「はあ、はあ・・・・」
太陽は完全に沈み、夜空が煌めく夜。大きなリックを背負った二人の似た少女が山道のふもとで息を切らしていた。
「簪ちゃん・・・・どこに向かっているの?」
「ここに行きたいんだけど・・・・」
「そこって山奥じゃない。そんな場所に私を連れて何があるの?」
「ごめん、わからない」
「わからないって・・・・そんなこと言われても・・・・」
朝、起きたら急に荷物がまとめられており、なぜか四国へ連れて込まれた。学園には外泊届を出しているからいいが、今日は平日なのだ。いったい、妹は平日に授業を休んでまで自分を連れてこんな辺境の地に何をしに来たのだろうか。さっきからその意図を聞いているのだが、『わからない』の一点張りだ。
「とりあえず、宿泊できる場所を探しましょう。もう日も落ちてきているし・・・」
「そうだね・・・・」
少し、周囲を散開すると運よく灯りが思っている宿泊施設らしき旅館が発見できた。
「これはこれは、いらっしゃいませ」
中へ入ると、従業員らしき女中のような着物をきた女性が出迎えてくれた。
「あの、予約をしていないんですけど・・・・大丈夫ですか?」
「はい、お部屋は空いています。お二人様でのご利用ですか?お部屋へご案内いたしましょう。よろしければお荷物をお預かりいたします」
飛び入りのような状況だが、嫌な顔一つせずに笑顔で部屋へ案内してくれた。
「このような辺境の地の民宿をご利用していただきありがとうございます」
「いえ・・・こちらこそいきなり来てしまってごめんなさい・・・・」
その謝罪の言葉に優しく微笑むと疲れた楯無と簪を労ってか、布団を敷き始めてくれる。そのさりげない気遣いは地味に嬉しいものだ。
「そういえば・・・・最近、お若い方々の間でここのような辺境を観光するのがブームなのですか?」
「え・・・そういう意味ですか?」
「つい最近、あなた方ほどの年齢の
「いえ、私たちは観光ではなく・・・・・その・・・ちょっとした調査をするためにここへ来たので・・・・」
「ああ、そうなのですか。申し訳ありません。不必要なご質問をしてしまいまして」
「あっ・・いえ・・・気にしないでください・・・」
日頃は人見知りをする簪なのだが、この従業員の礼儀正しくも優しい雰囲気に和まされ、ついつい世間話をしてしまった。その珍しい光景を楯無は満足そうな顔で眺めている。
「お客様、不用意ながら温泉をご用意させていただきました。ぜひ、ご利用ください」
最後にペコリと深くお辞儀をすると、従業員は部屋を静かに出ていった。そして暫しの間を沈黙が支配する。
「えっと・・・・とりあえず、温泉にいかない?」
「え・・・あ、うん・・・」
疲れからか、脳がフリーズしてしまうが今日一日の汗を流すにはいい機会だ。お互い、疲労でクタクタの状態で着替えを持ち、入浴場へと向かっていった。
「ふーーーー」
湯につかった瞬間、何とも年寄り臭い声が出てしまう。だが、それは体が今日一日の疲労を流してくれているという確かな証拠だ。
「ふう、気持ちいわね、簪ちゃん」
「うん・・・・」
簪と楯無の声が広い大浴場に響く。周囲には他に誰にもいらず、完全に貸し切りの状態となっている。その雰囲気がさらに豪華さを演出していた。やはり、近くに観光地があるわけもなければ、都会があるわけでもないこの旅館ではわざわざ来て宿泊しようとするものなどいないのだろうか。
温泉を引いているおかげか、少し湯に粘り気がある。それを楯無が気持ちよさそうに腕や肩にかけているが、腕部や肩、脇下などの部分からは少しやせ細り、骨が浮き出ていた。
「お姉ちゃん、ちょっとごめんね」
「簪ちゃん?きゃっ!」
ふとそのことが気になった簪が楯無のやせ細った部位を軽く触る。やはり、ここ最近の無気力な生活のせいで食欲がなくなっていたのか、肉付きがなくなりか細くなっている。
「最近・・・・食べれてないよね・・・?大丈夫?」
「だ、大丈夫よ・・・・もう簪ちゃんったら心配しすぎなんだから・・・・」
誤魔化ように明るい声で取り繕うが、やはりどこか弱弱しい印象が感じ取れた。このまま少しずつやせ細って死んでしまうのだろうか、そんな最悪の未来を想像して温泉に入っているというのに背筋が冷たくなる。
