もう・・・じゃあ今夜は沢山してもらうからね?約束よ」
「うん、頑張るよ」
約束の証と言わんばかりに瑠奈の口にキスをすると、それで納得してくれたのか脱ぎかけのパンツと床に脱ぎ捨てられたブラを拾って瑠奈は部屋を出ていく。そして部屋から離れていく足音を聞き届けると、深くため息を吐き、
「ぺっ!くそ女が・・・」
歪んだ顔で先ほどのキスによって生じた自分と瑠奈の唾液の混合液を吐き捨てる。なにが家族だ、なにが姉だ。今のように戦いで負傷し、苦しんでいたとしても自分を欲望のはけ口としか見ていないくせに。自分を小倉雄星とかいうよくわからない男のドッペルゲンガーと見間違えている精神異常者が。
「くそが・・・」
今すぐにでもあの女を殺したいところだが、短気は損気だ。まだ、あの女には利用価値がある。始まりの
小倉雄星と小倉瑠奈。どちらが勝つにしろ、自分の自由になるには両者とも大きな障害となる存在だ。そんな者たちには退場願おう。そしてもう一つの障害である小倉衣音。
「あいつ・・・・」
自分と似たような生まれ方、自分と同じ
だが、いずれ決着はつけてやる。この傷の借りも必ず返す。それまで人としての幸せを存分に味わいながら生きていればいい。自分の無力さに変わるその日まで。
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