「エスト、そろそろ教えて・・・ここに何があるのかを」
『ふむ・・・・そうですね。そろそろお教えしましょう』
周囲に誰もいないことを確認すると、目の前にエストが現れる。
『ただし、お聞きになられる際は落ち着いてください。いいですね?』
その条件に二人は軽く頷き、重要な話を聞くために気持ちを整える。
『この近くにーーーーー』
エストの告げる衝撃の事実。それを聞いた瞬間、二人の目が大きく見開かれる。
「っ!」
『マスター!刀奈様を止めてください!!』
それを聞くな否や湯からでて、全裸のまま脱衣場を飛び出そうとする勢いの楯無の背後を簪が羽衣締めにして止める。
「お姉ちゃん落ち着いて!!」
「離して簪ちゃん!すぐそこまで・・・すぐそこまできているんだから行かなくちゃ!!」
『今は夜です。そんな足場も見えない状態で山へ行くのは危険すぎます』
「でも・・・・でも・・・・」
本人も夜の山に入ることがどれだけ危険なことなのかはわかっている。だが、その考えに興奮と思考が追い付いておらず、心の底から有り余る興奮と焦りを完全に制御しきれていない。
「お姉ちゃん、私だって行きたいよ・・・・でも、夜の山は危険・・・・ISを使うわけにもいかないし・・・・」
「そう・・・よね・・・・」
そこまで言われたところで頭が冷静になり、今焦っても仕方がないことを理解する。
『とりあえず、もう一度温泉へお戻りください。このままではお体に触ります』
簪の説得とエストのアドバイスに従い、再び温泉へ戻る。そして大きく取り戻した自分を反省するかのように話したまで湯に浸かる。まるで悪戯をして叱られた子供のようだ。
『本格的な捜索は明日に行いましょう。今日はごゆっくりとお時間をとり、お体を癒してください』
「そう・・・ね・・・・」
落ち着いたとはいえ、今の心情は目的の山奥へ向かうことでいっぱいであった。そしてその興奮がそう簡単に収まってくれるはずもなく、この後の入浴時間も夕食中もこの言葉にできない焦燥と焦りが楯無の心中に蠢いていくのであった。
「すー・・・・すー・・・・」
その感情は就寝時間となった今でも消えることはなかった。疲れと夕食後の満腹感からか、静かな寝息を立てながら眠る簪の隣で、今すぐにでも飛び出したいこの感情を抑える。「今動くのは危険だ」、「危ない」、その危機感と隣り合わせで存在して言うのはかつての思い出であった。
あの時もなんの前触れもなくいきなり消えてしまった輝かしい日々。今、動かなかったらあの時と同じように消え去ってしまうのではないか。少し心が傾く。そのまま考えが傾倒していくのにそれほど時間がかからなかった。
「簪ちゃん、ごめんなさい」
簪が完全に寝ていることを確認すると、何も持たず、旅館着のまま静かに部屋をでていく。
幸いなことに通路の灯りは消灯されておらず、迷うことなく玄関へ行くことができた。そのまま戸棚に手をかけた時
「お客様?どうなされました?」
背後から声を掛けられる。振り向いてみると、そこにいたのは先ほど自分たちを出迎えてくれた女中の従業員であった。備品の片付けをしていた途中だからか、手元には装飾品と思われる高価そうな生け花をもっている。
「あっ、えっと・・・夜の散歩をしようと思いまして・・・・」
「そうですか、しかし、夜のこの近辺には山から野生動物が下ってくることがあります。夜、出歩くのはご遠慮ください」
「しかし・・・・えっと・・・・」
その従業員の全うな警告を聞いても、今の楯無には部屋へ戻る気は毛頭なかった。なんとか相手に納得のいく理由を考えるが、そんな都合のいいものが出てくるはずがなく、言葉にならない声をだして不審な挙動をする。そんな怪しさMAXな楯無に何を思ったのか、女中の従業員は優しい声で語りかける。
「お客様、お時間があればでよろしいのですが、今から私の部屋へ参りませんか?」
「え・・・部屋へですか?」
「はい、ちょうど本日の業務が終了したところですので」
てっきり警告を聞いても部屋へ戻らないことに対しての注意を受けるかとおもったが、彼女の口調からはそんな様子は感じられず、むしろ楯無との会話を楽しんでいるような節もある。
「それでは・・・お邪魔でなかったら・・・・」
ここは怪しさを感じさせないためにも相手に合わせる。だが、その返事に心底嬉しそうに微笑むと、従業員の部屋へ案内してくれた。
「どうぞ、狭い部屋ですが」
従業員の部屋といっても楯無達が使っている部屋と大差はなく、畳の上に様々な装飾品が施されている一般的な民宿のような部屋であった。そして部屋の隅に案内してくれた女中が使うであろうと思われる布団が敷かれている。
「あの・・・・」
「はい、なんですか?」
「他の従業員の方々はどこですか?」
「いません、今、この民宿は私一人で運営しているんです」
「えっ、大丈夫なんですか?それって・・・」
「はい、恥ずかしながらこんな山奥の民宿をご利用していただくお客様が滅多にいないもので・・・・」
やや自虐的な笑みを浮かべながら、楯無へ茶飲みに注がれた緑茶を差し出す。飲んでみるとほのかな苦みの味覚がした全体に広がっていく。
「おいしい・・・・」
「それはよかったです。いい茶葉を長年寝かせておいた甲斐がありました」
そうこうしている間に仕事着から寝間着に着替え、楯無へ向かい合う形で座る。そしてお茶菓子を差し出したり、お代わりの緑茶をいれたりして客人である楯無をもてなしてくれた。
「あの・・・・なんで私を招いてくれたんですか?ただの客人に過ぎない私を・・・・どうして・・・」
ふと先ほどから疑問に思っていることを口にしてみる。このようなご厚意は嬉しいが、それがなんの施しもないものだとすると、不気味に感じて、失礼ながら何か裏があるのではないかと勘繰ってしまう。
「・・・・・・・」
その疑問に女中はすぐには答えない。じっと手元の湯飲みを眺めて、静かに感傷を浸るような顔をしている。そんな状況が数秒ほど過ぎたほどだろうか、女中が静かに口を開く。
「似ていたから・・・・」
「え?」
「あなたが昔の私に似ていたから・・・・・」
何か一つの事に焦り、焦燥し、そして取り返しのつかない結末へとたどり着く。まさにそんな状況へたどり着こうとしている目の前の少女に対し、女中は奇妙な感情を抱いていた。
「信じてもらえないかもしれませんが、私は昔、ISのテストパイロットをしていたんです」
「え?」
『ISのテストパイロット』、その単語に対し思わず驚きの声が出てしまう。目の前の女中は楯無がIS学園の生徒であることやロシアの代表生であることなど知らない。となると、目の前のこの女性は楯無を操縦者としてではなく、一人の少女として自らの過去を話しているのだろうか。
「もう九年も前になりますかね。昔の私は偶然IS適正が高かったことから、エリートコースであるISのテストパイロットを担当することができ、大きな高揚感と優越感を抱いていたと同時に大きな焦りと焦燥がありました。少しでも他者よりも先へ、他者よりも上へ。その底なし沼のような出世欲と承認欲求は日に日に増幅していく一方でした」
世間一般ではISが高いことは大きなステータスとなる。それゆえにそのことによって自分は優秀だと己惚れて他者を卑下したり見下すものも少なくない。彼女の場合、それを自身の大きなアイデンティティとなり、それであるがゆえに少しでも他者に遅れたくない。現在のお淑やかな風貌とは違い、昔の彼女はさぞかし大きなプライドの塊であったのだろう。
「少しでも結果を残そうと、少しでも上司に評価してもらおうと躍起になり、無茶なテストスケジュールを組んではそれを実践する日々。そんな日々は最悪の形で終わりを告げました」
そこで少し口ごもり、目頭にわずかな涙が浮かべる。あの日々を後悔するように、悔やむように。だが、何度願っても過去に戻ることはできない。今の自分にできることは目の前の少女に自分の二の舞にならないように忠告してあげることだけだ。
「ある日、高高度での飛行訓練中に私が操縦するISの事故が起こり、メインシステムが完全にダウンし、絶対防御もシールドエネルギーもない状態で地上三十メートルから地面にたたきつけられたんです」
「嘘・・・・」
衝撃的な出来事に思わず手元の湯飲みを落としそうになる。地上三十メートから落下する。その時、彼女がどのような恐怖を抱いたのか想像もできない。
「事故の原因は新たに取り付けたスラスターとISとの制御管制の不適合から。それは技術者が入念に調べればすぐに見つけることができたものなのに、出世や結果に焦る私が急かしたせいで見落としていたとのことです」
そうして女中はゆっくりと立ち上がると、腹部に巻き付けてある浴衣の帯をほどく。それによって重力に従って浴衣がずれ落ち、女中の下着をまとった肢体が楯無に晒される。年相応の大人の色気を感じる黒い下着、本来ならば艶やかなで色気を抱かせる姿だが、体の所々にある痛々しい手術跡が全てを台無しにしてしまっていた。
「事故によって私の体はボロボロになりました。両腕の骨は粉々に砕け、肋骨の骨は肺に突き刺さり、脚部の骨は皮膚から飛び出し、内臓は潰れ、そしてーーーー」
ゆっくりと股間部を覆う下着へ手を伸ばし、脱ぎ去る。女性の全ての人間の始まりともいえる部位、そのわずかな上の下腹部には大きな縫い目が存在していた。
「落下の衝撃で骨盤の骨が吹き飛び、その吹き飛んだ骨の破片が私の卵巣と子宮に深刻なダメージを・・・・・それによって・・・・子供を・・・・産めない、体に・・・・」
辛く、思い出したくもない過去を語っているうちに自然と涙が流れてくる。それでも必死に伝える、愚かしく、浅ましい自らの過ちを。
「その後・・・私は・・・テストパイロットを降ろされ・・・・当時、お付き合いしていた恋人とも・・・・音信不通となって・・・しまい・・・・」
自責の念と後悔で押しつぶされそうになる中、必死に言葉を紡ぐ。自分の過去の過ちが目の前の未来ある少女の役に立つようにと願いを込めて。
「それによって・・・・全てに・・・嫌気が・・・さした、私は・・・・世捨て人と・・・なり、今もこうして・・・・・」
そこまで言いかけたところで、ふと心地よい温もりが顔全体に感じる。
「もう十分です。あなたの苦しみは伝わりました・・・・」
話を聞いていた楯無がいつのまにか、辛く苦しい過去を話す女中を抱きしめていた。泣く子をあやす母のように優しく、慈愛に満ちた行為であった。この二人は今日会ったばかりなのに、客と従業員という関係に過ぎないのに、そうしてこんなにも胸が締め付けられるかのような苦しみを感じるのだろうか。
「ありがとうございます、辛く悲しいあなたの過去を話してくれて」
生徒会長となり、ロシアの代表生となったせいで全てを知った気でいた自分が恥ずかしくなってくる。絶対防御などというが、この世に絶対などないのだ。今日の技術の発達にはこの人のような悲劇や事故もあってこそだ、決して自分が優れているなどと己惚れるな。そう胸に深く刻み込む。
すると、不意に外の廊下から人の足跡が聞こえてくる。この旅館には自分たち以外には宿泊しておらず、ほかに従業員もいない。となると、その足音の持ち主が誰なのかは容易に想像できた。
「付き添いが起きてしまったようです。もう部屋へ戻ります。お茶、おいしかったです」
「そうですか、お気を付けてお戻りください」
正直、もう少し彼女のそばにいたかったが、明日には出る身だ。ここで中途半端に気を使っても何の解決にもならない。ペコリとお辞儀をして扉を閉める。
「簪ちゃん!」
「あ、お姉ちゃん!どこに行っていたの?」
「ごめんなさい、トイレに行っていたんだけど・・・・道に迷っちゃって」
適当な言い訳をいうと、簪とともに部屋へ戻っていく。いつの間にか前までの焦りはなくなり、今はゆっくりと休もうという考えへ変わっていた。無理に動いても何も解決しない、ならば今の自分ができることをするしかない。そしてそれは、今日の疲れをゆっくりと癒すことであろう。
話している廊下はいつの間にか消灯しており、真っ暗となっていた。その薄暗い通路を二人はゆっくりと歩いていく。まだ朝まで時間がある、明日のためにもゆっくりと休まなければ。
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